バトルスピリッツ Over the Rainbow   作:LoBris

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 新年あけましておめでとうございます!(大遅刻)

 そして、今日は何の日でしょう?
 ──そう、1年前のこの日、バトルスピリッツ超煌臨編第4章「神攻勢力(エマージング・ディーサイド)」が発売されました!
 ディオニュソスのお誕生日です! でも彼、登場章ですぐ退場したから、命日でもあり一周忌ですね!←

 そういうわけで、前回に続いて、ブラストさんとのコラボ3番勝負・第2回戦です!


第16話 特別編1-5 第2回戦後半:曇天に吼える

 ──ない、ない、ない。

 

 片手で持った名簿に目を通して、烈我は声を失った。

 

 だって、お目当ての名前が全然見当たらないのだ。自分を慕ってくれた、真っ直ぐな後輩の名前も。だいぶチャラいが頼りになる親友の名前も。そして──ずっと想いを寄せてきた、初恋の相手の名前も。

 

 異世界スピリッツエデン。7体の竜に創られたと伝えられるこの地は広大だが、地域によっては、開拓も文明も進んでいる。

 ましてや、烈我と絵瑠が探している友達が行こうとしていた場所は、バトスピの祭典が催されている場所。海を隔てた、小さくも過ごしやすいリゾート地。スピリッツエデンの中でも一歩以上先に進んだ技術力を持つヘルの発明を以てすれば、そこへ向かうのは簡単だった。

 

 だが、祭の入口で、「人を探している」と懇願し、スタッフから見せてもらった参加者名簿を見ても、消息を絶った友達の名前はなかったのである。

 

「嘘……だろ…………」

 

 見間違いではないかと、何度も何度も見直したが、現実は酷だった。ずらりと並んだ名前の中に、彼が知る名前はない。

 

 単純に、機械についていた発信機が切れただけならば、よく知る名前が確認できたはず。そして、光黄たちと合流できるはずだった。

 

 ……が、どうやら、事態は、烈我たちの思う「最悪」か、それに準じるほどにまで発展していたようだ。

 

「あの……! ここに3人組って来ませんでしたか!? 金髪の男の子みたいな女の子と、少し背の低い男の子と……頭にサングラスのっけた、いかにもチャラそうで節操なさそうな野郎と!」

 

『本人がいないからって、言いたい放題だな……』

 

 動揺しながら、それでも手掛かりを得ようと、スタッフに質問する絵瑠。動揺しすぎているからか、特徴の説明が冷静でない。ひどい言いように、彼女の肩の上で、シュオンが苦笑した。

 

『なんで見当たらねーんだよ! 烈我! 本当に見逃してねぇんだろうな!?』

 

 烈我の肩の上で、バジュラが地団駄を踏んだ。仲間が心配というわけではないのだが、なぜだかイライラする。「憤怒」の罪を冠する竜は、このような事態に陥れた敵へ、そして、何もできない自身へ、怒りを募らせていた。

 

「おっ、おい……! 肩の上でじたばたするなって! 爪が痛いっ、からっ……!」

 

 バジュラが地団駄を踏むと、足の爪が烈我の肩に食い込む。その痛みで、烈我はようやく我に返った。

 

「何度も見直したって! でも、本当に、あいつらの名前がないんだよ……!」

 

「くそっ!」と、やりきれない気持ちを、口汚く吐き捨てる。

 

「こっちも駄目だ。スタッフに聞いてみたけど、『そんな名前のバトラーは来ていない』って……」

 

 スタッフへの質問を終えた絵瑠も、沈んだ顔をしている。

 光黄たちが無事でないことは確認できた。だが、これからどうするべきか、全くわからない。手掛かりが少なすぎて、途方に暮れる。

 

 ──その時だった。

 ふたりが転移に使った機械から、ピピピッと音がした。

 

「ッ!?」

 

 何か状況に変化があったことは明白。だが、それが朗報と悲報を知らせているのかわからず、烈我と絵瑠たちは、黙って電子音を聞き続けることしかできない。

 

 音が鳴り出してから1分もしないうちに、2人が住んでいる世界に待機しているヘルから、通信が入った。曰く「光黄たちの居場所がわかった」と──

 

「それって本当ですか!? なら、すぐにその場所を──!」

『ああ、それが……たしかに、彼らの居場所はわかったんだけど…………』

 

 すぐにでも光黄を助けに行きたい烈我は、食い気味にヘルに情報共有を要求した。が、通話越しのヘルは、どうも言いづらそうに言葉を濁していた。

 

『居場所はわかったし、こうして反応が返ってきているのは、きっと良い兆候なんだ。だけど、ね…………所在が、烈我君たちの世界でも、スピリッツエデンでもないんだよ』

 

 ヘルは観念したように言葉を継いだ。

 突拍子のない答えに、烈我も絵瑠もどう返せばよいのかわからず、「え?」と言いたげな表情で固まっている。

 

『そいつはどういうことだ? 現代(あっち)でもスピリッツエデンでもないってことは、まさか詳細不明の世界にでもいるってことか?』

 

 頭を使うことが苦手な使い手たちを尻目に、呆れたシュオンが溜息混じりに問うた。

 

『大体その認識で問題ないよ。わざわざ機械を直したということは、ひとまず安全そうだけれど……行った先に何があるか、おじさんにはわからない。まだ罪狩猟団(デッドリーハンターズ)の罠である可能性が消えたわけでもないし、スピリッツエデン以外の異世界への移動なんて初めてだから、』

 

 ──最悪、帰れなくなるかもしれない。

 

 呆然と先程まで話半分で聞いていた烈我と絵瑠を、最後に添えられた一言が揺さぶった。背筋がヒヤリとする感覚が、思考を停止しかけていた彼らを咎めるようだ。 

 

『それでも、君たちは行くのかい?』

 

 少年少女が取り返しのつかない失敗をしないよう、彼らの気持ちを抑えるのも大人の役目。通話越しのヘルの声は、いつもよりずっと重い。

 

「行きます! 光黄は強いし、ミナトも星七もいるから、きっと大丈夫だろうけど──知らない世界で、あいつらだって怖くても頑張ってるんだ!」

 

 烈我は躊躇わずに答えた。

 機械の通信が戻ってきたということは、光黄たちも、知らない世界で、生きて帰ろうと頑張っている証拠なのだ。

 

「だから、俺だけ怖じ気づいてなんかいられねぇ! 今度こそ、俺が光黄を守るんだッ!!」

 

 右の拳を握って、誓う。今度こそ、大事な大事な想い人を守るのだ、と。

 

『ははは、やっぱり烈我君はそうだよね』

 

 少し安心した、とヘルが笑った。烈我は「やらずに後悔するよりは、やって後悔する」という質の熱血漢だ。へルも、身の安全のためにかけた脅しの言葉だけで、彼が仲間の救出を諦めるだろうだなんて考えていなかった。

 

『絵瑠ちゃんは、どうだい?』

 

 次に、絵瑠へ名指しで声を掛ける。

 烈我の熱気に当てられたようにぼうっとしかけていた絵瑠は、へルの声で我に返った。

 

「私は…………」

 

 誰だって、烈我のように強くはないし、勇敢で無鉄砲なわけではない。言いかけて、絵瑠は口ごもった。「助けに行きたい」という気持ちと、「怖い」という気持ちが、胸中で打ち合っている。

 今なら、後に引ける。怖い思いもしないで済むだろう。だが、なぜだろう──後戻りしよう、と考えても、恐怖心は消えてくれない。

 

『烈我君が行くからって、無理に行く必要はない。最悪の事態が起これば、七罪竜とその使い手全員が異世界に取り残されてしまうのだから──』

「……嫌だ…………!」

 

 慰めようとして掛けられたヘルの言葉を、咄嗟に否定してしまう。やはり、絵瑠もまた、心のどこかで、仲間を助けたいと叫んでいた。

 

「ここで後戻りなんかしたらいけない……そんな気がするんだ」

 

 仲間に囲まれて、一途に想ってくれる相手がいる光黄が、羨ましくて、妬ましかった。そうして抱え込んだ羨望を、嫉妬を、自分に憑いたシュオンが代弁してくれて初めて、絵瑠は、彼らの仲間になることができたのだ。

 絵瑠は自覚していないが、羨望と嫉妬をずっと抱え込んできた彼女は、根が真面目な人間なのだろう。わがままに仲間や絆だけを求めて、自分だけ逃げたら、今度こそ自分を赦せなくなる──そんな予感があった。

