うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

5 / 168
多くのお気に入り登録、評価、感想をありがとうございます。感想の方は、読んだら全てにgoodを付けて行くスタイルにしようと思います。これからも不定期更新になりますが、よろしくお願いいたします。


師弟

帝位リーグの試合で神鍋と九頭竜の試合がいつになるかを確認して、原作開始にワクワクしていた俺は、ある日に日本将棋連盟会長の月光会長に呼び出された。ちなみに俺の師匠です。書類上の師匠で、そこまで綿密な時を過ごしていないし、仮初の師匠状態だけど、最近の将棋界では珍しくもない。

 

俺も月光師匠ではなく月光会長呼びだし、向こうもそれを気にしていない。お互いに、凄くドライな関係性だ。

 

「ご無沙汰しています。月光会長」

「お久しぶりですね。朝火杯での対決以来ですか」

 

将棋界では、師匠を弟子が倒すことを恩返しと言うけど、恩返しで師弟に何の感動も感情の変化も無かったのは流石に珍しいケースだった。まあ指導対局とかして貰ったことも無いしね。

 

「今日は何の要件ですか?」

「そうですね……先に要件の方をお伝えしますが、弟子を取って欲しいのです」

「……弟子?」

 

そして今日は、弟子を取って欲しいという。これあれだ。夜叉神天衣の弟子入りについてだ。

 

……え?何で俺に話を振るの?

 

(おかしくない!?俺はタイトル保持者じゃないし、A級棋士じゃないよ!?)

『朝火杯は準タイトルと言っても良いですし、他に暇なタイトル保持者やA級棋士がいるとでも?』

(九頭竜はどうした!?ああそうだ!今5連敗中だ!)

『竜王奪取後、2勝9敗はヤバいですね☆ついでにこの話は、天衣の前で無様な姿を晒せば100%回避可能な話だと思いますよ』

 

「ええ。将棋界の援助をしているとある実業家の孫娘で、小学3年生の9歳です」

「9歳ですか。孫娘ということは、女流棋士を目指しているのですか?」

「それはまだ確認していませんが、おそらく。それと、その娘さんが師匠はA級棋士かタイトル保持者じゃなければ嫌だと言っているようです」

「……自分、タイトルホルダーではありませんよ?九頭竜竜王とかどうです?」

「竜王は今、大変な時期ですから。その子が研修会試験を受ける5月までで良いので、面倒を見てくれませんか?」

 

話はトントン拍子で進み、結局引き受けることに。確かアニメか漫画の方で何人かの棋士が断られたと言っていたけど、本当に断られていたんかい。

 

……いや、マジでどーしよ。

 

『門前払いの可能性もありますし、行くだけ行ってはどうです?』

(それもそーだな。と、ここか。……マジで極道のアレじゃん)

『戦闘になれば、マスターが99.97%の確率で死亡するのであまり無礼なことはしないで下さい』

(物騒なこと言わないでぇ!?え、というかそれだと詰まない?無様なこと出来ないよ?)

 

そして迎えに来たのは、原作でも存在感のある天衣Loveな池田晶さん。サングラスをかけた美女って良いよねって遠目で見て思っていたら、凄まじい速度で接近してくる。

 

「まさか……本物の大木晴雄六段!?で、いらっしゃいますか?」

「ええっと、はい。本物の大木晴雄です。フルネームで知って下さっていたんですね?」

「知ってるも何も、29連勝で速報が流れていましたよね?

さ、こちらに」

 

晶さんが俺を知っているということは、面会までは行くのかな?晶さんに背中を押されて門の中に入ると、そこは異様な光景が広がっていた。

 

サングラスをかけた男達が両脇に並び、屈んでいる。晶さんの「先生のご到着だ!」という言葉と共に、ドスの効いた声で「お疲れさまです!!」と声をかけられた。いや、これは普通に怖い。生存確率0.03%ってのも嘘だろ。こんなの0%だ。絶対に生き残れない自信がある。

 

そのまま奥まで連れられて、中に入るとお爺さんがいた。名前は……流石に忘れたな。会ったことは無いはず。

 

「大木先生が来られましたか。活躍は存じています。当家の主、夜叉神弘天でございます」

「大木晴雄です。月光会長から話を受けてこちらに伺いました」

「月光会長の推薦なら問題無いでしょう。どうぞこちらに」

 

お互いに自己紹介をして、話を合わせる。天衣の祖父、弘天さんに連れられて入ったのは天衣の部屋。そこには黒い衣装を纏った、魅惑的な美少女が居た。夜叉神天衣だ。

 

「私はあなたを師匠だなんて呼ばないから」

 

お決まりの失礼な台詞も頂くけど、これ弘天さん何も言わないんですか?言わないんですね?分かりました。

 

「勘違いしないでよ。あなたは所詮、お金を払って教えさせるレッスンプロなんだから。まぐれで29連勝しただけのザコ棋士に、師匠面されたくないもの」

 

そう言って、駒を並べ始める天衣ちゃん。え?門前払いじゃないの?

