うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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なにわ王将戦

某月某日。馬莉愛が吼えるなにわ王将戦が始まる。今日は奨励会の例会日なので、天衣はいない。例会日ということは、こういうイベントのお手伝いをしてくれる奨励会員がいないということなので、俺は運営スタッフ側で招集されてしまった。人手不足だし、指導対局を出来る人が必要だからね。仕方ないね。

 

『九頭竜があーもうめちゃくちゃだよ!と内心で叫んでいましたが、実際人は多いですね』

(あー。イベントで丸一日潰れるのは勘弁願いたい。しかも今日、入れ替わり立ち替わりでずっと目隠し100面指しだっけ?)

『ええ。ご丁寧に、その会場も既に出来上がっていますよ。ほら、右奥の一角に』

(うわマジだ。マジでメインイベントじゃねーか。今日だけで、何人の相手をさせられるんだこれ)

 

会場に来やがった人達への挨拶を済ませただけで既に九頭竜とあいは疲れているけど、ここからが本当の地獄だ。俺のところには運営スタッフが何人か集まって来て、打ち合わせが始まる。この人達は、棋譜が分かる程度の将棋中級者。ぶっちゃけ貴重な人材だけど、今日は俺の手足として頑張って貰う。

 

……別にアマチュア相手だし疲れはしないけど、疲れるから2時間までにしてくれと言っておいて良かった。下手したら午後はずっと、目隠し100面指しをしないといけないところだったな。

 

目標は、午前で敗退する1000人以上の子供達全員と指すこと。1人10分で終わらせれば、一時間に600人は消化できる。2時間なら1200人は相手に出来るだろうというガバガバ計算。たぶん頭より先に喉が死ぬと思う。

 

始まったなにわ王将戦の予選では、無事にJS研の面子が勝ち上がっているようで一安心。だけどまあ、決勝まで水越澪が勝ち残るのは厳しいだろうし、決勝で馬莉愛に勝つのも相当難しそう。

 

2時間後なら、準決勝辺りかな。そんなことを考えながら、指導対局という名の100人切りを開始する。もう一局一局、丁寧に解説したり指導することは出来ない。そしてこの入れ替わり立ち替わりで子供達が入って来る忙しさよ。俺は中央で座っているだけだけど、スタッフが馬車馬のように駆け回っているわ。

 

「3番3五歩!29番と44番6六銀!2番と70番5五角!4、7、19、66、94番は同歩!」

「ごじゅーばん7七銀」

「12番4五歩です!」

「99番8五飛」

 

四方八方から飛んでくる相手の指し手の声に関しては、アイが解析して将棋盤に勝手に反映しているようで、俺は声を張り上げるだけの簡単なお仕事。子供達は指し手が早いせいで、スタッフさんは大忙しだ。

 

『実際、これを2時間以上はマスターの喉がいかれますね』

(タイピングで指示した方が早かった説まである。ブラインドタッチは出来るし)

『10分での平均記録は900文字でしたから、28(番)5六歩みたいな指示の出し方なら1分で18手分の指示は出来ますか。たまに通じない声よりも効率的かもしれません』

 

1時間が経過して200人前後を捌いたところで、少し休憩が入る。今指している子達は、3分間だけ待ってくれ。こういう時に次の指し手を考え込めるか否かで、強くなれるか否かが分かれるぞ。

 

『それにしても、棋力を過少報告してくる子供がいないのは助かりますね。お陰で良い感じの手合いになって、今のところは全勝です』

(子供達相手の駒落ち将棋ですら負けたくないって、どんな負けず嫌いだよ。何人かには、負けてあげても良いんじゃない?)

『実際、何人かには負けかけましたし、最後まで勝ち切れる子がいるなら勝ち切ってくれるでしょう』

(……キッチリ勝ち切る。それが出来る子は、このイベントには来れないんだよなぁ)

 

最終的にイベント開始から2時間後に最後の対局が始まり、イベントが終了したのは2時間14分後。ちょうどこれから、決勝戦という都合の良い時間帯だ。今日俺と指した子供達の数は、累計で404人。想定よりも遥かに少ないけど、目隠しとはいえ100面指しは時間がかかるからしょうがない。流石に運営スタッフさんは疲れていたし、俺の声もガラガラだ。

 

『いつまで濡れタオルで顔を覆って寝たフリをしてるんです?疲れた感を出してサボるの楽しいですか?』

(いや、疲れた感は出さないともっとやらされるだろ。さて、決勝戦か)

『yashagami垢で、指導はしていましたから大丈夫でしょう。……あっという間に天衣がレーティング1位になれる辺り、あのアプリは修羅の国というわけではないようです』

(そう何個も、修羅の国があってたまるか)

 

原作と同じように天衣はあいに頼まれ、指導をしていたから原作より水越澪が強化されていることはあっても、弱くなっていることは無いはず。そう思って決勝の試合を観戦していると、九頭竜がお礼を言いに来た。

 

「天衣ちゃんが、鍛えてくれたんだよな?」

「天衣は俺の課題をこなしながら、片手間で教えていただけだから気にするな。そのせいで課題のクリアが遅れていたけど、まあ良い経験にはなったと思う」

 

どう考えてもyashagami垢は夜叉神天衣のアカウントなので、一部の天衣ファンの間では話題になっていたし、水越澪も早々に気付いたと思う。天衣が10面指しをしているサイトの方ではプロが指しているのも珍しくないけど、サイトやアプリによっては奨励会員でも無双出来る所がある。

 

決勝戦の馬莉愛vs水越澪は、原作通りに入玉を果たして長手数の末に水越澪が勝利。特に語ることもない。強いて言えば、天衣の指導はあまり関係無かったなということが分かった。

 

(水越澪とあいの涙の感動シーンで、九頭竜が自分の手の平を見た件について)

『初めて会った時、握手をせがんできた澪ちゃんの手の温もりは今でも思い出せる、でしたっけ?ヤバいですね』

 

馬莉愛はきっと、原作通りに奨励会試験を全勝で合格するのだろう。その馬莉愛に同い年で勝った水越澪も、奨励会に入れるだけの実力はあるということだ。今回まぐれで馬莉愛に勝てたとしても、まぐれで勝てる程度の実力差だったということだしな。ヨーロッパの方に、父親の転勤で行ってしまうのは残念だ。

 

『どうせ製薬会社の転勤ならMRでしょうし3年程度で帰って来ますよ。その時に水越澪は中2ですし、女流棋士になるならちょうど良い時期でしょう』

(そういうこと、思っていても言わないの)

 

そう言えば、水越澪の優勝に拘っていた理由って何だったっけ?あ、九頭竜があいの担任から色々と言われていたからか。九頭竜の傍にいる、あの人があいの担任かな?耳を澄ませると、九頭竜との会話が聞こえて来る。

 

「小学生との恋愛は絶対にNGですからね!」

 

……うん。何で今、こっちに流れ弾が飛んで来る感覚を覚えたんだろう?俺より九頭竜の方がクリーンヒットしている感じはするけど、肝に銘じておこう。


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