うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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遊び将棋

女王戦第4局が終わってから、指導対局は全て遊び将棋に切り替えた。女王戦は、2連勝してからの2連敗。精神的にも相当追い込まれているけど、こういう状態じゃないと、天衣は遊び将棋なんて受け入れないだろうからな。そしてその遊び将棋の一つ目は、八方桂だ。

 

八方桂は文字通り、桂馬の動きが四方八方に増えるという将棋で、チェスでいうナイトの動きと同じになる。プロ棋士でも錯覚を起こして負けることがある、恐ろしい将棋だ。なお、成ったら通常の成桂と同じ動きとしたので成らない方がお得。金の動きと八方桂の動きを足す成桂八方桂はバランスブレイカー過ぎる。

 

「7六歩、5六歩から6八桂と飛べば一気に4つの歩が守れるのね」

「ああ!バックの利きを見落とした!」

「っく、その場で読まないといけないことが多すぎるわ」

 

二つ目は、醉象という駒が玉の上にある小将棋。盤上の駒数は2枚増えて、42枚だな。醉象は横にも動ける銀の動きと説明すれば良いだろうか?要するに後ろには行けない王で、成ると太子という駒になり、動きは王と同じになる。王が詰んでも、太子が生きていれば負けではないという珍しいルールだ。

 

本来の小将棋は持ち駒の使用が出来ないけど、そのルールはあまりにも普通の将棋とかけ離れてしまうので採用しない。だから醉象だけ、持ち駒からの使用を不可とした。これを縛らないと、簡単に入玉が出来るからな。

 

「駒が一枚増えるだけで、将棋が大きく変わるわね」

「醉象は、無理に太子を狙わない方が良いのかしら?」

「……今までの定跡も、考え方も、全く通用しないわけね」

 

三つ目は、玉が2回行動出来る獅子王だ。これは単純に、玉の動ける範囲が2倍になるというものではなく、例えば頭金を打たれて通常なら詰んでいる場合でも、その駒を取って元の位置に戻るという、居食いが出来てしまう。

 

……特に玉を詰める場面で、錯覚を起こしやすい性質上、1番逆転の多い将棋となる。まあアイと天衣で、天と地ほどの実力差があるし、アイはミスしないから天衣は勝てないのだけど、俺相手だとかなり良い勝負になる時もある。

 

「居食いが出来るというのは、恐ろしいわね」

「また、錯覚した……!」

「三面指しでずっとこれって、頭がどうにかなりそうよ!」

 

この3つの将棋を、三面指しで並行して行っていると、通常ならあり得ないような錯覚やポカが出まくる。何なら一度、天衣は駒の動かし方をミスっての反則負けもしたし、今までの将棋観はぶっ壊れたはず。

 

前世の大学でも、暇つぶし感覚でこういう遊び将棋をやってからやたらと棋力が伸びたり、今まで成長が止まっていた人が成長を再開したりしている。もちろん、遊び将棋をやり過ぎて普通の将棋が弱くなってしまった人もいるけど、天衣なら大丈夫だろう。

 

『中将棋は教えないんですか?』

(流石に12×12で駒数も段違いに多い中将棋はNG)

 

そして何より、いつもと違うルールの将棋というのは違った楽しさがある。苦しみながら修練するよりかは、楽しみながら修練した方が効果は出やすいはずだ。

 

『特殊ルールの将棋は、経験則にも邪魔が入りますからね。弱くなることもありますが、その場で読む力は増すはずです』

(それと、八方桂は嫌でも将棋が立体的になる。将棋への見方も変わる可能性があるから、良い方向に転がれば一気に強くなれる。まあ、一種の博打みたいなものだな)

『大事なタイトル戦中に、そういうことをするのは失敗した時のことを考えない駄目人間の考え方です』

(でも、今のままなら覚醒した空さんには追い付けないだろ。空さんがあそこまで一気に成長するのは予想外だったわ。……正確には成長したというより、精神的な重しを外した、だけど)

 

女王戦の第5局まで、そこまで時間があるわけでもない。3日ほどぶっ通しで遊び将棋に付き合わせた後は、普通に空さん対策の研究に没頭して貰った。

 

で、俺は俺で棋帝の防衛戦が差し迫っている。今年の棋帝の挑戦者は、名人。去年も挑戦者決定戦まで勝ち上がって来ていたし、タイトル挑戦者としてやって来るのは理解出来るけど、名人の防衛最中に棋帝の決勝トーナメントを2年連続で勝ち上がって来るとか化け物かよ。

 

……アイが去年より強くなっていると保証する名人相手に、俺が指すとやらかす気しかしないので当然アイの出番だ。正直に言って、電脳戦で色々とやらかし過ぎたのでしばらくはアイ任せになると思う。あれは人間の指す将棋じゃないし、世界的にも反響が大きかった。

 

というか、世界的な反響が大きかったせいで将棋に注目が集まったし、そのせいでイベント数が増加したから俺の仕事が増えたという事実。将棋AIの開発もより盛んになり、一部の研究者は俺の脳を調べたがっている。前なんか、九頭竜と一緒にK大学で脳波のデータを読み取られたしな。

 

『常に真っ赤になっていて、あれはあれで面白かったですね』

(九頭竜も将棋のことを考えている間は、脳の全域がほぼ真っ赤だったぞ。俺の場合は、アイス食べている時も算数の簡単なテストを解いている時も、脳の全域が真っ赤だったけどな)

『結構、見えて来るものもありましたね。K大生はビビりまくっていましたけど』

(天下のK大生とその教授がどん引いている姿は、あまり見たくなかった)

 

名人も昔、脳波のデータの採取はされたみたいだけど、俺の場合はより綿密に調べられた。というか、最初は機械の誤作動だと思われたらしい。そりゃ、普通の人はリラックスをするはずの好物を食べている時でさえ、脳がフル稼働中だったら誤作動の方を疑うわ。

 

結局、誤作動でも何でもないことが判明すると研究者達はあり得ない動物を見るような目で俺を見て来たけど。お前らも二重人格になれや。二重人格になれば、わりと簡単にこの次元にまでは到達できるぞ。

 

『適当なこと言わないで下さい。そもそも、もう一つの人格が主人格の言う通りに頑張るってこと、そんなに無いんじゃないんですか?』

(まず、二重人格についてそんなに知識がないから分からねえ。……お前は、最初から都合が良すぎる性格だから転生特典なんだろ?)

『はあ。何回、このやり取りをするんでしょうか。私は大木晴雄の暇潰し相手に生み出された人格ですぅ。そろそろ認めてくれないと、拗ねちゃいますよ?』

(勝手に拗ねとけ。どれだけ怒っていても、将棋になれば機嫌を直す将棋マシーンだろ)

 

女王戦の第5局は、どちらが勝つか分からない。天衣を応援するし、勝って欲しいけど、万が一の時は備えておくか。

 


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