うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
(あー、こりゃ天衣が勝つな。将棋界が揺れるわ)
『空さんの女流棋戦の成績、5年間で55戦55勝でしたよね?負けた時にどうなるかは、ちょっと分からないですねえ』
(そう言えばタイトル戦で、空さんは負けた経験が無いのか。立て直すの、時間がかかりそうだな)
『第2局までに復活している可能性は、低いかもしれません。この調子で天衣には、空さんが立ち直る前に3連勝して欲しいところです』
天衣が角道をこじ開け先に馬を作り、明確に天衣の有利が確認出来た所で関係者控室を出ようか迷う。ここの連中、空さんが負けそうだと分かった途端に活気づいて来て、1強状態の嫌な部分をまじまじと見せつけられたよ。
「大木先生は、よく胸の前で両手の指を交互に組んで祈るような仕草をしていますが、何か意味があるのでしょうか?」
「いえ、特に意味は無いですよ。子供の頃の癖ですね。きっかけは対局中手持ち無沙汰の時、手が勝手に動くのを封じるためだったと思います」
『よくそんな嘘が言えますね。本当は、相手がミスをするよう祈っていたアマチュア時代の癖が抜けてないだけなのに』
(流石に前世のことは無効にしてくれないか?今とは別の次元で指していたわけだし。というか台本は、まともなのを用意しろ。相手のミスを祈るためとか怖くて言えんわ)
九頭竜が大盤解説に行き、JS研もいなくなった今、観戦記者の供御飯さんの質問を受けるのは俺だ。観戦記者モードでも九頭竜LOVEを隠し切れていない供御飯さんだけど、仕事はきっちりとこなしている。……この人も、空さんが負けるのは複雑な気持ちだろうな。
対局は、天衣が有利なまま少しずつリードを増やしていった。苦しくなってからイマイチな手が続く空さんだけど、覚醒前ならこんなもんなのか?
『結構、天衣の指し手は悪くないですよ?端攻めをしつつ、自陣の隙はほとんど作って無いですからね』
(いや、天衣も端は突破されてるじゃん。そこだけみたら、隙だらけだぞ?)
『そういう意味じゃなくてですね……単純に、天衣の玉を縛りにくいと言えば良いでしょうか?』
(そのぐらいは分かるが?……まあ確かに、天衣の玉は広いな)
空さんは銀を天衣の陣地に打ち込むものの、天衣も持ち駒の角を自陣に打ち込み、行き先を封じられてその銀は詰んだ状態になった。重いように見えて、これが最善手だろうな。空さんはこの銀の打ち込みが最大の悪手となり、天衣の優勢は絶対的なものとなる。結局、その後は反撃もなく空さんは撃沈した。
今まで空さんが5年間、積み上げて来た白星は今、天衣の評価を上げるだけの存在になっている。記者達も、ほとんどが天衣を撮っていた。一部の記者は、深く項垂れている空さんを撮っていたけど。
(……?
何で今、シンデレラみたいだという言葉が記者達の中で出たんだ?)
『まだ天衣は、神戸のシンデレラとは呼ばれてませんよ?何か勘違いしてません?』
(……ああ。女流棋士にはなってないから、そこら辺は違うのか。でもまあ、神戸のシンデレラに決まりそうだな)
『止める必要も、ありませんからね。強くなると、あだ名が増えるのは諦めるしかありません』
(流石にソフトイーターだの鬼畜生ロボだの言われるのは勘弁して欲しいけどな。九頭竜は九頭竜でロリコン無双とか言われてるし)
女王戦の第1局は天衣の勝ちとなり、あと2勝で女王奪取となる。日程を確認すると、第2局が終わった後で奨励会の例会日を迎えるな。この日に昇段対決もあるだろうし、今月だけで天衣は空さんと何局指すんだ。
「お疲れ様。最後まで指しきった後、記者達の質問に笑顔で答えられたのは良かったぞ」
「……将棋の方は、褒めてくれないのね」
「そりゃ、空さんが自滅した形だからな。二手損居飛車もただの手損で終わってるし、褒められる内容は少ないぞ。タイトル戦で、実力を出し切れたのは天衣の凄いところだけど」
対局場から戻って来た天衣は、褒めたら褒めたで怪訝な顔をするし、塩対応だと悲しそうな顔をするのでその中間ラインで褒めつつ咎める。まあでも、今日は不慣れな格好と大きい将棋盤を使用した中、頑張ったんじゃないかな。
一方で空さんは、フラッと対局場を出る。このまま消えてしまいそうだけど、九頭竜が追ったからたぶん大丈夫。そのまま実家に連れ帰って、イチャコラしてろ。
(お?名人戦、名人が2連勝しているんだが?)
『本来なら、フルセットの末に防衛してタイトル通算100期目でしたか。……このまま4連勝したら、大きく流れが変わりますね』
名人戦の第7局の日は、原作では九頭竜と空さんが実家に帰った日だけど、まあその日は何も起こらないだろうな。今の名人の調子を見てると、本当にフルセットになるかも怪しい。何でこの人、衰えるどころか強くなってるんだよ。
(空さんが構ってムーブするの、いつになるだろ?)
『空さんも、強化したいんです?』
(……空さんは相対的弱体化が起きてるし、せめて九頭竜との仲は発展させておきたい)
『……我が儘ですねぇ。もう慣れましたけど。
原作でも構ってムーブだったと自覚していますし、追い詰めたらそれだけで自殺未遂してくれそうですよ?』
空さんの自殺未遂「私を殺して」イベントは追い詰めたら勝手に起きそうな気がするし、九頭竜に空さんの動向を注視するよう言っとけば何とかなりそうな気もするけど、どうだろうか?もしかしたらこの第1局の後、福井にある九頭竜の実家に帰る?
……いや駄目だわ。九頭竜から空さんとラブホに入ってしまったとかライン来たわ。そういえば正月にしゅーまい先生が空さんへアドバイスして無かったから、桜ノ宮のラブホイベントは発生して無いのか?
もしかして、空さんを九頭竜が追いかけた後にしゅーまい先生と何かあったのか?しゅーまい先生は今回の女王戦第1局の盤の製作者だし、一声かけるぐらいはあったかもしれない。で、しゅーまい先生は酒が抜けている日の方が珍しい。負けた空さんに、何を言ったのかはラブホというワードで大体想像が出来た。
……どうせならあの2人、そのままヤっちゃえば良いのに。近くで見ていると、相思相愛なのにすれ違い過ぎていてやきもきする。でもこれなら、第2局までには立ち直るのか?
『一度立ち直った後で、天衣相手にまた負けたら本当に自殺するかもしれませんね』
(怖いこと言わないで。天衣がタイトルを奪取するなら、空さんはあと2回負けるんだよ。
目の前の問題から目を逸らすために、電脳戦の第2局のことでも考えるかあ)
『目の前の問題から、目下の問題に切り替わりましたね。というか誰ですか?電脳戦中でもソフト側のアップデートを許可するというアホみたいな制度に変えた人』
(たぶん月光会長。まあ人もタイトル戦中に成長することはあるし、ソフトにそれがないのは不公平という風潮のせいだな)
女王戦と電脳戦は、同時並行で行なわれる。しばらくの間は、将棋界の話題を師弟で独占出来そうだ。