うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
ラーメン屋を出て、九頭竜と2人で大阪へ帰る。福島まで一緒だし、こういう機会は多いから話すことも多いけど、九頭竜は釈迦堂さんが潰れた才能の例で出した岳滅鬼翼さんを気にしていた。あいの次の対戦相手だし気にするのは当然だけど……ああそうか。天衣との観覧車イベントが無くなったからマジで手掛かりが無いのか。それはしょうがないな。
原作だと天衣は女王戦中、女流名跡の予選で岳滅鬼さんに負けている。元奨励会2級で、初見殺し感満載の将棋を指す人だ。……まあ、教えてやっても良いか。あいにそのまま、伝えるつもりはないだろうし。
「女王戦では色々と迷惑かけたし、迷惑料として岳滅鬼さんの情報は渡すわ」
「大木側から、迷惑はかけられてないよ。……姉弟子の問題は、こちら側の問題だし」
「まーまー。素直に貰っておかないと、フグ料理を奢らされることになるぞ?」
『うどんすき程度で、九頭竜の財布にダメージが入るとは思えないんですけどね』
(俺も常に財布の中には20万ぐらい入っているし、九頭竜はその倍ぐらい入っててもおかしくないんだけど……まあ金銭感覚がまだズレてないことは良い事だよ。俺なんかぶっ壊れてるし)
『石油王に課金ゲーで勝とうとするのは、マジでやめて下さいね?』
(もうしないって。あっという間に臨時収入の30万が溶けたのは、完全に恐怖体験だったわ)
九頭竜に岳滅鬼さんの将棋が待ちの将棋であること、持将棋と千日手を繰り返し相手を疲弊させることに定評があること、元小学生名人で、元々は才能豊かな人だったことを伝える。
……女性で初めて小学生名人になったのはこの人だし、才能自体はあったんだろう。完全に、奨励会のせいで将棋が変わった人の典型的な例だ。カウンター型のあいの将棋に、似ている部分はあるかな。
「それにしても7月から帝位戦なのに、弟子の対戦相手を気に掛けるとは随分と余裕だな」
「その言葉、棋帝戦の直前まで弟子のサポートをしていた大木にだけは言われたくないな」
「俺はまあ……於鬼頭帝位には勝てそうか?」
「ソフトより強くなければ、勝てる見込みは十分だ」
あいは女流名跡の予選決勝だけど、九頭竜は来月から帝位戦が始まる。原作通りに勝てるとは言い切れないけど、原作より九頭竜は明らかに強くなっているから4連勝でタイトルをもぎ取って来る可能性の方が高い。
……?7月から帝位戦が始まるなら、日程が色々と合わなくね?
『……玉将戦の非常事態が無かったからじゃないですかね?機械類の持ち込み禁止もありませんでしたし、そのための段取り作製も無かった。日程が例年からズレる要因が今年には無かったということです』
(ああ、はい。俺のせいですね)
タイトル戦は毎年、同じ時期にあるのはあるけど、他の棋戦や当事者の事情でズレることも当然ある。なにわ王将戦に関して、九頭竜はタイトル戦が間近なのにイベントの手伝いをすることになるな。まあこれに関しては、俺も棋帝戦の最中なのに手伝うことになる。ぶっちゃけ、珍しい話じゃない。
帝位戦で九頭竜の相手になる於鬼頭帝位は、ソフトに負けた最初の棋士として有名だ。そしてソフトに負けた後、窓から飛び降りて自殺を図ったことでも有名。高さが足りなかったから、死ななかったけど。
……奨励会員で自殺をしようとする人は多いけど、失敗も多い。将棋によって、現世に繋ぎ留められている感はあるな。どちらかと言うと、将棋に関することをスッパリと断ち切ってから自殺する人は自殺に成功してしまうから、衝動的に自殺する人よりもこっちの方が危ない。
将棋に関する書籍や棋譜を全て燃やして、崖から投身自殺をした人もいる。だから俺の同期が将棋関係の本をお世話になった将棋道場に寄贈して行方不明になった時は焦ったし、探しにも行った。……結局あの騒動のあと、奨励会に復帰して現在2級というのは頑張っていると思うよ。何とか高校生の間に、入品を果たして欲しい。
『奨励会員自殺し過ぎ問題』
(わりと失敗が多いし隠されているから世間一般には知られてないけど、将棋だけを続けて来た奴らが集まる場所で、8割は夢破れるからなあ……)
『奨励会を辞めてから自殺した人も含めれば、結構な人数になるんじゃないですか?』
(やめて。冷静になって検証したくもないわ)
三段リーグは第7局、第8局が終わって坂梨さん、鏡洲さん、辛香さんが8連勝中。1敗勢が一人もいないということは、昇段はいよいよこの3人に絞られたということだな。2敗勢は結構な人数が残っていて、椚はその下の3敗勢。こりゃ椚が昇段する可能性は、かなり低いな。ただでさえ順位が1番下なんだから、これから全勝勢、2敗勢、3敗勢が全員4敗してやっと昇段の目が見えて来るぐらい。
全勝してプロになりますと意気込んでいたからメンタル面もわりと不安だけど、今日の例会では元1敗勢に2連勝しているから椚も復調気味。もう完全に、上の3人をアシストするだけの存在だな。まあ来季のために、順位は1つでも上を目指さないといけないか。
「お、今日の棋士総会がニュースになってる。三段リーグを抜けた女性のプロ棋士は、四段になると同時に女流棋士としての資格も持つのは大きいな」
「元々、姉弟子のお陰で女性のプロ棋士が女流棋士としての資格を持つことは既定路線なところはあったけど……今年決まったのは、天衣ちゃんのせいだと思う」
「うん。まあ次の三段リーグまでに昇段して、一期抜けする可能性もあるからな。それは、空さんも同じか」
今日の棋士総会では女流棋士の資格について少し話し合われたが、これは前々から空さんのお陰で話が進んでいたものだ。前までは女性がプロ棋士になっても女流棋士にはなれなかったし、そもそも女流棋士になる資格が無かったが、今年から四段に昇段後2週間以内に女流棋士としての資格を申請すれば、女流棋士にもなれることになった。
要するに、プロ棋士としての活動と並行して女流棋士としても活動出来るということだ。これは、全女流棋士にとっての死刑宣告にも等しい。空さんか天衣か、どちらかが四段になれば、蹂躙されることが確定したということだし……。
あ、地味に不敗の女流棋士にしてやるって言葉が守れないかもしれない。女流棋士相手なら負けさせないという意味で言ったし、向こうもそう認識しているけど……。
今後、女流棋士になった空さんと対局して1敗もしないというのはあり得ないし、詰んだなこれ。い、いや、天衣に言った時にはこんな制度無かったし、想定外だったということで許して貰えないだろうか?