アリアンロッドとその契約者であるタカシという男が、俺のいる公園にやって来て試合を申し込んできた。
今となればいきなり過ぎたことに疑問を持っていたのだが。
「楓。こいつ私達に殺されに来たんだよ」
アリアンロッドと対峙するオティヌスの言葉に、俺の足元でガクガクと震えるタカシ。
「なんなんだよ! 暴走イベントとか聞いてねぇよ! 戦聖女はプレイヤーに忠実な生き物なんだろ!」
俺より先に生まれ社会経験もある大人が、高校生の前で言い訳のように、誰に向けてのものかもわからない責任転嫁を始める。
そんな姿を見せられたら、こんな大人になりたくないなと思うのだが、前世の記憶がある俺からすれば、どんな大人がいいのかなんて正直わからない。
経験してきた前世の記憶の中に共通して言えることは、完璧な大人も完璧な子供も存在しないことだけ。
「戦聖女は奇跡の体現含めて聖女だ。その奇跡とは絶望に抗う力。望まない命令を受け続けることが、彼女にとって絶望のトリガーだったんだ。お前はそれを理解せずに彼女に無理難題や理不尽な命令を下した。結果、彼女は呪印に蝕まれた」
「そ、そんなの教えて貰わなきゃわからないだろ」
「知ろうとしたのか! お前はたかだかゲームに出てくるキャラと同じに見てたんだろ! これが現実だ! アイツはこの世界にこの場所にお前に呼ばれた時点で生きてたんだ! だがお前はそれを否定した。この現実を招いたのは他ならないお前だ」
俺はそう言ってタカシの胸ぐらを掴み、アリアンロッドの方へと無理矢理視線を向けさせた。
「最後に言い残すことは?」
オティヌスが尋ねると、アリアンロッドはゆっくりとタカシへ顔を向ける。
「次は素敵な戦聖女を引き当てられるといいですね。偏った食事ばかりでは駄目ですよ」
そう告げると、瞳を瞑り両手を広げた。
「やれオティヌス」
「我がルーンの導きに従い祝福の奇跡を」
魔導書から放たれた幾多のルーン文字がアリアンロッドの体に絡み付いて光の粒子として消滅させていく。
「ああ・・・・・ああああああ」
その嗚咽は一体何を思ってのものなのか俺にはわからないが、その手を伸ばした先には天に舞う戦聖女の残滓のみ。
「ふう。一仕事終えたぜ。お! レベルアップだ楓!」
そして空気を読まない馬鹿が煩いので、俺は問答無用でオティヌスをホームに戻すと、タカシと二人きりになってしまった。
流石に嗚咽を漏らす歳上の男の扱い方など知らないし、俺が下手に優しい声を掛けた日には、立ち直れなくなるかもしれない。
説教染みたことは先ほど言ったばかりだしな。
それでもやはりなにかをしたかった。
「なあ、俺が言うのもなんだが、警察も巡回している。アリアンロッドの手前、今の俺はあんたをつきだす気になれない。こう言うのもおこがましいかも知れないけど、あんたならやり直せると思う。アイツの優しい笑顔をあんたはみたろ?」
「・・・・・・こんなところで俺は挫けない」
そう言って立ち上がったタカシは、スマホを操作すると俺にフレンド申請をしてくる。
「渡したいものがある」
その真剣な眼差しに、俺はホログラムウインドウに表示されたメッセージに従い登録すると、タカシ=サメジマと言う名前からのプレゼントアイコンが表示された。
「これはプレイヤー通貨とアイテム素材か。何で?」
「俺はこれから警察に出頭する。そこで償ってからやり直すつもりだ。でも出所したら終わりじゃなく、そこからアイツをもう一度呼ぶためにがんばろうと思って。社会的にも身綺麗にしてからにしないとアイツや君達に申し訳ない。そんでアイツを無事に呼び戻せた日には謝るんだ。必ず謝るために呼び戻すし、出所したら君達に協力出来るよう頑張るよ」
そう言って帽子を脱いだタカシは禿げていた。
この大事な場面でこいつはなんてことをしてくれるのだろう。俺を笑い死にさせるつもりだろうか。
そして先ほどから感じていたのだが、こいつは風呂に入らなすぎだ。
社会的だけじゃなく物理的にも身綺麗にした方がいい。
でもまあ差し出された手前、握手をしないわけにも行かず、俺は握手をすると、タカシは力強く俺の手を握り返し、清々しい程の笑みで公園を立ち去っていった。
そしてその手は物凄く汗ばんでいたので、俺は帰る前に公園の水道で手を洗いってから帰ったのだった。
その日の夕方、警察から電話があり、昨日の不審者が捕まったことと、昨日の通報による協力の感謝の言葉を告げろれる。
確認したところ、余罪は確認されていないが、銃刀法違反と殺人未遂と傷害罪で実刑は免れないが、被害者である俺の被害届け取り下げと、本人の自首、並びに取り調べでの応対の丁寧さと、初犯と言うこともあり、情状酌量が認められるかもしれないとのことだったので、俺はそのまま電話を切った。
彼は今後裁判にかけられどうなるかわからないが、アリアンロッドの願い通りななればいいと思う。
戦聖女に求められるのはヴェルサスを倒す奇跡の力。
今回俺達は初めて戦聖女がヴェルサスになる光景を目の当たりにしたのだが、戦聖女がヴェルサスに至るまでの過程はそれぞれ違うらしい。
そして、俺は自分がとんでもないことにことにヴェルを巻き込んでしまったのだと、改めて後悔していた。
もしヴェルが反転したら、俺はその時どうすればいいんだ?
