翔る空は蒼く   作:海 寿

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大変長らくお待たせいたしました。ノボルとヤマダの師弟対決や如何に・・・!




第9話「零戦・隼レース 後編」

実況「さぁやって参りました!零戦・隼レースinインノ!今回もどんな激戦が繰り広げられるのでしょうか!」

 

解説「零戦・隼レースはイジツで最もメジャーな機体を使い、手軽さをコンセプトにしたレースですね。」

 

実況「シンプルながらも奥深く、現役のプロレーサーや往年のレジェンドレーサーたちも数多く参戦しております!!」

 

解説「それぞれのパイロットの年齢や練度に応じたクラス分けがなされています。」

 

実況「そしてぇ!アマチュアクラス注目は〜!初参戦のノボル選手とヤマダ選手!!」

 

実況「なんと!!とある整備工場で師弟関係だったそうです!!この師弟対決は見逃せません!!」

 

実況「さぁ間もなく、アマチュアクラスのレースが始まります!!」

 

 今日もインノはよく晴れている。しかし上空の雲の流れはとても早い。雨上がりの影響か風がとても強い。時折砂埃が舞うのでエンジンに吸入されてしまわないか心配される。

 砂埃はエンジンに吸われるとエンジンを壊す恐れがある。配管の内側やバルブ、シリンダーの壁面など様々な場所を傷付けてしまう。そうなると異常燃焼を起こしたり最悪エンジンブローしてしまう。レース中にそれが起これば完走はおろか、リタイヤは免れない。

 それを嫌ってエアフィルターを入れたり対策を取ることもあるが、空気をうまく取り込めない、いわゆる吸入抵抗に起因する出力低下もある。エンジンが壊れるリスクはだいぶ減るが、速さの求められるレースで出力が出ないのは致命的である。

 相反するこの二つを高次元でまとめる事ができるかが整備士の腕の見せ所だろう。ノボルもヤマダも気合十分だ。

 

 タイムトライアルの順番はくじ引きによって決められた。アマチュアクラスのノボルは20人中16番目、ヤマダは1番最後、20番目にアタックする。そしてプロクラスのリューヤとイサカはそれぞれ、7番目と12番目にタイムトライアルを行う。

 

ヤマダ「それじゃ行ってくる」

 

イサカ「ふふ、期待しているぞ」

 

 そう言ってイサカは自分の胸元に山田を抱き寄せた。ヤマダは一瞬驚くもイサカを抱き返した。肌を通じてイサカの温もりを感じる。

 

ノボル「アッツアツですねぇ!!」

 

 ノボルがちゃちゃを入れる。

 

ヤマダ「うるせ!絶対負けないからな!」

 

ノボル「望むところです!!」

 

 レーススタッフの合図でアマチュアクラスを飛ぶ戦闘機たちが出走順に滑走路へ並べられた。こうして戦闘機が並んでいるのを見ると圧巻である。いよいよレースが始まる。

 

実況「それでは、アマチュアクラスのタイムアタックが始まりまーす!!」

 

実況「Start Your Engine‼︎」

 

 実況の合図により総勢20機による零戦と隼のハーモニーが奏でられた。その爆音はレーサーたちの闘志に火をつける。無論ノボルとヤマダも例外ではない。しかし同時に孤独が2人を襲った。滑走路に移動し一度エンジンをかけてしまうと3回のタイムアタックが終わるまでチームメイトとの通信は禁止されてしまう。自分の番が回ってくるまで孤独との戦いである。

 リューヤはこんな孤独と戦っているのかとノボルは身をもって体感した。早く飛びたいという逸る気持ちとこの場所から逃げ出したいような感情が渦巻き、誰かに話してスッキリしたいと思った。まだかまだかと思うほど、時間はとてつもなくゆっくりに感じる。だんだんと焦りをも覚え始めたとき、ようやく出番が回ってきた。

 

実況「さぁ、18番目のレーサーが登場です!零戦二二型を駆るはノボル選手!」

 

 タキシングで滑走路の端に移動中、実況に紹介され拍手やエールが送られる。しかしノボルは緊張しているのか拍手やエールには応えられない。

 滑走路の端に着くとブレーキを目一杯踏み込み、スロットルを開けた。ゴーッとエンジンが唸りを上げスタートの瞬間を待つ。タイムは離陸後最初に通過するエアゲートを潜ってから計測が始まる。なので如何にスタートで速度を乗せるかがポイントとなってくる。