 

『…………わかった。では、これから教える数字を、君たちの機械に入力してくれるかい?』

 

 どこか切迫した様子の絵瑠に面食らいながら、ヘルは2人へ、異世界へ向かうコードを託す。烈我と絵瑠は、唾を呑んで頷いた。

 

 程なくして、スピリッツエデンから、2体の七罪竜と2人の使い手の反応が消えた。

 

 

 

 烈我たちが追った、発信機の反応。それは、光黄たちが持ち込んだ機器に電源が点くようになったことで、再び得られたものだった。

 発信機からの電波状況が「圏外」でなくなったのは、エジットでも天才的なまでの技術力を持つトトが修理に携わったからだろう。修理だけに終わらず、彼さえも無自覚に細かいところを改良してしまっていることは、きっと今後誰にも知られることはないのだろうが。

 修理された機器は、セトの手によって、光黄たちの元へ運ばれており、いよいよ、居酒屋もとい喫茶店の前に到着したところだ。

 

「よう、お前ら。待たせた……なッ!?」

 

 が、ここまで来て、セトは絶句した。

 

 異世界からの来訪者のほうは問題ない。金髪の女丈夫に、少しばかり背の低い少年。バトルフィールドでは、チャラそうな出で立ちだった青年──牙威ミナトが、格式高い海賊のようなバトルォームを瀟洒に着こなしている。彼らの人数にも異常はない。

 だが、ミナトと向かい側に、お呼びでないやつがいる。使い手であるマミのほうは、まだ良いとして、

 

「なんであの野郎がいやがるんだよッ!?」

 

 問題は、そのパートナー(便宜上)である。創界神ディオニュソス。曲者の多い創界神の中でも、とびきりの異端児。

 親善試合だったはずなのに、「親善」から最も程遠いところにいる男が、なぜかいる。しかも、よりによって、明らかに相性が悪そう──どころか、会わせてはいけないと懸念していた相手・キラーと対峙している。わけがわからない。

 

「ご苦労だったねェ。お邪魔してるよ」

 

 そんなセトの心境を察したのか、ディオニュソスは愉しげに、ひらひらとセトへ手を振った。

 

「俺たちの邪魔をするな! 帰れッ!!」

「おやおや……他人の戦いに水を差すとは、エジットの戦神も落ちぶれたものだ」

「だってお前、端からマトモに戦うつもりがねぇだろうが!」

 

 わかってはいたが、セトがいくら言葉を重ねても、ディオニュソスは聞く耳を持たない。どころか、かえってセトのほうが、精神を逆撫でされている。

 怒りを堪えて唸っているセトを見兼ねて、

 

「セトさん、ごめんなさい……元はと言えば、私の出席日数が少ないから、こんなことに…………」

 

 マミがぺこりと頭を下げた。そもそも、彼女が参加しているのは、出席日数の少なさから、部長命令で出席を命じられたからだ。一応、直接的な原因はマミのほうなのである。

 

「……それも、目黒が部長命令される前に、ディオニュソスがウザ絡みしてきたのが発端だがな」

 

 申し訳なさそうなマミをフォローするように、ガイがぽつりと呟いた。

 

(こいつ、「ウザ絡み」とか言うんだな……)

 

 強面なだけで温厚な使い手にしては、辛辣な発言。セトは少々目を丸くした。

 

「まあ、これで時間切れというなら、それでも構わないよ? 彼らが許すかどうか、ってところだけれど」

「あぁ? テメェ、何わけわからねぇこと言ってやがる?」

 

 ディオニュソスの真意を、愛想は悪いが真っ直ぐな気質のセトには理解できなかった。

 

『……ミナト。今のこっちのライフは2だよな?』

 

 キラーが、どこか忌々しげに、使い手へ問いかける。彼の言わんとしていることはわからないが……ミナトは、静かに頷いた。嫌な予感がする。

 

『で、あっちのライフは5。これも間違ってねぇな?』

「ああ、ライフは2対5。正直不利だけど、まだ勝機は──あっ…………!」

 

 続くキラーの問いへ答えを返し、ミナトは気づいてしまった。先程まで、キラーがライフの数を聞いてくる理由に。そして、どれだけ気分が悪くても、後には引けない理由に。

 

「本当、お前な……俺たちが、少なくともキラーがそんなこと認めるわけがないってわかってて言ってるだろ?」

 

 怒りを通り越して呆れてくる。

 

「もちろん。我としても、まだまだ遊び足りないからねェ。お前たちには、もっと踊ってもらうよ?」

 

 遠回しな挑発に気づいたミナトへ、ディオニュソスは静かに微笑んだ。

 

 

「えーっと……どういうこと?」

 

 フィールドの外で、アンジュが頭上に疑問符を浮かべた。彼女には、キラーたちが引けない理由が、理屈として理解できない。感情としては、なんとなく理解できるのだが。

 

「バトスピのフロアルールだ。時間切れになった場合、まず両者のライフを比べ、ライフのコアが多い方が勝ちになる」

 

 無邪気なアンジュに対して、フィールドの事情を察した光黄が説明してやる。「この世界でも同じなんだろうな……」と、呟きを添えた。

 

「──今、時間切れを認めれば、目黒さんの勝ち逃げということになる。目黒さんは全然悪くないけど、あの創界神にあれだけ弄り倒されたうえ勝ち逃げされるなんて、たまったもんじゃないだろう。俺だって嫌だし、キラーなんか特に……」

 

 キラーは、傲慢ゆえに、自身の力に揺るぎない誇りを持っている。光黄も、これまでの共闘を通して、キラーの性分を知っていた。

 

 

「あの……なんか申し訳ないんで、ここは『時間切れ』じゃなくて『投了』ってことで…………?」

 

 ぴりぴりした空気に圧されて、今まで黙っていたマミがおずおずと話しかけるが、

 

『そういう問題じゃねぇッ!』

 

 キラーが、大口を開けて一喝。口内の鋭い牙が剥き出しになり、その容貌の恐ろしさと、咆哮にも近い大声に、びくりと、マミの身が微かに震えた。

 

『俺様は“勝ちたい”んじゃない。そいつを“倒したい”んだ! 与えられた勝利になんか、これっぽっちも興味ねぇんだよ!!』

 

 暗雲で塗り潰された空に、キラーの叫びがこだまする。

 

『──お前も、全力で来い。俺様がすべて上回ってやる』

 

 キラーの視線が、マミを射止める。劣勢にありながら「すべて上回ってやる」と言い放ち、敵をあえて叱咤するその姿は「龍王」の名に相応しい威容だ。

 

 鋭利でいて真っ直ぐで、炎のような熱さを感じさせる視線を受けて、マミは俯き気味だった顔を上げた。

 

「わかりました、キラーさん」

 

 誇り高い龍王と、目を合わせる。猛獣のような瞳に、心から、笑いかけた。

 

「──『お客様』のお望みとあらば、喜んで。この目黒マミ、全力でお相手させていただきます!!」

 

 負けじと、心火を燃やし、堂々と。

 

 キラーは、合わせられた瞳に宿る炎を、たしかに見た。

 

『ハッ、そうだそうだ! 俺様とやり合うなら、それくらい言ってくれねぇと張り合いがねぇ!』

 

 豪快に、呵々と、キラーが笑う。相変わらず、笑顔は獰猛だが、そこに悪意は感じられなかった。

 

「よし、話はまとまったな? それじゃあ、キラー! 【潜水(ダイビング)】だ!

