うちの脳内コンピューターが俺を勝たせようとしてくる 作:インスタント脳味噌汁大好き
私の師匠は、サディストだ。
1日に何回も何十回も将棋でボコボコにしてくるし、気分転換だと言って用意した中将棋ですら、フルボッコにして来る。私が研究して準備して来た戦法を、罠を、一瞬で消し炭にしてくる。
師匠の将棋は、基本的にはノータイムで相手のプロ棋士を歯牙にもかけない。急いでいる時とか特に顕著で、最短手数で相手の囲いを崩してあっという間に詰ましてしまう。これは師匠が強いからそう見えるだけかもしれないけど、対戦相手が項垂れることは多くなった。あと、祭神さんとの将棋の時とかは怖い顔もしていた。
ツイッター上での師匠は丁寧語だけど、トゲがあることも多いし、鋭いトゲは一部の人によく突き刺さるらしい。たまにリプライが地獄のような論戦になることもあるけど、そこで暴言が出ない辺りはよく統率されている。
……将棋の才能だけで何千万と稼ぐ師匠に嫉妬した暴言を吐いた人に「将棋の天才でごめんね」と言い、銭ゲバと言ってきた人にはお金の大切さを説いた師匠。小学生の弟子がいることに関しては九頭竜先生を盾にして身を守っているけど、インターネットでの評判の稼ぎ方をよく知っているという感じがする。
前に一度、私もツイッターをやろうかしらと言った時には書き込んだら駄目なワード一覧を作って渡してくれたし、ネットの怖い所を語ってくれた。完全に怖がらせるための話というのをよくしてくるところは、師匠のSな部分だと思う。
私の師匠は、マゾヒストだ。
私が布団の上からのしかかると、私が重いのか「痛い」とか「重い」とか言うけど、声色が全然嫌がってない。むしろ、降りると残念そうな顔をするぐらい。
徹夜をよくするのは、自身の身体が追い込まれている感じが好きなのもあるそうで、その言葉を聞いて過労死しないか不安になった。出先でもゲームをよくするし、師匠がしっかりと身体を休めている時間ってきっとかなり少ないと思う。
イベントに引っ張りだこな現状、タイトル戦が重なっていることで休めてそうなのは皮肉よね。これは将棋が負担になってないことが前提だけど、タイトル戦でも1分以内に指しているから師匠は休めていると思う。
……でもタイトル戦まで、スマホのゲームを徹夜でするのは普通におかしいわね。身体を壊す元だし、弟子としても止めて欲しい。一応連盟の職員が監視したそうだけど、本当に朝までずっとゲームをしていたみたい。タイトル戦の相手だった生石元玉将は、タイトル戦後にそのことを聞いて開いた口が塞がって無かったわ。
前に晶が確認した性癖について、精査したらその……エッチな漫画では、男性が受け身のものが多かったとか。ゲームの方ではその限りじゃないみたいだけど、それでも男性が受け身のものはあったみたいだし……。
別に師匠がどっちでも私は構わないけど、このままだとあと1、2年で私の背は師匠を抜かす。私より軽くて、背が小さい師匠……想像したら、ちょっと歪かもしれないわね。
そして私の師匠は、わりとモテる。
……釈迦堂さんから、師匠が去年貰ったバレンタインデーのチョコは300個ほどだということは聞いた。それが今年は1.5倍とのことだから、450個。連盟職員も、チョコの処分に追われたはず。というか大師匠に確認したら489個って、晶とかから貰ったチョコも含めれば500個近いじゃない。本人の目にすら映らないのは気の毒だわ。そして当の本人は、50個前後だと思い込んでいる。
何でこんなに、師匠は自分に自信が無いのかしら?師匠の数ある謎な部分の中で、最も謎な部分かもしれないわね。単純に自己評価が低い、という感じでも無いのが不思議だわ。
既に将棋界のタイトルの過半数を持っていて、名人に代わる将棋界の顔になりつつある師匠。小さくて口が達者だから、その点では確かにモテないかもしれない。でも逆に、低身長なのは一部に熱狂的なファンを生んでいるし、顔も色白で残念ではないから人気がある。師匠の肌が色白なの、絶対外出時間が短いからよね。
そもそもツイッターで半分以上のツイートがリプライ5桁なのに人気がないとか本当に思っているのかしら?ネットでの人気が高い神鍋先生の、倍以上の人気はあるし、フォロワーの単位がMなの、芸能人でもそんなにいないわよ。
そんな師匠の誕生日に、結婚式場で告白したら告白返しを受けそうになったから両想いだということは確認した。でも、あまりべたべたとくっつく勇気は私にない。だから月に一度、師匠が睡眠薬を貰って泊まる日にだけ、傍にいることにした。
「ねえ師匠。こうやってお互いにくっつくと、温かいわね。
……本当に、何をしても起きないわね」
師匠が眠る前に、許可を貰って布団へ潜り込む。いつも師匠がプレイするゲームは違うけど、大体は銃で撃ち合っている。99人が戦い合うバトルロイヤルで、1位の確率が7割って異常よね?ゲームに疎い私でも分かるわ。
師匠は私が布団に入ると、程なくして眠る。私が来たから睡眠薬を飲んでいるなら、私は避けられているのかしら?三段リーグで戦うようになってから、普段の倍のペースで家まで来てるのに?
「恥ずかしいのかしら?私だって恥ずかしいのに」
師匠の腕を抱き枕にして、私も眠る。……いつも思うけど、木の枝のように細い腕ね。いっそのこと、身体に抱き着こうかしら?
「えっ?きゃっ⁉︎」
師匠に抱きつこうとしたら、寝惚けたのか師匠の方から抱き着かれる。もう半分覆いかぶさるような格好で、身動きがとれない。……いえ、軽いから私でも何とかなるわね。でも、もうしばらくはこのままで良いかしら?
私の名前は夜叉神天衣。もうすぐ小学6年生。女王のタイトルホルダーで、いつか師匠のタイトルを奪いに行く者。……師匠には肩を並べるまで待ってと言ったけど、実際にタイトル戦へ挑戦できるのはいつになるかしら?師匠の持つタイトル挑戦記録は、16歳と7ヵ月。
最年少記録を持つ九頭竜先生の記録は16歳と3ヵ月だし、最年少記録は塗り替えないと私が我慢出来ないわね。でもタイトルに挑戦するなら、まずはその九頭竜先生や名人を超えないといけない。まだプロ棋士にもなってないことを考えると、先はとても長そう。