孤児院時代の話(ソニアとミリアンヌ)   作:るしか

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はじまりのお話。2018クリイベで明かされた設定をなぞった形にしているので、目新しい話はありません。(とはいえ、一部、物語の進行上で必要になったキャラ、設定等は書き足したりちょっと曲げていたりしています)
各々の人称については、公式でも表記が揺れる場合があるので、書きやすい形で書いちゃっています。ごめんなさい。


運命の日

ミリアンヌと初めて会った日のことは、今でもハッキリと覚えている。

私は、カミサマが決める運命なんて、別に信じたりはしていないけれど。

もし、本当にそんなモノがあるのなら、ミリアンヌにとって、その日はまさしく"運命の日"だったのだろう。

筋書きを書いた奴を、怒鳴りつけたくなるくらい、残酷で、ねじ曲がった運命。

 

起こってしまったことは、二度と元には戻らない。運命であろうと、ただの偶然であろうと、それは変わらない。

だから、今はただ、願うしかない。その日、折れて歪んだ道の、その先にいたのが、私や、じいちゃんや、孤児院のみんなであったことが。せめて、あの子の救いであることを。

―――私にとって、その出会いが救いであったのと、同じように。

 

 

「・・・遅すぎる。いつもなら、とっくに帰って来てていいはずなのに」

その日は、やけに風のうるさい日だった。オルベルリア王国の首都、オルベルの外れ。背の低い木立に囲まれた孤児院の入り口で、私はじいちゃんの帰りを待っていた。

時刻は既に夜の十二時を回っている。王国近くの村に何か、―――多分、魔族がらみだ、があって、じいちゃんが飛び出していったのが数日前。

私は、オルベルの町の周辺に土地勘がある方ではないけれど、じいちゃんが出掛けに話していた限りではそれほど遠い場所ではなかったはずだ。

じいちゃん自身、すぐに戻ると言っていた。その言葉を信じていないわけじゃない。けれど、数日も経って何の連絡も無いと、さすがに不安になってくる。

 

「大丈夫。じいちゃんは、強い」

言い聞かせるように、わざと声に出して呟いてみる。まだこの孤児院に来て日の浅い私にとって、リカルドじいちゃんは、唯一といっていい信頼できる人間だ。私の()()()()()についても、詳しく知っているのは、今のところじいちゃんだけだ。

―――もし、帰って来なかったら。そう考えるだけで、自分の身体が、奥の方から冷たくなっていくのが分かる。震えそうになるのを慌てて隠すようにして、私は両腕で自分の身体を抱きしめた。

大丈夫、大丈夫。じいちゃんは、私なんかよりずっと強い。だから、どんな敵が居たって、絶対に全部ぶっ飛ばして帰ってくる。

ただ、不安になって祈るしかできない自分を誤魔化すように、私は頭の中で唱え続けた。

大丈夫、大丈夫。きっと、大丈夫。

 

不意に、私の耳が足音を捉えた。それは、木立の奥、町の中心の方から、孤児院のあるこちらへと真っすぐに向かってくる。

―――じいちゃんだ!

確かに記憶にある音。間違いない、じいちゃんの足音だ。はずみそうになった私の心は、けれど、すぐにまた不安へと変わる。

響く足音は、夜中にもかかわらずひどく荒くて、速い。それは、凄い勢いで、ぐんぐんとこちらへ近づいてくる。恐らく、じいちゃんは、全速力で走っているのだろう。

・・・どうして?きっとそれは、帰りが遅くなって心配する私に、謝るためでは無いはずだ。

 

