うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
梅雨の時期に入り、今日も今日とて天衣の家で指導対局をするけど、予想外の臨時収入が入る。
「大木先生。これは今月の分だ」
「……わりと、稼げますね?」
「我々にとっては、馬鹿が多いのはありがたい話だ」
晶さん以下夜叉神家に色々と委任していた、俺の誹謗中傷をした人達から巻き上げられたお金。その一部を受け取ってしまった。流石に金回収は得意だと言うだけあって、結構な金額になっている。
……反社会勢力に対しては毅然とした態度で立ち向かいますとプロ棋士になる時に誓約書を書かされた気がするけど、そもそも月光会長が夜叉神家を反社会勢力扱いしていないから大丈夫だと思いたい。実業家だよ実業家。
前世でもわりとネットには触れていたし、今世でも使っているから、ネットの世界に触れていた期間は長い。世間からの評価や評判は、個人的には気にするタイプなので、色々と手も打った。というか、夜叉神家が俺の評価を工作してると知ってからはアンチ撲滅運動に関して互いに情報交換をしている。
たまに、というか人気棋士は結構な頻度で殺害予告が発生するからな。死ねや消えろも殺害予告に入るなら、毎日のように殺害予告はされてるよ。
きっかけは単純に目に見える範囲に入ってくるアンチが鬱陶しいから訴えただけだが、金が+になるなら黙ってはいられないヤーさん達。俺の目に入らないようアンチはアンチスレへ隔離するというか、追いやるとともに、そこから出て来て荒らしたり誹謗中傷をする奴は訴えるシステムを構築した。一方で、アンチスレで反アンチ活動もする徹底ぶり。ネットに強いヤーさんかっこガチって、文字面からしてヤバそう。
そんなこんなで臨時収入も入って、棋帝戦の第一局も名人相手に勝利した俺は、棋士総会に参加する。関西の棋士はほとんど出席しないけど、流石に三冠も取っておいて出席しないというのは通じないので参加せざるを得ない。原作とは違い、生石玉将の姿もある。九頭竜は俺が行くから参加するか微妙だったけど、結局来たみたい。
『天衣も女流のタイトル経験者ですから、奨励会員でなければ出席出来たんですよね。それにしても、関西棋士の出席率の悪さは目立ちます』
(関西の棋士にとって棋士総会は、わりと他人事だし出席しないだろ。俺と九頭竜も、タイトルホルダーだから出席している面はあるし)
「尊敬する棋士は大木三冠で、目標はタイトル獲得です!」
『名前言われましたよ?』
(やめて。さっきから関東棋士のほぼ全員の目がこっちに向いているとか、色々と怖すぎるんだけど)
棋士総会はまず、新四段の挨拶から。今の挨拶をしたのが、俺の真似をしてハーゲンダッツを食ってはたまにお腹を壊している阿呆みたいな大木狂信者だな。俺が三段リーグの一期抜けをした時、最後に蹴落とした奴でもある。
今年の新四段として加わった棋士4人は全員20代なので、全員年上ということになる。まだ俺が、最年少棋士という状況は続きそうだな。来年には空さんか椚か天衣の内、一人は新四段としてここに来ていると思うから、最年少棋士を名乗れるのは今年までだけど。
で、原作では予算の話に移る前に電子機器の持ち込み禁止について話があったけど、俺のせいでなくなっている。来年か、再来年には議題に上がると思うけど、俺がソフトに勝てる内は話題にもならないだろうな。元々月光会長は反対多数の中、強引にこの案を押し通した。それが弟子のせいで、出したくても出せない状況となっている。
挨拶の後は女流棋士に関する話だけで終わり、予算の話に移る。その予算も今年は潤沢にあるのか、例年に比べるといつもより短い棋士総会は夕方前には終わった。周囲の関東棋士達は飲みに行く相談とか、和気藹々としているけど、俺と九頭竜は釈迦堂さんと歩夢に誘われてラーメン屋に入る。馬莉愛が迷惑をかけたから、奢らせてくれとのことだった。原作とはまあ、話の流れが色々と変わるわな。
「本当に、愚妹がご迷惑をお掛けした。大木には感謝してもし切れぬ」
「お礼なら天衣にというか、夜叉神家に言ってくれよ」
(天衣の電話一本で高級外車と運転手が颯爽と来るもんな)
『しかも女性の運転手を指名して、その通りに来るのは凄いですよね。女性でも、凄みのある人でしたが。……天衣にとって、同い年の友達が増えたのは良い事です』
4人が並んで、千駄ヶ谷のホーム軒で豚骨ラーメンを啜る。スーツにかからないよう慎重に食べる俺と、そもそも箸が止まっている九頭竜とは対照的に、歩夢はズルズルと食べている。隣にいる師匠と2人揃ってお高そうな衣装を着ているのに、よくそんな勢いでラーメンを食べられるな。
「時に大木三冠よ、馬莉愛のことはどう見る?」
「どう見るって、プロ棋士になれるかどうかです?……言っちゃって良いんですか?」
ちゅるちゅると音を立てながらラーメンを食べる釈迦堂さんは、馬莉愛のことについて質問する。釈迦堂さんにとっては、孫弟子ということになるんだよな。そりゃ可愛がるだろうし、気になるだろう。歩夢も、ラーメンを啜りながらこっちを見て来る。
「どのような残酷な言葉でも受け入れよう」
『馬莉愛の可能性、ですか。初段までは楽に到達するでしょうが、それ以降は厳しいんじゃないですか?高校生の間に三段リーグ入りしたとして、プロ棋士になれる可能性は60%前後かと』
(お?思っていたよりも高い。空銀子には劣るけど、才能はやっぱあるよな)
「……中学生の間に初段まで行けることは保証します。高校生の間に三段リーグまで到達すれば、プロ棋士になれる可能性としては6割程度かと」
「大木!そんな言い方は」
「良いのだ若き竜王よ。大木の率直な意見が聞きたかったのだ。それに、想定していたよりも良き返事だった。そうか。プロ棋士になれる可能性はそれなりに高いか」
歩夢は釈迦堂さんのイエスマンみたいなところはあるので、馬莉愛の将来についても釈迦堂さんに従うつもりなのだろう。それなら何で弟子にしたと問いたいところだけど、まあ深い事情がありそうだから首を突っ込んで聞くつもりはない。
……どうでも良いけど、九頭竜は若き竜王なのに対して俺は普通に大木三冠なんだよな。若きって言葉を、付けられてないのは何かを見透かされているようで嫌になる。
奨励会には、日本全国から将棋の天才達が集まる。しかしその中の、8割はプロ棋士になれない。才能が潰れることなんて珍しいことではなく、途中で将棋を諦めたり年齢制限を迎えることになる。
既に天衣の同期も、2人が奨励会を去った。今までの僅かな期間で、6級のBや7級に落ちたのだ。6級から2勝8敗したら6級のBに落ちるから、最短の8連敗だと一月半で降級する。そして8連勝する人がいる以上、8連敗する人も珍しくはない。
その狭き門を突破する確率が、アイ予報で60%ということは期待が出来る方ではあるのだろう。抜けるか抜けられないか断言出来なかった以上、馬莉愛を計り損ねている部分もあるはず。だけどまあ、厳しい世界だな。