うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
帝位戦第1局の2日目が始まる。今日は午後から大盤解説があり、天衣と俺が出ることになっている。終局まで解説することになってるし、明日は対局があるから早目に終わって欲しいところだけど、原作だと早目に終わっていたか。
まずは、聞き手役の天衣の紹介から。於鬼頭帝位の禿げ頭のせいでやけに報道陣の注目を集めたのは、天衣にとってメリットの方が大きいはず。
「ではこれより、帝位戦第1局、九頭竜竜王対於鬼頭帝位の対局の大盤解説を始めます。解説役は私、大木晴雄が務めます。聞き手役は今日が初めての聞き手役となる、夜叉神天衣女王です」
「夜叉神天衣です。今日が初めての聞き手役となります。本日はよろしくお願いします」
天衣のドレス衣装は清楚とはいえ目立つ。でもまあ、聞き手役の美人さんは着飾ることも多いし、釈迦堂さんとか歩夢は凄い格好で登場するので観る側も慣れているだろう。天衣の借りてきた猫のような自己紹介が終わったら、準備されていた現在の盤面の解説から行なう。
……本来、九頭竜は持ち時間を4時間近く残して於鬼頭帝位の玉を詰ましに行く。何せ、対局終了後に三段リーグの様子を見に行くからな。しかし今回は、持ち時間を使ってより慎重に考え込んでいる。これが、悪い方向へ転ばなければ良いんだけど。
「1日目は、新型の角換わり腰掛銀で先後同型まで一気に指されました。その後の展開は、於鬼頭帝位が九頭竜を攻め続ける展開です」
「九頭竜先生の封じ手は7六歩でした。ししょぅ、ん!んんっ!大木先生は形勢をどう見ますか?」
「若干於鬼頭帝位の方が優勢に見えますが、九頭竜が7六歩を数分で封じた辺りに九頭竜の才能が垣間見えますね。於鬼頭帝位の研究範囲の罠に嵌ったにも関わらず、それを於鬼頭帝位への罠に作り変えています」
「それが7六歩からの、この歩打ちですね。九頭竜先生の攻めに対して、於鬼頭帝位は手を抜いて攻め合いに出ています」
天衣は時々俺のことを師匠と呼びそうになるけど、その度に咳払いして誤魔化す。次第に緊張も解れてきたのか、会話もスムーズになっていく。何でもそうだけど、天衣は呑み込みが早いわ。大きな駒の扱いにも慣れている様子だし、落とす心配も無さそう。
(やべえ。天衣が聞き手役の時が1番やりやすいんだけど)
『自然とこちらを立てて来ますからね。10歳とは思えないほどの語彙力と猫被り力です』
(演技力と言え。こちらの意図を、自然と察してくれるのはありがたいわ。……将棋が強くない女流棋士だと、途中で噛み合わない時もあるしな)
『天衣自身が解説出来るのも大きいですね。っと、そろそろ問題の局面ですか』
(お?じゃあここから例の7七同飛成までは一直線か。それならもうすぐ終わるな)
「九頭竜先生が8六飛と飛車を走らせました。これは、於鬼頭帝位は受ける1手ですね?」
「はい。8七歩と受けて、3手後に終局です」
「え?
……7六飛、7七歩、7七同飛成までですか?」
「正解です。九頭竜はこれを、読み切って指していますね。
於鬼頭帝位の敗着は受けで手を抜いて攻め合いに出た所ですね。端を破って優勢になっているんですし、下手に九頭竜の足掛かりを残さなくても良かったでしょう」
封じ手の7六歩から、7七同飛成という飛車切りまで、僅か15手で帝位戦の第1局は終了した。天衣の初の大盤解説は、僅か1時間程度の出番で終わってしまった。対局者同士の消費持ち時間が短いからだし、俺はこのことについて文句を言える立場じゃないけど……。
この後は於鬼頭帝位が大盤解説への顔出しを拒否したので、九頭竜も拒否するという流れに。まあ於鬼頭帝位は禿げ頭にして負けたのだから、出辛いとは思うけど、九頭竜はこっちに来いや。
さて。原作では三段リーグの最終日に帝位戦の第1局があったから、九頭竜は対局終了後に急いで将棋会館へ向かった。しかし空銀子は今季の三段リーグに間に合ってないし、時期もまだ三段リーグの第15局、第16局の前。何が言いたいかというと、九頭竜は別に将棋会館へ行く理由が無いのだ。
(ということは原作12巻ラストの会話も無くなったか。そしてこれで、俺の知る原作範囲は終わったな)
『時期的にはまだ原作範囲内ですし、夏祭りはありますけどね。……帝位戦は、このまま九頭竜が4連勝で終わりそうです』
ソフトトランスレーターの異名を持つ二ツ塚さんは、特に対局中に言葉を発している様子も無かった。途中、苦虫を噛み潰したような表情をしていたから、九頭竜のヤバさは伝わっているはずだけど、前例のインパクトがデカすぎる。
会場の後片付けに入ると、於鬼頭帝位が話しかけてきた。どうやら大盤解説で、俺が7七同飛成まで一瞬で読んだことは於鬼頭帝位や九頭竜の耳にも入った模様。九頭竜がこっちに意識を傾けているし、変なことは言わないようにするか。
「君は、あの7七同飛成の筋をいつ読んだ?」
(え、どうしよう。対局前から知ってたとは言えんし、実際どのタイミングなら分かっても不自然じゃないんだ?)
『封じ手の前には、分かっていてもおかしくないんじゃないですか?事前知識が無くても、おそらく私は封じ手前に終局図が読めてました』
「封じ手前には、あの終局図を読めてましたが?」
「にわかには、信じられない話だな。だが君の今までの行動と結果が、全てを示している。
……才能とは、とても残酷なものだ」
「決めつけほど、不愉快なものは無いですよ。才能が無いなら、才能を獲得すれば良いんです。その証明は、もうじき終わりますよ」
「君の弟子によって、か?世間は第二の天才が現れたとしか思えないだろうな」
「天才の一言で、片付けられる話ではないですよ。天衣の古い棋譜は、マイナビ女子オープンの予選で確認出来ます。誰もがあの時、1年後に奨励会の三段になるとは思えない将棋を天衣は指してますよ」
才能が後付け出来るというのは、完全に自論だ。でも、絶対に出来ない話では無いだろう。才能が潰れるという表現はありふれているし、それなら逆に、才能というのは絶対に増えないのかと問われて、増加しないと言える棋士は少ないはず。
視野、フィジカル、メンタル、知識、経験、集中力、思考能力、試行能力、計算力、記憶力などなど。将棋の才能は、幾つにも細分化出来るし伸ばせる分野は幾らでも伸ばせる。小学生の頃に少しやって全然伸びなかったのに、大学生になって復帰したら一気に強くなる、というような現象が起こるのもこのためだ。
何なら小学生に100マス計算をやらせれば、勝手に終盤力は成長していると言い切れるし、集中力を高めれば読みは必然的に深くなる。並列処理能力を高めれば、経験を積む速度が倍増するしその他の能力の経験値も稼ぎやすい。
まあ、天衣以外にも育てないと一例だけでは証明し切れないのが辛いところだな。でも今のところ弟子を増やす予定は無いし、育てる気も起きない。もう天衣も、天才扱いで良いんじゃね?最近はまた将棋を指すだけで強くなるフェーズに入っているし、三段リーグも一期抜けしてくれるでしょ。