 

『……知名度が上がり過ぎていましたね。マスターの自己評価が低すぎて忘れていました。現時点で有名人な貴方を、門前払いする気は無いようです』

(うわマジか。形だけでも指導はしておくかな)

 

面と向かって座ると、本当に将来美人になる予感しかしない美少女だな。どうせ対局後には何も話せないんだし、指導は対局中に済ませるか。

 

「はぁ?何よこの手。完全にただじゃない」

 

指導対局は二枚落ちで開始し、こちらが攻めて駒を相手に渡し、こちらは天衣の攻めを完全に潰すという形で行なった。天衣の持ち味は竜王が太鼓判を押すほどの受け将棋だから、攻めの才能を測りたかったという理由はある。

 

何度も天衣の攻め駒を毟り取り、ただ同然で渡す。流石に2度目には気付いたようで、怒りの表情を浮かべて攻めて来たけどまだ全然弱いな。いや、小学3年生ということを考えれば信じられない強さだけど。

 

現時点で、奨励会への入会は可能なぐらいに強い。小学生故に荒さはあるけど、受けは奨励会で通用するレベルまですぐに成長するだろう。さらにそこからの上乗せがあれば、プロ棋士に届くかもしれない。

 

……これを、あいちゃんのライバルとして育てるだけなら俺でも出来る。ああそうか。この子は今まで独学だった。そして俺は、独学で強さを手に入れている(ことになっている)。

 

そりゃ、俺の方が適任に見えるよね。あ、そうだ。念のために保護者に確認しておくか。

 

「この子は今まで、独学で勉強してきたんですか?」

「ええ。独学です。家内に将棋を指せる者も居りませんし……」

 

将棋を指しながら、弘天さんに話を聞く。天衣は意地になって攻め筋を読んでいるので、程なく自爆するだろう。

 

「独学で、これほど指せるのは才能がありますが……今までの独学の方法は、効率が悪すぎましたね」

 

そして初めて、この言葉で天衣の怒りを買えた。天衣の目が、俺を初めて見定めたのだ。たぶん効率が悪いという部分に、カチンと来たのだろう。

 

「私は独学で強さを手に入れました。恐らく、独学で初めてプロに至った人間です。1人で強くなる方法は、色々と教えることが出来ると思いますよ」

「何!?もう勝ったつもりでいるの!?まだ勝負は」

「ついてるよ。もうとっくに」

 

最後は、ずっと放置していた天衣の玉を即詰めして終わった。彼女は、自分が詰んでいることにずっと気付いていなかった。そのことに気付くと、ボロボロと涙を流して走り去った。

 

「大木先生、なにとぞ、天衣をよろしくお願いします」

 

天衣が走り去る姿を見て、あれぇ?原作の流れもこんな感じじゃなかったっけ?と疑問符を浮かべながら、屋敷を出る。

 

……これはもう、原作開始と言って良いんじゃないかな?いやでもやっぱり、原作開始時点はあいちゃんと九頭竜の出会いか。それにしても、月光会長から話が来た時に無理やりでも断れば良かったんだよなぁ。何か独学というところに、親近感が湧いてしまった。

 

『どうするんですか?』

(んー、俺が特訓していた時の方法は教えることにするよ。それだけで、中学生名人までは行ったんだからな)

『あの方法、マスターだから出来ていたことですし、私が居なかったら途中で辞めていましたよね?』

(うるせえ。居候は黙って他の天衣強化方法を考えとけ)

『……もしかして、天衣に惚れました?』

(同情90%好奇心10%だから安心しろ)

『……最低過ぎません?』

(俺が屑なことぐらい、俺が一番知ってるよ。対外的にはある程度、取り繕うけどな)

 

そして天衣の色々な特訓方法を考え始める俺。もう既に、師匠面するザコ棋士である。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。