うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
天衣の罰というか、お仕置きに利用される釈迦堂さんのお仕事を引き受けるため、天衣と一緒に東京にあるシュネーヴィットヒェンまでプチ旅行。いやまあ、帝位戦の方で大盤解説の依頼も入っているんだが。まさか九頭竜と於鬼頭帝位の対局の、解説をさせられるとは思ってなかったわ。しかも聞き手役が天衣という。
『女流のタイトルを取ったんですから、聞き手役の仕事も引き受けることになります。しかしまあ、デビューがタイトル戦はインパクトが大きいでしょうね』
(一応天衣は、トラブルがあったとはいえニコ生に出ているし、純粋な人気も高いから呼ばれるのは分かる。でも、師弟でセットにしなくても良いだろ)
『むしろ売り出す方は、マスターと天衣をセットでしか考えてないでしょう』
どうせなら、ここで天衣の大盤解説用の衣装でも買うか。そんな思いで、ドイツ語では白雪姫という意味があるシュネーヴィットヒェンという名の釈迦堂さんの店を訪れる。すると中には、玉座のような椅子に腰かけた釈迦堂さんとその横に、空さんが居た。
「約束の時間より30分も早いが、歓迎しよう。ようこそ、余の城へ」
「……空さんとは、研究会ですか?」
「ああ、思っていたよりも感想戦が長引いてしまってな。もうしばらくだけ待ってくれ」
まさかの遭遇に、言葉を失う空さんと天衣。俺が早く来たのが問題だったんだろうけど、今一番顔を合わせ辛い2人だよな。元女王と、現女王。タイトル戦後にこうやって顔を合わせる機会は、少なかったはず。
「どうせこういう機会は増えるんだから、話しかけて来い」
「……はあ。
お久しぶりです、空女流玉座。こんな所で会うとは奇遇ですね」
「……その気持ち悪い喋り方、やめたら?」
「はあ?今ここでやる気?元女王さん?」
(何でこいつら、目があったら脳内将棋してるの?)
『今のは、空さんがわざと挑発したんじゃないですか?1局でも多く、天衣と将棋を指すために』
(……次の三段リーグのため、か?天衣は、わりと本気で勝ちに行ってるな。空さんは、負けても良いから何かを測りに行った感じか)
ちょうど空さんと釈迦堂さんの研究会が終わったタイミングで天衣をけしかけたら、勝手に脳内将棋を始める2人。互いにノータイムで指し手を言い合ったから10分足らずで終わり、天衣が勝利したけど、空さんは研究会で疲れているはずだから、負けて元々の気持ちで指していた節があるな。ただ負けるだけじゃなくて、天衣の攻めの速度というのも見極めていたような気がする。
まあ今ここで測られても、三段リーグで対局するまでにはさらに成長しているから無意味なんだが。天衣はこの後、釈迦堂さんとも指すけど、序盤で負けてるなこりゃ。マイナビ本戦の準決勝では後手番角頭歩が決まった形だったけど、釈迦堂さんの序盤は普通に強いわ。
『釈迦堂さんの研究の範囲は、かなり広くて深いですね』
(……才能が無いと自称する方々は、もう一方の才能を持ち合わせていることが多くて困る)
『100メートル走を、50メートル走にするのも才能ですから。どんなに途中の走り方が魅力的な速度の速い100メートル走者でも、競技自体を1メートル走にする奴には敵わないです』
(極論を言えば、そういうことだな。現実は、距離を短くしながら走るスピードも速くなる奴が勝ち上がっていくんだが)
でも中盤の捻じり合いで天衣に形勢は傾き、終盤で釈迦堂さんの攻めを完全に断ち切った。……さっき空さんとの研究会をして、釈迦堂さんが疲れていたのもあるかもしれないけど、序盤で負けても勝ち切れる実力差か。1年前と比較すると、かなり強くなったな。
早くも2局目が始まったので、ここまで運転した晶さんに睡眠薬のことを聞きながら対局を見物していると、面白いものがあると歩夢に呼ばれて2階の部屋へ招待された。ここ、原作で九頭竜と歩夢が研究会をしていた場所か。今は、馬莉愛が必死になって夏休みの宿題をしている場所になっているけど。
そして馬莉愛は、目に涙を溜めて言う。
「じ、自由研究が終わらないのじゃ……」
世の中、世知辛いのじゃ……。
というかプロ棋士同士の相性を研究するって、小学生がする自由研究ではないな。
『プロ棋士の組み合わせって、何組あると思っていたんでしょうね?』
(しかも、現役のプロ棋士全員分をやるつもりらしいぞ。……どこか、そういうデーターベースは無かったっけ?)
『あるとは思いますが、それを利用して紙に纏めるだけでも一苦労でしょう』
歩夢が馬莉愛の自由研究を手伝っているのは、一応歩夢にもメリットがあることだからか。……天衣は夏休みの宿題とか、さっさと終わらすタイプだし勉強面を手伝った記憶は無いな。
「俺の相性は……まあ、そうなるわな」
俺のことを書いた紙があったので拾い上げて見てみると、1番相性が悪い敵として、名人と歩夢が同率で書かれていた。名人との相性が悪いと書かれているのは、去年の玉座戦のせいだよな。あの3連敗は、当然勝率に響いた。今年は3連勝しにいくけど。
歩夢は、ちょくちょく負ける相手としてちょうど良いから選んでいた時期がある。にしても、よく出来てるなこれ。歩夢が手伝っているせいで、まるで小学生の自由研究に親が手伝った時みたいな出来になっている。九頭竜の相性表は、当然ながら俺が相性最悪と書かれていた。
……これ、俺を除く全棋士にとって相性の悪い棋士は俺なんじゃね?勝率と対局回数でランキングにするなら、当たり前のことなんだけどさ。逆に相性の良い棋士は、ちょっと面白いな。歩夢が呼んだ理由も分かったわ。データのまとめとか、手伝わないけど。
「大木先生ェ!天衣お嬢様の着替えが終わったぞ!」
「ちょっ!呼ばなくて良いから!師匠も来るんじゃないわよ!」
しばらくすると、晶さんに呼ばれたので下に下りる。天衣は結局、釈迦堂さんと指して3戦全勝か。釈迦堂さんは格上との対局でも上手く互角には戦うし、相手のミスがあれば咎めて勝ち星を拾う対局をするけど、天衣は全部読み切った上で勝ったということかな。
そして天衣は、メイド服を着ていた。普通の白と黒が基調のメイド服だけど、スカートの丈が短い。白いニーソを履いていて、カチューシャは……性癖照合が早過ぎません?いや、合ってるけどさ。その格好で『マスター?』……邪なことを考えるのは止めるか。
一方で空さんは、白ロリみたいな服を着ていた。写真は撮られてないから、今日は空さんが勝ったのか。着替えた2人を見ながら、優雅に紅茶を飲む釈迦堂さん。おそらく今日の対局は全敗したはずなのに、そうとは思えないほどの笑顔だし、良い趣味してるわ。
……地味に空さんと天衣が釈迦堂さんの被害者同士という意識からか少し会話が弾んでいたけど、俺が2階に行っている間に何があったんだ。