うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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御城将棋

九頭竜が4連勝のストレートでタイトルを奪取し、無事に竜王、帝位の二冠になる。おそらく今が九頭竜の全盛期。いや、これから成長し続けて行くなら最終的にどうなるかは分からないけど。でも、三冠になることは無いだろうな。来年の帝位戦で九頭竜から帝位は奪う予定だし。

 

9月の半ば、玉座戦の第1局が始まるので仙台まで移動。タイトル戦は、移動時間という名の拘束時間が長い。九頭竜が4連勝でタイトル奪取したこともあり、三番手直りが大真面目に検討され始めてるけど勘弁して欲しい。名人主導で、かなり形になってきているのが怖い。全タイトル戦で導入されれば、マジで俺にとっては地獄だぞ。

 

『しかし将棋界にとって、七番勝負が途中で終わると結構痛手なのも事実です』

(事実だから困ってるの。何か俺の負担が軽くなる案とかない?)

『……タイトル戦前にタイトル挑戦者はタイトルホルダーに駒落ち将棋で勝てなければ、その年はタイトル戦を行なわない、とか?』

(……大昔の、それこそ戦前とかの制度じゃねえか。ただまあ、八冠になれば出来そうか?)

 

前夜祭では名人の応援者が多くて、それを見せつけられる。名人のタイトル通算100期の内、4分の1がこの玉座であり、どんな状況でも名人は死守して来たタイトルだ。

 

でもわりと、俺を応援している人も多いな。思っていたよりも多い、程度だけど応援してくれている人がいるのは嬉しい。まあ指すのはアイなんだが。俺が指したらたぶん負ける。絶対負けると思わなくなった辺りに成長を感じるけど、後ろ向きなのは変わらない。

 

定刻通りに始まった対局は、名人が先手で相掛かりに。ん??あれ?これって……。

 

(御城将棋だよな?)

『御城将棋ですよ?7五歩に対して6七銀と引く辺り、名人は意図的ですよ。5四角』

(あー、マジで御城将棋だ。ある程度までは、棋譜通りに指した方が盛り上がるか。……この対局、後手が負けるんだけど)

 

名人との対局は、御城将棋の1局と全く手順が同じになる。後手番で俺が角交換をしたことや、名人が腰掛銀を採用したこともあり、30手目まで同一局面が出来上がる。1850年、大橋宗珉対伊藤宗印の対局だな。

 

御城将棋というのは江戸時代の11月17日に将軍の面前で毎年指されていた儀式的な将棋であり、まず現代の将棋では見られないような指し回しや戦法が見られる。美しい棋譜もあれば、明らかに八百長な棋譜もあり、御城将棋と言っても玉石混淆だ。しかしながら中盤の攻め合いや局所的な手筋は参考に出来るものもあり、プロ棋士なら知っている人も多い。

 

あと、11月17日は俺の誕生日です。2000年11月17日生まれ。御城将棋が毎年11月17日に指されていたのと、何か運命的なものを感じられるような、感じられないような……。

 

その御城将棋の中で、1850年11月17日に指された対局と酷似している。5四角と持ち駒の角を自陣側に打った俺に対し、名人は7九玉と御城将棋そのままの手順を指す。やべえ、どこまで付き合えば良いんだこれ?

 

『4四歩。流石に名人も5六まで金は上げてこないでしょうし、途中で外れるのは確定ですね』

(あの対局、わりと好きだし有名だから気付く人も多いんじゃないかな?うーわ5七金指して来たじゃん)

『……2二玉と言いたいところですが、7六歩で』

(こっちから外れるのはしゃーない。なぞるだけなぞって負けましたは嫌だしな)

 

アイは御城将棋の本譜より少し早く、仕掛けた歩で相手の歩を取り込んで開戦を決行。……アイは、何手目で御城将棋だと気付いたんだろうな?俺よりかは早かったのは確定だけど、アイも10手目ぐらいから狙っていたのか?そうじゃないとここまで同一局面が続くとは、思えないしな。

 

で、ここからは中盤力を試される局面だけど、名人は古い棋譜から着想を得たのか緩手が多い。でもそれを咎めるような手もそんなになく、アイは終始戸惑っていた。ノータイムだけど。

 

(ええ……とか言いながらノータイムで斬っていくのは容赦ないな)

『一個の目的しか達成できない手というのを、名人が何度も指して来たら戸惑いますよ。しかしまあ、不格好な将棋ですね』

(御城将棋の手順をなぞったらそうなるわ。……今のは、俺でも分かる悪手だな)

『それでも、咎めるのは難しいですね。既知の範囲では無いですし。これはもう咎めるより、こちらの攻めを優先した方が良いでしょう』

 

対局は結局、96手目の4七銀不成で名人に必至がかかり、その後数手だけ名人は王手ラッシュをして投了した。地味に最後の王手は、取れば即詰みだったか。わりと危ない将棋だったんだな。

 

『御城将棋になるかもしれないと、こちら側も期待したせいで危ない橋を渡ってしまいました』

(まーでも、五番勝負だし1局ぐらい負けても問題無かったけどな。そろそろストレート勝ち以外の成績にしないと、また三番手直りの話が進む……)

『もう既に、止められないんじゃないですか?下手すれば、来年の棋士総会で議題に上がりますよ』

(ああ、それは辛い。そうなると、最初の三番手直りが実現するのは九頭竜との帝位戦か?)

 

危ない橋を渡ったとアイが言うが、たぶんアイの性格的に100トンのハンマーで石橋を叩きながら渡っていたと思う。大盤解説の方は歩夢と天衣の組み合わせだったわけだけど、天衣は御城将棋を知らなかったみたいで、御城将棋だと気付いた歩夢のハイテンションについて行けてなかった。

 

まあ、歩夢が暴走した時はたまよんとあいぐらいしかついていけないから仕方ない。あとは身内の釈迦堂さんと馬莉愛か。いきなり「これは……いにしえより伝えられし神話の軌跡⁉︎」とか言いだすからな。聞き手役で歩夢のハイテンションを止めるのは難しいし、ノリを合わせるのも難しい。別に、大盤解説として失敗だったわけじゃないから天衣はそこまで気にしなくても良いんじゃないかな?

 

(でも、御城将棋を知らなかったのは意外だったな?歴女だと思ってたけど)

『戦国時代しか知らなかったんじゃないですか?徳川家康を貶していましたし、江戸時代に指された将棋は見向きもしてなさそうです』

(ああ、そうだった。……一応、名局だけは教えておくか。知って損する棋譜ではないし)

『面白い筋や、現代では考えられないような手順というのは参考にもなりますしね』

 

とりあえず天衣に、御城将棋についてと面白い対局だけ教える。御城将棋の詳しい説明は、する方も難しいんだよな。戦国時代まで話を遡らないといけないし、武士の間で将棋が流行り、織田信長が部下に将棋を推奨していたことから話をしないと理解し辛い。一世名人の大橋宗桂は、織田信長から桂馬を使う名手ということで宗桂の名を貰っているしな。

 

だから将棋の強い人は、将棋指衆として将軍家直々に召し抱えられた。今も昔も、将棋が強いとそれだけで飯が食えたわけだ。そして昔の棋士は、序盤こそ今よりレベルが低いものの、中盤や終盤は今のプロとも張り合えるぐらいに強い人も多い。

 

……たぶん、昔の名人なら今の並のプロ棋士相手でも勝負になるとは思う。中盤力や終盤力なら、昔の名人に軍配があがるかもしれない。もうちょっと、昔の棋譜は漁るか。天衣にとっても勉強にはなるだろうし、昔の対局でも名局は名局だ。それは決して、色褪せるものではない。


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