うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
12月10日は、天衣の誕生日だ。去年は天衣の亡くなったお父さんの字で書かれた駒を贈り、めっちゃ泣かれたこともあったけど、今年はどうしようか迷う。毎年あのレベルの贈り物は出来ないし、そもそも俺には贈り物のセンスが無い。
色々と迷った末、直筆の扇子でも贈ろうかと思ったけど、案の定扇子に書く揮毫で迷う。うーん。三段リーグで使えそうな扇子にしたいけど、何と書こうか?
『大器、大志、一徹、飛躍……何なら天衣無縫でも良いと思いますよ?』
(いや、流石にそれは使い辛いだろ。何か都合の良い言葉はないかなぁ)
とりあえず名前部分には大木晴雄とだけ書いて、揮毫は散々悩んだ結果、無難な「無心」にすることにした。三段リーグは、実力があっても実力以外の面で負けることがある。1局1局、ただその将棋の内容にだけ集中できるように、無心でいることは大切だ。
『昨年の誕生日プレゼントより遥かにお金がかかっていない件について』
(うるせえ。去年がちょっと異常だったんだよ。ハードルが上がり過ぎていたから、下げるためにも丁度良いプレゼントだ)
『失望されなければ良いですね』
(……何だかんだ言って、天衣は使ってくれるだろ。将棋盤は良いの持ってるから、贈り辛いんだよな)
俺の誕生日には天衣に良いレストランに連れて行って貰ったけど、天衣の誕生日に関しては夜叉神邸で祝われるのでプレゼントを持って行くだけだな。どっちが大人なのか分からねえ。どうでも良いけど天衣の小学校のお友達に初めて会ったわ。見ただけで分かる上流階層のお嬢様方で、2人居たけどどちらもレベルの高い美少女だった。
あとはJS研のメンバーにもプレゼントを貰っており、結構ご満悦な天衣お嬢様。天衣とあいの仲が良いことは素晴らしきことかな。何か正月の指し初め式で天衣があいと真剣勝負をする話になっていたけど、あいも色々と考えているようだ。
結局女流玉座戦は、空さん相手に2連敗してあいは後がなくなっている。もうすぐ行なわれる第3局は、旅館雛鶴で行なわれるからあいに有利だけど、それでも3連敗を食らう可能性は高い。何だかんだ言って、空さんも強いわ。
受け取った扇子を持って、翌日の三段リーグに挑む天衣。今日は4連勝同士、天衣と椚の対局がある日で、天才小学生同士の対局ということで、注目を集めていた。
(椚、天衣、空さんが星を奪っていくから、今季の他の三段リーグ参加者は絶望しかないな。辛香さんも4連勝中か)
『4連勝は、その4人だけですね。今日の対局次第ですが、16勝2敗でも上がれない可能性がある今季は異常です』
(椚と辛香さんが当たらないからな。前期の3位と4位が当たらないって、それだけでも他の三段は嫌なのに、空さんと天衣の参加は昇段の芽が潰れるから辛い)
前期の15勝3敗は、昇段ラインとしては少し高くなった方だ。例年だと14勝4敗ぐらいだしな。ただ今年は、全勝する勢いの天衣と椚、空さんがいるので、この3人が直接対決以外に負けなければ16勝2敗でも上がれない可能性がある。
椚と天衣の対局は、天衣が後手になり後手番角頭歩戦法を使った。久しぶりの伝家の宝刀4手目2四歩に、椚の手は止まる。彼にとっても予想外だったのだろう。まさか、この重要な一戦で奇襲戦法を使って来る人がいるとは思わないよな。
だが天衣はそれをやる。この辺は、天衣の天性の性格だな。椚は挑発に乗らず、開戦をせず、持久戦を選択した。今頃天衣に「男なら開戦しなさいよ」みたいな挑発も受けているだろうな。乱戦大好きお嬢様だから。
『後手番角頭歩は、ずっと使い続けているだけあって持久戦を選択された場合でもかなり早期に開戦ができるように戦法を進化させています』
(持久戦を選択された場合、ただの向飛車にはなるけど2四の地点に歩が進んでいるのは大きい。急戦にするには、最低限の囲いで済ませて勢いよく2五歩と仕掛ければ良いと、天衣は研究の結果、結論を出したからな)
アイとの11面指しでも、天衣は度々後手番角頭歩戦法を使用している。もちろん負けまくっているけど、その度にアイの指摘を受けて来た天衣の後手番角頭歩戦法は、もはや必殺の戦法だ。
椚も既知ではない範囲での戦いは得意だ。しかし残念ながら、その才能を活かすには三段リーグの持ち時間が少ない。天衣の苛烈な攻めを受け、まさかの防戦一方に立たされる椚。隙を見て天衣の柔らかそうな囲いを攻めようとするけど、とっかかりが無い。金銀2枚だけの囲いだが、実際に攻めようとすると思っていた以上に難しい形だ。
『椚が1分将棋に入りましたね。一方で天衣は、残り47分も使えます。この差も大きいですよ』
(中盤の途中まで、既知の範囲で指し続けたからな。で、天衣の勝率はどのぐらい?)
『椚が27で天衣が723ですね。よっぽどのポカをやらかさない限り、天衣の勝ちです』
(フラグ立てないでぇ……)
椚の玉に詰めろがかかり、防ごうにも防ぐために駒を使ってしまったら攻めが完全に途絶える。そのため、椚は飛車を引くけど苦しいことには変わらない。その飛車の頭に歩を叩かれ、もう何か色々と椚が可哀想になって来た。
(飛車取り&取ったら必至か。天衣の方は、まだ囲いが健在。今さら8一歩成は遅すぎるし、もう無理だな)
『飛車を捨てて、その8一歩成を指しましたね。苦しい一手です』
(……飛車を取られてと金を作られ、せっかくとった桂馬を受けに使うのもなぁ。
持ち駒の角を残したいのは分かるけど、天衣の玉はそう簡単に詰まないだろ)
『詰まないです。天衣がポカをやらかしても勝てる局面になりましたよ』
とうとう椚の玉に必死がかかり、椚は王手ラッシュを始めるも天衣の玉には届かない。最後、必死を放置して天衣玉に詰めろをかけ、天衣の間違いに期待した椚だけど、流石に天衣も必死をかけた時点で詰みまで読み切ってるわ。
最後は丁寧に時間を使って、再確認しながら椚の玉を詰ませる天衣。もう既に、天衣は椚より上だとこの一局で証明された。これで天衣は三段リーグを5連勝。次の対戦相手は1勝4敗と既に意気消沈していた人だったので、あっさりと勝って6連勝を決めた。
一方で椚も、前期の三段リーグのように一度負けてから崩れるということはなく、3勝2敗だった対戦相手を瞬殺して1敗をキープした。これで上位陣は、空さんと天衣と辛香さんが6連勝。椚が1敗という状況か。地味にこの4人以外の上位陣は、既に2敗しているのか。これはもう、上位4人の直接対決の成績次第だな。