嫌な予感が拭えないまま、ついにその足音は木立を抜けて孤児院の前までやってきた。

「ハァ、ハァッ・・・。む、そこにいるのはソニアか!?」

「じいちゃん!」

飛び出すようにして現れたじいちゃんの姿は、見る限りいつもとそれほど変わりない。ところどころ、血や泥で汚れてはいるが、目立ったケガは無いようだ。

そのことに、ひとまず安心しつつ、私はじいちゃんへと駆け寄って声をかける。

「なんでこんなに遅くなったんだよ!心配したんだからな!」

ほっとした気持ちでつい口をついて出た悪態に、じいちゃんは肩で息をしながら応える。

「すまん。それより、悪いが急いでシスターを起こしてきてくれ、頼む!」

「シスター?やっぱり、どこかケガを―――」

言いかけた私は、そこでようやく、じいちゃんの背中に負われた小さな身体に気づいた。

長い黒髪。多分、女の子だろう。その子は、元は白かっただろう服を()()()()()に染めて、身じろぎ一つせず背負われている。

 

「―――すぐ、呼んでくる!」

じいちゃんが焦っていた理由を察して、私は弾かれたように孤児院の扉を開け、中へ飛び込んだ。

急いでいたってことは、まだ、可能性があるってことだ。きっとまだ助かる、そう信じて走ったじいちゃんの気持ちを無駄にはできない。なにより、あんな小さな女の子が目の前で逝くところなんて、私は絶対、見たくはなかった。

「シスター!頼む、起きて!女の子が!」

逸る気持ちから部屋の戸を開けるなり叫んだ私の視界に、こちらへと歩いてこようとする女の人の姿が飛び込んできた。どうやら、孤児院の入り口での私とじいちゃんのやり取りが聞こえていたらしい。既に状況を察して、準備してくれていたようだ。

「ええ、分かっています。今、そちらへ向かおうとしていたところよ」

その人は私を安心させるように笑顔で一つ頷くと、すぐに表情を引き締め、早足で歩きだした。

 

 

時刻は、既に夜中の二時になっている。食堂に掛けられた柱時計の数字を睨みながら、私はただじっと、女の子の治療に入ったシスターが戻ってくるのを待っていた。

女の子は、すぐさま空いていた私の部屋のベッドに担ぎ込まれた。状態を見たシスターの指示に従って、いくつかの道具を部屋に運んだ後、私は治療の邪魔にならないように部屋を出て、ここにいる。

そばにいて、私に何かができるわけじゃない。今の私にできるのは、普通の人よりちょっとだけ強い力で、ただ戦うことくらいで。

()()()で、逸材だの傑作だのと呼ばれたところで、私には、弱った女の子一人を助ける力も無い。それが悔しくて、涙がこぼれそうになって、それだけはするまいと、必死になって目の前にあるものを睨んでいた。

「治療は、まだ終わらんか」

「―――じいちゃん」

女の子をシスターに預け、自分のケガや汚れの処置をしていたじいちゃんが戻ってきた。身に着けていた鎧も脱いで、質素で動きやすそうな部屋着になっている。

「うん。まだ、かかるみたいだ」

ポツリと、息を吐き出すみたいにして応えた私の頭を、じいちゃんがくしゃくしゃとその大きな手で撫でる。

「怖い顔だな。・・・大丈夫だ、シスターは腕っこきだぞ。かつては、儂や、儂の仲間の命を、数え切れん位に沢山救ってきた人だ。信じなさい」

「うん・・・」

されるがまま、じいちゃんに優しく頭を撫でられていると、少しだけ心が静かになっていく。落ち着くとなんだか急に気恥ずかしくなってきて、私は慌ててかぶりを振ると、じいちゃんを見上げて尋ねた。

「じいちゃんは?ケガとか、大丈夫なのか?」

「ああ。見ての通りピンピンしとる。まだまだ若いモンには負けてられんからな」

快活そうにじいちゃんは笑う。でも、その表情に少しだけ、いつものじいちゃんには無い陰を見つけて、私は次の言葉に詰まる。

不安げに見上げる私に気づいたのか。少しだけ気まずそうな表情になったじいちゃんは「敏い子だな、ソニアは」と呟いて、誤魔化すみたいにまた、私の頭を少し撫でた。

 

