俺が空に憧れ、追い求めるようになったのはいつだろうか━━━━━━━━━
プロローグ
「クソッ、こっちは子供がいるんだ!!落とされるわけにはいかないッ」
漆黒の隼二型が右へ左へと弾を避けながらふらふらと飛んでいる。
「これでもか…!!」
操縦桿を引き、バレルロールで敵機の背後につこうとするが先読みされていたらしく向こうも同じ機動を描きぴったりと背後についてくる。
20ミリがダダダッと機体をかすめていく。隼二型はもうボロボロだった。
後ろを取っているのはユーハング戦闘機、零式艦上戦闘機の五二型。20ミリを積んでいる分、零戦は火力が高いが旋回性能では負けてはいない。
「クッ、もはや起死回生のアレに頼るしかないのか…。しっかりついてこいよッ!!」
そう言うと操縦桿を引いて宙返りを始める。そしてその頂点で右ラダーを蹴り機体を失速させた。これで零戦の背後につける。
零戦のパイロットはこちらを見失った。こちらを見つけて回避に出ようとするが時すでに遅し、隼の12.7ミリが火を吹いた。
「てこずったがこれでひとまずだな」
遠くでは九七戦が連携を欠いて敵機に突っ込んでいく。状況に気づいた紫電改が慌てて援護に回る。
零戦との激しい戦闘でだいぶ高度が下がってきていた。高度と速度を回復するべく索敵しながら上昇を始める。その時だった。
ハ115が悲鳴を上げた。突如として真っ黒な煙を吐き、オイルが飛び散った。飛び散ったオイルは風防全体にベッタリとこびり付いた。
「クソッ、なんでこんな時に…!!」
これでは前がよく見えない。なんとか着陸できないか高度を下げようとした時、目に飛び込んできたのは迫りくる巨大な岩肌だった。
壱
「さぁ、今年最後の戦いがやって参りました!イジツで最速のパイロットを決める、イジツエアレース最終戦、アレシマGP!!」
「注目は、昨シーズンのチャンピオン、ヨシナガ!圧倒的なその速さから最終戦を前にチャンピオンを決めました!今シーズンもチャンピオンかと思いきや、意外な伏兵が現れたのです!」
「その名もリューヤ!これは誰も予想できなかったでしょう!!」
「なにせシーズン初めは無名の新人でしたからね〜!!それが今や、シリーズランキングのポイントリーダーですよ!?デビューシーズンにIARを制すれば史上初の快挙です!!」
遠くで熱の入った実況が聞こえてくる。俺は格納庫内のベンチからムクっと立ち上がった。奥では愛機の三式戦闘機「飛燕」を整備している従兄弟のノボルが一通り作業を終えたところだった。時刻は正午を過ぎたところか。
飛燕は元々母親が乗っていた機体だ。譲り受けて今はレース用に改造されている。一型丁に搭載されてたハ40を水エタノール噴射装置を付加し、高圧縮化・高回転化が図られたハ140に換装し、専用のチューニングを施したスペシャル仕様だ。
整備の終わったノボルに俺は声をかけた。
リ「飛燕の調子はどうだ?」
ノ「すこぶる好調だ。ヨシナガなんて目じゃないな」
リ「そうか。」
ノ「ただ、ヨシナガも何か対策はしてくるだろう。気を抜くなよ。」
リ「ったりめぇよ!」
先程実況でもあったように俺はヨシナガと呼ばれる万年チャンピオンの男とシリーズチャンピオンを争っている。
8つの都市を回り、年間8戦を戦う。各レースでの順位によってポイントが与えられ、その総合でシリーズチャンピオンを決める。
レースは予選と決勝に分けられ、予選のタイム順で決勝レースのスタートグリッドを決める。
決勝は街の滑走路から飛び立ち、隊列を組んだあと街をぐるっと一周し、それから街外れにある二本の狼煙が昇っている間を通過したらレーススタート。あとは指定された航路を飛び早く街に戻ってきたパイロットの勝利だ。
もちろんだだ速さを競うだけじゃ面白みのかけらもないからペイント弾で撃ち合うことができる。機体に命中すればその機体のパイロットにペナルティで5秒加算。風防に当てると危険行為とみなされ、当てたパイロットに10秒のペナルティが加算される。
