うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる   作:インスタント脳味噌汁大好き

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玉将戦第1局

1年で、最初に行なわれるタイトル戦は玉将戦だ。いよいよ俺は、2日制のタイトルに挑むことになる。封じ手とか面倒だし、1日目で終わらないかな。いや、流石にそれは生石玉将が持ち時間を限界まで使って阻止してくるか。

 

「……痩せました?」

「大木程ではないから安心しろ。万全の体調だ」

 

玉将戦の第1局は、滋賀の彦根にあるホテルで行なわれた。……俺の地元だし、正月からあまり日が経ってないのにまた両親と顔を合わせることにもなった。何で応援しに来るんだよ。

 

『天衣の頭を撫でる母上は、見たこともないような笑顔でしたね』

(弟子だって言ってるのに、まるで恋人を連れて来たかのような反応だったな)

『18歳男性が11歳女性を連れ回したと聞けば犯罪臭しかしませんが、外見上は……』

(……俺って、何歳に見えるんだろ?)

『……14歳ぐらいかもしれません。スーツを着ると、16歳ぐらいにはなると思いますが。ただまあ、髭が生えないお子様体質なので……』

(一人暮らしを始める前に買った髭剃り、一度も使ってないからな。前世では高2辺りから剃り始めていたけど……髭を気にしなくて良いのは凄く楽だわ)

 

天衣は今日、単純に俺を応援しに来てくれている。大盤解説の方は、今日は九頭竜とたまよんのペアだな。またたまよんの大きなおっぱいに鼻の下を伸ばす九頭竜が見られるのか。録画しておこう。

 

定刻通り始まった玉将戦第1局は、俺の先手番だったので持ち時間を使わずにアイじゃなくて俺が指していく。ヤバい手を指しそうになったらブレーキがかかる予定だけど、今のところは文句言われないな。

 

(1分以内の着手なら持ち時間を使わないし、確認しながら指すなら事故は起きないな)

『ポカしないなら、普通にA級棋士とタメを張れるようになりましたね』

 

タメを張れるようになったとアイは言うけど、俺が優勢になる変化じゃないと待ったはかけるだろうから、要するに生石玉将相手に俺は優位に立てる将棋を指し続けられているということだ。そして終盤も佳境を迎え、それでもまだ待ったがかからないから、今日はこのままアイなしで勝てると思ったその時。

 

規定の時刻より前に封じ手となった。もうこれ、生石玉将は投了するか否かで悩んでいるレベルだと思うけど、形作りのためにもう2手3手は指す形だ。ここで封じ手になったということは、意地でも2日目を行ないたい模様。俺はそんな手があったのかと驚くしかない。いやまあ、冷静に考えたら将棋が終わる前に1日目を終わらせれば2日目は開催出来るな。たぶん2日目は一時間もいらないだろうけど。

 

『ということは、これから2日制のタイトル戦で2日間戦うことは確定ですね。今回の件で、これから定刻より前に1日目を終わらせることに抵抗はなくなったでしょうし、もっと早くに終わらせられる可能性もあります』

(将棋が終わる前に1日目を止めるなら、封じ手をする側が有利過ぎない?)

『だから、今回は迷ったでしょうね。しかし2日制のタイトル戦で、1日目で終了というのは前例がありません。それを防ぐために、1日目を強制終了したんです』

 

……まあスポンサーも、せっかく色々と用意したんだから1日目で終わるのは勘弁してくれということか。投了寸前で封じ手をすることになった生石玉将は、苦々しい顔でさっさと次の手を書いてしまう。まだ生石玉将側も持ち時間は1時間以上残っているし、定刻より前に封じ手となったのは俺だけのせいじゃないと思うの。

 

(久々にノビノビと将棋を指せた感じがする。ある程度は悪い手でも、見逃してくれてた?)

『悪い手と言いますか、もっと良い手がある時も見逃していましたが、単純にそれでも勝てるから見逃していただけですよ。負けなければ私はそれで良いです』

(……まあ、次の賢王戦は九頭竜が挑戦者になりそうだし、電脳戦とセットでアイに任せるしかないから今ぐらいしか俺は指せない)

『2月からの盤王の防衛戦は、相手が歩夢ですがマスターが指すのですか?』

(今日と同じように指す予定。しかしまあ、過密日程だな)

 

というか、ゴキゲン中飛車を採用する生石玉将側にも問題がある。早く終わらせたい俺相手にゴキゲン中飛車を使って、超急戦にならないわけないじゃん。必然的に短手数の将棋になるし、考え所が少ないから生石玉将は持ち時間の使いどころにも困ったんじゃないかな。俺は一切配慮しなかったし。

 

結局封じ手が終わった後はホテルで夕食を食べて1泊し、その間はホテルのロビーでスマホのゲームをしていた。後ろで監視してくれている職員さんはお疲れ様です。徹夜に付き合わせてごめん。でも暇だし、タイトル戦毎に睡眠薬を使うのも違う気がする。

 

そうして迎えた2日目は、数手指しただけで終局となった。まだ2日目開始から1時間程度しか経っていない時刻で、これは大盤解説の人達が大変そう。九頭竜とたまよんは頑張れ。

 

掲示板を見てみると、1日目の強制終了は思っていた以上の反響があり、将棋としてはもう終わっている形だから、形式だけの2日目が必要なのか否かで大激論が起こっていた。コイツら暇だな。九頭竜とか封じ手を利用して一晩読むし、掲示板で2日制のタイトルが必要なのか否かという話にまで発展しているのは面白い。

 

『朝6時スタートで互いに持ち時間が8時間。持ち時間内に朝食、昼食、夕食を食べるようにするとルールを改定すれば22時前後に決着が付くと思いますが』

(強引なルール改定だな。……でもまあ、昼食休憩中や夕食休憩中に次の一手を考える棋士が存在する以上、ルール改定をするならそこら辺も変えて欲しい)

『……そう簡単には、変わらないでしょうね。2日制のタイトル戦は、関係者全員を含めると巨大なビジネスになっています』

(だから、三番手直りが大真面目に検討されているわけだしな。……今年の棋士総会は、天衣も行くことになるのか)

『……反対の組織票は、無理でしょうね。名人が推進派にいる以上、関東棋士の大半は賛成票を投じますよ』

 

将棋界において、重要な議題は棋士総会にて多数決で決められる。天衣が今年の三段リーグを勝ち抜き、プロ棋士になれば未成年どころか小学生でも1票を持つことになるのだ。しかしながら、三番手直りの導入は避けられないだろうな。……今回の玉将戦も、第4局までで終わりそうだし。


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