帰りが遅かったことからしても、あの子のことにしても。何もなかったはずは、無いのだ。

たとえ、見た目にはケガなんて無かったとしても、戦場で傷を負うのは身体だけとは限らない。

そのことを、少しだけだけど、私は知っている。だからそれ以上、何も聞くことはできなかった。

それからは、向かいの椅子へと座ったじいちゃんと、互いに無言のまま、ただ時を待った。

食堂に灯したロウソクの小さな明かりだけが、ゆらゆらと揺れて、確かに時間が流れていることを控えめに主張していた。

 

 

「―――お待たせしました。リカルド様」

「エメラダ、終わったか。急な頼みですまなかったな、ご苦労だった」

夜中というよりはもう朝方に近い時間になって、シスターは戻ってきた。その表情には、さすがに少しの疲れが見える。

「いえ、リカルド様のお傍にいた昔に比べれば、このくらいどうということもありませんよ」

単なる強がりというわけでもないのだろう、穏やかに軽口で返すシスターに「それは頼もしい」と頷いた後、じいちゃんは表情を引き締め、真っすぐにシスターの目を見て質問する。

「それで、あの子の様子はどうだ」

真剣な眼差しのじいちゃんに応えようとしたシスターは、でも、難しい顔をして何かを考えている。まるで、言葉を選んでいるみたいに。

「どうした?まさか、やはりあの子はもう・・・」

「いえ、そうではありません。少なくとも、命が失われていないことは確かです。それは、間違いないのですが・・・」

どうやら一命は取り留めたようだ。けれど、歯切れの悪いシスターの言葉に、私も、じいちゃんも、不安で表情が硬くなる。

「正直に言えば、今、あの子がどのような状態であるのか、私にも判然としないのです。ですから、ここからは私の分かる範囲で、順を追ってご説明いたします」

 

そこからのシスターの説明によると、あの子にはそもそも"外傷らしい外傷など存在しなかった"らしい。服に付いた大量の血も、恐らくはあの子以外の誰か、―――きっと、あの子を庇おうとした誰かのものだったのではないかとのこと。

では、ただ気を失っているだけなのかというと、そうではないという。

「あの子を背負ってきたリカルド様は、既にお気づきかと思います」

「うむ・・・」

私が、渋い表情で頷くじいちゃんを見ると、言葉に困ったのか、じいちゃんは目線でシスターに続きを促した。

「端的に表現するならば、あの子は今、"仮死状態"のようなものです。ぱっと見ると、死んでいるのと見分けがつきません。でも、よく耳をすませば、確かに心臓の鼓動があり、呼吸もしている。ただしそれは、一目では動いていないのではと錯覚するほど、あまりにも()()()()()()()()()()

確かに、事実だけを聞いても、何がどうなっているのかちっとも分からない。説明をしている当人のシスターですらそうなのだ。私にそれが、分かるはずもないのだけれど。

「なんにせよ、普通の生命ではありえない状態であることは確かです。先ほどまで、ここで試せる限りのあらゆる術式と処置を施しましたが・・・、効果のほどは分かりません」

「命に別状ないことは分かったが、結局、そこから先には進めんということか・・・」

「はい。力不足で、申し訳ございません」

「そう言うな。エメラダで無理なら、他の者でも大差はなかろう。よく、頑張ってくれた」

本当に悔しそうに歯噛みするシスターを、じいちゃんが慰める。

シスターは、元はルア教きっての実力派の神官で、若いころはじいちゃん達と同じく、王国の騎士団でも活躍していたらしい。騎士だった夫とその間の子を亡くしてからは一線を退き、今はこの孤児院で働いているが、それでもその腕はいまだに一級品とのことだ。そんなシスターで手の施しようが無いのなら、王国の研究所か、あるいは、()()()の連中でもなければ対処はできないだろう。

 

