翔る空は蒼く   作:海 寿

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第6話「アレシマ渓谷 復路②」

リューヤは2本の狼煙が上がる間を通過した。重力のおかげもあってか時速140キロクーリルは出ているだろうか。狼煙は一瞬で後方に消えた。そしてすぐに岩肌が迫ってくる。

 

操縦桿を倒し、90度左にバンクさせ狭い箇所を通り抜ける。ちらりと下を見ると何かの部品の破片らしき物が落ちていた。恐らく往路で誰か岩壁にぶつかったのだろう。レースは常に危険と隣り合わせである。

 

右へ左へ機体をバンクさせ旋回したり、時にはバレルロールのような機動をし、狭い渓谷を縫うように飛んでいく。よく見ると崖の上の方には危険を承知で見物している人もいるようだ。

 

一方リューヤの後方を飛ぶヨシナガはリューヤに遅れること15秒。雷電の機体性能のおかげもあり、更に差を縮めていた。しかしここからは渓谷飛行。もともと火力、上昇力、速力を重視して設計された局地戦闘機故に旋回は得意でない。

 

だが、それをカバーしてこそのチャンピオンではないのか。前をいく新人をぶち抜いてこそのチャンピオンではないのか。そう自らに言い聞かせ、ヨシナガは渓谷飛行へと突入していった。

 

 

実況「さぁ〜トップ2機が復路最初の渓谷に飛び込んでいきました!!手元の時計では両者の差はわずかに10秒!渓谷を抜けたタイム差が、どう変化しているのでしょうか!!」

 

実況「勝利の女神はどちらの微笑むのか、それは、神のみぞ知るーッ!!」

 

 

ハ140のエンジン音が渓谷をこだまする。気持ちよく回る液冷倒立V型12基筒の奏でる音がリューヤを刺激する。気持ちが昂り、どんどん自分の世界に入り込んでいく。自分の手足のように飛燕を自在に操り、渓谷を抜けていく。

 

リューヤ「ん〜、いいねぇ!!復路も問題なしってところだねぇ!!」

 

リ「ん?今一瞬雷電が見えた気がしたけど気のせいだよねー☆」

 

いや、気のせいではない。5秒後ろまでヨシナガの雷電が迫ってきているのだ。射程圏内に入るのも時間の問題である。ヨシナガは己を奮い立たせ、迫りくる岩壁とスピードの恐怖心と闘いながら差を縮めていた。

 

すかさず事態を把握したノボルがリューヤに無線を飛ばした。

 

ノボル「おい、リューヤ!雷電が迫ってるぞ!!」

 

リ「んフ〜、たまりまちぇんねぇ^〜」

 

ノ「馬鹿なこと言ってないで5秒後ろまで来てるぞ!!」

 

リ「!?!?!?!?…マジで?」

 

ノ「大真面目だ。どうすんだ?このまま追いつかれるのも時間の問題だぞ。」

 

しばらくの間、沈黙が続いた。聞こえてくるのはハ140のエンジン音が聞こえるくらいだ。数十秒の沈黙の後、リューヤはすぅっと息を吐きこう言った。

 

リ「…まぁ今のは全て演技というか、わざと追いつかれるように飛んでたんだけどね。」

 

リューヤは静かに話し出した。

 

リ「今まで黙ってて悪かった。あることを検証したくてな。」

 

ノ「焦るわ、そんでどんな事するんだ?」

 

リ「簡単に説明すると、このまま差をキープして次の渓谷に入る前にヨシナガを前に出す。そんで早めに抜き返してぶっちぎる。」

 

ノ「簡単に言うけど相手は5連続チャンプだぞ?まぁお前を信用してない訳じゃないがな。」

 

リ「俺の予想が外れたら検証は失敗だ。ま、失敗する気はさらさらないね。言ったからには必ず成功させる。有言実行ってな。」

 

話終わって暫くすると渓谷の終わりを告げる2本の狼煙が見えてきた。雲ひとつ無い青空に高く上がっていた。

 

実況「雲ひとつ無い青空に轟くはエンジンの咆哮!さあ間も無くリューヤ選手が3つ目の渓谷を、今ッ!抜けてきたーッ!!」

 

実況「そして5秒後ろまでヨシナガ選手が迫ってきている!!追いつけるか?追いつけないか?あーっとここで、ここでリューヤ選手の飛燕が凄まじい加速を見せます!!」

 

実況「一瞬ヨシナガ選手の雷電が遅れを見せましたが、流石は5連続チャンピオン!!その差を縮めようと必死に喰らい付いていきます!!」

 

リューヤは冷却効率を最大限引き出し、そしてスロットルを100%に引き上げる。そして水メタノールを噴射する。一時的に油温と冷却水温が適正温度から下がったが、2950回転という高回転で温度を取り戻す。

 

後方を目視で見ると迫りくる雷電の姿が見えた。完全に雷電の射程圏内に入っていた。絞りに絞って出す約1750馬力の飛燕と、元から1800馬力を発生させる火星エンジン搭載の雷電ではやはり速力の差が大きかった。

 