たとえ1位でゴールしても被弾した回数によっては逆転される可能性もあるわけだ。
ノ「おめー誰と話してるんだ?」
リ「何でもない、それよりもう機体検査始まるよな?」
ノ「ああ、こっちはOKだから早く準備してくれ」
俺は飛行眼鏡を片手に飛燕に飛び乗った。手早くシートベルトを閉め、エンジンを始動させる。セルモーター式なのでノボルの手を借りずとも始動ができる。ブーンと燃圧が上がる音がした後、セルモーターがエンジンを回し始動させる。
今日もハ140は気持ちよく回っている。各種点検を済ませ、念入りに暖機運転した。
程なく、機体検査の人間がやってきた。プロペラやフラップ等の寸法がレギュレーションに違反してないかチェックするためだ。
検「機体はオッケーです。頑張ってくださいね!」
と声をかけられる。ああ、と適当に返事をして格納庫を出た。
決勝のグリッドまでタキシングで向かう。予選は4位とまずまずの位置だ。ヨシナガはというと8番手と後方に沈んだ。ひとまずチャンピオンシップは有利である。しかし油断はできない。奴はここぞという場面では最後尾から表彰台を狙えるほどの爆発力がある。
グリッドに着くと、ゼーハー言いながらノボルが走って追いついてきた。
ノ「言い忘れてたけど、今回のために許容回転数を上げておいた。いつもは2800rpmだけど2950rpmまで耐えれるようにした。十数馬力は上がるけど連続して使わないように。連続してt 」
リ「オーバーレブで壊れるんだろ」
ノ「その通りだ!ここぞという時に使ってくれ。」
リ「分かった。」
ああだこうだと会話をしているうちにレース開始5分前となった。5分前になるとパイロット以外は自チームの戦闘機から離れればならない。
レース開始までパイロットは孤独との戦いになる。レースが始まってしまえばゴールを目指すだけなので孤独なんて忘れてしまう。
リューヤは永遠にも感じられるこの開始時間までの5分がいつになっても慣れなかった。普段はクールな雰囲気を装っているが、この時ばかりは緊張で押し潰されそうになる。
リューヤは緊張で震える手で無線のチャンネルをノボルとIARのチャンネルに合わせた。接続の確認をしてノボルの声を聴くと一安心した。
レース開始まで3分を切った。3分前になると風防を完全に閉め、戦闘機レーサーは離陸の準備を始める。そして順に離陸していくのだ。
のんびりする間もなく、すぐに離陸する順番が回ってきた。スロットルを開けてぐんぐん速度を上げる。そして軽く操縦桿を前に倒し、機体を地面と水平にする。するとまもなく機体がふわっと浮き、地上を離れた。
上空では先に飛び立った3機が待機している。すぐに残りの12機が離陸して15機の編隊が組まれる。一糸乱れることなく15機で組まれた編隊はアレシマの上空をぐるっと一周パレードフライトを行った。
そしていよいよスタート地点となる街外れにある2本の弾幕に向かって進んでいく。ここから戦闘機レーサー同士の駆け引きが始まる。
前との間隔を詰めたり空けたりしながら他の戦闘機レーサーの様子を伺う。ポールポジション、いわゆる1番先頭になると自分のタイミングでスタートできるので駆け引きは有利に行える。
リューヤは敢えて駆け引きは行わず、そのままの間隔で飛び続ける。駆け引きに出ないのも作戦の一つである。
「荒野を照りつける太陽より熱い戦闘機レーサーたちの熱い眼差し。その視線の先、その戦いの先には何が見えるというのか。それを確かめるべく表彰台の真ん中を目指してレーサー達は英雄となる!」
「さぁ、いよいよ始まります!IAR最終戦アレシマGP!チャンピオンの座を手にするのは一体誰なのか!」
「今、レースが始まります!!」
先頭の零戦五二型が2本の狼煙を通り抜ける。続いて前を行く2機も通り抜け、リューヤも通り抜けた。リューヤは大きくスロットルを開け、愛機飛燕を加速させる。
レーススタート。戦いの幕は切って落とされた。