うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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膝枕

天衣は空銀子との対局に勝った後、俺のところへ駆けつけたと思ったら全力のパンチをしてきた。手加減はしてくれたのか単純に体重が軽かったのか、全く痛くはないけど、天衣は対局中かなり辛かっただろうな。遊び将棋の効果は見た感じだと、相当あったみたいだし、視点がいつもとは違っていたと思う。

 

……やっぱり普段とは違う将棋をすると、考え方にもノイズが入るし視点が変わる。無理やり棋力を変える手段として、特殊ルールはかなり優秀だな。大きな波が出来てしまうし、もう使わないけど。

 

『今までの将棋観を全て狂わされたのだから、パンチを貰うのは当然でしょう。金的じゃなくて良かったですね』

(怖いこと言うなよ。まあでも、勝率が20%から10~100%になるボタンがあったら、誰でも押すだろ?)

『本来なら0%~50%程度になるボタンを、10%~100%になるボタンに変えたのは私ですからね?』

(ああ、うん。そこに関しては、アイに感謝しかない)

 

「感謝しなさいよ。今の一発で、私に何かを仕掛けたことに対する罪は見逃してあげる。

他に何か仕込んであるなら、今のうちに吐きなさい」

「もう何も無いから安心してくれ。あと明日からは、振れ幅が大きくなるだろうからその修正をするしかないしな」

「そう。まあ、何か仕掛けたいならいつでも仕掛けて来て構わないけど」

 

あれだけの対局をしたのにも拘わらず、わりと天衣は元気だ。一方で空さんは、対局後も結構フラフラしている。原因不明の難病で、俺も少し九頭竜から話を聞いただけだけど、原作知識と合わせると心臓が悪いということは分かる。たぶん先天性心疾患であるとは思うが、詳しいことは分からないな。

 

……原作で心臓が止まっている描写すらあるから、体力を付けるのも難しいのだろう。来季の三段リーグは、椚が抜けてなければ空さんと椚と天衣が揃い踏みの三段リーグとなる。

 

天衣が二段で足踏みしなければ、の話だけど、三段に上がりそうな空さんに勝てたんだから大丈夫だろ。むしろ、空さんが三段に上がれるかの方が心配。こっちも覚醒済みだからそんなに心配はしてないけど。

 

まだ今季で椚が四段昇段する可能性は残っているけど、坂梨さん、鏡洲さん、辛香さんの3人は開幕6連勝しているのに対し、椚はこの3人に負けて3勝3敗。既にデッドゾーンだ。

 

『辛香さんに負けた直後に鏡洲さんと当たって連敗したのは、やっぱり大きいですね。きっかけを作った辛香さんは、大したものですよ』

(全勝組の3人が潰し合うのは、最後の最後だからな。それまでは共闘すらするかもしれない)

『あり得ますね。三段リーグの、年の功ですか』

(将棋以外での駆け引きが苦手な椚は、1番の標的だったかもな)

 

坂梨さんも、よく考えてみれば終盤力で椚に上回っている可能性もあるからな。確か今年の詰将棋解答選手権大会、坂梨さんが3位だったはず。……ちなみに1位は、満点で月光会長です。俺は日程が合わずに不参加。ただ来年は、天衣と一緒に参加してみようかと思う。

 

フラフラしていた空さんは、九頭竜に肩を貸して貰って対局場を後にする。天衣対空さんの対局は長期戦になって、大盤解説をしていた九頭竜も大変だろうけど、空さんの付き人として頑張れ。

 

「姉弟子、しっかりして下さい。ほら、帰りますよ」

「……うん」

 

というかあんなん見せられたら、そりゃ付き合っているという噂も流れますわ。……まあでも、今までの空さんならこういう時、一人で無理して立っていたと思うし、他人を頼れるようになったのは良い事だよ。

 

帰りは晶さんの運転する車に乗って帰り、俺と天衣は後ろの座席に座る。すると、こてんと天衣が横になり、俺の膝に頭を乗せて来た。普段なら絶対にしない行動だけど、よく見ると既に天衣は寝ているので色々と限界だったのだろう。こう見えて、まだ10歳。小学5年生だからな。

 

『九頭竜のこと、ロリキングと言える資格は無くなりましたよ』

(うるせえ。あいつはJSに膝枕をして貰った側だろ。俺はする側で、何一つ得はしてねえ)

『JSの頭って案外軽いんだな、とマスターが思ったことは、一生記録しておきますからね』

(やめて。本当に純粋な感想だから。マジで軽いし)

 

「……大木先生には、本当に感謝している」

 

バックミラーで天衣の寝顔を確認した晶さんは、唐突に真剣な口調で話しかけてきた。……将棋の女王さまになるという天衣と天衣の両親の3人の夢は、晶さんも知っていたようで、めっちゃお礼を言ってきた。良い話だな。晶さんが天衣の寝顔をガン見して、赤信号で停車しては写真を撮るという行為をしていなければ、感動的だった。

 

改めて、俺の膝に頭を預けた天衣を見る。小さな身体で、タイトル戦フルセットはかなり辛かったはずだ。奨励会も学校もあるし、普通の小学生の何倍も忙しい。……よく見ると、天衣の頬っぺたは柔らかそうだな。

 

(今なら頬っぺた触っても起きない?)

『自重しろやロリコン。前の席の運転手に撃たれかねないのに、よくそんな考えが浮かびますね?』

(……ごめん。流石に今のはキモかった)

『指摘するまで気付かないって、ロリコンが進行していません?一度病院行きます?』

(病気扱いはやめて。……そう言えば、新しいロリも出て来る頃か)

『話題逸らしもロリですか。歩夢の妹の、中二のじゃロリですね。中二病な小5って、少しややこしいですが』

 

俺が九頭竜を苗字呼びしていて歩夢を名前呼びしているのは、歩夢に妹がいるからだ。いやまあ、その理屈なら3人兄弟の九頭竜も名前呼びするべきなんだけど、九頭竜の兄弟とは違って歩夢の妹は奨励会に入って来るからな。ガッツリ将棋界に関わって来る。

 

天衣を膝枕している時間は、それほど長くは無かった。神戸の結婚式場から、神戸の天衣の実家まで、それほど離れていなかったからな。車で20分もかからないし。

 

起きた時の天衣の慌てた姿というのも見てみたかったが、寝ぼけ眼でお休みモードだったので特に騒ぐこともなく、晶さんに担がれていった。晶さんが天衣をお嬢様抱っこしていると、凄く絵になるな。

 

これで一段落と言いたいところだけど、天衣はこれからが大変だ。まずは不安定な状態から安定した状態に戻さないといけないし、変わってしまった視点に関してはそれに慣れるしかない。元に戻そうとして、戻るものでもないからな。

 

というか将棋でも何でもそうだけど、悪くなった時には元の状態に戻すよりも新しい状態を作ってしまった方が早いことも多々あるし、後々のためにも良い。一先ずは、また多面指しの日々に戻らせる予定だけど。

 

そろそろ、八段十面指しもクリアする頃だ。ネット将棋でこれ以上を求めるのは無理なので、後は俺とアイが対応するしかないな。


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