うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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騒動

女王戦で天衣が空さんに2連勝し、タイトルに王手をかけた後、奨励会でも空さんと天衣はぶつかる。二段の空さんは7連勝で、天衣は11勝1敗。天衣はこの対局に負けてもその後の3局で三連敗しなければ昇段だし、空さんもこの対局で負けても後の8局を5勝3敗にすれば昇段だから気は楽なはず。

 

だけど、2人ともここで昇段を決めたいはず。空さんは二段、天衣は初段なので天衣の先手だ。注目の一戦を棋士室で眺めようとしたら、棋士室は名人戦の第4局の方に注目していたので入り辛い。

 

いやでも生石玉将がモニターの一つを空さん対天衣の対局にしているし、わりと空さんと天衣の対局も注目されているかな。……三段リーグ中で大変な辛香さんもいるし、空さんの追っかけ達は熱心だなぁ。

 

「おはようございます、生石玉将。辛香さんはお久しぶりです。宣言通り、アルファゼロには勝ちましたよ」

「……久しぶりやね。グーグル先生のアルファゼロに勝つの、現地で見とったで。

大木先生のせいで、ソフト信仰者はえらいこっちゃや」

 

『地味に、辛香さんからの呼び名が大木くんから大木先生になってますね』

(それだけ、畏怖もあるんじゃない?普通の人間なら、あそこまで根気よくソフトと我慢比べをして、一度のミスも無いってあり得ないだろ)

 

ソフトのアップデート許可は、非公式で行なわれた前年度のソフト代表と関西棋士5人の勝負で棋士側が負け越したせいで聞き入れるしかなかったらしい。唯一生石玉将が勝ったって、この人も結構な強化が為されてるな?

 

『ゴキゲンの湯で私とも結構な数の対局を指しましたし、渡した棋譜の存在は大きかったです』

(結局、玉将は防衛したしな。来年には俺が奪いに行くけど)

『名人と竜王以外は、全部独占する構えですか。三番手直りが実現するまでは、逆に対局数は減る可能性もありますね』

(今対局数が多いのは、予選やトーナメントを勝ち上がっているからだしな)

 

今年は盤王と玉座をとって、来年には帝位と玉将をとる予定。こんな適当な未来予定図を思い浮かべられるの、俺だけだろうな。

 

天衣と空さんの対局は、天衣が向飛車を選択。一方で空さんは、穴熊を組み始めた。……これ、負けるのが怖くて穴に潜ってるな。精神的にぽっきり逝ってないか?

 

「ちっ、居飛穴か」

「充くんは昔から居飛車穴熊が嫌いやったな。金銀4枚の居飛車穴熊は、世界一硬い囲いや」

「ソフト信仰者でも、居飛車穴熊は世界一硬い囲いなんです?」

「もうソフト信仰は止めたわ。まだ勝てない人類がいる以上、ソフトは神やない」

 

空さんの居飛車穴熊を見て、生石玉将がアレルギー反応を起こした。ぶっちゃけ居飛車穴熊は、振り飛車にとっての天敵みたいなものだしな。そして辛香さんは、ソフトへの信仰をやめる宣言。俺のせいで、日本全国にこういう人は生まれてそう。

 

しかしまあ、傍から見ている分にはビビッて穴に潜ったとか分からないか。アイが教えてくれるから俺は分かるし、天衣も洞察力は優れているから分かってそうだけど。天衣は桂馬を飛ぶ2手を省略した短手数の高美濃を組み、空さんの6一にある金が動かない内から開戦を選択。飛車先の歩を無条件に取り込まれるわけにはいかないから空さんは対応するけど、こりゃ捌かれる。

 

「今捌き合えば、互角なんかな?」

「いえ、天衣が僅かに有利です。やっぱり美濃や高美濃は、色々と優秀ですね」

 

この2人は空さんの応援に来ているわけだから、多少は空さん側に色眼鏡が入ってそうだけど、天衣の方がリードはしている。空さんの穴熊が間に合っていない以上、攻め合いになれば天衣が有利だ。

 

空さんもそう思ったのか、自陣に手を加えるけど動きが遅い。その隙に攻めのとっかかりになりそうな所を、天衣は潰す。女王戦で2連敗して、奨励会試験も含めれば天衣相手に3連敗。精神的にも、苦手意識が出来始める頃だ。

 

『案の定、2三の地点に駒を集められて潰されましたね。高美濃の形がそのまま残っているのは、空さんにとって屈辱的な敗戦でしょう』

(……なあ。名人戦の第4局も、封じ手前に名人が勝ちそうなんだが?この対局で勝てば歴代勝利数単独1位とか、なんかピースが揃ってね?)

『一応、九頭竜にメッセージを入れておきましょう。空さんがスマホも持たずに出て行くなら、確定です』

(そうだな。と、まだ粘れるけどもう投了か。空さんの心は、折れてそうか?)

 

九頭竜にラインで「空さんが生気を失った顔で将棋会館を飛び出た。スマホも持ってない」と伝えると、九頭竜からは了解という返事と共に、探しに行くとのメッセージが。あれ?九頭竜の家に向かうのに九頭竜が外に出るのは不味くね?

 

あいも九頭竜の家にいるだろうから、行き着く先は傷心状態の空さんとあいが九頭竜の家にいる状態?何それヤバそう。

 

ご機嫌な表情で帰って来た天衣を褒めて家まで送った後、九頭竜に確認の電話を入れると、空さんはアパートの自室で首吊り自殺を図ろうとしていたらしい。ちょうど首を吊ろうとしたタイミングで九頭竜がアパートの部屋に入って押し倒したらしいけど、空さんは何時間首吊る寸前の状態で待っていたんだ。

 

時間的に、2時間ぐらいは待ってないと説明がつかないんだが?それとも自宅に着いて、2時間経ってから唐突に死のうと思ったのか?どちらにせよ、かまってムーブなのは明らかだ。

 

結局空さんと九頭竜は九頭竜の実家がある福井へ向かうようで、女王戦の第3局までそっちで過ごすらしい。女王戦の第3局の舞台は、大阪市北区にある料亭。……神戸の結婚式場は、日程が合わなかったのかな?

 

『そう言えば、天衣のお爺さんが死にかけるイベントが起きませんでしたね』

(死にかけてねえだろ。死にそうな演技をするイベントだよ。

九頭竜はあれで、天衣との婚約のサインを一度しているんだよな。破り捨てて無効にしたけど)

『マスターだと、喜んで受け入れそうだったからしなかったのでは?』

(……いや……どうだろ……?)

『ロリコン巨乳好き変態マスターの本性を見抜かれた結果、そういうのが起きなかったということですね』

(ロリコンだけは否定するぞ。残り2つは否定しない)

 

原作だと女王戦の挑戦者決定戦前後で天衣の祖父である夜叉神弘天が死にかける演技をし、白いドレスを着た天衣そっくりの人形と九頭竜が祝言を挙げるシーンがある。……俺は九頭竜ではないし、無いなら無いで別に良いけど、天衣そっくりの人形は見てみたかった気もする。

 

少し寂しいような、残念なような、そうでもないような気がする。とりあえず今は、天衣の女王戦第3局を楽しみにしておこう。実家に帰ったということは、封じ手という名のキスが発生したということだし、お互いに両想いだということは発覚したのだろう。

 

……下手すれば、キスの先にも進んでそうだ。まだ空さんは、三段リーグ中ではないわけだし。これで空さんの将棋が本当に強くなるのかは、興味がある。強くなりすぎて天衣が勝てなくなるのは、色々と困るけど。


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