 刹那、レース開始の合図、緑の旗が大きく振られた。素早くブレーキを解除し前へと飛び出した。カウンタートルクやプロペラ後流によって左に流されないよう、スロットルやラダーで暴れる機体を上手く抑え込む。

 

ノボル「さぁ行こうぜかわいい子ちゃん…」

 

 そう言うが早いか、愛機零戦二二型を離陸させスタートのエアゲートまでフルスロットルで向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付くとアマチュアクラス全員の2回目のタイムアタックが終了した。一体どれほど集中していたのか。いや、もしくは緊張のしすぎで覚えていなかったのか。かくしてアマチュアクラスはラストのタイムアタックである。

 順位はヤマダが3位、ノボルは5位に付ける形となった。そしていよいよ3回めのタイムトライアルが始まる。

 

実況「さぁ盛り上がってきました、アマチュアクラス!最後にどんなドラマが待ち受けているのでしょうか!!」

 

実況「続いては7番目のレーサーの登場です!」

 

 7番目のレーサーは隼一型での参戦のようだ。エンジンの馬力では不利となるが果たしてどんな飛びっぷりを見せてくれるのか。

 

実況「さぁスタートゲートを抜けてアタック開始です!」

 

解説「まずはこのスラローム。綺麗に抜けていきたいところ。」

 

 コースは大きく3つに分けることができる。コース序盤のセクター1にはエアゲートが一列に並んでおり、そこを左右に切り返して抜けていく。

 

実況「さぁセクター1のタイムはどうだ!?トップタイムより0.2秒速いぞ!!」

 

解説「このまま行けば8位から一気にトップへ躍り出ますね。」

 

 セクター2はスラローム後に左のハイGターンが待ち受ける。そして、それを抜けると今度はコースを大きく回る緩い右のターンに差し掛かる。

 

実況「続くハイGターンもうまく決めてきた!これは期待できそうだーッ!!」

 

 セクター3はインメルマンターンで針路を反転しセクター1で通ったスラローム区間を逆走してゴールゲートへ向かうコースだ。

 実況も熱が入ってくる。観客も大盛り上がりだ。緩い右のターンもしっかりと決めて最終のセクター3へと突入する。みんな固唾を飲んで見守っている。

 隼一型を駆るパイロットは落ち着いて最終ターンを回ってゴールゲートに飛び込んだ。

 

実況「さぁ戻ってきた!戻ってきた!タイムは〜?」

 

実況「やりました!コンマ7秒更新の58秒フラットだ!」

 

解説「最高速度で言えば不利な隼一型ですが、流石のロールレートと旋回性能です。パイロットの将来に期待です!」

 

 とんでもないタイムが出た。これまでこのコースでアマチュアクラスのトップタイム平均は58秒5前後であるのだが、それを大きく上回るタイムが叩き出された。これにはジェントルマンクラスやプロクラスのレーサー達も驚きである。

 

ノボル「やってくれるなぁ…」

 

 思わず思っていたことを口にしてまう。信じられるのは己と己が整備した愛機だけ。あとは勝利の女神が微笑むかどうか。ギュッと手を握りしめその手を見つめる。

 精神統一をしているといよいよ3回目の順番が回ってきた。

 

実況「さぁ16番目の選手の登場です!」

 

 実況に3度目の紹介をされる。3回となるといくらが余裕が出てくるが気は抜けない。滑走路の端にあるスタートラインに着くと、一呼吸おいてブレーキを踏み込みスロットルレバーを前に倒し込む。

 グォーとエンジンの回転数が上がり振動が身体に伝わってくる。目線は真っ直ぐ、最初のエアゲートを見据える。刹那、視界の右奥で緑の旗が大きく振られた。

 

実況「スタートしました!まずはスラロームが待ち構えております!」

 

実況「さぁどうだ?スムーズだ!これはスムーズだ!!」

 

 1本目よりも2本目、2本目よりも3本目の方がうまく飛べている。左右に切り返す単純な機動だが、このスラロームがバシッと決められるか否かでタイムに大きな差が出る。

 エルロンバランスタブのおかげで二一型の零戦よりかは若干ロールレート高い二二型ではあるが、それでも隼にはどうしても劣ってしまう。しかし、リューヤの助言によってスラロームのコツを掴んだノボルは誰も見たこともない速さで駆け抜けていく。

