うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
女王戦の第3局の直前に、帝位リーグの白組で、九頭竜と生石玉将がぶつかった。九頭竜からは福井土産を貰ったので、とりあえず色々と無事に事が済んだのだろう。これで、空さんが死ぬということは無くなったな。流石に今死なれたら、天衣の寝覚めが悪くなる。
九頭竜と生石玉将はお互いに白組で4連勝していて、これに勝った方が紅組のトップと挑戦者決定戦を戦うことになる。原作では生石玉将がやつれていた描写が為されていたけど、玉将を防衛したからか凄く調子は良さそうだ。
なお俺は、この対局の解説の依頼をされているので鹿路庭さんと共にニコ生出演。俺と鹿路庭さんの組み合わせは、わりと組む機会が多い組み合わせでもある。
『テンションが死んでいるマスターと、テンションMAXの鹿路庭さんの組み合わせは人気が出るんですかね?』
(知るか。前は掛け合いが面白かったと言ってる書き込みが多かったけど、掛け合いをした記憶がねえ)
「大木先生は、今日の対局者の両方とプライベートで親交があるんですよね?」
「九頭竜の方は、奨励会の時から親しかったですからね。生石玉将と本格的に喋るようになったのは、一年前ぐらいです」
「何か、九頭竜先生の昔の面白エピソードとかあります?」
「史上4人目の中学生棋士になった直後のラインでのイキリっぷりは凄まじかったです。後で見ます?スクショありますよ?」
鹿路庭さんはコミュ強なので、とにかく会話が途切れない。単純に質問をしまくっているだけな気もするけど、こちらが気を遣わなくてもトークが続くのはありがたい。
対局の方は、九頭竜の先手でプロだと中々見ない相中飛車になっていた。これは捌き合いにはならなさそうだな。互いに中央突破を目論むから、先後同型にもなった。コイツら頭おかしい。
『……九頭竜も生石玉将も、相当なレベルアップをしていますね。原作では九頭竜がゴキゲン三間飛車を披露していましたが、そちらは天衣が弟子じゃないのでフラグが潰れたのでしょう』
(九頭竜は、一足飛びに強くなっているからな。で、これ千日手にしかならなさそうなんだけどどうする?)
『マスターのキャラ的に、宣言してしまった方が良いでしょう。どう足掻いても、先に仕掛けた方が不利になる形ですから』
「もうなりそうなので言っちゃいますけど、千日手ですね。先に仕掛けた方が、負ける形です。九頭竜は先手で千日手にするか否かの選択を迫られていますが、受け入れるしかないでしょう」
「珍しい形での、千日手ですよね?……大木先生と解説を一緒にすると、千日手が多い気がするのはどうしてでしょう?」
「単に、強い人同士の対局が多いからじゃないですか?」
そして結局、相中飛車の先後同型という1番千日手の発生しやすい形で、無事千日手になる両者。これ、お互いに相手が中飛車をしてくるという想定だけはしてなかったんだろうな。天才同士、抜けている所も同じである。
先手後手を入れ替え、今度は生石玉将が先手になる。後手番を握った九頭竜は、すぐに角交換を仕掛け、ダイレクト向飛車の形を選択。一方で生石玉将は、珍しく居飛車を選択した。生粋の振り飛車党だけど、居飛車が弱いわけじゃない。むしろ対抗形の将棋の研究が深い分、まだ研究が浅い九頭竜の振り飛車より強いんじゃないかな?
「お、生石玉将が居飛車をしてます!これは珍しいのでは!?」
「九頭竜の意表を突いて来た形になりましたね。公式戦の棋譜は少ないですが、生石玉将は居飛車も指せる方です」
玉将戦でも振り飛車を貫き通していた生石玉将だから、結構驚かれているな。原作でも振り飛車を止めたら勝率が上がったという描写はあったし、慣れない新戦法でいきなり想定からずれたであろう九頭竜は相対的に不利だ。
互いに序盤から時間を使っているけど、指し直しでの対局だから持ち時間を悠長に使っている暇は無い。九頭竜がほぼ居玉の状態で開戦を選択し、生石玉将も応戦。角をお互いに握りしめた状態での、超急戦か。地力の差が出やすい将棋になるだろうけど、これ九頭竜が負けるんじゃね?
(え、困る。九頭竜がここで負けるなら、帝位戦も勝ち進めば良かった)
『落ち着いて下さい。今は生石玉将が反撃しているので不利に見えますが、形勢自体はまだ均衡を保っています。そして次の九頭竜の攻撃が始まれば、最後まで攻めを貫き通すでしょう』
(……ここから、詰めろや必至の状態まで持って行くのか?)
『今の九頭竜なら、それぐらいはするでしょう。ああ、生石玉将は寄せへ踏み切るタイミングが早過ぎましたね。慣れない形で、若干の読み違いが発生しましたか』
「一見すると攻められている九頭竜が不利に見えますが、まだ形勢は互角です。次の九頭竜の攻めで、行ける所まで行くんじゃないですか?」
「っと、そうですね。ソフトの評価値もまだ0付近を行ったり来たりのようです。……大木先生は、人間の感性とずれているとよく言われません?」
「よく言われますが、何か?」
「いえ、問題はありません。そろそろ、次の一手クイズでもしましょうか」
時間を潰すための企画をこなし、解説と鹿路庭さんからの質問の回答をしていくだけのお仕事。辛くはないけど、楽でもない。リスナーからの質問コーナーではとにかく女性関係の質問と天衣との関係についての質問が飛んでくるけど、適当に無難な回答をこなしていく。
「お2人のコンビは面白いです!いつも応援しています!ってコメントもありますよ?
彼女さんがいないのなら、私なんてどうですか?」
「え、生活力ゼロの女性はちょっと……」
「あれ?軽い冗談でしたのに今私ガチ目にフラれました?というか何で生活力がないことを知っているんですか?……あああ!これ生放送!」
「大丈夫ですよ。既に結構な数のファンには料理が出来ないことなんてバレていますから。文句を言うなら山刀伐さんにお願いします。……鹿路庭さんはあの人の口、縫い合わせておいた方が良いですよ」
途中で鹿路庭さんが叫ぶのも、わりといつものことなので慣れたものだ。……地味にこの人、俺に対しても研究会を持ちかけて来るから怖いんだよな。ホイホイついて行ったら、夜は隣の部屋の山刀伐さんの部屋に放り込まれるとか絶対ヤダ。あの両刀使い、俺のことも狙ってるっぽいし。
生石玉将の攻めが止まった瞬間、今度は九頭竜が細い攻めで強引に生石玉将の守りをガリガリ削り、生石玉将の玉に肉薄する。……竜王戦で覚醒してから、俺以外には負け無しだからな。帝位戦で九頭竜はさらに成長するだろうし、今後が楽しみではある。
『あいがジェット機に乗って進んでいるなら、九頭竜はワープ航法が出来る宇宙戦艦に乗っていますからね。この2人に関しては、色々と規格外過ぎます』
(マッハ100万の自転車に乗って燃料切れを起こすことなく無停止行進を続けているアイの方が規格外というか、異次元だからな?で、天衣はようやく自転車でマッハ10を出せるようになった頃か)
『原作では天衣自身があいとの才能差を10倍と捉えていましたが、実際は3~4倍でしたね。その差が無くなっているのは、喜ばしいことです』
九頭竜は最後まで指しきり、生石玉将に必至をかけた。生石玉将は数手だけ王手で形作りをした後、投了。タイトルホルダー同士の戦いは九頭竜に軍配が挙がり、帝位挑戦者決定戦へ駒を進めた。