うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
帝位戦の第3局は2日目を迎え、九頭竜の封じ手はソフトやアイの読みと一致する4五歩だった。歩を持ち上げ、パチリと前に進める九頭竜。於鬼頭帝位も同歩と応戦し、いよいよ開戦かと思ったら、また盤面全体で伏線を仕込む作業に戻る九頭竜。端歩突いては取らせ、端歩突いては取らせ……。
於鬼頭帝位から九頭竜の陣地へ踏み込んだ瞬間、カウンターパンチを仕掛ける九頭竜。これ、あいの将棋に似ているな。岳滅鬼さんのようにひたすら待ちのスタイルじゃないけど、結構待った気がする。タイトル戦で相手の攻めを待つとか自殺行為に等しいけど、持ち駒が増えないと成立しない攻めを画策していた?
『私にとっては見破れる罠ですが、高段棋士でも引っかかるんじゃないですか?於鬼頭帝位は……回避しましたね』
(うん。於鬼頭帝位の攻めが鋭すぎるし、九頭竜が負けそうか)
『いえ、一つ目は回避しましたが、二つ目には嵌っています。この場面、九頭竜が1番嫌がったのは受けられて攻めを潰されることです。於鬼頭帝位が攻めている時点で、九頭竜の罠に嵌っているんですよ。九頭竜の囲いは、そう簡単には崩されませんから』
(はあ?どう見ても簡単に潰れるかたち……いや、簡単には潰れないのか。ほとんど居玉にも近いのに、案外受けは続くな)
さて、大盤解説の時間だ。あいとは1対1で話すことすら今まであまり無かったのに、今から終局まで喋り続けないといけないのはちょっと辛い。あと俺とあいの大盤解説が上手く行けば行くほど、天衣の機嫌が悪くなりそうなのは辛い。
この前の大盤解説の罰ゲームで、これからたまよんのことをたまよん呼びしないといけなくなった時、明らかに不機嫌になってたからな。それでも通常通り会話は出来たし、指導対局も無事にこなしたけど、久々にツンツンしていて新鮮だった。
「皆様、おはようございます!聞き手役をする、雛鶴あいです!」
「そして解説は私、大木晴雄が担当させていただきます」
あいは初めての大盤解説から半年以上の時が経過しているし、流石に慣れてきたのか声も大きい。元気いっぱいという感じで、やっぱり天衣と雰囲気はかけ離れてるな。名前は同じだけど、性格は結構真逆。
「九頭竜先生と於鬼頭先生の帝位戦第3局は、79手目まで進んでいて今は九頭竜先生が長考中です。大木先生、この手数でこの局面は、ちょっと進みが遅いですよね?」
「そうですね。大体九頭竜のせいなので、恨むなら九頭竜を恨んで下さい。今日は夜遅くまで解説することになりそうです」
「終局まで!ですからね。ししょー!頑張って下さい!」
「流石に聞き手役が片方の対局者を応援するのは自重して下さい。私も人のこと言えないですが」
最近取得した愛想笑いしながらも困り顔、を継続しながら九頭竜と於鬼頭帝位の指し手を逐一解説していく俺。この対局、下手しなくても150手超えそうだな。また深夜まで解説しないといけないのかよ。いい加減にしろ。
『玉座戦も迫っているのに、スケジュールはカツカツですからね』
(忙し過ぎてそろそろ月光会長にストライキ宣言したくなって来たんだが?不労所得を得られそうだから今の俺は無敵だぞ?)
『トップ棋士の大木四冠がプロデュースするタピオカ専門店が、元プロ棋士現ニートの大木晴雄がプロデュースするタピオカ専門店になれば価値は激減すると思いますよ?』
(あー、考えたくねえ。ストするにしても、最終的に男鹿さん言い包めないといけないのが辛いわ)
タイトルは増えれば増えるほど、忙しくなる。自分のタイトルが増える=タイトルホルダーの人数が減るということだからな。九頭竜の世間一般の評価はロリコンのせいで低いし、世間一般からの評価が不自然に高い俺に依頼や仕事が集中するのは完全に自業自得だ。
「そういえば大木先生は、面白い写真を沢山ツイッター上にアップしますよね?」
「私は、すぐに写真を撮れるようにしていますからね。面白いと思ったらすぐに写真を撮りますよ」
「どうして九頭竜先生と私の写真が多いんですか?」
「九頭竜と雛鶴さんが揃っている写真は人気が高いからです。毎回のようにリツイート5桁行きますし」
九頭竜は、JS達に囲まれている率が高い。この前の夏祭りの時とか、スマホでビデオ通話したらJS研の全員が裸でこっちがビビったわ。というかあいに挨拶しようとしていた天衣がビビってた。JS達を自室で浴衣に着替えさせるとか、わりと犯罪チックだと思う。
対局は形勢不明というか、互角になり、ソフトの評価値は安定しない。深く読めば読むほど、プラスになったりマイナスになったりで忙しい。なおアイに聞いたら九頭竜422の於鬼頭帝位328という返答が。最近のこの評価の仕方は、単純に今の局面からアイが750面指しをしてそれぞれの勝った回数を集計しているだけだな。勝つか負けるか、世界一単純な指標でもある。
「現状、九頭竜の方が若干勝ちやすい形ですね。ここに来て、先程垂らした歩の存在が大きくなっています」
「於鬼頭先生は九頭竜先生の垂らした歩のところに、角を打ちたかったんですよね?」
「そうですね。それもありますし、於鬼頭帝位が飛車を打ち込むとして、自陣への効きも防ぎます。取りに行くのも手損になりますし、今になって受けるのも厳しいです」
九頭竜は持ち時間が於鬼頭帝位より減っているから、この局面が研究済みというわけじゃない。だけど序盤中盤で仕掛けた伏線の回収率が凄いのは、先を見越して準備していたからだ。将来的にどういう局面になるか、それを序盤中盤で考えながら指して、勝勢になっているのは九頭竜の構想力が飛び抜けていることを示している。
まあアイはこの局面を読んでいたらしいが。こいつもこいつで頭おかしいけど、負けず嫌いなところはあるから真偽不明。とりあえず解説をこなしていくけど、あいが思っていたよりも大人しかったから何とかなった。
(あいは今度女流玉将戦の挑戦者決定戦だっけ?月夜見坂さんはお疲れさまでした)
『奨励会6級ですら通用しなかった月夜見坂さんに、あいの相手は荷が重いでしょうね』
あいはこのまま勝ち進めば、10月から女流玉将のタイトルを賭けて月夜見坂さんと三番勝負を行なう。女流玉将は、予選と本戦の持ち時間が25分と短いからあいはめっちゃ強かったんだよな。持ち時間が短くても終盤で間違えないというのは、相手の女流棋士達のプレッシャーにもなっていたと思う。
……あいは天衣が出場を断った女流玉座戦も勝ちぬいているけど、タイトルホルダーの空さん相手に勝つのは難しそう。でも万が一空さんが負ければ、三段リーグの序盤で空さんが崩れる可能性も出て来る。まああいも女流玉将戦と同時に女流玉座戦を行なうことになるから、とりあえずは女流玉将戦に集中する感じになるのかな?