2
タカシが出頭して襲撃事件は解決したものの、通り魔殺人事件については解決されていない。
入学式をサボタージュしてしまったことで、学校から母さんに連絡がいき、俺は早朝から母さんの説教を電話で聞かされ、ダウナー気分で通学していると、ヴェルの姿があった。
誰かを待ち伏せしてるかのような立ち姿を見た瞬間、俺は関わりたくないなぁと思いつつも、一応挨拶をする。
「おはよう」
「私に何か言うことは?」
はて? こいつに何か言うことがあるとすれば何だろうか?
「昨晩私の屋敷に楓のお母様から電話があったのだけれど。息子と連絡がつかないって」
「なるほど。その件なら解決した。迷惑をかけたな」
「昨日あの後学校に行ってなかったそうじゃない。入学式早々にサボタージュとか何を考えているの? 学校退学になったらどうするつもり?」
乏しい表情と静かな声音ながらも早口で捲し立てられた俺は、
「ごめん」
一応謝った。
こいつは顔には出さないが意外と怒りっぽい。誰だよクールビューティーなんて言った奴。
こいつちっともクールじゃないからな。
「それで昨日は何が?」
そこで、俺は歩きながらことの顛末を伝えると、ヴェルはなるほどと静かに頷いた。
流石に大事なことなので、呪印に関することも正直に話したのだが、ヴェルは特に恨み言を言うまでもなく淡々としていた。
「怒らないのか?」
「巻き込んだこと? それなら怒ってないわ。確かに呪印は怖いけど、私の場合、何がトリガーなのか理解しているつもり」
「一体何なんだ?」
「秘密」
「えーと、一応俺はお前の呪印侵食を防ぐ為にだな」
「貴方が知ったところで意味無いもの。それに私の呪印侵食トリガーを貴方の口から誰かに漏れたら悪用される可能性があるわ」
確かに無くはない。だが警戒しすぎのような気もする。
「警戒しすぎのような気もする」
「つくづくおめでたいわね。この通り魔殺人事件だって、実は裏ではヴェルサス発生の儀式かも知れないでしょう? 暗躍している人がいる可能性がある以上、私達は慎重になるべきだと思うのだけれど」
ヴェルは幼い頃から頭脳明晰。こう言ったことにかなり頭がまわるので、不謹慎と言われるかもしれないが、彼女が仲間になってくれて、俺は正直心強いと思っていた。
「ヴェルがそこまで言うならそうかもな」
「素直ね」
「そうか? 昔からヴェルって細かいことに気付いてたし、頭の回転が早かったろ。そう言うところは信頼してるのさ」
そう告げると途端に押し黙る。
「そう。あてにしてくれていいわ」
そう言うとヴェルは途中で横断歩道を渡って行った。一体どうしたのかと思ったが、相変わらず考えが読めない人間なので仕方がない。
それにまだ越してきて再会してから一ヶ月ほど。
そしてこうしてまともに長く会話したのは、あの事件後として、それまで中学時代はろくに会話しなかったから、三、四年ぶりだろうか。
随分と大人びたもんだ。見た目も知的さも確かにモテると思う。
だから中学時代はどこか彼女の存在が遠くに感じ、いつの間にか自分から距離を取っていた。
「それにしても似ているな」
ふと思い出す前世での記憶。
守れなかった彼女は、幸せな人生を新たに歩めているのだろうか?
