うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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引っ越し

「大木は、女子小学生の弟子を取ったんだって?天才は羨ましいねえ」

「お前は竜王を取って5000万円の大金が入るだろうが。どっちが天才だと思ってんだ」

 

天衣が大木に継続してレッスンを依頼し始めてから少しの時間が経ち、九頭竜は大木の家を訪れた。いや、正確には大木の引っ越しの手伝いをしていた。

 

別に早く家を出る必要が無かった大木は、中学卒業後も一人暮らしを後回しにしていた。ある程度のお金を稼いだ後で、引っ越しをしようと企んでいたからだ。そして中学を卒業して1年弱の時が経過し、大木はようやく関西将棋会館の近くへ引っ越しをする。

 

人の良い九頭竜は、正真正銘の屑にただ働きを強いられていた。その途中、パソコンを運んでいる時に九頭竜は見てしまう。

 

「Daiki、Die、HARU、KuZu、OOO……これ、将棋アプリのアカウントか」

 

パソコンに貼られているメモには、多数の文字列とその横に数字の羅列が書かれている。それらを見て、九頭竜は将棋アプリのアカウントとパスワードのメモだとすぐに察知した。

 

九頭竜も複数のアカウントは持っているが、大木のアカウントの多さには面を食らう。何故なら、そのアカウントの数は100を超えていたからだ。複数のメモ用紙をパソコンに張り付けている光景は、怖いとすら九頭竜は感じる。

 

そして、とあることに気付く。

 

「このアカウント……いや、これ全部か。ソフト指しで、垢バンを食らった奴らじゃないか?

……まさか?いや、嘘だろ……?」

 

アカウントは、全て見覚えがあった。ソフト指しが横行していたアプリで、垢バンを食らったアカウント名だったからだ。当時の九頭竜も対戦し、何度も負けたことがある。

 

そして時たま勝った時には、ざまあ見ろソフト厨めと叫んだものである。

 

「これも、これも……対局時間は、調べられるか?」

 

咄嗟にスマホを取り出してそれぞれのアカウントの対局時間を調べようとしたところで、大木が大きな段ボールを持ってくる。慌てて荷解きを手伝った九頭竜は、中に入っているものを見て驚愕した。

 

「これ、全部スマホなのか?」

「ああ。幼い頃からコツコツと古い機種のスマホを買い集めていたんだ。

今ではほとんど動かないポンコツだらけだけど、まだ使えるものもあるしな」

 

段ボールの中には、大量のスマホが敷き詰められていた。その数は、50を超える。かなり古いタイプのスマホまであり、九頭竜は懐かしさを覚えると共に、とある思考に行き着く。

 

大木は、この50はあるスマホを使って、オンラインで多面指しをしていたのではないかと。

 

多面指しは効率的に将棋の腕を上げる方法ではあるが、1つの局面には集中できないし、全ての対局に集中しようとすれば、まず本人の集中力が足りなくなる。しかし先程見た大量のアカウントを見て、その発想に行き着くのはすぐだった上、大木の強さを見ていればそれが強さの源であると言われても納得してしまう。

 

大木に声をかけようとしたところで、大木が「やっべ」と言いながら大量のアカウントをメモしていた紙を破り捨てる姿を九頭竜は見る。それを見て、九頭竜は大量のアカウントとスマホについての言及を止めた。

 

「大木は普段、ソフトで将棋の研究をしているんだよな?見せてくれないか?」

「……え?いや待って、デスクトップ見ないで」

 

大木がゴミを片手に移動した不意を突いて、九頭竜はパソコンの画面を付け、デスクトップを見る。するとそこには、多くのゲームのアイコンが並んでいた。中には九頭竜でも知っている有名なゲームから、プレイ人数が極少数のゲームまで、色んな種類のゲームが並んでいる。

 

「……思っていたより、ゲーマーなんだな」

「……まあ、廃ゲーマーではあるよ。最近はほとんどゲームしかしてない」

 

何で起動させていたんだろうと思った大木は、そのまま有名なFPSのバトロワ系ゲームを起動する。一瞬でゲームプレイ画面まで移動したパソコンのスペックに九頭竜は驚き、さらにその後の大木の動きにも驚く。

 

大木がキーボードを凄まじい勢いで叩き続け、敵をキルし続けたからだ。目に追えないほどのスピードで腕と手を動かし、正確に、着実に1人ずつ視界に入る敵を殺し続け、大木はあっという間に100人の中の1位を取ってしまった。

 

九頭竜が呆然としている姿を見て、大木の脳内はヒートアップする。

 

(おい、九頭竜がドン引きしているぞ。引っ越しの途中でPUBGをやり始めてドン勝する非常識人だと思われたぞ)

『マスターは既に非常識人なので問題ありません。というか先程の試合、最後に残った敵は4分17秒の所で画面に映ってましたねテヘペロ』

(何で今気付くんだよ。プレイ中に気付いてくれよ)

「大木って、どれぐらいそのゲームをやり込んでいるんだ?」

「え?このゲームは、大体200時間程度だよ?ドン勝率は、今のところ20%ぐらいかな」

「20%か……。プレイが上手い人は、大体そんなものなのか……?」

 

九頭竜がようやく口に出した話題はゲームの話題で、大木は得意気に語るがゲームの知識が無い九頭竜はそれが凄いことなのか判断が出来なかった。しかし大木の口ぶりから、それが上手い方だということは分かる。

 

「九頭竜に聞きたいんだけど、7年前の学生名人と月光会長の対局は憶えているか?確かお前が、記録係だったはずなんだが」

「え?学生名人とは会ったこと無いし、月光会長の記録係もした憶えは無いけど?」

 

天衣について話しておこうと思った大木は、7年前の学生名人である夜叉神天衣の父について触れる。しかし九頭竜の反応は、パッとしないものだった。

 

……奨励会に入った人間は、記録係を任されることがある。希望制では人数が足りず、奨励会の幹事からお願いされる形で記録係を任されることもある。大木はこの頃、表には出ていなかった。しかしほんの些細なことで、この記録係の順番、なんてものはズレる。

 

だから最初から、原作なんてものは崩壊していた。大木は九頭竜が天衣の父に会っていないことを聞くと、脳をフル回転させた。

 

(おいどうすんだ。何となくそんな気はしていたが、このまま俺が師匠になるのか)

『これは私のせいでもありませんし、マスターのせいでも無いと思いますよ。……ただネット将棋でも、世界に影響を与えていたことは確かですね。何らかのバタフライエフェクトが、記録係の順番をズラしたんでしょう。蝶の羽ばたきよりかは、ネット将棋で50面指しの方が将棋界に与える影響はありそうですからね』

(ふぁっきゅー。冷静に分析してんじゃねーよ。道理で天衣の将棋に芯が無い訳だ)

 

そしてそのまま言い合いに発展し、黙り込んだ大木を見て九頭竜は変な事を言ったのか気にし出す。大木の引っ越しの作業は、中々終わらなかった。


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