うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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女王戦第1局

定刻通りに始まった天衣の初めてのタイトル戦は、天衣の先手で始まる。……原作では、空さんが先手だっけ?

 

あ、振り駒を記録係になれたあいが行なったから、先手後手が入れ替わったのかな?あいも、狙った方に先手を出しそうな雰囲気があるし、空さんと天衣だったら天衣に先手になって欲しかった可能性がある。単純に、何も考えずに振ったら天衣が先手になった可能性の方が高いけど。

 

対局場は通天閣の3階で、関係者控室は2階に設置された。ちなみに九頭竜が行なう大盤解説は、地下でだな。

 

記者達からの質問をアイの台本通りに答えていると、九頭竜とあいが連れて来たJS研の面子が関係者控室に入って来た。部屋内のJS度が一気に上がり、思っていた以上にはしゃいでいる。こりゃ悪目立ちするし、またいらんことを記事に書かれそう。

 

「ありがとうございます!うちは、うちは九頭竜先生に夢を叶えてもらえたです!いつもお家に泊まらせていただけるだけでも夢のようなのに……。九頭竜先生のためなら、うちどんなことでもするです!」

「あああ綾乃ちゃん!?ここには将棋関係者がいっぱいいるからね!?比喩表現は穏やかにね!?」

 

腐女子のJSにどんなことでもすると言わせた九頭竜を早速記事にする記者も現れた。……俺がいなかったら、全員が九頭竜の方に注目するんだろうな。

 

この後はシャルちゃんが「ちちょーは、いつけっこんしてくぇますか?」と言ってさらに一悶着あったけど、盤面に早くも動きがあったので九頭竜は命拾いした。天衣が振り飛車から、居飛車に戻したからだ。原作の女王戦第3局であった二手損居飛車だけど、今回のはちょっと違うかもしれない。

 

どちらかと言うと、陽動振り飛車から着想を得た陽動居飛車だ。先手番の利を放棄することにはなるけど、確実に空さんの知らない将棋に引き込めている。何よりヤバいのは、ここまでの天衣がノータイムということ。ここら辺は、事前研究通りということか。

 

「……大木の弟子は凄いな。俺でも初めての竜王戦は緊張で早指しなんて出来なかったぞ」

「いや、天衣も緊張はしてるぞ?その緊張感を、笑顔で楽しんでいるだけだ。出来た弟子だよ」

 

観戦記者の供御飯さんが最後まで九頭竜のJS研について質問していたけど、派手な動きから形勢が傾き始めたのでマジで九頭竜は命拾いしている。まあでも、この時点では手数の差で空さんが有利か。

 

『この場面での長考は、長くなりそうですね』

(経験則からの最善手を、上回ろうとしているな。……駒組みが終わって、1番持ち時間を使いたい場面だから仕方ないけど、終盤は時間で苦しみそうだぞ)

 

天衣は持ち時間3時間の対局を、あまり指したことがない。俺との指導対局で、長時間考えても良い対局の時は持ち時間無制限で行なっている。経験則からの最善手を超えるには、時間をかけて読み切る必要があるからな。

 

「両対局者の注文した昼食が届きました!

挑戦者は松花堂弁当、空女王がシチューうどんかやくご飯付きです」

 

運営スタッフが2人の食事を持ってくると、パシャパシャと記者達はそれに群がって写真を撮る。タイトル戦だと見慣れた光景だな。俺のタイトル戦の場合、何故かハーゲンダッツの写真が量産されることになる。

 

で、記者達がシチューうどんを知らなかったので九頭竜が説明すると同時に、空さんとの思い出話を話す。そんなんだから女性関係がどんどん怪しくなっていくんだよ。そして九頭竜の思い出話もしっかりメモする記者達。抜かりはない。

 

(二手損居飛車で、結局お互いに矢倉を組むなら利はほとんど無かったか)

『いえ、そうでもありませんよ?将棋に絶対はありませんし、矢倉なら天衣も得意です。どこかの誰かさんが、端攻めの極意を教えたお陰ですね』

(……まあ、端攻めの手順はほとんどパターン化しているからな。っと、端攻め開始か。手損している分は、確実に不利だな)

 

将棋は天衣の陽動居飛車から、結局お互いに矢倉を組むことになり、都合空さんは1手、天衣は2手の損をしている。それでもお互いに矢倉を組み上げたのは、矢倉なら相手に勝てると両者が思ったからだろう。天衣は相手が相振りを拒否したのに、陽動居飛車にしたのは単にやりたかっただけかもしれない。

 

天衣とあいの対局も矢倉だったし、空さんはその棋譜を見ているはず。ただ、天衣も空さんの棋譜は見ている。……空銀子を潰す会の面々で、まだ奨励会員の人達に空さんの棋譜を教えて貰ってすらいたからな。その中には当然、矢倉の棋譜もあった。

 

今までのタイトル戦の棋譜も残っているし、天衣の性格上、その棋譜もチェックしているはず。事前情報がものを言う矢倉同士の戦いで、この差は大きい。……一つ懸念事項があるとすれば、空さんの棋風は淡々と受けられるという点でわりとアイに似ているってことか。実力自体は、雲泥の差だけど。

 

 

 

(すごい……。こんなに集中している天ちゃんを見るの、初めて……?)

 

天衣と空銀子の対決を、最も近くで見ているあいは2人の創り出す空気に翻弄されていた。そしてあいは、気付いてしまう。この前の本戦決勝で、天衣はこれほどまでに集中していたかと。今の天衣は、耳の先まで真っ赤にして、両手の指を交互にさせて自分の前で握っている。大木がたまに、対局中にする仕草だ。

 

対局は互角のまま、互いに端攻めを開始している。本来ならば空銀子の方が1手先を進んでいるはずなのだが、今の時点で、既に天衣の方が1手勝ちをしているようにあいには見えた。形勢的には、空銀子が不利に傾いていく。

 

しかしそれでも、空銀子は淡々と受けに回る。天衣は自身の攻めが、効いてないかのような錯覚を受けた。

 

(……師匠と指している感覚に似ているわね。私がどんな攻めをしても、全く効いていないように見える。だけど今目の前にいるのは、師匠じゃないのよ!)

 

機械のように正確に受ける空銀子を見て、細い攻めは潰されるだけだと感じた天衣は、駒を補充しに行く。矢倉対矢倉の戦いは、お互いに端を突破したのにも拘わらず、大駒が働けない持久戦に移行していた。

 

空銀子は機械のようだと天衣は感じた。だが、それでも慌てることは無かった。師匠である大木は空銀子より遥かに正確な機械であると同時に、機械をいたぶり正確な守りをぶっ壊す様を、天衣はその目で何度も見ていたからだ。

 

1三角成と、天衣は馬を作る。ソフトの評価値は、天衣の優勢を示していた。


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