喉が乾いたら泥水をすすり、雨の日には空を見上げ、川を見れば迷わず顔を突っ込む。
腹がへったら野草を摘み、時には花さえ愛でることもせずに口にいれ、虫や動物さえもが餌だった。
綺麗な水を口にしたこともなければ、観賞用として花を見たこともなく、食事が皿や器に盛られて出されることもなければ、食卓が楽しいものであるなんて感じたこともない。
生きるとは地獄でおり苦行であると、物心ついて思考するようになってから思い始めた。
少年兵として戦場を駆け回った時、最初に人間の死体を見て思ったことは、それは死にたての新鮮な肉だろうか?
頭の中では飢えを凌ぐ為に、食べることしか頭になかった。
戦場で出会った大人には拾われ、銃の扱い方やナイフの扱い方を学び、敵兵を殺して物を奪う仕事を与えられた。
だが俺は大人達が反政府ゲリラで、各集落を襲っては欲望のままに動いてる連中であると知るのはそう時間かからなかった。
どうせ自分も同じようなことをしているし。
そして俺はゲリラの命令に従いとある集落に潜入することになった。
それは最近政府軍が反政府ゲリラを警戒し、外国の傭兵部隊を雇ったという情報を得たからだ。
子供である俺であれば怪しまれる確率はぐんと減る。
そこで襲撃目標の集落に予め潜入し、集落内に政府軍や傭兵部隊がいるかどうかの確認をし、またはいなくても立ち寄る可能性があるならば、詳しく情報を仕入れろと厳命された。
俺は遠い集落の生き残りという体で集落の皆に告げると、集落の人達はよく無事だったなと優しく迎え入れてくれた。
不思議な気持ちであったが、彼らは敵で俺の家族はゲリラである。
それ故に、この胸に込み上げる気持ちの悪い感情が酷くなる前に、俺はさっさと命令されたことを済ませてこの集落を去ろうと心に決めた。
そして────俺は、結局ゲリラ達を裏切って命を落とした。
※
「ここはガキが来るところじゃねえんだがな」
ここは何処だろう?
気がつけば洞窟のような場所で目を覚ました。目の前には木製のテーブルがあり、一人の人物が椅子に腰かけて背中越しに言葉を紡いでいる。
テーブルを挟んだ向かいには、白いワイシャツにベストを羽織った男が、酒が入っていそうなボトルを丁寧に磨いては棚に戻す作業を黙々とこなしている。
実に不気味なのは二人の格好がおかしいということだ。
何せワイシャツの男は、奇妙なアイマスクを着けているにも関わらず、まるで全てを見通しているかのように、難なく作業に躓くことなくこなしているのである。
もう片方、つまり俺に話しかけた人物に至っては、見たこともない装束と鎧に身を包み、頭を全て鬼面のような兜で覆い、美しい銀色の長い髪が、まるで馬の尻尾のように兜後頭部あたりから伸ばされている。
申し訳程度の防御力に見える鎧は、まるで機動力重視みたいなものだな。
そんな感想を抱きながら、俺はその部屋の入り口らしき場所に突っ立っていると、アイマスクの男が甲冑男の隣を指差し、テーブルを軽く叩いた。
「座りなさい少年。ここは
「お金は」
「ここはフリーフード、フリードリンクさ。カジノバーでもよくあるだろ? 盛大に金を使わせ、こう言ったバーカウンターで引き留める手法。負け続けた客も勝ち続けた客も引き留め、再度勝負に挑ませようと、帰ろうとしているところを心変わりさせる為にもてなす」
カジノと言われても行ったこともない筈なのに、俺は何故だか知っている気がした。
このテーブルがテーブルと呼ばれていることも、カウンターテーブルという名前であることも、それ以外の情報も何故だか自然と頭の中に知っていたかのように湧いてくる。
「1872年から没1905年。アメリカのコロラド州に生まれたネイサン=ハモンド。君の前世の一つさ」
俺がカウンターテーブルの席に座ると、アイマスクの男、所謂、謎のバーテンダーが棚から一本のボトルを取り出し俺の目の前に置く。
そのラベルに書かれているのは今しがたアイマスクのバーテンダーが告げた内容で、銘柄が書かれたラベルの裏には、その銘柄、つまりは俺の人生の内容が事細かく書かれている。
「第一次世界大戦中に日本帝国軍の特攻隊の攻撃に巻き込まれ死亡」
「思い出したかな?」
ボトルを見せられただけで甦る記憶にゾッとしながら、俺がボトルをカウンターに置いて遠ざけると、隣の甲冑男がネイサン=ハモンドのボトルを取り上げ、グラスに注ぐ。
そして口元のガードの隙間から流し込むように一気に飲み干してしまった。
「随分と辛口な味だ。俺の趣味じゃねぇ」
何とも複雑な気分である。この酒が仮に俺の前世を酒にしたものだとしてだ、それを見知らぬ人物に呑まれて感想を言われるのは、形容しがたい。
「・・・・・
「細かいこと気にするなリピカ。それよりアレだ。俺のボトルでカクテル頼む」
「構わないが、君は一応私と契約をしている身だ。自分のボトルに手をつけるのは構わないが他人のボトルに許可なく手を着けたら次はないよ?」
「わかったよ」
甲冑の男は肩を竦めているものの、鬼面越しでは表情がうかがえない。
「さて、君は久方ぶりの客人。私の従業員が失礼をしたね。そのお詫びと言ってはなんだが、君を一時的に雇い入れてあげよう」