 キラーと、こいつのコアすべてをデッキの横へ!!」

『ミナト、おまっ……今せっかくいいとこ、なんだがぁっ!?』

 

 じゃぽっ、と水飛沫が音を立て、キラーの身体が、フィールドを覆う海に潜り込んだ。キラーが自分の意思で潜ったようには見えない。

 フィールドから、キラーの姿が消える。海面からは、キラーの魚影(キラーは龍であるが)が見えた。彼の巨躯は、海中にあっても、海面にできた巨大な黒点に見える。

 

 まさかの展開に、マミが「はいっ!?」と声をあげた。キラーが、フィールドから消えたのである。消滅したようには見えない。フィールドを覆う海に潜り込んだような──けれど、そんなことができるスピリットを、復帰前後ともに見たことがない。あと、あれはどう見ても、キラーが望んで潜水していない。

 

「アハハハハッ! 本当に可愛いなァ、お前は!」

 

 一見すれば滑稽な光景に、ディオニュソスが手を叩いて大笑いしている。

 

「正直、さっきまでの一幕は暑苦しくて興ざめだったけれどねェ……やっぱりこうでないと。王なんかよりも道化のほうが向いているよ、彼」

 

 キラーが牙を剥けないのをいいことに──いや、いても変わらなさそうだが──いっそ清々しいくらい、馬鹿にしている。

 

『なぁ、ミナト。俺様、仮に七罪竜が揃ったら「こいつ殺せ」って願ってしまいそうなくらいこいつ噛み殺してぇんだけどよ? 駄目なのか?』

 

 キラーの魚影が、ぷるぷる震えている。無理もない、いよいよ「道化」呼ばわりされたのだから。

 

「気持ちはすごくわかるし、俺も一瞬名案だと思ったけど、あの力をこんなやつのために使うのは、スピリッツエデンを冒涜してるんじゃないかってレベルの無駄遣いだと思うし、お前の効果(それ)はターン1だから駄目だ。我慢してくれ」

 

 キラーの心情を汲んで、ミナトもあえて、諫言の中にディオニュソスへの罵倒を含める。あそこまで馬鹿にされれば、キラーでなくても憤るだろう。

 

『チッッッッッ!』と、キラーの盛大な舌打ちが聞こえたが、それ以降は何も言わなかった。彼がいた水面が静かになる。

 

「バーストをセットして、ターンエンド」

 

 ミナトも、あえて静かにターンエンドを宣言。ソウルコアの結界内部に吹き荒れる嵐の音が、より際立つ。さっきまでゴボゴボと音を立てていた水面も静まっている。静まっていた、のだが、

 

「これで終わりかい? せっかく主役が登場したというのに、いきなり逃げるなんて、つれないねェ」

 

 と、ディオニュソスが嗤うと、早速水面が波立った。潜水しているキラーが、地団駄を踏むようにじたばたしているのだ。

 ミナトも「いくら何でも直情的が過ぎないか……?」と疑問に思いかけた。が、キラーからすれば、本当は誰よりも強さに自信があるのに「逃げた」などと言われたのだ。たまったものではないということは、これまでの付き合いから理解できる。憤りすぎないように。肝に銘じながら、ミナトは溜息を吐き出した。

 

「俺もキラーも、勝ちにいってるんだ。貴族様は『戦略的撤退』って言葉も知らないのか?」

 

 この程度の挑発に乗ってくれるような相手ではないだろうが、キラーの名誉のために、ミナトもあえて煽り返した。

 

「おやおや……そうムキにならないでおくれよ、ふふっ」

 

 ミナトの予想通り、やはり、ディオニュソスの余裕を奪うことは叶わなかった。むしろ、子供をあやすようなゆったりとした口調が、癇に障る。たしかに、創界神からすれば、齢18の若者なんて、赤子同然なのかもしれないのだろうが、今はそういうことを言いたいのではなく。

 

「知識としては知っているよ? ただ、その辺りは役者の自由にするほうが面白いじゃないか。どちらが誤って無様を晒そうが、我には関係のないことだ」

 

 元々そういうやつだと思っていたけれど。ミナトは言葉を失った。「役者」という言葉選びに、苛立ちと呆れを覚える。

 キラーと出会ってから、たくさんの敵を迎え撃ってきた。が、罪狩猟団の帝騎となって牙を剥いてきたかつての親友も、大切な女に手を出した暴食の七罪竜も、果ては無名の罪狩猟団の下っ端でさえも、皆が皆持っていたものが、ディオニュソスからは感じられない。

 

 ──なぜなら、端から「勝ちたい」とすら思っていないのだから。

 

 熱意も闘志もくそもない。彼にとっては、このフィールドが“戦場”ですらない。神という高みから、使い手とスピリットが織りなす“舞台”を面白がっている“観劇者”に過ぎなかった。ここまで来れば、マミの語った「負けても悪びれないし、反省しない」というのも、理解できる。

 

「最低だな……罪狩猟団の小物なんかよりも、ずっと、ずっと…………」

 

 ぽつりと零した、心からの侮蔑の言葉は、嵐に呑ませて消し去った。

 

○ミナトのフィールド

・[カニコング]〈3s〉Lv3・BP5000

・[海底に眠りし古代都市]〈0〉Lv1

・[No.36 バーチャスアイランド]〈0〉Lv1

・[No.26 キャピタルキャピタル]〈0〉Lv1

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 7 PL マミ

 

(ターンエンドした……? たしかに、キラーさんを入れても、ライフは削りきれないけれど──)

 

 前のターンでのミナトの選択を勘繰り、マミは思い出す。

 

(……そういえば、エヴォルさんの時も、そんな感じだったよね)

 

 自分の前にバトルした、星七とアンジュのバトル。そこでも、エヴォルが召喚されたターンで、星七はターンエンドしていた。そして、次のターンのアンジュの猛攻を【進化(エヴォリューション)】で耐え抜き、メインステップ開始時に、自身の効果で系統:「遊精」を付与してのフィニッシュ。おそらく、キラーの効果も防御寄りで、ミナトは、このターンを耐えることを見越しているのだろう。

 

「フィールドからいなくなる効果……」

 

 けれど、そのキラーの効果と、ミナトの意図が、いまいち読めない。フィールドからいなくなれば、効果も受けなくなるが、自分のシンボルとして数えられなくなるし、ブロッカーにできなくなる。これだけなら、召喚する意味がないような──

 

「……ドローステップ。

[朱に染まる六天城]のLv2効果で、ドロー+1枚。

 その後、手札から、2枚目の[創界神ディオニュソス]を破棄」

 

 今は考えても仕方がない。思考をやめて、ターンを進める。

 紫のシンボルが数並んだ今、除去されないシンボルを用意する必要性は薄い。また、ディオニュソスの【神技】は要求するコアの数が多く、今配置したとて、使用するまでにはまだまだ時間がかかると考えたのだ。

 

手札:6

リザーブ:10

 

「メインステップ。

[冥府三巨頭バロック・ボルドー(RV)]を召喚!

 系統:「無魔」を持つコスト3以上のスピリット召喚によって、ディオニュソスに《神託(コアチャージ)》!!」

 

 マミが引き当てたのは、クイン・メドゥークと同じ「冥府三巨頭」が一柱・[冥府三巨頭バロック・ボルドー(RV)]。左右に3本ずつ、計6本の腕が生えた、歪な形をした白骨の戦士。禍々しい見た目に反して、冷静な佇まい。クイン・メドゥークの好戦的ながら悠然とした佇まいとは違い、戦に慣れきった歴戦の老兵のような落ち着きを感じさせる。なお、召喚された彼は、ディオニュソスを一目見て「なぜそこにおるのだ?」と複雑そうな呟きを零していた。

 

「なるほどな……アレなら、邪魔な[カニコング]を即座に処理できるってわけだ」

 

 観戦しているセトが、苦い表情を浮かべる。その理由は、バロック・ボルドー独特の効果にあった。

 

「バロック・ボルドーの召喚時効果発揮。

 私のデッキの上から3枚、裏向きで彼の下に置きます」

 

 それは、雑兵の命を吸い上げ、自身の力にする外法。尤も、死者が享楽に耽る冥府にて、人道に背くとして彼を咎める者などいない。

 他の兵の命をコストにするだけあって、その効果は強力、かつ攻防一体だ。バロック・ボルドーは、Lv2・Lv3のアタック時、下に置かれたカード1枚を破棄することで、相手のスピリット1体とライフ1個を無条件に破壊する。

[カニコング]はコア除去耐性と手札保護をばら撒くが、効果による破壊には無力である。この状況において、バロック・ボルドーは、活路を拓く先鋒になるだろう。

 

「なら、その召喚時効果に対応して、俺のバーストが発動だ! マジック・[キングスコマンド]!!」

 

 だが、バロック・ボルドーの召喚時効果に対して、ミナトもバーストで対抗してくる。発動されたのは、バースト効果を持つ青のマジック・[キングスコマンド]。

 

「バースト効果で、デッキから3枚ドローして、手札を1枚破棄。俺は、手札の[ディアマントチャージ]を破棄」

 

 そのバースト効果は、3枚のドローに対し1枚の手札破棄を要求する、手札交換。発動条件がある代わりに、青属性のドローソースの中では最高の効率を誇る。しかも、ミナトは破棄したのは、回収が効く[ディアマントチャージ]。ディスアドバンテージのない3枚ドローと言っても過言ではないだろう。

 