 

実況「綺麗なスラロームだぁー!セクター1のタイムは18秒2とトップタイムのコンマ3秒縮めてきました!」

 

実況「お次は左のハイGターン。機体だけでなくパイロットにも負担がかかるぞ!さぁどうだ!」

 

 次は左のハイGターン。早めにバンクさせて旋回の準備を行う。そしてグイッと手前に操縦桿を引き、旋回を始める。今日1番とも言える強烈なGがノボルを襲う。

 軽量な機体に、12メートルもの長大な翼。そしてなによりも翼面荷重の低さは高い旋回率を生む。そんな零戦だからこそ、とても小さな旋回半径で回ってみせた。

 

ノボル「うおおおおおおおお!」

 

 強烈な旋回Gで視界と意識を失いそうになるが、大声を上げてなんとか意識を保つ。そして緩い右のターンをエアゲートすれすれに飛んでみせる。

 

実況「綺麗なハイGターンを決めセクター2のタイムもトップよりやはりコンマ3秒速い!」

 

実況「これはまたタイムが更新されそうだー!」

 

 そして運命のセクター3へと突入していった。ノボルは操縦桿を引き、インメルマンターンで針路を反転。高度を速度に変換させる。そしてスラロームへとアプローチしていく。が、機体をバンクさせるのが遅れ大回りでアプローチしてしまった。

 

実況「あーっとこれは大幅なタイムロスだー!立て直せるか!?」

 

解説「ここまでノーミスで来てただけにこれは痛いですね〜」

 

 動揺したノボルはリューヤのアドバイスも忘れ、無我夢中でスラローム区間を駆け抜けた。我に帰ったノボルは既に着陸して自分の格納庫前に機体を止めていた。

 

 エンジンを止め、愛機から降りるとへなへなと仰向けに倒れてしまった。機体は完璧だった。しかしあそこでミスをしなければ、なぜあそこで遅れたのか、ノボルは自分を責めた。ハッと声を出し体を起こした。するとリューヤが隣に座り込んだ。

 

リューヤ「お疲れさん。最後はやらかしたがそれ以外は良かったぞ。」

 

ノボル「ああ、自分でもよくわかってる。そうだ、タイム聞き逃したんだけど何秒だった?」

 

リューヤ「57秒8でトップだ。ヤマダ班長がこれから飛ぶみたいだけど、ヤマダ班長がお前のタイムを超えられなかったらお前の勝ちだな」

 

ノボル「そうか。」

 

 セクター3でのミスは、セクター1、2で稼いだ貯金によって事なきを得た。しかしうまくいけば大幅なタイム更新となってトリのヤマダ班長へ大きなプレッシャーをかけることになっていたので少々悔やまれる。

 

実況「さぁアマチュアクラスのラストを飾るのはタネガシの整備班長、ヤマダ選手!」

 

実況「ノボル選手の師匠ということで今回、弟子のタイムに挑みます!!」

 

 いよいよヤマダの順番が回ってきた。昂ぶる気持ちを抑え、堂々とスタートラインにつく。遠くに見えるイサカに海軍式の敬礼をしてからスタートの準備をする。

 

イサカ「馬鹿者、敬礼する余裕あったら少しでもレースに集中しろ」

 

 イサカは小さく呟いた。そして遠くて小さかったエンジン音が大きくなって目の前を通過した。栄三一甲の音がインノの空に響く。ラストアタックの始まりだ。

 

実況「今、スタートゲートを抜けスラロームへと向かっていきます。なんと!エアゲートに超接近しています!!」

 

 流石は零戦大好きのヤマダである。ヤマダは自分の手足のように零戦を操っている。まさに人馬一体、いや人機一体と言えるだろう。

 レースではビギナーになるが長年色々な零戦に乗ってきたヤマダだ。ここで弟子のノボルに負けるわけにはいかない。

 

ヤマダ「(コッソリ機銃下ろしてきて正解だったな。ロールが軽い軽い。)」

 

ヤマダ「(やっぱり機銃の無い零戦は良いなぁ!!)」

 

 スラロームのセクター1はヤマダの操縦技術とヤマダによって整備、軽量化された零戦五二型の組み合わせでノボルよりコンマ2秒速く突破した。

 