「それが俺にとって良いことなのか?」
「本来であれば、アカシックレコードの管理者たる私には、おいそれと人間の魂が近づくことは許されない。が、君はここへ招かれた。それは人としての人生とは違う、魂そのものの運命によるもので、偶然は無い。そしてメリットデメリットの話をするならば、結局価値観の違いでしかない。幸と思うも不幸と思うも人それぞれ。でもね、“道を用意される”ということは選択肢の幅も広がる。私は君にこの店の臨時従業員としての道を用意してあげた。本来では普通にこの道を訪れることは誰にも叶わない」
言われてみれば確かにと思えるが、それでも俺にはよく理解できない事柄でもある。
初めから無いものは知ることがなければ、それが例えどんなに良いものであっても、知らなければ良いと思うことは決してない。
そして良いことばかりかどうかなんて知らないわけで、知って選んだ場合に予期せぬことが起こった場合、結局後悔するかどうかはその時になってみないとわからない。
「結局選ぼうが選ぶまいが一緒なんだよな。シュレディンガーの猫みたいに」
「そうだね。だが道は既に与えた。その道に足を踏み入れるかどうかは君に委ねよう。なに、難しいことじゃない。従業員がやるべきことの内容は、君がその道を選んだ時に教えよう。それではそろそろ時間だ。それでは良い
2
『えー本日の放送の内容は、相手の心を読むということについて───』
ソファーになりながら、居間のテレビに映っているネット動画の音声が、ぼんやりと耳に入ってくる。
今話題沸騰中のメンタリストのゴダイゴが公開している動画の内容を、ソファーから起き上がってぼんやりと見つめるも、寝起きのせいか頭に入ってこない。
変な夢を見た気もするのだが、恐らくこの動画を見ていたせいだろう。
今回の放送では、自分の中にインナーパーソナルを作るとか、そうすることで相手の気持ちに立てるとか、色々と早口で話しているのだが、これはメモをとりながら聞かなきゃ頭に入ってこない。
最近心理学や経済学に興味をもち、ふとしたきっかけからお世話になっている動画だが、早々に俺は閲覧を諦めてテレビ画面を切り替えると、夕方の時間というここともあってワイドショーが流れていた。
最近巷で起こっていることは既にネットニュースでやっているのだが、最近有名な動画講演家の
そんなことを思い出し、つい顔をしかめたしまう。
鳥頭先生に影響されて書籍を様々買ってみたはいいが、リビングの床のあちこちに積まれたまま塔が出来上がっていた。
ちょっとしたバベルだな。
まあ、これだけ散らかして呆れるような遊びに来る友人もいない。
俺はこの春に高校進学の為に上京したわけだが、現在は世界的にウィルスが蔓延して休校状態になっていた。
それ故に四月になっても入学式は行われず自宅待機となり、知り合いも誰もいない地で半引きこもりのような生活をしていた。
尤もだからと言って一日中ダラダラしているわけでもなく、家のなかで筋トレしたり勉強したりと、有意義に時間を使っているのだが、正直二週間も経つと飽きてくる。
「ゲームかぁ」
正直、ゲームは嫌いではないのだが、ゲームなどの娯楽に一度ハマってしまうと後悔する。
何せ時間は貴重だ。俺がゲームにハマっている間に、一歩一歩他の誰かがリア充へ近づいているのではという脅迫観念に囚われてしまうのだ。
大袈裟と思うかもしれないが、中学時代の友人の中には、
『俺は超ゲームにハマってるね』
なんて流行りのゲームの話題で盛り上がってた奴が、早々に俺達に内緒で勉強やスポーツに取り組んで、早々に非リア充から足抜けしていたなんて、中学卒業後に他の友人から聞いた。
そのままどっかで
他にも高校に進学しなかった奴が、実は株の勉強をしていてちょっとした金持ちになってたとか。
この世界的ウイルスの大流行で大損してしまえ。
まぁ、それは兎も角として、俺の周りでは早くも成功へと第一歩を踏み出している連中を見ると、どうしても羨ましくなる反面焦ってしまう。
今の自分では平凡な人生を送ることになるかもしれない。
それが悪いとは言わないが、今努力していれば未来で後悔しなくて済むのでは、そんなことを思ってしまうのだ。
友人達と何気なく会話しているが、周りの友人達はそんな先のことを心配している者など誰一人としていない。
俺の思考はどこか周囲とズレていた。
勉強だって、常に悪い点をとらないようにではなく、これは将来社会に出たときの為の考える力を養うための過程だ、そんなことを考えて授業やテストを受けていた。
尤も周りにそんな話をしてことなど無い。
頭がおかしいと思われるのが怖かったから。
「はぁ。何だか人生って大変だよなぁ」
俺はソファーの背もたれに背中を預け、ぼんやりと天井を仰ぎながらそんなことを呟いていると、テーブルに置いていたスマホが鳴り出す。
その待ち受けにはメッセージアプリの通知で、
『今日休みだったか?』
そんな内容のメッセージがアルバイト先の先輩から送られていた。
「やっちまった・・・・・・・」
すっかりアルバイトのスケジュールが入っていたことを忘れていた俺は、慌てて支度して部屋を飛び出すのだった。