「そして、コストを支払って、フラッシュ効果を発揮。不足コストは、[カニコング]から確保し、こいつはLv2ダウンするぞ。

 このターンの間、コスト4以上の相手のスピリットはアタックできない!」

 

 抜け目のないミナトは、即座にバロック・ボルドーへの解答を突きつけた。

 バロック・ボルドーは、フィールドを離れる時、下に置かれたカード1枚を破棄することで、回復状態でフィールドに残る効果を持つ。そのため、除去効果で彼を止めるのは難しい。だが、[キングスコマンド]の効果は、相手のコスト4以上のスピリットを“アタックをできなくする”効果だ。バロック・ボルドーはコスト8で、もちろん、アタックできなければアタック時効果も発揮できない。

 

「……これで一安心、ってところか?」

 

 ミナトは、安堵から一息吐く。彼としては、[カニコング]という、「今のマミの盤面ではどうにもできない」スピリットを用意することで、召喚時効果を使うように誘っていたのだ。でなければ、今の盤面で、みるみると湧いてくる骸の軍勢を凌ぎきるのは難しい。

 

「王の命令」という訳のとおり、マミのフィールドにかかるプレッシャーが、大量に並んだ骸たちの膝をつかせる。尤も、勝ち気なクイン・メドゥークは、ミナトのフィールドをきっと睨んだままだし、バロック・ボルドーも膝をつかされながら、次はどう動くべきかと思案している。ただで膝をつかないのは、強靭な心を持つ戦士である証左といったところだろう。

 

「……それは、どうでしょうか?」

 

 だが、ミナトの安堵を聞きつけたマミは、ニヤリと笑ってみせた。彼女の正面には、[キングスコマンド]にも屈せず、それを誇りもせず、ただ静かに立ち続ける騎士の姿。

 

「カヴァリエーレ・バッカスは、コアが0個の間、相手の効果を受けません。よって、このターンも、問題なくアタックできますよ!」

 

 コアの置かれていないカヴァリエーレ・バッカスは、相手のいかなる効果も受けないという耐性を持つ。寡黙な騎士のような振る舞いを見せることが多い彼だが、その本懐は冥府の神にして王。それほどまでに強大な存在が、どこの者とも知れぬ王の威圧に屈する道理はない。

 

「相変わらずガツガツしてるよねェ。我としては、このターン、わざわざ攻める意味があるとは思えないのだけれど?」

 

 勇む使い手と化神を見て、ディオニュソスはわざとらしく肩を竦めた。

 

「最初の一言余計です! あと、もう一押しするので黙っててください!」

 

 マミも、なるべく意に介したくなかったのだが、やはり「ガツガツしている」と形容されるのは気に食わない。それを見兼ねたのか、ふと、観客側から、少しやかましい少年のような声が差してきた。

 

『そうですよ! マミ様はガツガツしているんじゃなくて、強くて逞しいんです!!』

「ライト……それ、たぶんフォローになってないぞ」

 

 空気を読めているかはさておき。助け舟なのか追い打ちなのかわからないライトの声援(?)。光黄が、なんとも言えなさそうな表情を浮かべていた。

 

「あっ、うん。ガツガツよりはマシなんだけど……マシなんだけどね、うん…………」

 

 マミも、いよいよ完全に素が出ている。言葉を濁しているが、本当は思い切り難色を示したいに違いない。

 思いがけずそんな一幕を見せられたディオニュソスも、いつものような高笑いはせずとも、肩を震わせて笑っている。そもそも彼の発言がなければ、このような事態にはならなかったはずなのだが──完全に他人事である。

 

 だから、マミは、その隙を突いて、

 

「2枚目の[冥府神剣ディオス=フリューゲル]を召喚します」

 

 2本目のディオス=フリューゲルを、空から降らせた。もちろん、例の如く、ディオニュソスのいるところを狙って。

 

 これは、ガツガツしてるとか逞しいとかじゃなくて、単純に『凶暴』なだけではないのだろうか。ミナトは訝しんだ。

 

「……っと。相変わらず物騒な子だなァ」

 

 だが、まあ、ディオニュソスからしても、今回でディオス=フリューゲルが脳天目掛けて降ってくるのは3度目なわけで。マミが「フ」を発音したくらいで、愉悦に浸るのを切り上げ、普通に歩いてディオス=フリューゲルを躱している。

 そして、彼が立っていたところには、冥府神剣が、まるで選定の剣のような佇まいで、(あけ)に染まった地面に突き刺さっていた。

 

「外れちゃったかぁ…………召喚したディオス=フリューゲルをカヴァリエーレ・バッカスに合体(ブレイヴ)します」

 

 地面に突き刺さったディオス=フリューゲルを、カヴァリエーレ=バッカスが、何事もなかったように握る。平時は二刀流のところ、4本ある腕のうち3つに剣を握って三刀流だ。ただでさえ迫力があるのに、より存在感を増している。

 

「ちょっと待った! マミちゃん、まさか、ディオニュソスの頭に剣をブッ刺すためだけに、わざわざ直接合体せずに……?」

「……はい」

 

 マミは重く頷いた。

 ミナトは考えることをやめた。

 

「系統:「神装」を持つブレイヴの召喚によって、ディオニュソスに《神託》」

 

 さらなる言及から逃げるように、マミは《神託》の処理を進める。これで、ディオニュソスのコアはちょうど“6個”だ。

 

「……へぇ。我にやらせてくれるんだ。お前も、なかなかいい趣味してるじゃないか」

 

 使い手の狙いを察したディオニュソスが、口角を上げる。

 

「貴方と一緒にしないでください! 私は、ミナトさんからもキラーさんからも『全力で来い』というお言葉をいただいたから、使えるものを全部使ってるだけです……!!」

 

 精一杯の否定の意を込めて、マミは叫んだ。

 たしかに、今考えている作戦は、ミナトとキラーにとって不名誉なものになるだろう。だが、あの海牙龍王から「『与えられた勝利』は要らない」と言われているのだ。ここで接待するのも、かえって客の意に反することになる。

 

「あの子……決めるつもりですね」

 

 ギャラリーの中で、イシスがぽつりと呟いた。表情は、少しだけ苦い。

 

「えっ? バッカス以外アタックできなくて、コアシュートも封じられてて、ブロッカーもいるのに?」

 

 パートナーの呟きに、アンジュが首を傾げた。そういえば、彼女がディオニュソスを見るのは、今日が初めてだ。

 

「あの男の【神技】は、疲労状態のスピリットを破壊し、破壊したスピリットによるブロックを無効化するのです……これでは[カニコング]だろうと、あの海牙龍王だろうと、意味がない……

 スピリットたちの献身を嘲笑うようで、あまり好きになれませんね……」

 

 イシスの語るとおり、ディオニュソスの【神技】は、破壊したスピリットによるブロックを無効化する疲労破壊。発揮に6個ものコアを要求するが、詰めの局面において強力な効果だ。冥府のスピリットたちは、Lv1維持コストが0になるおかげで展開が速く、それに比例して《神託》によるコアの再充填も容易。詰めに使う前提であれば、コア6個という重いコストも然程気にならないだろう。

 

『さて、それはどうかのぅ?』

 

 キラーの危機を憂えるイシスへ、エヴォルは挑発的に、それでいて、どこか穏やかに微笑む。その真意は、きっと、この世界の住民にはわからない。

 

「アタックステップ!

 そちらのキャピタルキャピタルの効果で、リザーブのコア1個をトラッシュへ置いて、カヴァリエーレ・バッカスでアタック!!」

 

 使い手の命を受けて、三刀流となった冥府神王が駆ける。アタック時効果は、フィールドには[カニコング]の上にしかコアが置かれておらず、リザーブにコアもないため、実質不発に終わった。

 カヴァリエーレ・バッカスはトリプルシンボル。ブロックするか、防御札を切らなければ、ミナトの敗北が決まる。しかし、ブロックすればディオニュソスの【神技】の餌食となり、たった一度の抵抗さえも無意味にされる。

 

「させるか! フラッシュタイミング! キラーの効果で、デッキの横に置かれたこいつのカードとコアを、元の状態でフィールドに戻す!!

