うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
FGOでは主人公のことを「マスター」と呼びます。同人誌の方でも男性役を「マスター」と呼ぶことは多いです。
主人公の限定的な好みというのはこれです→「マスター」
既に分かっていた人もいるかもしれませんが、要するにそういうことです。
私は師匠のことが、よく分からない。
出会ってから一年も経つのに、私は師匠のご両親のことも知らなければ、まだ家に行ったこともない。普段からわけのわからないことをよく言うし、弟子の大事なタイトル戦の最中に、実験のような改造を弟子の意思に関係無く決行する。
勝ったから良かったものの、負けていたら本当にどうするつもりだったのかしら?晶に聞けば私の対局中、師匠はずっと両手を組んで祈っていたようだし。あの対局は思い出すだけで、今でも背筋が凍る。
……女王戦の第5局、最初の序盤は問題が無かった。でも徐々に私の将棋がおかしくなっていることは盤面上に表れてきて、銀を丸損した辺りで私は師匠に今までの将棋勘を壊されたのだと感じた。すぐに見えるはずの最善手は複数の指し手を示しており、役に立たない。
意図的に絶不調へ追い込まれた中で、唯一の武器になりそうだったのが遊び将棋で身に着けた別の視点と読み方だった。この状況に追いやったのが師匠である以上、私はこの武器を使うしかない。そしてその武器を使う中で、少しずつ私の将棋というのは変わって行った。
最終的には、その変化に耐えきれず受けをミスした空銀子が負けた。私が、対局中に成長し切ったわけでもない。だけど女王戦で、得たものは大きかった。フルセットであの空銀子と戦って、勝てたことは私の将棋人生でも大きな転換期だったと思う。
対局が終わった後のことは、疲れ切っていてよく覚えていない。とりあえず師匠を一発殴ったことは憶えているけど、その後にひ、ひっ、膝枕をして貰ったとか憶えてないわよ!きっと寝てから振動で横に倒れたら、たまたま師匠の膝の上に頭が乗っただけよ。だから晶は、今すぐその写真を処分しなさい。
師匠は女王戦の間、付きっ切りで私の面倒を見てくれた。本来なら棋帝の防衛戦前で、玉座の本戦トーナメントを勝ち進んでいるこの時期、忙しくないわけがない。でもここまで付きっ切りで面倒を見てくれる理由を、師匠の対局で記録係をして分かった気がする。
本当に師匠は、対局が負担じゃないんだ。もう師匠を除けば将棋界で敵無しと言われ始めている九頭竜先生を相手にしても、緊張感が欠片もない。戦場に居てここまでリラックス出来る理由なんて1つ。今年の勝率が9割を超える九頭竜先生でも、足元にも及ばないぐらいに師匠が強いから。
……足元にも及ばない、は言い過ぎかしら?師匠が持ち時間を将棋に使う対局は、数が少ない。その数少ない対局の中で、ソフトとの対決を除けば九頭竜先生が相手の時が1番多い。おそらく今一番、将棋界にいる人間で師匠の将棋を理解出来ているのは九頭竜先生だ。それは棋帝の防衛戦で、名人相手に持ち時間を使わず3連勝したことで確信に至る。
本来なら、私が1番の理解者になりたかった。でも、それにはまだ全然強さが届いていないし、そもそも私は、師匠のことをよく知らない。
だからまず、師匠の家にお邪魔した。男の一人暮らしだから、汚い部屋かと思ったらキチンと整理されている部屋で、リビングとそれに直結した部屋は隅まで丁寧に掃除が為されていた。部屋の片隅を見ると、小型のルンバが確認出来る。
……ルンバは、物がない部屋じゃないと使えないのよね。改めて部屋を見渡すと、置いてある物が少ない。ということは、入るなと言われた部屋の方に色々と置いてあるはず。
元々師匠の個人情報を知りたがっていたお爺さまの件もあり、晶は手筈通りに睡眠薬を仕込み、師匠を眠らせる。まず師匠のことを色々と確認するなら、スマホからよね。あいに教えて貰った通り、眠った師匠の手を握り、スマホをタップさせていく。ロックはパスワードを事前に晶が確認済みだし、すぐに解除出来た。
ホーム画面には沢山のゲームがあったけど、全部晶にメモさせて検索履歴を確認。だけどスマホの中身には、特別気になるようなことは無かった。JSの写真は多かったけど、ほぼ全てが九頭竜と一緒で、ツイッターに上がっていた奴だし、目新しい情報はない。
ならばと、パソコンの方を探索する晶。するとすぐに、師匠の趣味性癖が暴露された。う、うわ。裸の女が、胸で……。
私には刺激が強いということで、晶から目を背けるように言われたけど、気になるものは気になる。晶は一通り目を通した後、性癖は一般人の部類に入ると断言。晶は私の2倍は生きているんだし、そういう知識もきっと豊富なのね。
師匠の性癖が分析された後は、パソコンに入っていたアルバムを見る。中には師匠の幼い頃の写真が入っていて、ムスッとした顔の小さな師匠の周りには、沢山のスマートフォンと将棋盤があった。写真から分かる範囲だと、師匠の実家は、それこそ師匠の住むこのマンションの部屋より狭そう。
……途中から、小さな一軒家に切り替わったわね。それと同時に、スマホも古傷だらけのものから綺麗なスマホ比率が高くなった。時々写真に写り込むチケットのようなものを見ては晶がスマホで何か調べているけど、何なのかしら?
「これは……月光会長との対局?」
アルバムの最後の方には、中学生になった師匠と月光会長が対局している写真があった。この沢山の写真を撮っているのは、たぶん師匠の父親だ。父親だけ写真に写っている回数が極端に少ないし、基本的には師匠とその母親の2人が写っていた。
月光会長と将棋を指している中学生の師匠は、写真越しで見ても気迫が凄かった。盤面を見ると、手合いは平手だということと、僅かに師匠の方が優勢そうということしか分からない。最後の疲れ切って満足そうな師匠の笑顔を見るに、この対局で師匠は勝ったんだと思う。永世名人の資格を持つ月光会長に、中学1年生の師匠が平手で勝つ。
あり得ないと、思いかけてしまった。だけど私は、小学生でプロ棋士になれるチャンスがある。中学1年生で、月光会長と対局する機会はあるかもしれない。そこで私は、あの大師匠に勝てるのだろうか?
師匠のパソコンを覗き見て、逆に師匠の気になる点というのは増えた。月光会長への弟子入りの経緯や、実家のこと。ご両親のこと。写真で見る限り、優しそうなお父さんと、厳しそうなお母さんという印象だ。私にはもういなくなってしまった家族が、師匠にはまだいる。……師匠はちゃんと、親孝行しているのかしら?
今日だけで、師匠のことが色々と分かった気がする。だけどそれと同時に、謎も増えたし、やっぱりよく分からないことも多い。
私の名前は夜叉神天衣。小学5年生。女王のタイトルホルダーで、いつか師匠のタイトルを奪いに行く者。今の目標は早く三段に昇段して、三段リーグを勝ち抜けること。
あ、師匠。ようやく起きたの?あれ?私と晶を睨んでいるように見えるけど……もしかして、気付かれた!?嘘でしょ!?