うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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歩夢vs九頭竜

11月を迎え、竜王戦の第1局が始まる。今年の九頭竜への挑戦者は神鍋歩夢七段。去年は竜王の挑戦者決定戦で名人に負けたけど、今年は破竹の勢いで勝ち進んで挑戦者の座を掴み取った。歩夢にとっては、初のタイトル戦にもなる。歩夢は俺と九頭竜より学年は2つ上で、今年20歳だけどぶっちゃけこれでもタイトルの挑戦者としては若い方。棋士としての指し盛りは、20代後半から30代前半とも言われているからな。

 

立会人は月光会長が、大盤解説は篠窪八段とあいが務める。またあいは、大盤解説の聞き手役を全対局で希望したらしい。九頭竜のことを大好き過ぎるだろと思うのと同時に、あい自身は女流玉将戦と女流玉座戦があるから相当忙しいスケジュールになっているな。たぶん九頭竜より忙しい。

 

……女流玉将戦は月夜見坂さん相手に既に1勝してるし、あいがタイトルを獲得する日は近い。女流玉座戦の方は、空さんの日程次第だけど11月下旬からかな。普段なら重なることも珍しくないけど、今年はギリギリ重ならなかったか。

 

女流棋士は、こういうと失礼だけど容姿で仕事の量に大きな差が出来る。空さんなんて、学生じゃなかったらえげつない仕事量だったと思う。今は空さんも天衣も三段リーグ中だし、学業のこともあるからかなり考慮されているけど、それでも忙しいことに変わりはない。

 

『……何でマスターは、出店したんでしょうね?働いている量に対してあり得ないほどの収入ではありますが、確実に私生活を削ってますよ』

(何でオープンする前に気付けないかなぁ?でも何もせずに儲けの3割を懐に入れるのもなぁ……)

『マスターが分け前を貰わないと夜叉神家にかなりのお金が入ってしまいますし、大木晴雄の名前が入っている以上は3割ぐらい良いと思いますが。資金を半分出している以上、何もしていないということはないですよ』

(儲けの何割云々の話をすると、店長に数%しか入ってないのに今気付いたわ。定額で店長を雇った夜叉神家は凄いな)

 

なお俺は忙しさに拍車がかかっているので、最近では夜叉神邸で行なう指導対局の時間がリラックスタイムになってる。3段のティースタンドからチョコ菓子を摘まみつつ紅茶を飲み、タブレットで竜王戦の中継を見ながらスマホで11面指しをする。なおスマホは全部天衣の前に置いているので、天衣に操作を任せている。天衣の前にずらっと並ぶ22個のスマホは、縦2列横11列だから、ちょっと操作が大変そうだ。

 

「最近の天衣は、スマホの操作まで早くなったなぁ2番5六歩6番9七角成」

「誰のせいだと思っているのよ。3番8七歩8番6四角11番5八飛車成」

「……天衣が全力での11面指しを、脳内でも出来るようになれば問題は解決するぞ。3番同銀成8番5三金上11番同玉」

 

天衣は、脳内での11面指しもやろうと思えば出来るだろうけど、7面以上は判断力や読みが落ちるし何よりも持ち時間の設定が面倒。それならスマホのアプリを利用した方がまだ指導対局になるし、棋譜も見返しやすいから便利だ。

 

「お、九頭竜の囲いが崩れ始めたか?1番2三飛5番同歩竜王戦3三成桂」

「竜王戦の局面は……九頭竜先生の方が優勢なのかしら?2番5八歩6番同香」

 

しかしまあ、棋譜を伝えるだけで脳内で竜王戦の盤面を思い浮かべられるのは中々に凄いことだと思う。天衣は今、11面の盤を見て指しながら、竜王戦の盤面を頭の片隅に置いている状態。あ、でも竜王戦の盤面は怪しそうだな?竜王戦に関しては、かなり無理してそう。

 

『そろそろ足でオート周回したいとか考えてません?流石に人の家でそれは失礼ですよ?』

(いや、今の段階でかなり失礼だろ。俺の指し手、天衣に任せている状態だし)

『脳内将棋は、ハンデになりませんからね。建前上はハンデになってますが』

(あー、晶さんに指し手を任せれば良いのか?最近は初段昇段が見えてきたらしいし、本腰入れるなら女流棋士を目指せるな)

『自慢げに5連勝した勝敗券を見せに来ましたからね。今度2連勝か4勝2敗の成績であれば、初段昇段です』

 

夏頃にアマ2級に昇級した晶さんは、現在アマ初段の壁で丁度止まっている感じ。天衣が奨励会の日とか棋士室に行く日とかに将棋道場の方でめっちゃ指しているけど、それで本当に社会人として良いのかは疑問。なお現在の将棋道場の棋力はアマ1級。初段からどんどん昇段するのが難しくなるし、この辺から同じ段位でも弱かったり強かったりすることがある。

 

……天衣には、もう一人格が頭の中にあってそれに指し手を任せていることまで言ってあるけど、全部が全部任せているみたいなことは言ってないんだよな。それに今の俺の状態やもう一つの人格について、正確には伝わって無いはず。だってアイが表には出て来ないし、普通の人は与太話だと思うからな。

 

「晶さん、来年のマイナビ女子オープンに出てみます?どうせ天衣は解説席に呼ばれますし、女性の中での実力を試す心持ちだけでも良いと思いますよ」

「わ、私がか!?……来年の8月までに二段になれれば、挑戦してみたくはある」

 

(あー、初段から二段への昇段は今までより更に難しくなるんだよな。8連勝か10勝2敗だから、結構厳しいな)

『晶さんは基本的に指し分け程度の星ですからねぇ。奇襲戦法大好きで勝率も安定しませんし、来年の夏までに二段になれたとして、1回戦突破も難しいです』

(指し盛りを過ぎた女流棋士ならワンチャンある感じだな。……晶さん、まだ研修会入れるんだよな?)

『条件は25歳以下ですから余裕ですね』

 

今年のマイナビ女子オープンの予選に天衣は呼ばれなかったが、そのためか昨年より観客の数が大きく減ったので来年の夏は呼ばれる方向で話が進んでいる。ついでに俺も呼ばれるだろう。最早天衣のおまけ感覚である。

 

どうせならそのマイナビ女子オープンの予選に、晶さんも出てみれば良いじゃないかと話をしてみる。来年、もしかしたら22歳女流棋士池田晶が誕生するかもしれない。まあ桂香さんとか25歳で女流棋士になっているし、女流棋士なら大学から将棋を始めても間に合う。

 

九頭竜対歩夢の対局は1日目が終わって九頭竜が封じ手を行なった。今回は、指し手が決まってそうなのに定刻まで悩んだフリをしての封じ手だし、持ち時間は歩夢がリードしている形になる。しかし矢倉同士の戦いで、形勢は全くの五分か。まだ戦いが本格的に始まってないし、2日目だけ見れば良かったやつだな。


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