 浮上しろ、キラー!!」

 

 だが、ミナトの瞳に諦観の色はない。「浮上しろ」という指示を受けて、水底にいたキラーが顔を出す。

 

『おう! あの、三刀流のデカブツを噛み殺せばいいんだな!!』

 

「俺様の力を見せつける時か」とウズウズしているキラー。BPで大差をつけられているのにもかかわらず、まったく怖じ気づいていないのはさすがと言うべきか、無謀と窘めるべきか。

 

「キラーさんが出てきた……!?」

 

 再び現れる巨影。マミは目を見開いた。フィールドから消えて、また現れて。復帰勢ということを抜きにしても、こんな相手は初めてで、わけがわからない。攻めに関しては案外「カードパワーと打点で正面突破」といえるところのある冥府のスピリットたちにとっても、非常にやりづらい相手だ。

 

「アハハハハッ! お前が相手してくれるのかい? 嬉しいねェ」

 

 一方、最高の獲物と再び対面したディオニュソスはご機嫌だ。彼からすれば、勝敗よりも「自分が愉しいかどうか」が優先事項なので、平常運転といえば平常運転なのだが。

 

「誰がお前の相手なんかするか!」

 

 きっぱりと否定するミナト。そこに、普段の軽薄さは感じられない。

 

「そのアタックは、キラーでブロック!

 そして、フラッシュ! もう一度【潜水】だ!!」

 

 キラーにカヴァリエーレ・バッカスの相手を任せたのも束の間。牙と剣がぶつかり合ったその瞬間、再びキラーが海へ潜る。

 

「マミちゃんのフラッシュがなければ、こっちのフラッシュもないけど、どうする?」

「は、はい……特にありませんが、これは…………?」

 

 キラーは海底に潜ったまま、姿を現さない。剣を交えていた相手が消えたカヴァリエーレ・バッカスも、その使い手であるマミも、滅多とない状況に辟易としている。

 

「キラーはいないけど、ブロック宣言した時点でブロックは成立している。そして、フィールドにいなければ、そこの創界神を以てしてもキラーを捕捉できないから、ブロックも無効化されない。そういうトリックだよ」

 

 何が起きたかわからないという顔をしているマミを見兼ねて、ミナトは説明してやる。少し悪戯っぽいのは、散々相棒を弄んでくれた創界神への意趣返しも兼ねて、だ。

 海という環境を味方につけ、神出鬼没に立ち回り、戦を制する。それが、キラーの能力であった。

 

「へぇ、彼の力はそういう……」

 

 端から勝敗に興味がないディオニュソスも、キラーそのものには興味を示しているようで、値踏みするように水面を見下ろす。

 

「高みの見物は我が得意とするところだけれど……いや、彼の場合は、さながらシャイボーイの人見知りといったところかな?」

 

 再び水面がじゃばじゃばと音を立てる。キラーが暴れているのだろう。「誰がシャイボーイだ!」と否定したがっているのだと、誰が見ても理解できた。

 

「おっ、おう、その発想はなかった……じゃなくて! だから、言っただろ? 『誰がお前の相手なんかするか』って」

 

 今は言葉を発せない相棒に代わって、ミナトはディオニュソスを睨んだ。だが、口振りはまだ落ち着いている。感情に呑まれれば優位を奪われると、自分自身のやり方でよく理解しているからだ。

 

「お前もなかなか威勢がいいねェ。この手で壊してあげられないのは残念だけれど……」

 

 指先で唇を撫で、思案していたディオニュソスの口角が上がる。

 

「せっかくだから、時間をかけて、じっくりとわからせるのも一興かな」

 

 悪戯っぽく笑う彼からは、無邪気さなど微塵も感じられなかった。そもそも、無邪気な者は「わからせる」なんて言わない。

 

「……負け惜しみか?」

「さあ、どうだろう? 生憎、采配を振るのは我じゃないからねェ」

 

 きつい言葉で煽ってみたが、やはりと言うべきかディオニュソスの薄ら笑いは崩れない。今向き合っている敵は、端から勝つことを目的としていない。負け惜しみかどうかを問うたところで「勝敗を気にしていない相手が負けを惜しむはずがない」ということくらい、なんとなく予想できていた。

 

(くそっ、本当にやりづらいやつだな……!)

 

 プレイングとほんの少しの挑発で、対戦相手の心を乱して、有利な戦局を招き寄せていくのが、ミナトの常套手段。だが、今の相手には、それが効きそうにない。どころか、言葉を交わせば交わすほど、こちらが煙に巻かれているように感じさせられる。

 

「……ターンエンドです」

 

[キングスコマンド]のフラッシュ効果で、他のスピリットをアタックさせられないマミが、ターンエンドを宣言した。

 

○ターンエンド(L3 R8 H4 C15 D3)

・[冥府貴族ミュジニー夫人]〈0〉Lv3・BP9000

・[冥府骸導師オー・ブリオン]〈0〉Lv3・BP12000

・[冥府三巨頭クィン・メドゥーク(RV)]〈0〉Lv3・BP12000

・[冥府三巨頭バロック・ボルドー(RV)]〈0〉Lv3・BP12000

・[冥府神王カヴァリエーレ・バッカス]〈0〉Lv3・BP16000+5000=21000 疲労

↳[冥府神剣ディオス=フリューゲル]と合体中

・[創界神ディオニュソス]〈6〉Lv1

↳[冥府神剣ディオス=フリューゲル]と合体中

・[ディオニュソスの酒蔵神殿]〈0〉Lv1

・[朱に染まる六天城]〈1〉Lv2

バースト:有

 

 

 

 

 ──TURN 8 PL ミナト

手札:6

リザーブ:11

 

「……メインステップ」

 

 自分の優位は保てているはずなのに。ミナトは、固唾を呑んで、自分のターンを迎えた。声が、平時よりも固い。対戦相手、というよりも、いちいち感情を煽ってくるディオニュソスのせいで、普段の精神的余裕が失われてしまっているのだ。

 自然と強張ってしまった体を、大きめの吐息ひとつでほぐす。手札から選んだのは、神にすら届く、海神の三叉槍──

 

「激流の海で敵を流し、刺し貫く水の槍と化せ! [三叉神海獣トリアイナ]を、Lv2で召喚!」

 

「三叉」の名が示すとおり、3本首を持つ海獣が、結界の向こう側から、水飛沫を立てながら駆けてくる。水面すらもまるで地面であるかのように難なく駆け抜け、足元に波紋を作りながら海に立つその姿は、堂々としていた。

 

「召喚時効果発揮! 相手の創界神ネクサスのコア3個をボイドへ!!」

 

 ミナトが、少し意地の悪い笑みを作る。同時に、トリアイナは、前方──まさに、ディオニュソスを睨みつけた。

 そこからは一瞬だった。三叉槍の名を冠する海獣は、目にも留まらぬ速さでディオニュソスへ向かって突進。全力の体当たりを食らわせる。三叉頭だからなのだろうか、ディオニュソスの保有していたコア3個が宙へ飛び散った。持ち主を失い、濁った紫色に染まっていたコアは、元の澄んだ青へと戻り、砕けた粒が土へと還る。

 

「おっ、と……ああ、お前はたしか、ポセイドンのところの」

 

 観劇を邪魔されて、ディオニュソスはようやくトリアイナへ目を向けた。

 

「ご主人様の同胞なんだから、もう少し優しくしてくれたっていいじゃないか」

 

 全く困っていないくせに、眉を下げ、困り笑いのような顔を作る。左右の口角が上がっている辺り、心にもないということを隠すつもりはなさそうだ。

 トリアイナにも、それはわかっているのだろう。が、大きな鳴き声を上げて、足でじゃばじゃばと海水を掻き立てて、異を唱えるような素振りを見せていた。

 

「誰が同胞だ、この裏切り者めが」

「心にもないことを言うのはおよしなさい。わたくしも不愉快です」

 

 トリアイナだけでなく、所属する勢力が違うセトとイシスからも、この言いよう・言われようだ。

 トリアイナの「ご主人様」ことポセイドンは、神世界の一大勢力「オリン」の海神である。それも、最高神ゼウスの兄で、他でもないディオニュソスに唆されたことによって理想を暴走させた弟を止めるべく、面従腹背の姿勢を見せていた穏健派だ。だから、暴走したゼウス──もといゼウス=ロロとも理想を違えているし、そんな主を、何の思想も理想も情熱もなく高みの見物で面白がっているディオニュソスと『同胞』扱いなんて、忠臣として我慢ならなかったのである。

 

「お前たちも言うようになったよねェ。舞台の準備にあれだけ協力しておいて、それはないんじゃないかな? お前たちは“被害者”じゃなくて、“共犯者”なんだよ?」

 

