うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
夜叉神家で天衣の指導対局が終わった後は、いつも通り夕食をご馳走になる。今日はかなり大きな鯛の活け造りが出て来たけど、本当にこのレベルの料理を無銭で食べて良いのだろうか。お陰様で40キロには到達したから感謝しかないし、ここで食べるのを止めた瞬間に39キロへ戻りそうだけど。
神戸から福島まで帰るのが億劫になった俺は、夕食を食べた後、夜叉神邸に泊まることを伝える。無駄に広くて空き部屋が多いし、来客用の布団まであるので何度かお世話になっているけど、特に理由なく泊まったのは今日が初めてか。
『何で人の家に泊まって布団の中に入ってやることがゲームなんですかねえ』
(寝たら寝たで五月蠅いくせに、文句言うなよ。今日はチャンピオンになれなかったら即寝るから)
『じゃあ今日は徹夜ですね』
(……新垢ではやらねーぞ?)
広いお風呂に入った後は、ノーパソを持ち出してカタカタと布団に潜りうつ伏せの姿勢でゲームを始める。すると、プレイ中に背中に重量を感じた。これ、布団の上から天衣が乗ったな?天衣の方が下手したら俺より重たいはずだけど、まあギリギリ何とかなるな。
「……何でゲームをやってるのよ」
「楽しいから。どんなに自分が強くても、運次第で負ける可能性があるゲームだしな」
「チーム戦なんだっけ?私にも出来そう?」
「FPS系は慣れるまで時間かかるし、プレイするだけなら別に今始めても良いと思うけど、結構難しいぞ?」
小学生はもう寝る時間なのだが、将棋指しは夜型の人も多い。天衣も大盤解説や将棋の研究で、夜遅くまで起きることが増えた。そんな天衣が、俺のプレイするゲームを見て始めてみようとか言い出したけど、コイツ今人生を賭けて戦う三段リーグの真っ最中です。俺の悪い面まで真似しないで欲しいけど、俺自身がやっているから無理に止めることも出来ない。
しかし天衣は、どういうゲームを俺がしているのか知りたかっただけのようで、そこから天衣自身がプレイをする話にはならない。俺の画面を、ただ見ているだけだ。スマホのゲームの方は俺の真似をして前に少しだけ触ったようだけど、そこまで真剣にはやってなかったはず。
「ねえ、寒いから入って良い?入って良いわよね?入るわよ」
「問答無用かよ。別に良いけど」
しばらくすると、天衣が布団の中に入って来た。俺は平静を装っているようで、内心はパニック状態になる。というか誰か天衣を止めろ。俺の人生が終わる。
『つい先日、夕食にお赤飯が出ていましたね』
(何でそのこと思い出した!?いや、マジで終わるから。手を出したら棋士生命どころか人生断たれるから)
『話が飛躍し過ぎていますよ童貞。そんなんだから彼女いない歴40年なんです』
(うるせえ。前世までカウントするなや)
今年は冬の訪れが少し早く、夜は冷え込むようになった。だからと言って、異性の布団に潜りこむのはどうかしているし、天衣による好意の表れでもある。……もうすぐ、俺の誕生日だ。原作では九頭竜の誕生日に九頭竜へ告白していた天衣だけど、その告白はあるのだろうか?
『最後は2時の方向の瓦礫から出てきます。照準は合わせておいて良いかと』
(あ、はい。こんな時でも指示を出せるのは流石です)
『範囲縮小の傾向と今までに倒した敵から、残りの敵がどこにいるのかとどのルートを使うかの予測はオートで出来ますからね』
(ある意味、スペックの無駄遣いではあるな。今日は10連勝か)
「……これって、どのぐらいの割合で勝てれば良いの?」
「さあ?5回やって1回チャンピオンなら強いと自称出来る感じだな。1番上のランクで5連続チャンピオンなら、ツイッターで自慢出来ると思うぞ」
「師匠に将棋以外のファンがいる理由は、課金額が凄いだけじゃないのね」
「まあ、ゲーム一本でも食っていけるとプロゲーマーたちに太鼓判は押されてるからな。歩夢に対抗して、俺もY○uTubeチャンネル作るかなぁ……」
アイの指示を受けて勝ち続けながら、天衣と会話を続ける。天衣が布団の中に入ってから、妙に布団の中の温度が上がった気がする。まだ天衣の方へ顔を向けられないけど、顔真っ赤にしているのだろうか?
ゲームの方は、無事置きエイムが決まって1位が確定する。何度も強すぎてチートを疑われているけど、置きエイムの成功率が高くなって来たのでそれも収まって来た。最近は、ほぼ100%だしな。それでも武器や防具の強さの差で押し負けたりするけど、駆け引きや撃ち合いは楽しい。
プロ棋士にならなかった場合、プロゲーマーになっていた可能性は高い。いや、将棋を続けていたからこその今のゲームの実力だし、案外ゲーム一本だったら大した腕前じゃなかった可能性もあるか。
『そろそろ現実逃避を止めたらどうです?天衣が隣で寝てますよ?』
(安心しろ。俺の手には先程貰った睡眠薬がある。今からこれで、6時間ぐっすりだ)
『……まだ負けてないのに。寝ている間、貞操が無事だと良いですね?』
(怖いこというなよ。眠れなくなるだろ)
天衣は、いつの間にか俺の隣で眠っていた。この状態では流石に普通に眠れないけど、俺も睡眠薬を飲めばすぐに寝られるだろう。この睡眠薬を使い始めてから、月に一度はぐっすりと眠って脳の疲労を吹き飛ばしている。寝ただけでアイが大幅に成長したのは最初の1回だけだけど、定期的に寝た方が寝ない時よりもずっと気分が良い。
用意して貰っていた水差しを使って、粉状の睡眠薬を流し込む。すぐに眠気が襲って来たので、横になると天衣の顔があった。相変わらず綺麗な顔だなとうつらうつらしながら目を閉じようとすると、天衣の両目が、パチリと開いた気がした。
……眠りに落ちる直前、何か唇に当たった気がするのは夢だと思いたい。だってキスの感触とか全くなかったし、万が一そうならめっちゃ損した気分になる。
翌日の朝は先に天衣が起きていたので、寝起きの天衣を見ることもなく、夜叉神邸で指導対局しながら竜王戦の2日目を観戦する。うん。九頭竜がまた封じ手を利用して勝ったなこりゃ。互角の場面で、攻め合いに出るか出ないかの局面で封じ手はする方が有利だ。多少それで持ち時間を使ったとしても、1時間程度なら何とでもなる差だ。
今後、二日制のタイトルが見直されることとかあるのかな。もし見直されるなら、持ち時間の短縮を希望したい。1日で終わってくれれば、それだけ拘束時間が短くなるからな。我ながら最低な事を言っている自覚はあるが、わりと切実な願いだ。