難しい話だったが、状況があまり良くないことは、私にも分かった。じいちゃんも、腕組みをして思案気に眉を寄せている。

生きてはいるといっても、何が起きているのか分からない以上、これで安心だとは言えない。ましてや、このままであの子の意識が戻るなんて保証はどこにも無いだろう。

そんな中、シスターがふと、じいちゃんに声をかけた。

「もしかすると、あの状態は、あの子自身が望んで作り出したものなのかもしれません」

「どういうことだ?」

「先ほどもお話した通り、あの子の生命活動は、ほとんど静止したかのような状態です。まるでそれは、"これ以上動きたくない"という意思であるかのように」

「―――何らかの精神的な要因で、あの子自身が時が止まることを望んでいる、と?」

「あくまで、可能性の話ですが。けれど、その・・・。そう思わせるに足る何かが、あの子にあったのではないかと」

濁しつつも口にされたシスターの言葉に、じいちゃんは沈痛な面持ちで目を閉じた。

「・・・そうだな。あるいは、そうなのかもしれん。儂も、あの子に何があったのかを詳しく知っている訳ではない。それを知るには、儂らはあまりにも遅すぎた。ただ、あの子は少なくとも、決して()()()()()()()()()()()()()。それだけは、断言できるだろう」

地獄。じいちゃんみたいな歴戦の騎士をして、そう言わせるだけの何かが、やはりあの子のいた村ではあったのだ。じいちゃんの心に、そして、少女の心に傷を刻むに十分な、おぞましい何か。

想像したくもないその情景をふと連想してしまい、私は思わず口元を押さえた。ハッとしたシスターが、慌てて私に声をかける。

「ごめんなさい、ソニア!大丈夫よ、あなたが気にすることでは―――」

 

―――その時だった。

 

私の部屋の方角から、突然、眩いばかりの光が漏れだしてきた。朝日がそのままそこに現れたのじゃないかと思うくらいにまぶしいその光に、私たち三人は思わず両手で顔を覆う。

「ぐっ、何だ!?この光は!」

動揺する私たちを尻目に、光は激しく瞬いたかと思うと、現れた時と同様、唐突に消えた。

「今のは、一体・・・」

「―――!?待たんか、ソニア!」

なぜだろう。そうしようというはっきりとした意識も理由も無く、私はただ、誰かに導かれるみたいにして走り出していた。じいちゃんが止めようとする声も聞かず、無我夢中で、私はその部屋の扉を開ける。

 

 

そこには、一人の少女が立っていた。

服も纏わず、ただ、上質な絹みたいにきれいな長い黒髪を、流れるままに背におろして、焦点の合わないぼうっとした表情でそこにいる。

私は思わず、自分の目を疑った。だってそうだ。私が見たあの子は確かに、十にも満たないような幼子で。でも、今目の前にいる少女は、どう見ても―――。

混乱する私をよそに、少女の目にはどんどんと意思の光が宿っていき、そして、ふと思い出したかのようにこちらを振り向いた。

美人と称してまず文句を言うものはいないだろう整った顔立ちに、けれどあまりに不釣り合いなあどけない表情を乗せて、少女は口を開く。

「はじめまして、()()()()。ここがどこだか、聞いてもいいですか?」

言葉を失う。何が起きているのか、理解できないという感情が心の中をかき乱して、私から冷静な思考を奪っていく。

そんな私を、その少女は急かすでもなく、ただじっと見つめてくる。その瞳からは、純粋さ以外の一切の余計なものを感じ取れない。本当に、人であるのかを疑いそうになるほどに。

「―――ああ、いいよ。答えてあげる。ただ、その前に、私にも一つだけ質問させてほしいんだ」

ようやく絞り出した声は震えている。それでも、それが言葉として少女に伝わるように、丁寧に、ゆっくりと、私は声を紡いだ。

 

「教えてくれよ。君は一体、誰なんだ?」

今思えば、なんて直接的な質問だっただろう。でも、それを聞いた少女は気分を損ねた様子もなく、穏やかに応える。いや、正確には。応えようと、した。

「私のことですか?私は、えっと、あれ・・・?」

にっこりと笑っていた少女の顔が、だんだんと不思議そうなものへと変わる。まるで、当たり前のことが、当たり前でなくなったみたいに。そして、とうとう。

「教えてください、お姉さん。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

これが、はじまり。今でも昨日のことのように思い出せる、私とミリアンヌの、その最初の物語。

 

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