じりじりと差を詰められ、渓谷飛行に入る3キロクーリル手前で横並びとなった。ヨシナガの方を見ると、余裕そうな顔で無線のチャンネルを合わせろと手信号を送ってきた。チャンネルを合わせるとヨシナガの低い声が飛び込んできた。

 

ヨシナガ「よお、あれだけ言いたい放題言って追いつかれた気分はどうだい?さぞかし悔しいだろうねぇ。」

 

リ「…その余裕も今のうちだぞ?」

 

ニヤッと不敵な笑みを浮かべる。

 

ヨ「ほざけ。この5連続チャンピオンに輝くヨシナガ様が負けるなんてことは天地がひっくり返ってもありえない!君が追いつかれた以上、私の勝ちは決まったようなもんだ。」

 

リ「ほんじゃ、そのチャンピオンならボクみたいな新米なんか軽く捻るなんて朝飯前ですよね?その渓谷でボクをぶっちぎってみて下さいよ。」

 

リューヤはヨシナガを挑発する。そしてヨシナガも挑発に乗って見下してくる。

 

ヨ「ほんなら、ぶっちぎってやんよ。」

 

そう言うとヨシナガは無線を切り飛燕の前に出ると、雷電を180度バンクさせ最後の渓谷に突入した。リューヤもそれに倣い、突入していく。

 

実況「さぁ〜、面白いことになってきました!!なんと8位スタートのヨシナガ選手が1位を飛んでいたリューヤ選手を追い抜く展開となりました!!」

 

実況「もう目が離せませんね!!やはり、レースはこうでなくっちゃ!!」

 

実況も舌を噛み切る勢いのヒートアップ具合で観客たちを惹きつける。それに比例して観客たちの歓声も大きくなっていく。

 

その様子をチームスタンドから見ていたノボルは本当にやってくれたなと感心しつつ、少し落ち着けなかった。前に出したからには追い抜けないことには勝つことは愚か、チャンピオンを獲ることはできない。ノボル祈るように手を組んだ。

 

その頃リューヤはヨシナガを抜くタイミングを窺っていた。それらしきチャンスはあるものの決定的なチャンスはなかった。流石と言うべきなのか、単に運が良いだけなのか隙らしい隙を見せない。

 

しかしチャンスは唐突に訪れた。細長い岩が斜めに倒れかかってる場所でヨシナガは、上に抜けるか下に抜けるか迷いを見せた。その一瞬の隙をリューヤは見逃さなかった。頭で考えるよりも先に身体が反応した。

 

スロットルを全開にし、操縦桿を倒しバレルロールのような機動で岩を交わすと、勢いのままヨシナガの駆る雷電の前に躍り出た。その一瞬の出来事にヨシナガは唖然とするだけだった。すぐに気を取り直し、差を詰めようとした時には、飛燕の水平尾翼の影がうっすら見える程度だった。

 

これが決定打となり、勝負の女神はリューヤに微笑むこととなった。結局リューヤはヨシナガを2分以上引き離し圧勝。検証も無事に成功し、表彰台の真ん中でニカっと笑ってみせた。

 

表彰式を終え、リューヤは格納庫に向かおうとするとヨシナガに声をかけられた。振り向くとそこには、空の駅イオで見せた威圧的な態度は無く、穏やかな表情をしたヨシナガがいた。

 

ヨ「やあ、先の空の駅とレース中の暴言は済まなかった。」

 

リ「いや気にしないでくれ。こっちも挑発したしお互い様だ。」

 

ヨ「それからシリーズチャンピオンおめでとう!今までレーサーとして生きてきたが君みたいなのは初めてだ。驚いたよ。」

 

リ「それはどうも。あ、そうだ。」

 

ヨ「どうしたんだい?」

 

リューヤは思い出したように話題を切り替えた。

 

リ「あなたはもうIARで僕に勝てません。」

 

ヨ「唐突だな。それは何故だ?」

 

リ「非常に言いにくい話なんですが、あなたは雷電に乗せられています。今まで勝ってこられたのは、全て運が良かったからです。」

 

なっ、とヨシナガは言葉が詰まった。それは今まで培ってきたテクニックを否定されるのと同じことであるからだ。

 

リ「俺は10の時から操縦を教え込まれた。同じくらいの歳の連中とは経験の量が違うんです。」

 

ヨ「それはつまり、俺は下手っていうことか?」

 

リ「下手というよりかは機体の持つ性能を100パーセント引き出せていないだけだ。ようはこれができれば僕といい勝負ができるはずだ。」

 

ヨ「なるほどな、ありがとよ。でもそんなこと教えてよかったのか?」

 

リ「空の駅で言ったようにレースみたいな勝負事には予定調和なんて面白くないんだよ。さっき言ったように僕が勝ち続けたるとしたら、面白くないだろ?」

 

ヨ「ああそうだな。」

 

そう言い終わると同時にリューヤは自チームの格納庫へ歩き始めた。格納庫ではノボルがせっせと片付けをしている。遅いぞと言わんばかりにこちらを向いて手伝うようにとジェスチャーした。

 

こうしてイジツエアレース最終戦、アレシマGPは幕を下ろした。夕陽に染まる空は美しい宝石のように輝いていた。

 


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