うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
普段俺は、女流のタイトル戦なんて観戦しようとあまり思わない。今年の山城桜花戦は原作イベントだったので間近で見たし、女王戦は天衣のタイトル戦なので全局観戦したけど、結果だけ知って棋譜すら見ずに「ふーん」で終わることも珍しくはない。
それでも、今年の女流玉座戦は見たいと思った。女流玉将戦の第2局で、あいは永世女流玉将に王手をかけている月夜見坂さんを、圧倒的な力の差でねじ伏せた。最初から、人類最高峰の終盤力を持っているあいだ。九頭竜とのスパーリング回数は原作よりも増えているだろうし、中盤の殴り合いも強くなっている。
もう既に、奨励会で有段者レベルの実力と言っても過言ではない。ということは、空さんでも負ける可能性はあるということだ。そう思って女流玉座戦の第1局を観戦する。まあ単純に、この対戦カードは気になるわ。
『九頭竜とキスをしたであろう日から空さんも強くなっていますが、あいの成長速度の方が上でしょうね。このタイトル戦でも、大きく成長すると思います』
(……天衣もキスをしたから成長速度が速くなるということはないかな?俺が起きている時じゃないと無意味?)
『何考えているんです?頭の中はお猿さんですか?それに成長速度は、もう天衣の方が上です。上ですが……真っ直ぐ進んでいるのはあいの方でしょうね』
(だろうな。たとえどんなに速いエンジンを積んでも、真っ直ぐ走れてなかったら意味がない。
真っ直ぐ走れてなかったとしても、圧倒的速度で問題のない様にしたのが俺だし、その方法を天衣が真似できるかと言ったら……)
『現段階でも、普通のプロ棋士から見ればあり得ない速度なんですけどね。あいがちょっと異常過ぎます』
女流玉座戦の第1局は、大阪で行なわれる。今年の女王戦ほどの盛り上がりではないけど、2人の人気は高いから人は集まる。場所は、大阪駅から徒歩7分のホテルだ。空さんにとっても、あいにとっても近場ではある。何なら、福島にある九頭竜の家から歩いて10分ぐらいだしな。
これならあいのことを応援している商店街の人達も来ることが出来る距離だし、現地での大盤解説役は大変そう。飯盛さんと桂香さんは頑張れ。
先手番になった空さんは、初手で飛車先の歩を突く。居飛車明示だ。対するあいも、2手目は8四歩。互いに、飛車先の歩を突き合った後は流れるようにあいが角交換を仕掛ける。若干、空さんがイラッとしたのは見逃さない。
互いに腰掛銀へ移行するが、先後同型ではないな。空さんの玉は6八と矢倉側にあるのに対し、あいの玉は5二にいる。このあいの指し方は、完全に九頭竜インストールしてるわ。あいは働いていない飛車を4一飛と4筋に移動させ、対する空さんは8八玉と囲いの中に入った。序盤が終わって、形勢はほぼ互角。
これが中盤の山場になっても互角だと、勝負ありなんだよな。理不尽過ぎる終盤力である。天衣も昼過ぎには興味を持って観戦に来た。関西将棋会館から現地まで、ほとんど時間はかからないしな。
『今のところ、全くの互角ですね。……ソフトの評価値は、何故か先手優勢ですけど』
(ソフトの中盤の+1000は、個人的には信用できない数値だしアイの方を信じるわ。というか、俺でも先手がそんなに優勢だとは思えない)
「今のところ、互角よね?」
「互角だな。あいの6七金と6五歩がソフトにとっては不評のようだ。ぶっちゃけ、それほど悪い手じゃないというか、あいの実力を考えたらよく指せている方だと思うぞ」
現地にて、天衣と一緒に観戦していると、右往左往していた九頭竜と遭遇した。コイツ、どっちを応援するか迷っていたのか?原作では天衣と空さんのタイトル戦の時、天衣のサポートをかなりしていたような気がするけど……。まだその時は、空さんと恋人関係にはなってなかったのか。
「大木、俺はどっちを選べば良いんだ」
「両取り逃げるべからずって、自分で言ってたじゃん。両方応援しろよ」
九頭竜の葛藤を他所に、局面はどんどん進行する。レベルが高いというか、たぶん普通のプロ棋士同士の重要な1戦だと言われても納得するぐらいには良い棋譜だ。……一時期は空さんが+1200ぐらいまでソフトの評価値が上がったが、そこから少しずつ評価値が下がって来る。あいの指し手が、終盤になるにつれ強くなっているからだ。
しかし途中で、あいはミスをした。駒を補充しに行った手が悪手とされ、空さんの評価値は+300ぐらいから一気に+3000となる。俺でも分かる、悪手だ。……今の一手は痛い。取り返しのつかないミスだということは、あいも指した時に分かっただろう。
『あいが思いっきり「しまった」って顔をしていますし、あの顔に出やすいところは修正した方が良いですよ』
(その点、天衣は対局中に限定するけどそこまで表情に出さなくなったな。対局相手に色々と悟られるから、表情に出さない方が良いに決まってる)
結局、空さんが一手差で勝利し、玉座戦の第1局は空さんの辛勝となった。これからあいと空さんは、最大であと4局もぶつかる。三段リーグに影響は出るだろうし、逆に三段リーグの成績によって玉座戦の方に影響が出る可能性もある。
どちらにせよ、空さんはまたメンタルがやられる可能性があるな。九頭竜と両想いになったことは把握出来ているから、変な行動はしないと思うけど、九頭竜をラブホに連れ込むぐらいのことはまたしでかしそう。というかそろそろあの2人はヤれよ。お互いに結婚出来る年齢だろ。
一方であいは、かなり落ち込んでいる。勝てると思ってからの失着で負けたのだから、後味は悪いだろう。これは、尾を引きそうか?
『女流玉将戦の方で、タイトル戦での接戦というものを経験してなかったのは痛かったですかね。余裕がないタイトル戦は、これが初めてだったのでしょう』
(これ以上月夜見坂さんをディスるのはやめてあげて。タイトルを失って本当に覇気が失われてるらしいし)
『今まで見逃されていた横暴な態度が許されなくなると理解しているために、大人しくなっただけでしょう。対局自体はむしろあいと全力でぶつかったからか良くなってますよ』
女王戦が第5局まで会場を押さえたからか、女流玉座戦も第5局まで会場はあるようだ。第3局の会場が、旅館雛鶴なのはあいのお母さんが頑張ったんだと思う。近年、女流棋界にもお金が流れ込むようになったから色々と余裕も出て来たんだろうな。