 そして、ディオニュソスもディオニュソスで、旧エジットの創界神のことを「都合の良い傀儡」と認識しているので、口振りはそのままに、遠回しな毒を含んでいる。全く反省していないどころか、ついにギャラリーでも遊び始めた。

 

 骸である無魔には呼吸器がないはずなのに、クイン・メドゥークが溜息を吐いているように見える。バロック・ボルドーに至っては、ミナトとトリアイナに向かって「すまぬ。我らと出会った時には既にああいうやつなのだ……」と頭を下げていた。

 この創界神、「人望がない」というよりは、あまりにも人望が偏りすぎている。

 

「おっ、おう……マミちゃんにも同じこと言ったけど、お前らも悪くないからな?」

 

 ミナトには、神世界の因縁の話なんかされてもわからない。だが、使い手はもちろん、彼ら冥府三巨頭だけは悪意を持っておらず、むしろ主の言動を申し訳なく思っているということに、少し救われたような気がした。

 

 冥府三巨頭に代わるように、マミも「面目ないです……」と謝罪の一礼をした。

 トリアイナも冥府三巨頭たちの謝罪は受け取ったのか、「ケッ、やってられるか」と言わんばかりにそっぽを向いたきり、相手にするのをやめたようだ。

 

「あの野郎……どこまでも俺たちをコケにしやがって……!」

「……セト、そこまでにしておきましょう。トリアイナが無視を決め込んだ手前、わたくしたちが憤ったところで、消えかけた火に油を注ぐだけです……」

 

 今にもバトルフィールドに殴り込みかねない勢いのセトへ、イシスが制止をかける。盛大に舌打ちをしつつも、出かけた拳を収めるセトは「終わったら一発ぶん殴る」という決意表明にも似た呟きを零していた。

 

「……ったく、スピリット1体でこれだから面倒だよな。どんだけ恨み買ってんだよ、こいつ」

 

 事態が鎮火したのを見兼ねて、ミナトは今日で何度目かもわからない溜息を吐いた。

 

「[海底に眠りし古代都市]をLv2にアップ。

 これで、俺の「異合」スピリットはダブルシンボルに。

 

 そして──待たせて悪かったな。浮上しろ、キラー!」

 

 ミナトの合図を受けて、キラーが海底から跳び上がってくる。じゃばんと、大きな水飛沫がフィールドを舞った。

 

『おうっ! 今度こそ、あの野郎を噛み殺していいんだな!?』

 

 この時を待ち侘びていた。そんな気持ちが、ウズウズとしている巨体に表れている。意気揚々とした問いかけに対して、しかし、ミナトは、

 

「あー……悪い。お前には、今回防御を手伝ってもらいたいな、って」

『あんだってぇ!?』

 

 言いづらそうに発された、意に沿わない要求。キラーは思わず、拍子抜けたような声を出してしまった。

 

「おやおや、可哀想に。『噛み殺す』なんて息巻いていたけれど、口だけだったのかなァ?」

 

 その様に、ディオニュソスがくすりと嗤う。

 

『この野郎……! さっきから、俺が殴ってこないからって、舐めた口聞きやがって…………!』

「でも、実際に襲ってこないじゃないか。……いや、襲いたくても襲えないんだよねェ?」

 

 ウズウズしていたキラーの身体が、今度はぷるぷると震えだした。尤も、ディオニュソスは、その反応を待っていたと言わんばかりに口元を歪め、

 

「アハハハハッ! まあ、別段恥ずかしいことではないよ。創界神である我からすれば、スピリットのお前は“格下”なんだから。出来もしないくせに、あんなに威勢良く息巻いちゃって……本当に可愛いなァ、お前は」

 

 声色は幼子を愛でるように甘いが、そこにはねっとりとした嘲りが含まれている。

 一触即発な二者の後ろで、マミの「貴方に触れられるカードのほうが少ないじゃないですか」と、ミナトの「お前に触れられるカードのほうが少ないじゃねぇか」というツッコミ、それに混ざる溜息が重なった。

 

 だが、ミナトとて、キラーを海の底から呼び出したのは、ちゃんとした理由がある。

 

「キラー、あいつの言葉をマジにするな」

 

 いつもより低い、ミナトの声。

 キラーには、自分が浸かっている海水が冷たくなったように感じられた。こんなミナトは、とある七罪竜に身体と心を乗っ取られた“ひとりの女”を助けた時以来だ。

 

「俺が、理由もなくお前を浮上させるほど馬鹿じゃないって、お前がいちばんわかってるはずだろ? そして、お前の強さは、俺が、誰よりも、いちばんよく知ってる」

 

 ──だから、俺の言葉だけ信じてろ。

 

 傲慢な竜王へ、負けないくらい強く、ともすれば傲慢な言葉が掛けられる。

 

 いつもの軽薄なミナトからは想像つかないほどの迫力と鋭さに、キラーは思わず目を見開いた。でも、驚いたのは一瞬だけ。舐められたことへの怒りで歪んだ表情が、ニヤリと笑う。

 

『いいぜ、この俺様が信じてやる。お前がそこまで言うってことは、その場しのぎでもハッタリでもねぇんだろ?』

 

 いつもの、傲慢で自信満々な龍王が戻ってきた。

 

「ああ、もちろんだ! 俺も、お前のことを信じてるし、頼りにしてるからな!!」

 

 それに続くように、良く言えば明朗で、悪く言えば調子の軽いミナトも戻ってくる。先程までの冷たい雰囲気はどこへ行ったのやら。曇天の中にあってなお快活な声が、キラーの背中を押すようだ。

 

「リザーブのコアを全部キラーへ! そして、もう一度【潜水】だ!!」

 

 ミナトからリザーブのコアをすべて託されて、キラーはすべてを悟る。

 

『おう! 俺様に任せときなッ!』

 

 使い手の背中を押し返すように、キラーもよく通る声を残して【潜水】した。口が大きいからか、声量も大きくて、フィールドに広がる海面が波立つ。

 

「臭いなァ。我は三文芝居を見に来たわけではないのだけれど」

 

 玩具を取り上げられたディオニュソスは、興醒めしたと言わんばかりに溜息を吐いた。

 

「これくらいの啖呵切れなきゃ、傲慢な王様の相棒はできないってこと。それに、俺はこういう話好きだぜ?」

 

 やっと引き出せた苦言に、ミナトはニヤリと笑う。普段の調子が戻ってきている。そろそろ反撃の時間だ。

 

「アタックステップ!

 トリアイナでアタック!!」

 

 トリアイナが、鼻息荒く駆け出した。

 

「トリアイナLv2のアタック時効果発揮! 自分の「デッキ破棄効果」の枚数を+5枚する!!

 

 そして、Lv1からのアタック時効果で、相手のデッキを10枚破棄! その中のスピリットカード3枚につき、ボイドからコア1個をトリアイナへ!!」

 

 トリアイナのアタック時効果は、相手のデッキを5枚破棄し、破棄されたスピリットカードの枚数に応じてコアブーストを行う効果。これだけでは、最大でも1個しかコアブーストできないが、自身のLv2の効果で破棄枚数を増やすことで、10枚のデッキ破棄・最大3個のコアブーストが可能になる。

 

 海獣の咆哮と共に、青の強風がマミのデッキへ吹きつけ、カードをトラッシュへ落としていく。マミのデッキから破棄されたスピリットカードは5枚。コアブーストは1個だけで済む、が、

 

「デッキ残り6枚……『次はない』ってことですね」

 

 初手からドローやトラッシュ肥やしを繰り返していたマミのデッキ枚数は、残り1桁にまで落ちていた。

 トリアイナは1回のアタックで最大10枚のデッキ破棄を行う。もう一度アタックを許せば、マミの敗北が決定してしまうところまで追い詰められていた。

 

「ああ。でも、狙うのはデッキだけじゃないぞ? [海底に眠りし古代都市]の効果で、トリアイナはダブルシンボルだ!」

 

 加えて、今のトリアイナは、デッキ破棄の枚数だけでなく、シンボルの数まで増強されている。アタックしているスピリットのシンボルを0にし、相手の使用可能なコアの増加を抑えていた序盤から一転し、一気に攻勢に出ている証拠だ。

 

「トリアイナはBP12000……」

 

 マミは、クイン・メドゥークへちらりと目配せする。強く気高い女戦士は「妾が迎え討とうか?」と言うように視線を合わせてくれたが、今は首を横に振る。

 クイン・メドゥークのBPはトリアイナと同値の12000。BP勝負では相討ちだが【呪滅撃】を持つため、トリアイナを破壊し、ミナトのライフを奪いつつ、フィールドへ復帰することができる。

