「うぉぉぉぉ!」
いきなり飛びかかってきたそれを、完全に席についている状態で回避するのは不可能だった。咄嗟に机の中に入っていた本を取り出し、そいつに向かって叩きつけた。本と一緒に吹き飛んでくれたお陰で、何とか危機を乗り越えはしたが、吹き飛んだ後のそいつを見て、条城はゾッとする。既に本は焼けるように溶け始めていたのだ。
「なんだよ、こいつ!」
先程この謎の液体が立っていた机を見ると、同様に溶けて穴が空いていた。
ここにいては不味い!教室から出なければ!
条城は振り返り、教室の出入口へ向かって走った。幸いにも出入口付近の席を選んでいたので、すぐに扉に手をかけることが出来た。しかし、
「開かない。何故だ」
何者かが扉に鍵を掛けていた。内側から鍵を開けようと試みたが、押さえつけられているかのように、ビクともしなかった。窓を割って出よう。そう思って椅子を掴もうと振り返ると、再びそれが遅いかかってきた。
「危ない!」
次は何とか回避することが出来たが、いつ掴まってしまうか分からない。急いで近くの椅子を掴むと、窓に向かって投げつけた。
しかし、飛んでいくいすを、そいつは、いとも容易く掴み、ほおり投げた。
『馬鹿がよー。簡単なんだよ。容易いんだよー』
その奇妙な液体から発された声だったのだろうか。突然人の声がした。
『俺だ俺。誰かは言えないが、こいつの名前だけ教えといてやろう。こいつは俺のスタンド、「ラ・トルトゥーラ」。液体に憑依し、操る能力がある。もってるよなぁ。お前も』
「名前だけって言う割に、結構教えてくれるんだね。スタンド?よく分からないけど、あなたがこれを操っているのであれば、今すぐやめるんだ」
『いいからてめーの能力を見せろって言ってんだよ!ボケ!中華あんみてーにトロットロになりたくねーんならよ!』
言い終わるが早いか、ラ・トルトゥーラと言ったか。奴の能力で液体が再び襲ってきた。さっきこの室内を見回した時の情報と、この溶けていく状況で推測するに、彼は塩酸に乗り移つり、操作して襲いかかって来ているようだ。どういう原理なのかはわからないが、このままだと殺されてしまう。なにか手を打たなくては。彼の能力が扉側へ向かうことを邪魔している以上、こっち側の窓や扉からは逃げることが出来ない。かといって、反対側からも逃げることは出来ない。敵の狙いだったのか、ここは四階に位置する教室。最悪の場合飛び降りるしかないが、そうすることしか出来ない状況に陥った場合のみの最終手段だ。
「やるしか、ないのか」
何とかして撃退するしかない。
方法はいくつかある。まずは封じ込めるやり方だ。
「は、無理か・・・」
最初に塩酸が入っていた容器に再び封じ込めようかとも思ったが、無傷であの液体を捕まえる事が出来るとは思えなかった。
こうして考えている間にも、彼のスタンドは襲いかかってくる。
「守り方はいくらでもあるんだ!」
近くの引き出しからまた本を数冊取り出し、投げつける。
『無駄だよ!ド低脳!何度も同じ方法で防ぎ切れるか!』
本にぶつかったラ・トルトゥーラは、隙間をすり抜けて条城にぶつかってきた。
「あぁぁぁぶねぇぇ!」
すぐさま上着を脱ぎ捨て、身体中を確認する。他に触れた箇所はないか。幸いにも上着以外は無事だった。しかしこのままではいずれ溶かしきられてしまう。
「そうだ、薄めるんだ。あいつの酸性を薄めるんだ」
僕は棚に向かって走り出した。
再び塩酸の入っていた容器を見る。ラベルが僅かに剥がれているように見えた。薬品棚からアルカリ性の薬品を探す。すると、もう一つ中身の無い薬品があった。
『水酸化ナトリウムか?ねぇよ。捨てたからな。てか水酸化ナトリウムの方が危ねぇのによく取りに来たよなぁ。アルカリ性はタンパク質を溶かすってのに』
奴はすぐ後ろまで迫ってきていた。目的のものも手に入れれず、入口から遠ざかってしまっただけとなった。
『もう一度だけ聞く。お前のスタンドを見せてみろ。俺は見たんだよ、あの女とお前が会話している所を』
あの女?彼女のことを言っているのだろうか?あの場で僕にしか見えていなかったのだと思っていたが、やはり彼女は存在していたのか。
「彼女は、何者なんだ。教えてくれ」
『質問してるのは、俺だったよなー。質問に質問で返すなよお前。主導権を握っているのは俺だ』
「知らないんだ、スタンドなんてもの。ましてや僕にそんな力なんてない。僕を殺してなんになるんだ」
『少しだけ教えてやるよ。この大学にはある噂がある。昔からこの大学に住んでいる女の子の幽霊に選ばれた者は不可思議な才能に目覚めるのだと。俺はある人の依頼で存在するかどうかも分からないスタンド能力を探している。金になるからだ』
会話をしながらも、奴はこちらに近づいてくる。今僕の身を守るものは周りにない。触れるのを覚悟で窓に突っ込むか?いや、奴は薬品を操るといった。触れた瞬間に目や口から体内に侵入し、確実に殺しにかかってくるだろう。触れるのはまずい。
ならばもう手段はひとつしかないだろう。僕は奴から離れるために走り出した。
『無駄だよ!逃げ道なんてない!お前は死ぬんだよー!』
「いや、死なない。あなたの正体は絶対に暴くからな。今はこうして逃げるが、もう僕は逃げたりなんてしない。あなたのような人を野放しになんて、出来ない」
そう言い残して、僕は入口とは反対側の窓から外に飛び出した。
これは賭けだ。