うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
九頭竜と於鬼頭帝位の帝位戦第2局は金沢で行なわれ、地元に近いあいが大盤解説を行なっていた。なお解説は神鍋歩夢七段。お互い顔見知りだし、相性は良かったんじゃない?あまり見なかった組み合わせだけど、歩夢のノリに付いて行けるあいは将来有望だ。
というか第2局は、終始九頭竜がリードを奪う展開だったから大盤解説2人のテンションが高かった印象。で、ちょうど帝位戦の対局が九頭竜の勝利で終わった頃に、天衣も課題が終わる。ようやく、八段の10面指しをクリアしたのだ。10面全勝というのは、本当に難しいな。
『天衣は気付いてませんが、ずっと天衣の全勝を阻んでいたのは祭神ですね。祭神に対してだけ、勝率6割前後だったので苦しい試練でした』
(……あれ、女流棋士の中ではバグ的存在だからな。何で女流棋士なのに帝位リーグ入り一歩手前まで来たんだよ。しかも今年は九頭竜が帝位を獲りそうだし、マジで帝位リーグ入りするぞあいつ)
その10面全勝を1番阻んでいた存在が、祭神になる。八段は人の数が少ないから、10面もあれば必然的に同じ対戦相手が来ることは多い。プロ棋士相手に勝ち越している存在だし、それに10面指しで意識のリソースが分割されている中、勝ちきるのは難しい。
帝位戦は、シード4人と帝位在位者を除く全棋士と女流帝位在位者、女流帝位戦挑戦者が予選から参加する。5人を除いた全予選参加者が段位やタイトルに関係なく8つの組に分かれてトーナメント戦をするけど、大抵の棋士が予選の2回戦までには登場するから番狂わせは多い。
その予選トーナメントを、2年続けて突破した九頭竜はわりと凄い。トーナメントを抜けた8人とシード4人でのリーグ戦は、6人ずつ紅白のリーグに分かれて行なわれるけど、そのリーグ戦も全勝で勝ち抜けて、挑戦者決定戦にも勝利して九頭竜は帝位戦挑戦者になった。
祭神はその予選トーナメントで、今年は決勝まで勝ち進んでいた。来年は、さらに強くなって女流棋士のまま帝位リーグ入りをするか、プロ棋士編入試験を受けてプロ棋士になって帝位リーグ入りするか……まあ、夜叉神天衣四段か空銀子四段が誕生したらプロ棋士編入試験を受けることは認められるだろうな。
「これからは、師匠と11面指しになるの?」
「そういうことだ。手頃なサンドバッグももう居ないしな。これからはフリー対局出来る方のアプリを使って、俺と指し続ける。棋風は全部変えてやるから安心しろ」
「……11面になったら、終わりはないわけね」
「いや、ソフトと良い勝負が出来るようになったと判断したらソフトを1面追加して12面にするぞ」
八段10面指しをクリアした以上、俺とは11面指しになる。この状態である程度指したら、ソフトを追加しての12面指しだな。とりあえず今日は一回11面指しをして、アイが容赦なく全勝した。アイにとっての良いサンドバッグになってないかこれ?
今日の指導が終わった後、帰ろうとしたら天衣のお爺さんである弘天さんに呼ばれる。弘天さんに睡眠薬の使用がバレたことは伝わったようで、正式に謝罪させてくれと言われた。なのでホイホイ弘天さんの自室までついて行くと、そこは四方がヤーさんで囲まれた広い和室だった。
弘天さんの隣には晶さんが申し訳なさそうに座っており、俺は部屋の中央に座るよう促される。やべえ。後ろにも控えているヤーさんが2人いるぞ?今ここにいる8人のヤーさん、全員がチャカを持っていてもおかしくは無い状況。何を言われるんだ。
「大木先生には、本当に申し訳無いことをしたと思っている」
「いえ、正直そこまで気にしていないというか……ただ、何でこのようなことをしたのかは聞かせて下さい」
『そんなこと聞いて良いんです?』
(むしろ、聞かない方が不自然だろ。……たとえ答えがある程度予測出来ていても、実際に聞いたのと聞いてないのとでは天と地の差がある)
「……大木先生が、ストレートかどうかを確認したかった。後は純粋に女性への興味があるか、EDじゃないかなどを早目に知りたかったのだ」
「ふぁ!?」
そして弘天さんの思っていたよりもストレートな回答に、変な叫び声が出る。マジで天衣の婚約者相手として妥当かどうか調べられていたのか。晶さんも頭を下げた後、持っていた紙を渡してくる。何が書かれているのかと思ったら、原作で見た文章とほぼ一緒だな。
[誓約書
私、大木晴雄は、夜叉神天衣さんが満18歳の誕生日を迎えたその日に、天衣さんと結婚することをここに誓約いたします。それまでは天衣さんのことを婚約者として誰よりも大切に遇し、決して浮気したり他の女性に目移りしたりしません。この誓いを破った場合、命をもって償います。何をされても文句は一切言いません。
大木晴雄 印]
……これはやべえ。原作はまだ良い。この誓約書が九頭竜相手に出てきたシーンはギャグパートだし、弘天さんサイドも半分……8割程度しか本気じゃなかった。だけどこれは、10割本気だ。俺のことを隅々まで調べ上げて、俺になら天衣を任せられると判断したんだ。
『どうします?下手な回答をすれば、命が無いですよ?』
(仮にここから、逃げ出そうとした時の逃走成功確率は?)
『前後に2人ずつヤーさんがいて、四隅にも控えていて、身体を鍛えてないマスターが突破出来るわけないでしょう。生きて家に辿り着ける確率は、ロト6とロト7の1等が同時に当たる確率より下です』
(ひっく。まあ良いか。応えるしかないわなこれ)
「……文章の修正を求めます」
「ほう、どこを修正する気かね?」
俺が誓約書の文章の修正を求めると、明らかに勝負師の眼光で俺を見つめて来る弘天さん。恐怖で一瞬、考えていることが飛んだじゃないか。
「満18歳を満20歳に修正することと、天衣の同意についても盛り込む誓約書にして下さい。天衣の気持ちが1番ですから」
「……分かった。また後日、この件については話し合おう。それと1つ、詫びの品というか、餞別だ」
「何ですかこれ?花と密?
……著者鬼沢談って、官能小説じゃないですか!?」
とりあえず天衣の気持ちを第一にして、内容の修正を求めておく。20歳でも結婚は早い方だし、18歳は流石に早過ぎる。そして餞別として、原作でも弘天さんと繋がりのあった鬼沢先生のエロ小説が贈られた。絶妙に要らない。
今時は全部パソコンで完結するし、見た感じ召使いと主人のSMプレイ小説なので趣向とも合わない。なるべく合わせようとはしてくれた雰囲気は感じるけど、そもそも痛い系のSMプレイは直視できない性質の男だ。賛否両論あるだろうが、痛そうなのは抜けない。