 賢いミナトのことだ。トリアイナが【呪滅撃】の餌食になるのは読んでいるのだろう。きっと、トリアイナからコストを確保して適当なマジックを撃ち、Lvを下げ、クイン・メドゥークの破壊を阻止することくらい考えていそうだ。

 

 それを鑑みたうえでも、誰もが「トリアイナを除去できるチャンス」であると思う局面なのだが、今、マミがいちばん除去したいのは彼ではなく──

 

「ライフで受ける!」

(ライフ:5→3)

 

 神にも届く三叉槍の攻撃を、一身に受ける。ダブルシンボルになっていることもあり、ライフのコア2個にダメージを肩代わりさせても、刺し貫かれたような感覚が腹に残っている。

 

 観客席で、星七とアンジュが「えっ!?」と拍子抜けた声を上げた。彼らよりも冷静な光黄とガイが真剣にフィールドを見守る中、破壊覚悟でトリアイナを特攻させたミナトも啞然としている。

 クイン・メドゥークも、心配そうにマミを見ていた。勝気で強気な彼女だが、根は善いスピリットなのだろう。

 

「私は大丈夫。心配してくれてありがとう」

 

 そんな中でも、マミは動じず、気遣ってくれたクイン・メドゥークへそっと微笑んだ。笑顔はそのままに、正面に向き直る。

 

「ライフ減少によって、バースト発動! マジック・[アルティメットウォール]!!

 バースト効果で、このバトルの終了時に、アタックステップを終了させます!」

 

 彼女がトリアイナのアタックをライフで受けたのは、セットしていたバーストを発動させるためであった。白のマジック・[アルティメットウォール]。色こそ合わないが、バースト効果で、コストを支払わずにアタックステップを終了させられる。自分のターンでコアを使いきって猛攻をかけるマミの戦い方とは噛み合っていた。

 

 両者のフィールドの境界線上に氷の壁が立ちはだかり、以降の侵攻を防ぐ。

 

 さらに、このマジックのフラッシュ効果は──

 

「さらに、コストを支払って、フラッシュ効果を発揮!

 コスト3以下の相手のスピリット3体を手札に戻します! “コスト2”の[カニコング]を手札へ!!」

 

 コストの軽いスピリットを一度に3体も手札に戻すという、速攻対策に特化した効果。コストを支払う必要はあるものの、先の【冥界放】によってコアが増えており、かつ前のターンでコアを温存していた今であれば、容易く使うことができた。

 

 冥府のスピリットたちにとって天敵のような効果を持つ[カニコング]も、バウンスには無力だった。凍てつく風に吹き飛ばされ、ミナトの手札に戻ってしまう。

 

「狙いはそれか……!」

「はい。ノーコストでアタックステップを終わらせられるから入れたのですが、正直、フラッシュ効果に救われるとは思っていなかったです」

 

 まさに「肉を切らせて骨を断つ」といえるような動き。

 ミナトは感心と危機感から、ふぅと大きく息を吐いた。不本意だが、今なら、ディオニュソスがマミのことを「ガツガツしている」と評したのにも頷けてしまう。いくらメタを張ろうと、あらゆる手段で突き破ろうとしてくる。決して諦めず、貪欲に勝利を狙い、こちらへ食らいついてくる。

 

「ターンエンド。

 ……強いな、マミちゃんは。受け流すのにも一苦労だ」

 

 メタとカウンター、そしてちょっとした挑発で相手の策を受け流し、疲弊した相手から勝ちを分捕る戦い方を得意とするミナトだが、肝が据わっていて思い切りが良いマミには効いていないようだった。彼女からは、疲れも、ペースの乱れも感じられない。

 

「それはこっちの台詞ですよ。本当は、もっと攻めていきたいのに、ずっと受け流されっぱなしだもの……」

 

 ミナトの称賛に、マミは微苦笑で返した。彼女からすれば、まだまだ攻め足りないのだ。彼女は元々、指定アタックを軸とした、赤と紫の混成デッキ使い。最初はキャピタルキャピタルで、次は[キングスコマンド]で、という風に、ずっと攻撃を止められ続けている。

 

「でも、私、ミナトさんのような強い人と戦えて、今とっても楽しいです! ディオニュソスがいなかったらもっと楽しかったです!」

 

 だが、マミはこのバトルを楽しんでいた。空白期間があるからこそ、戦う度に知らないことをたくさん知れる。そのうえ、自信満々な異世界の龍王と手合わせできる、きっと一度きりのチャンスである。その龍王から背中を押されたのだから、楽しくないわけがない。

 

 それはそれとして、

 

「本人の前で言うことかい、それ?」

 

 ついでのように「いなかったらもっと楽しかった」などとほざかれたディオニュソスは、窘めるような声音で苦笑する。尤も、上っ面の態度だけで、胸中はいつもどおり「悪意はあるけど反省はしない」というスタンスなのだろう。

 

「お前の後輩、最高かよ」

 

 あまりの正直さに、フィールドの外で、セトがぷっと噴き出していた。相棒の後輩の、良くも悪くも隠し立てしない人柄を見て、彼にしては愉快げだ。

 その相棒ことガイは、セトの「最高」という言葉に、きょとんとした表情をしていたが。

 

「厄介な[カニコング]も今はいない。今度こそ、私の全力をお見せします!」

 

 そんなギャラリーの様子は露知らず、マミは正面を、相対するミナトのフィールドだけを見ていた。

 

○ミナトのフィールド

・[三叉神海獣トリアイナ]〈5〉Lv2・BP12000 疲労

・[海底に眠りし古代都市]〈2〉Lv2

・[No.36 バーチャスアイランド]〈0〉Lv1

・[No.26 キャピタルキャピタル]〈0〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 9 PL マミ

 

「ドローステップ。

[朱に染まる六天城]のLv2効果で、ドロー+1枚。

 その後、手札から、[冥府三巨頭バロック・ボルドー]を破棄」

 

[朱に染まる六天城]の効果は、Lv2である限り強制的に発揮される。デッキが薄くなった今となっては、かえって自分の首を絞めてしまうが、仕方がない。

 マミは、自分のデッキを削らなければ真価を発揮できないバロック・ボルドーを捨てて、メインステップを迎える。

 

手札:5

リザーブ:11

 

「メインステップ。

[朱に染まる六天城]をLv2に。

 

 そして、[冥府三巨頭ザンデ・ミリオン]を召喚!

 系統:「無魔」を持つコスト3以上のスピリット召喚によって、ディオニュソスに《神託》!!」

 

 ついに現れた、冥府三巨頭の最後の一体。異形の角と巨腕を持つ、骸の戦士・[冥府三巨頭ザンデ・ミリオン]。他の三巨頭よりもアグレッシブなのか、巨大な手の骨をポキポキと鳴らしている。今にも「どれから殴ればよいのだ?」という副音声が聞こえてきそうだ。獰猛な気配を感じたトリアイナが、蹄で海面を踏みしめ、波紋が広がる。

 三巨頭がフィールドに全員揃い、クイン・メドゥークも、こころなしかご機嫌に見えた。一方、バロック・ボルドーは、血がないのに血気盛んなザンデ・ミリオンを、どうどうと宥めている。

 

「続けて、マジック・[マインドコントロール]のメイン効果を使用!