実況「エアゲートすれすれでなおかつ滑らかな切り返し!ノボル選手のセクター1タイムをコンマ2秒上回ってきました!」

 

実況「セクター2はどうだ!?」

 

 左のハイGターンを抜け、右の大きな緩いターンをこれまたエアゲートすれすれで駆け抜ける。調子は良いがノボルの会心のアタックで出たセクター2のタイムにはコンマ2秒及ばなかった。

 

ヤマダ「(くっ、流石にキツいな。だが最後まで気は緩めない)」

 

ヤマダ「勝ってイサカに褒めてもらうんだからな!」

 

 インメルマンターンで針路を変え、高度を速度に変換してスラローム区間へとアプローチする。数分前に見たノボルのミスを思い出し、綺麗なアプローチラインでスラロームへと入っていった。

 

実況「綺麗なアプローチでスラローム区間へと突入しました!このまま行けばヤマダ選手の優勝が決まります!!」

 

ヤマダ「うおおおお!死ぬ気で突っ込めーッ!!!」

 

 最後のエアゲートをこれまでに無いスレスレの隙間で抜けたヤマダはゴールゲートへ飛び込んだ。ヤマダのタイムは、57秒5とノボルにコンマ3秒の差をつけて見せた。こうしてヤマダのスーパーラップでアマチュアクラスのレースが幕を閉じた。

 格納庫に戻ってくるとイサカが飛び込んできた。ヤマダはそっと抱きしめる。

 

イサカ「セクター2で遅れたとき心配したんだからなぁ!」

 

 ポカポカとヤマダの胸を叩いているが、ヤマダの応援ありがとな、という言葉でいつものイサカに戻った。

 

ヤマダ「次はキミの番だ。優勝してくれよな?」

 

イサカ「誰に向かって口を聞いているんだ?ふふふ。」

 

ヤマダ「そうこなくっちゃ」

 

 

 

 この日、1番の突風が吹いた。びゅうびゅうと吹く風は、アタック中のジェントルマンクラスのパイロット達を襲った。風に流され、エアゲートと接触しそうになったりし、上手くタイムを残せなかった。また駐機してあったエアレーサーもその風によって動いてしまったものもある。そのためレース運営により一時中断となった。

 

ノボル「いつになったらこの風止むのかな」

 

 と、ノボルは不安げに呟いた。朝から吹いていたこの風は、アマチュアクラスのタイムアタックには影響してこなかったがどんどん強くなっていた。

 どうだろうな、と小さく呟いたのはノボルの相棒リューヤだ。弱冠20歳にしてプロのエアレーサーの彼は小さい頃から風を読むのが得意だった。

 

リューヤ「恐らく、30分もすれば収まるだろう。」

 

 先程の台詞に付け加える形で言った。リューヤの風読みの的中率はかなり高い。それは一番良くノボルが知っていた。

 

ノボル「30分ねぇ。」

 

 その言葉を信じ、30分待つことにした。待つと言ってもただぼうっと過ごすのではない。レースが終われば一度タネガシに寄ってラハマへと戻らなければならない。そのためにも簡易であっても機体のチェックをやっておいて損ではない。

 エンジン以外の粗方の点検を済ませると25分ほど経過していた。気付くと風はほぼ止んでいた。

 

 それまで吹き荒れていた風は嘘のように静かになっていた。レース運営が安全を確認したのち、レースは再開された。

 ジェントルマンクラスのレースもスルスルと回り、無事に勝者が確定した。次はいよいよプロクラスのアタックが始まる。

 

 プロクラス1回目のアタックが始まった。プロクラスのトップバッターはミキという零戦六四型を駆る女性だ。

 やはり女性とはいえプロのレーサーだ。果敢にターンを攻める。その滑らかな飛ばし方は目を見張るものがある。タイムもかなり良い。

 ヤマダはミキという名前と零戦六四型という組み合わせに妙な胸騒ぎが起きていた。

 

ヤマダ「もしかしてあの零戦のパイロット…」

 

 あの正確無比で綺麗な飛ばし方。飛ばし方だけ見るならコトブキ飛行隊のキリエと同等かそれ以上。裏を返せば隙が多くなってしまう飛ばし方。どこかで見た覚えがある。

 1番近くで飛んだ、共に闘い、そして負けたあのレースの記憶が甦る。

 

ヤマダ「いや、もしかしてじゃない。間違いない、アイツだ!」

 

