うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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賢王戦

賢王戦の予選トーナメントを勝ち上がった俺は、賢王戦のタイトル戦を行なっていた。七大タイトルには含まれていないものの、ニコ生で中継もされる。賢王のタイトルを取ると将棋電脳戦という特別マッチで、コンピューター将棋ソフトの大会を勝ち上がって来たソフトと対決することになる。

 

……この賢王のタイトルは、ソフトと対決するという晒し者と変わらない扱いを受けるため、賢王戦は避けるプロ棋士が多い。それなら別に取っても良いよね?ってことで全勝街道を爆走中。九頭竜八一が賢王戦の予選で山刀伐八段を3連続限定合駒で倒すけど、それは今年の予選の話だしノープロブレム。

 

タイトル戦は3試合行なわれ、先に2勝した方の勝ち。で、あっさりと俺が前の試合を勝っているため、今日の対局で勝つことが出来れば賢王である。対戦相手の川端八段は基本的に居飛車党で、竜王ランキング戦も1組に所属。タイトル挑戦経験もある強敵……ではあるけど、アイが一から十まで指すと楽に圧勝してしまうという。

 

『圧勝が何か不満なんですか?』

(不満じゃないけど、俺が楽しくない)

『そこ、重要です?』

(とても重要です。だから最初の陣形を組むのは俺がやるね)

『……手遅れになる前に、交代して下さいよ』

(うい)

 

今日は序盤の駒組みを俺がするけど、どうせなら珍しい陣形が良いかな?うーん。俺も川端八段も居飛車党だから自然と矢倉になるんだけど、このまま矢倉を組むのもなぁ……。

 

という訳で、棒銀というごり押し戦法で居玉のまま開戦を選択。ごり押しは基本的に好きです。そして無理攻めが祟って若干形勢は悪くなったので、そこでアイにバトンタッチ。

 

……当然、アイはため息をついて、総攻撃を開始した。いやすまん。B級棋士が相手でも今日は体調が良いから行けると思った。

 

『今回はある程度は成立しているので良いですけどね。勝ち切る時は勝ち切りますし。でもたまに、負け確定まで指されるのは勘弁して欲しいです』

(いやだって、全勝も全勝でつまらんぞ?ずっと俺が七冠とか、下手したらスポンサーが減る。そしたら俺にお金が入らなくなる)

『分かってますよ。ですから時々見逃しているんですし、原作もある程度は筋書き通りに進んでいます。

マスターが、童顔童貞ダサ男ダメ男の4Dじゃなければ良かったんですけどねえ』

(うるせい)

 

終盤までには形勢を互角に戻したアイは、そのまま一気に川端八段の王を詰ます。3番勝負を2連勝で勝った俺は、賢王のタイトルを獲得し、この後に行なわれる将棋電脳トーナメントで勝ち上がるソフトと対決することになる。まあ、十中八九アイが勝つな。

 

毎年、大駒一枚分は強くなる将棋ソフトだけど、アイも毎年強くなっている……はず。今年はまあ、何とかなるだろう。来年以降は、どうなるか分からないけど。

 

「……おめでとう。一応、祝ってあげる」

 

口を開けば罵倒か挑発しかしてこないうちの弟子も、今日ばかりは素直になって祝福してくれている。ちなみに天衣は現在、ネット将棋の五段の壁を登ったり降りたりして、限界も見えて来た模様。まあ7面指しでそれだけ指せれば、十分奨励会で通用するレベルなんだけど。

 

スケジュール帳に電脳戦の日程を書き加えると、原作で行なわれた帝位リーグの歩夢vs九頭竜の試合の日が一昨日であると目に入る。確かこの日に、九頭竜があいちゃんを初めて関西将棋会館に連れて来ているんだよな?それなら天衣も、連れて行くか。そろそろ自分の実力というのも、試してみたいだろうし。

 

「明日の朝、将棋会館に来れるか?」

「何?いきなりどうしたの?」

「さっき九頭竜に連絡をしたら、弟子が将棋道場デビューしたらしく、明日も連れて来るって言ってたから、こちらの弟子もお披露目しておこうと思ってな。そろそろ同年代の子供達と、指してみたいだろ?」

 

天衣に「将棋で1番楽しい時は?」と聞いた時、返って来た答えは「勝った時」だった。このやり取り自体は新世界でしていたし、俺もこれには同意する。

 

だけど最近、ネットに潜む魑魅魍魎の猛者達を相手に多面指しをしている天衣は少々摩耗気味だ。だからここら辺で一回、自分の強さというものを再確認して貰う。

 

あとは、弩級の怪物であるあいちゃんを実際に俺が見てみたい。だけど対局も無いのに弟子目当てで将棋会館まで行くのは何か嫌だし、天衣との顔合わせを口実にした。

 

という訳で当日、関西将棋会館の2階にある将棋道場で待ち合わせる。何か子供達が寄って来たので、サービスでサインを書いてあげた。子供人気は九頭竜の方が高いけど、俺も地味に子供人気は高い方……だと良いなあ。

 

一方で天衣は、早くも他の子供達に囲まれている。既にあいちゃんが道場デビューをしているから、同じ名前ということでも話題になった。別に俺の弟子ということは隠す必要もないので、公表する。そして可愛い可愛いとちやほやされて天衣は機嫌が良くなったのか、周囲の子供達にこういった。

 

「今日は機嫌が良いから、ここにいる全員まとめて、相手してあげて良いわよ」

 

……どう見ても多面指しの指し過ぎです。いきなりここにいる全員を相手に挑発をしたけど、これでも機嫌は良い方なんです。悪意があって言ってるんじゃないです。悪い子じゃないんです。

 

当然、ムッとした子供達は強い子が代表して天衣に挑む。レベル的には、アマ初段が2人とアマ二段が3人かな?随分と将来有望な子供達じゃないか。来年か再来年にはアマ四段くらいになって、奨励会に挑む子も出て来るのだろう。もしかしたら、研修会の子もいるかもしれない。

 

だけど、天衣の敵では無かった。5人を相手に、1手30秒の早指し対局で既に全対局が勝勢。そんな天衣を見て後方師匠面して腕組みをしている俺に、声をかけて来た存在がいる。

 

お目当ての子を連れて来る、九頭竜八一だ。

 

「久しぶり。そっちが天衣ちゃん?」

「おう。早指し将棋で道場の子達に対局して貰っているけど、相手にならないぐらいにはヤバい」

「……5面指しでか?」

「ああ、慣れてるからな」

 

あいちゃんは何処にいるんだろうと探すと、九頭竜の影に隠れていた。思っていたより怖がりだなと思ったけど、よく考えたら九頭竜に引っ付きたいだけか。しばらくすると、天衣は5局同時に対局を終わらせて立ち上がる。

 

「そちらが、竜王のお弟子さん?

初めまして。大木六段の弟子の夜叉神天衣よ」

「わたしはくずりゅー竜王の弟子の雛鶴あいです!」

 

天衣とあいちゃんが顔合わせをすると、互いに何かを察した。将棋指しってそういうところがあるよね。普通なら「初めまして」の後に「よろしくお願いします」があるけど、2人とも無言で将棋盤を挟んだ。互いに、相手から何かを感じ取ったのかもしれない。

 

「棋風は随分と、師匠のが出ているな」

「うるせえ。元々天衣は受け棋風だ。それも、独学のな」

 

弟子同士の対決を、それぞれの弟子の後ろから見守る師匠組。いや、俺は良いけど九頭竜は研究会じゃなかったっけ?この将棋を見てから行く?随分と弟子の育成に熱心な師匠だな。


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