うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

74 / 168
メイド服

大木が2階に上がり、1階には対局をしている天衣と釈迦堂、その対局を観戦している空銀子と晶の4人になる。2局目は天衣が居飛車を選択し、釈迦堂も居飛車を選択したために相矢倉になった。

 

「ここでは堅苦しい言葉を使わなくても、普段通りの言葉遣いで良い」

「……分かったわよ。それじゃ、遠慮はしないわね」

「よろしい。では少し質問させてもらうが、幼き女王が将棋を始めたのは、何歳の頃だ?」

「はっきりとは憶えてないけど、2歳か3歳の頃よ」

 

釈迦堂は昔ながらの棋士で、相矢倉を得意とする。相矢倉になったため、序盤は差が開かず、中盤以降は天衣の方が徐々に優勢となる。ここで釈迦堂が天衣に対して、質問を始めた。大木がどうやって天衣を育てたのか、気になっていたからだ。

 

「師匠に出会うまでは、アマ三段クラスだったと思うわ」

「大木三冠が弟子をとったという話が話題になったのは、去年の2月だったかな。僅か1年半でここまで成長するのは才能も大きいが、師の力も大きいか」

「言っておくけど、師匠に教わり始めた時に私の才能はそれほど無いと言われたわよ。私が強くなれたのは、才能を細分化して仕込んでくれた師匠のおかげ」

「……何?」

 

釈迦堂の質問に答えた天衣は、釈迦堂の言葉に反論し、隠すつもりもなく話し始める。そばで聞いていた空銀子にとっては、耳を疑うような話だった。

 

「読むのが疲れるなら、読んでも疲れない身体を。視野が狭いなら、無理やり視野を広くしてくれたし、センスが無いなら、擬似的なセンスも与えてくれた。だから今の私があるのよ」

「そうだったのか。その方法は、詳しくは教えて貰えなさそうだな」

「師匠が良いって言うなら、話すけど……」

 

対局は、天衣が連続して歩を打ち込み、飛車を4筋に移動させる。右四間飛車となって、釈迦堂の綺麗な金矢倉を、正面から叩き潰した。天衣の攻めを受け切れず、釈迦堂は攻め合いに出るものの、速度が全く足りなかった。

 

2局目もあっさりと天衣が勝ち切り、釈迦堂が次で最後にしようと言うと、天衣は頷く。3局目は釈迦堂が先手で、天衣は後手番角頭歩を採用した。

 

「後手番角頭歩の研究は、始めてからどれぐらいになる?」

「分からないわよ。後手番角頭歩は、実戦で磨いてるから」

「ほう?今までに、何局指したのだ?」

「それもわからないけど、1万局は超えているわね」

 

天衣の1万局という言葉を、釈迦堂は嘘だと思えなかった。一方でひたすら対局をする練習方法を無駄だと思っていた空銀子は、詳しく話を聞こうとし、声を出そうとする前に言葉に詰まってしまう。空銀子は基本的に、他者とのコミュニケーションが苦手だった。

 

釈迦堂は前回の対局の時と同じく、持久戦を選択。前回の敗戦から行なっていた研究を踏まえ、前回とは仕掛け所を変えるものの、天衣にとっては既知の範囲の変化だったため、難なく対応する。この対局も先程までと同じく、徐々に天衣が有利になっていった。

 

「ところで、話を引き受けてくれた経緯を聞こうか。大木三冠が、無理やり引き受けさせた訳ではあるまい。何か、とんでもない失敗でもしたか?」

 

天衣と大木を見透かしたかのような釈迦堂の質問に、言葉を詰まらせる天衣だが、話すのが不味い部分、言うなと言われた部分を切り落して軽く触りだけを話す。具体的には大木のパソコンが点いていたので覗き見て、性癖を知ってしまったことだけ。

 

「ふふっ、そうか。ああ見えて、しっかり男だったか。

……幼き女王よ。せっかく手にした情報というアドバンテージを、使わない手は無いぞ?言うまでもないが、大木三冠を狙う女子は多い。確か今年のバレンタインデーのチョコは、大木三冠が最多だったはずだ」

「そんな話、聞いてないわよ⁉︎」

「まあ、本人には渡らぬチョコだ。手紙ぐらいは届くかもしれないが、本人にとっては直接貰うチョコの方が大事だろう」

 

釈迦堂に乗せられ、今日着る服について、天衣は「じゃあ、メイド服を……」と言ってしまう。その後、天衣はハッとした顔で「今の無し!」と叫んだが、釈迦堂は「よい。どうせ、他言しない約束だったのだろう。我は黙っておる」と言う。

 

しかし天衣は、もう1人この場で口封じしなければならない人間が居た。空銀子だ。

 

「えっと、さっきの言葉は」

「あんたは、大木の事が好きなの?」

「……ええ。そうよ。それは認めるわ。だから」

「黙っててあげるから、質問に答えて。

あんたは大木が好きだから、将棋を続けているの?大木に追い付くために、将棋を指してるの?」

「……合ってるけど、合ってないわね。

私は師匠のことが好きだから、師匠を超えるのよ。師匠が独りぼっちに、ならないようにね」

 

その空銀子に話しかける天衣は、逆に質問を受ける。質問の内容は師匠である大木を好きなのかと、何故将棋を指しているかだった。空銀子も、九頭竜と一緒に九頭竜の実家へ帰省した時、九頭竜から好きだという告白を受けている。

 

九頭竜に追い付きたいと考えていた空銀子は、大木を超えたいという天衣の言葉を聞き、考え方を改めると共に、少しだけ天衣を羨む。大木が天衣を気にかけているのはそういうのに疎い空銀子でも把握しており、あの時の告白の回答を保留にしてしまった自分に疎ましさも感じた。

 

そして2人はその後、釈迦堂のお楽しみのために着せ替え人形にされる。JSである天衣のサイズのメイド服というのは世に数が少ないが、幼い頃より研究会をし、空銀子のための服が多くある「シュネーヴィットヒェン」には、そういう類の服が山ほどあった。

 

晶とも相談しながら、釈迦堂の提案して来たメイド服の山を眺める天衣。最終的にはいつもの黒い服に似たメイド服を選んだが、白の割合が増えており、白いニーソに猫耳のようなカチューシャという情報を活かした装備もする。

 

着替え終わった天衣を見て、興奮をした晶は写真を撮り始めると共に、大木を呼ぶ。その声で2階から下りて来た大木は天衣を見て、複雑な笑みを浮かべた。

 

大木は一言、よく似合っているとだけ言い、大盤解説用の衣装を適当に購入するとともに、そのメイド服も購入する。釈迦堂から大木用の衣装も用意すると言われた大木は、いつもの服に着替え終わった天衣を連れて逃げるようにしてその場を去った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。