 そう、数年前にヤマダが零戦のみで行われたレースで出会った女性だ。彼女は自分の母親の病気を治すべく、治療費を稼ぎにエアレースに参加していた。レース開始前に大勢のエアレーサーに取り囲まれていたところ、ヤマダと出会った。

 彼女は夢を叶え、エアレーサーになっていた。あの頃から正確で綺麗な操縦は変わっていない。しかし外から見ても分かるようにかなり隙がなくなっていた。つまりタイムを出すための速い飛び方になっていた。

 

ヤマダ「どれだけ成長したか一緒のクラスで見たかったなぁ・・・」

 

 あの日約束した約束はまだ果たされていなかった。とはいえ、こうしてレースで活躍しているならばきっとまたいつか会えるであろう。

 そしてミキはあっさり大会レコードの56秒を上回る55秒7をマークしてみせた。これはヨシナガがデモンストレーションで記録したタイムよりもコンマ4秒速いタイムとなる。序盤から大番狂わせだ。

 

ヤマダ「ミキも成長したなぁ。一緒に飛んでレースしたかった・・・」

 

 何人か間に挟んでリューヤの番が回ってきた。1番最初にあんなのを見せつけられたら黙っているわけにはいかない。リューヤとしてもイジツエアレースのチャンピオンとしてのプライドがある。しかし、いきなり安全マージン無しの全開モードで行くのは慣らしきっていない1回目でいくのはリスクが高い。

 リューヤは2本目に向けてポイントを確認しつつアタックを開始する。

 

 最初のスラロームを素早く抜けた。高いロールレートを持つ隼の切り返しはさすがと言ったところだ。

 アマチュアクラスとタイム差が出るのはやはりエアゲートへのアプローチの仕方である。ターンへの侵入速度や旋回中の速度、そしてターンの脱出速度もアプローチ一つでかなり変わってくる。

 ハイGターンも綺麗に抜けた。そして右の長く緩いターンもスピードを殺さずうまく抜けていった。

 セクター3も難なくクリアしゴールゲートをくぐった。

 

 1本目を完熟と称して飛んだが、さすがはイジツエアレースを制したレーサーである。ミキには及ばないものの、3位のタイムを記録した。タイムは56秒フラットである。

 

 そしてイサカの番が回ってきた。ヤマダが造り上げ、そして壊れたA1-1-129をイサカの手よって蘇らせた。それをまたヤマダの完璧な整備によって、すこぶる調子が良く不具合を何一つださない、ツインワスプR-1830エンジンを搭載する零戦二一型が出来上がった。ヤマダとイサカの2人が手塩にかけ、愛情をたっぷり注ぎ込んだ零戦二一型をヤマダは送り出す。

 

ヤマダ「期待してるぜ!」

 

イサカ「ああ、任せておけ。」

 

 スロットルをいっぱいに開き、スタートゲートを抜けた。

 イサカもなんとか1位のタイムに付いていこうと奮戦した。A1-1-129を手足のように操りタイムを稼いでいく。A1-1-129もイサカに応え、前へ前へと風を切って進んでいく。そして零戦の苦手なロールもものともせず、スラロームやハイGターンを抜けていった。

 無駄の無い一つ一つの丁寧な動きはまるで可憐なダンスを踊っているようである。それでいてタイムは決して遅くない、むしろ速いくらいである。

 イサカは現役のプロレーサーを相手に全体の4番目となるタイムでゴールゲートをくぐり抜けた。

 

 1位ミキ、3位リューヤ、4位イサカ、という順位で1回目のタイムアタックが終了した。

 

 続く2回目のタイムアタックが始まった。ミキはセクターごとにベストを更新してみせた。その美しい操縦は見るもの全員を魅了した。目を見開く者、口を開けて見る者など千差万別だ。

 終わってみればなんと1秒もタイムを縮め、54秒7という圧倒的タイムで2位を大きく引き離した。

 流石にまずいと思ったリューヤは、安全マージンほぼゼロの全開アタックを敢行。その甲斐あってか、ミキのタイムをコンマ5秒上回る54秒2というとてつもないタイムを出してみせた。

 そしてイサカもミキのタイムに挑戦するがコンマ2秒届かず、54秒9で2回目のタイムアタックを終えた。

 