そんなことを考えつつも学校に到着すると、俺は気まずい思いをしながら職員室に顔を出すと、まるで俺の出現をわかっていたかのように、リピカこと明石光が入り口に体を向けて待っていた。
「おはよう楓。駄目じゃないか。連絡もなしに学校を休むなんて」
ニコニコしながらそう告げるリピカの横では、男性教師が顔を赤くしながら俺に話しかけてくる。
「明石先生から聞いたよ。熱を出してしまったんだって? お母さんに確認したら、離れて暮らしているからわからなかったみたいでね。聞けば明石先生は従姉らしいじゃないか。先生に連絡するのもわかるが、出来れば次からはちゃんと担任である私に連絡してくれよ」
そう言って肩を軽く叩く先生の後ろでは、リピカがにこやかな笑みを浮かべ、
『君のために工作してあげたのさ。昨日は早速イベントだったみたいだしね』
思念で語りかけてくる。便利な能力を有しているようだけど、そんなもの不慣れな俺にいきなり使ってこないで欲しい。
「どうした嵯峨君。明石先生の顔に何かついてるのかね?」
ほらこの通り。
思念に集中すると目の前のことが疎かになる。
「先生そろそろ時間では?」
「ああそうだ。それでは明石先生、何かわからないことや困ったことがあれば何時でも相談してください」
明らかにリピカに好意を持っている様子の担任に、
「ええ。是非お願いします」
それはもう小悪魔のような笑顔を向けていたのだった。
『チョロいね彼』
止めてやれ。
3
入学式初日から休んだこともあったせいか、俺は初日からクラスの中で浮いていたばかりか、全く目もくれないクラスメート達。
その理由は今しがた判明したのだが。
何でもこの教室に来週から転校生が来ることが、昨日の時点でクラスのみんなに知らされており、その席が俺の隣に既に用意されていたのである。
恐るべし金の力。クラスだけじゃなく席まで操作したか。
入学式から一週間後に転校してくると言うだけで、充分な話題性を持つ転校生の正体は言わずと知れたヴェルである。
ヴェルが話題をさらってくれたおかげで、入学式早々に休んだ俺なんか話題に上がらない。
「よう。お前どこ中?」
定番みたいなセリフで話しかけてきたのは、前の席に座っていた海藤夏樹。
女の癖に男みたいなしゃべり方だが、威圧感はなく、むしろ気軽さを感じさせられた。
「田舎だよ。上京組」
「へぇ。一昨日星蘭の人と話してんの見たけど、お嬢様学校に知り合いとかいるんだ」
何だろう。この少女の質問は何か探りを入れているような、そんな気配を感じさせるのだが。
「ごめんごめん。うち、両親がジャーナリストでさ。最近ネット記事から勉強始めてんの。そう言うわけで何かネタがあったら宜しくね」
こういう奴は深く関わるとろくなことが無さそうだな。
「あ、ああ。何かあればね」
「そうそう。それと今私、噂についても真相探ってんの。フロントメイデンっていうゲームは、実はリアルデスゲームの参加候補の選別場とかっていうのとか」
「へえ。怖いな」
「でしょ! そう言うわけでジャンジャン教えてね。有益な情報にはチュッパ君あげる。でも今日はお近づきの印として」
そう言って棒つき飴を寄越してくる夏樹。
俺は普段は飴を口にしないのだが、断るのも悪いと思って受けとる。
そうして一時間目の授業が始まり、俺は久方ぶりの授業を受けるのだった。
放課後、俺はヴェルに呼び出されて商店街通りのカフェに顔を出すと、ヴェルがテーブル席で一人本を読んで待っていた。
一体何を読んでいるのか気になり、背表紙に目を向けると、
『村上海賊の女』
だった。意外と渋いチョイスである。もしかしてヒロインが戦聖女になってるかもなんて考えてるんじゃないだろうな。
俺が読むならそう言うの考えちゃうけど。
「早かったわね」
「そうか。ちょっと撒くのに手こずったけどな」
「何の話?」
「その件は後で話す。用件は?」
ちなみに撒くのに手こずった相手とは、自称高校生ジャーナリストの海藤夏樹のことだ。
早速新聞部に入れだとか取材手伝ってとか、やけに絡んで来たので、適当な理由つけて逃げたら後をつけてきたのである。
そんな状況下でヴェルとあおうものなら、アイツの記事の餌になりそうなので振り切ってきたのだ。
まあ、元少年ゲリラの前世の経験と記憶を保持する俺からすれば、大した追跡能力ではなかったが、それでも高校生以上の行動力があることは確か。
高校生だからと油断すると足元を掬われるだろう。
「用件というのは、今後の方針についてまだ話してなかったから」
「そう言えばそうだな」
「提案があるのだけれど、戦聖女を増やすべきだと思うの」
そう告げるヴェルは、その理由を簡単に説明する。
「まず活動するには組織化が必要。フロントメイデンと呼ばれる疑似体験ゲームは、あくまで参考程度にしかならない。あれはホームなどの準備もある程度自動化されてるけれど、リアルではそれがない。お金を集めホームを購入するための手順はヘルプにはなく、またゲームのように攻略サイトがあるわけじゃない」