 いよいよ最終3回目のタイムアタックへと突入する。ミキはセクター1のベストを更新するとセクター2で遅れ、セクター3では遅れを取り戻そうとするもタイムは伸びず、自己ベストを更新することはできなかった。ここで、リューヤの勝利が確定した。

 続くリューヤは更にタイムを更新しようと果敢に攻め、危険な領域へと踏み込んでいく。2回目のアタックに比べ、更に内側へと左のハイGターンをエアゲートスレスレを狙って攻める。

 

 

 

 鈍い音と激しい振動がリューヤの全身を襲った。翼端がエアゲートと接触したのだ。主翼が半分ほど吹き飛び、バランスを崩し錐揉みして落ちていく。立て直そうとするが、コントロールを失ったリューヤの隼二型は、地面へとみるみるうちに吸い込まれていく。考えるよりも先に体が動いた。

 座席と操縦桿の間にある輪っか状のものを勢いよく引っ張った。緊急脱出装置である。いざと言う時のためにノボルに無理を言ってつけてもらったのだ。

 輪っかを引っ張った直後、隼の風防が吹き飛んだ。そして遅れること約0.2秒後、座席ごと機体の外へ放り出された。

 その放り出された勢いでリューヤは気を失ってしまった。

 

 

 

 実況や運営をはじめとする人や観客、その会場にいた人全員が絶叫した。イジツエアレースを制した若きチャンピオンがあっけなくエアゲートに接触して墜落したからである。

 

実況「あぁー!!何ということでしょう!!リューヤ選手が翼端をぶつけたのか?バランスを崩して隼がくるくる回って落ちていきます!」

 

実況「あっ!パラシュートが開いているのが見えます!」

 

実況「はっきりと見えませんが無事なんでしょうか!?」

 

 

 すぐに救護班が向かった。また上空を哨戒していた部隊も数機を残して降りてきて救助に当たった。

 選手専用の展望エリアからレースを見ていたノボルはリューヤを助けに行こうとしたが、身体は言うことを聞かなかった。

 

ノボル「(動け動け動け動け動け動け!)」

 

 動けという思いも虚しく、足はまるで地面に太い根を生やしたようにびくともしなかった。次第に視界の奥の方がぼんやりと黒くなり、ノボルはその場に倒れてしまった。

 

ヤマダ「…ッ!おい、しっかりしろ!!」

 

 横で観戦していたヤマダは倒れたノボルの身体を揺さぶって起こそうとした。しかしノボルはピクリとも動かない。首に手を当てると脈はある。

 

ヤマダ「誰かっ!誰か、医者はいないか?」

 

 必死に呼びかけるがなかなか見つからない。流石にレースを観にくる医者はいないか。諦めかけたその時、見覚えのある人影を見つけた。紫がかった銀髪に白衣の背中である。

 

ヤマダ「久しぶりだな、カラン」

 

カラン「あら、ヤマダじゃない。どうしたの?」

 

ヤマダ「連れがいきなりぶっ倒れてな、揺すっても起きないから起こしてくれないか?」

 

カラン「クフフ、ちょうど試したい薬があったわ。」

 

ヤマダ「こっちだ。」

 

 ヤマダとカランがノボルの元へ向かうと人だかりができていた。ノボルに声をかけ、意識を確認する者もいるようだ。

 

ヤマダ「どいたどいた、医者が来たぞ。」

 

 ささっと診察をして薬を取り出す。

 

カラン「ふぅん、見た感じ気絶しただけね。とりあえず、身体をおさえてもらえる?暴れ出すかもしれないから。」

 

ヤマダ「お、おう。」

 

 ヤマダは言われた通りにノボルの身体をおさえた。

 

カラン「それじゃ、ぷすっとな。」

 

 ノボルの右腕に注射器が刺さる。すっと薬が注入され、すぐに効果が現れた。

 

ノボル「うっ……!う……うぅ……。」

 

ノボル「ん、ここはどこだ?」

 

ヤマダ「気が付いたか!」

 

ノボル「なんだかよく分からないけど戦闘機をオーバーホールしたくてたまらない!どっか戦闘機はないか?」

 

カラン「なるほどね、この薬はこんな効果が出るのね。

 

ヤマダ「一体どんな薬を打ったんだ・・・。」

 

カラン「さ、約束は果たしたし私はこれで。」

 

ヤマダ「ちなみにアレはいつ頃治るんだ?」

 

 遠くでノボルが俺にオーバーホールさせろーい!と叫んでいる。

 

カラン「さぁ?一晩寝かせれば治るんじゃない?」

 

ヤマダ「そ、そうか・・・。」

 

 

 そうしてるうちにリューヤの隼二型は回収が完了した。無事にリューヤも救出され、救急車よろしく救急飛行船に乗せられラハマの病院に運ばれた。幸いにも命に別状はなく無事である。

 

 そしてレースが再開された。イサカの最後のアタックが始まる。

 

実況「いよいよ、プロクラスも最後のタイムアタックとなります!ハプニングもありましたが泣いても笑ってもこれが最後です!」

 

実況「イサカ選手は最後にどんなフライトを見せてくれるのでしょうか!」

 

実況「いよいよスタートです!!」

 

 

 ヤマダはユーハングの海軍式の敬礼でイサカを送り出した。それに気づいたイサカもそれに倣って敬礼する。

 スロットルを開け滑走路から飛び立った。エアゲートを抜け、計測が始まる。すぐにスロラームに突入する。バンクさせるタイミングも完璧だ。

 

実況「さぁスタートしましたイサカ選手ですがとても綺麗に飛んでいます!」

 

 

実況「ハイGターンに飛び込んでいく!ここは選手にも機体にもキツいターンだ。さぁどうだ!?」

 

 滑らかにハイGターンをクリアしてタイムはリューヤの全体ベストには及ばないものの、ミキのタイムを上回ってみせた。続く右の緩いターンもスピードを殺さず綺麗に抜けていく。

 しかしパワー区間では主翼の短い零戦六四型にはいくらエンジンを改装したA1-1-129でも僅かに及ばない。

 セクター2ではミキのタイムに遅れた。それでもセクター1で稼いだ貯金があるため、総合タイムではほとんど変わらない。バトルはセクター3に突入する。

 

実況「さぁイサカ選手タイムは悪くない!ラストのセクター3で決まります!!」

 

 インメルマンターンで針路を変え2回目のスラロームへと向かう。速度を上手に乗せスラロームに突入した。見事な操縦桿さばきで素早い切り返しを見せつける。夫婦で優勝を飾るんだと己に言い聞かせ、幾度となくかかる強烈なGで飛びそうな意識を保った。

 

実況「最後のスラロームも綺麗に抜けてきた!速いぞこれは速い!さぁ何秒だ?」

 

実況「54秒5だー!ミキ選手のタイムをコンマ2秒上回りました!」

 

 イサカの強い信念がプロクラス2位のタイムを叩き出した。

 

 そして、ささやかながら各クラスの表彰式が行われた。シャンパンファイトも行われ、ヤマダとノボルは互いにシャンパンをかけ合い喜びを爆発させた。

 プロクラスは優勝者不在の異例な表彰式となったがアマチュアクラスやジェントルマンクラスと同じように行われた。

 

 

 

 

 

一方リューヤは・・・

 

 気がつくと見たことのない天井が視界に入った。俺は身体を起こそうと手をつこうとしたが、腕に全く力が入らない。足もそうだ。

 左腕を見るとなにやら細い管が刺さっている。その管を辿ると将棋の駒を大きくしたような形の袋がぶら下がっていた。そしてその袋の中に入っている液体が一定のリズムで一滴ずつ垂れている。

 足の方を見ると、左足が包帯でぐるぐる巻きにされていた。固定されてるようで動かそうとしても動かなかった。

 

 リューヤはやっと病院にいることがわかった。しかしなぜ病院にいるのか見当もつかなかった。目を閉じ、記憶の糸を手繰り寄せる。

 

 俺は零戦と隼だけのレースに参加していた。そして2回目のタイムアタックで1位になった。3回目のタイムアタックはハイGターンでミスして機体から脱出して…、そこから分からない。

 思い出そうとしてもそこから先はなにも覚えていない。なぜ左足が包帯でぐるぐる巻きになっているのか、なぜ左腕に細い管が刺さっているのか。

 あれこれ考えていると見回りにやってきた看護師がやってきた。

 

看護師「お気付きになられたんですね、おはようございます。」

 

リューヤ「ああ、おはよう。俺はどのくらい寝ていたんだ?」

 

看護師「ええと、運び込まれたのが夜の7時頃だったので丸2日と一晩ですかね」

 

リューヤ「ふ、2日だと!?」

 

 

 

 

続く・・・

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