確かにヴェルの言うとおりであるのだが、ヴェルは言葉を続けた。
「そればかりか、貴方の話を聞いて思ったの。明石先生、いえ、リピカはこのアプリは、プレイヤーに選ばれた参加者に対して用意されたシステムであると。そのわりに中途半端で随分と不親切に設計だなって」
確かにそうだ。チュートリアルは存在せず、ただただ放り込まれた感があるだろう。最も俺の場合は他のプレイヤーと関わりかたが違うのだが、ヴェルの言う他のプレイヤー視点ならばそう言えるだろう。
「それで組織化か」
「ええ。このゲームの目的が戦聖女によるヴェルサスの討伐ならば、本来そのように誘導しなければならないのに、それが無く、一昨日のような襲撃も起きた。無論、ただのスマホアプリゲームならば、強制的にストーリー進行が行われ、用意された行動意外はとれないから、現実のようなことは起こらない。戦聖女がヴェルサス化するなんてイレギュラーは、ストーリー場でしかあり得ないもの」
あり得ない。それが早々に起きてしまい、リピカはそれをイベントと言った。
実に面白くもなんともない不愉快なイベントだが、もしかしたらアリアンロッドは身を呈して教えてくれたのかもしれない。
俺と
もうあんな悲劇は御免だ。いや、悲劇自体どんなものでも御免だな。
俺は・・・・・他人の契約した戦聖女であっても助けたかった。
「顔色悪いわよ」
「何でもない。続けてくれ」
「そう。私の考えだけど、恐らく試されてるか、もしくはシステム構築中に完成に至らず未完の状態で配布されたか等、幾つかの要因が考えられると思うの。でも何れにしても、早急にプレイヤー同士で協力し合う必要がある」
「でも問題がある」
「そう。このゲームシステムが何者かの邪魔によって完成されていないことや、プレイヤー同士の争いが意図的に計画されたもの、そしてヴェルサスの意図的な発生。これらが本当に誰かの企みによって引き起こされているとしたら、敵は間違いなくプレイヤーの中にいる」
ヴェルの言葉に俺は暫く考え込む。
今のところ信頼できて協力者になってくれそうなのは、現在警察に逮捕されているタカシだ。
だが例え今すぐに協力関係を結べても、タカシは戦聖女を失い財産もない。
それ以外でプレイヤーの仲間を見つけるとなれば、慎重になってくれそうなのはいかなければ、下手をすれば敵を内側に引き込むことになる。
「ヴェルの言うことはわかった。でもそうなると手始めに何から手をつければいいのかわからないんだが」
「聖女を増やすのよ。召喚用の魔石は、巡礼で入手出来るわ」
「誰が巡礼に行くんだ? ヴェルは学校があるだろ」
後はオティヌスしかいないのだが、正直こいつがまともに巡礼をこなせるかどうかしんぱいである。
「帰宅して寝る前の30分か、もしくは一時間前なら私も行くわ。でも学校生活に支障が出ると困るから、一日おきにして欲しいわ。ちなみに現在の魔石数は?」
「50個」
「一人召喚するのに五個として、十人分。でも魔石は他にも様々な使い道があるから、残して置くべきね」
「それなんだがな」
俺は魔石の数についてヴェルに説明をする。この魔石の大半は、タカシが課金して残っていたものを譲り受けたものだが、出来れば使わずに残しておいてやりたいことを。
「アイツは真っ当に戻って身綺麗にしたら、必ずアイツを呼び戻すって言ってたんだ。だからいつ出所するかわからないし、もしかしたら執行猶予がつくかも知れない。法律のこととかわからないけど、とりあえず魔石は出来るだけ残しておきたいんだ」
「確かに身だしなみは重要ね。あの人物凄く臭かったし汚かったもの」
「今の身綺麗というのは社会的な意味でなんだけどな。一応敢えて俺はそのことは言わなかったけど、決して本人にあっても言うなよ。絶対お前に言われたら死ぬから」
「わかったわ。でも借りたってことにすればいいじゃない。返せばいいわけだし、いざとなれば魔石あつめに協力すればいいわけだし」
「確かにな。その柔軟な対応はヴェルに任せる。あくまで事情だけは知っておいて欲しかったんだ」
俺の言葉を聞いてヴェルはこくりと頷いた。
「そう言う誠実な貴方だからこそ、彼も心を入れ替えたのよ」
誠実と言うわけではない。恐らくあの時、俺はタカシと自分を重ねたのかもしれない。
あの集落にいた少女は、俺のせいで死んだ。アリアンロッドだって、タカシが真っ当だったら反転しなかったろう。
たらればの話はキリがないが、それでもやっぱり俺は誠実ではないと思う。
「・・・・・さあ。よくわからないな。とりあえず召喚するわけだが、いつ行えばいい?」
「早速今からね。このまま貴方の家に言って、召喚を見守るわ」
「別にいいが、急にどうして?」
「面接よ」
おっと、この人物凄く怖い顔をしているんだけど。