 お互い、それぞれ自分のスピリット上に置いてあるコア4個を、持ち主のトラッシュに置きます!」

 

 次にマミが繰り出したカードは、紫のマジックカード・[マインドコントロール]。その効果は、スピリット上のコア4個をトラッシュへ置かなければならない代わりに、相手にも同じことを強いて、使えるコアを減らすという、強力な効果。

 

「なるほどな……マミちゃんのスピリットにはそもそも“コアが置かれていない”から、俺だけがコアをトラッシュへ置くことになるのか」

「はい、そのとおりです。それに、今、ミナトさんのフィールドのスピリットはトリアイナだけですよね?」

 

 ──が、その実情は、字面以上に強烈だ。なぜなら、使用した時、スピリットにコアが置かれていなければ、一方的に相手のスピリットのコアだけをトラッシュへ送ることができるのだから。コアシュートの対象はスピリットのみなので、自分のフィールドにアルティメットやネクサスしかない場面に使っても良い。

 そして、これは極めて特別な例だが──ディオニュソスの【神域】は「冥府」の名を冠するスピリットのLv1コストを0にするというもの。スピリットを維持するために、コアを置いておく必要がなくなるので、既にフィールドにいるスピリットを消滅させることなく、[マインドコントロール]のメイン効果を使うことができるのだ。

  相手が使えるコアを4個も減らせて、スピリットの消滅も見込める、これだけのマジックが4コスト、最大軽減で1コストで使えるというのはあまりにも破格だった。今日では、ミナトの[海底に眠りし古代都市]と同じく、デッキに1枚しか入れられない「制限カード‹1›」に含まれている。

 

「そう、だな……トリアイナのコアを4個をトラッシュへ。これは、ちょっときついかもな」

 

 マミの指摘どおり、ミナトのフィールドのスピリットは、トリアイナのみ。コアが5個置かれていた彼も、コア1個・Lv1にまで弱体化してしまう。

 消滅しなかったのが救いのように見えるが、続くカヴァリエーレ・バッカスのアタック時効果で消滅する圏内だ。彼のアタック時効果で消滅すれば、消滅体数に応じたライフバーンの餌になってしまう。

 ミナトの残りライフは2。カヴァリエーレ・バッカスのアタック時効果を食らえば、残り1にまで追い込まれるだろう。けれど、今の彼に、トリアイナのコアを除き、自壊させる手段はない。

 

「バーストをセットして、アタックステップ!

 

 リザーブのコア1個をトラッシュへ置いて、カヴァリエーレ・バッカスでアタック!!」

 

 最低限の動きしかしなかったから、リザーブにもコアが有り余っている。今度こそ、誰にも阻まれることなく、骸の進軍が始まろうとしていた。

 

 先陣を切る化神の背後で、すっかり出陣するつもりでいたザンデ・ミリオンが、少し不貞腐れている。

 

「脳筋はひとりで十分なんだけどなァ」

 

 そんなザンデ・ミリオンを見て、わざとらしい溜息を吐くディオニュソス。だが、口角は上がっている。

 

「ちょっと待ってください。脳筋って、それ私のことですか!?」

「さあて、どうだろうねェ? まあ、我は嫌いじゃないよ? そういう子が、ない知恵絞って悪足掻きしてるところは可愛くて──なかなかそそるモノがあるんだ」

「やっぱり貶してますよね!? 思いっきり貶してますよね!?」

 

 マミは、うっかり取り合ってしまったことを後悔した。女として、脳筋呼ばわりには思うところがあるが、やはりスルーしておくべきだったと頭を抱える。

 バロック・ボルドーが「あっ、始まっちゃった……」と言うように曇った表情をしていた。ギャラリーではセトが「何言ってんだこいつ」と呟いていたし、エヴォルに至っては、

 

『星七、おぬしは何も見ていない。おぬしは何も聞いてない』

 

 念仏のように、星七に否定の言葉を言い聞かせている。当の星七が「えっ……? エヴォル、どうしたの……?」と怪訝そうにしているのが救いか。

 

 だが、ちょっとした混乱を背にしたカヴァリエーレ・バッカスは、至って冷静だった。誰よりもディオニュソスに近い立場にある化神だから、このくらい慣れているのだろうか。あまりにも淡々と、コアが1個しかないトリアイナを斬り伏せ、[海底に眠りし古代都市]からも生命の息吹を奪い去る。青かった海は、一度色を失い、モノクロに染まった。

 

「あっ、こらっ! 勝手に処理しないの!!」

 

 対象が限られているからといって、勝手にトリアイナとその他コアの始末を始めたカヴァリエーレ・バッカスを、マミが半泣きで叱った。だが、時既に遅し。斬られたトリアイナの痛みは、先と同様にミナトを襲う。

 

「ぐッ……!」

(ライフ:2→1)

 

 一度目で身体の内側から襲ってくる「斬られた」感覚を覚えたから、前ほどの動揺はない。

 僅かに呻いたミナトには目もくれず、カヴァリエーレ・バッカスは、剣を持っていない方の手をぐいっと後ろへ伸ばし、虚空を掴んだ。その掌中で砕けたのは、濁った紫色のコア。

 

「おやおや。ご主人様に対して無礼だなァ」

 

 勝手にコアを取られたディオニュソスが、やんちゃっ子を見守るような微笑を浮かべた。が、そのすぐ後に「もう一度、きっちり躾けてあげないと」などとほざいたものだから、結局いつもどおりである。

 

 マミからすれば【冥界放】を使う予定だったので、カヴァリエーレ・バッカスが勝手にディオニュソスからコアを取ったのは問題なかった。が、彼がコアを取ったことで、ディオス=フリューゲルの合体時の【神域(グランフィールド)】を展開するためのコアが足りなくなっている。フィールドを舞っていた紫煙が消え、他のスピリットたちが弱体化していた。

 

 ともあれ、一度目同様、コアを斬り刻まれて、ミナトに残されたコアは1個。フラッシュで[キングスコマンド]を撃とうにも、1個足りない。

 

「……バッカスの効果で相手のライフが減ったので、ディオス=フリューゲルの合体アタック時効果で1枚ドロー!

 

 さらに、ザンデ・ミリオンのアタックステップ中効果!

 系統:「無魔」を持つ自分のスピリットがアタックしたとき、相手はスピリット1体を破壊しなければブロックできません!

 これで、キラーさんもブロックできないはずです!!」

 

 さらに、ディオニュソスの【神技:6】を回避して、確実にブロックができるキラーのことも、今回は対策している。

 ザンデ・ミリオンのアタックステップ中効果で、今のミナトはスピリットを1体を生贄のようにしなければブロックできない。

 カニコングもトリアイナも除去された今、彼を守れるスピリットはキラーのみ。ブロックする際生贄にできるスピリットがいないのだ。

 

「キラーのブロックまで封じてくるなんて……さすがだな、マミちゃん」

 

 少しでもチャンスを与えてしまえば、弄した策もすぐに突破されてしまう──全力で試合に臨むことを決めたマミからは、それだけの気迫を感じられる。ミナトはごくりと唾を呑んだ。だが、絶体絶命の状況の割には、余裕があるようにも見えた。

 

「──でも、まだ俺は倒せないよ!

 フラッシュタイミング! 浮上しろ、キラー!!」

 

『おうッ!』と力強い応答と共に、キラーが水中から跳ね上がってくる。

 

「キラーさん!? ブロックできないはずでは……」

 

 ミナトの意図が読めず、マミは目を疑った。だが、彼が無意味な手を打つような相手でないことは、戦いを通じて痛感している。

 手札をちらりと見た。フラッシュで打てる手はあるが、どうすれば彼の策を打ち破れるのか、見当がつかない。ここで駄目押しするのが正解なのか、温存しておくべきなのか──

 

「まだわからないのかい?」

 

 そこへ、くすくすと、ディオニュソスのせせら笑う声が聞こえてくる。

 

「……さては、また何か隠していましたね?」

「酷いなァ。せっかくお前を気遣って、声を掛けてやったのに。まあ、当たっているんだけどね」

「心にもないこと言わないでくださ……やっぱり当たりじゃないのッ!!」

 

 いよいよマミの素が出てきた。八つ当たりで振りかぶったげんこつは、うっかり台パンしそうになっていた。

 

「仕方がないだろう? さすがに我の化神や冥府三巨頭でも、コアを海の底に隠されたらどうしようもないよ」

 

 どう見ても怒っている使い手を、ディオニュソスは嗤い続けている。弧を描いた唇から、抑えきれていない笑い声が漏れていた。

 

「──そういうことだろう、坊や?」

 

 彼はあくまでも観劇者のつもりでいるらしい。使い手を嗤いこそすれど、自陣の劣勢は全く気にしていないようで、ゆったりとした口調でミナトへ問いかける。

 

「…………あっ、『坊や』って俺のこと!?」

 

 ミナトとしては、内心「俺もう18歳なのに『坊や』なのかよ」という不満はあるが、口から出そうになった言葉を呑み込む。

 

「まあ、当たりなんだけどな。もう一度、フラッシュをもらうよ!

 マジック・[デルタバリア(RV)]を使用! “不足コストはキラーから確保”して、キラーはLv2にダウン!」

 

 その宣言で、マミははっとした。

 ミナトが提示したのは、白属性のマジックカード・[デルタバリア(RV)]。彼のフィールドには白のシンボルがなく、1コストも軽減できないはずだった、が──

 

「キラーさんにコアを置いて、【冥界放】から守ったんですね。フィールドでもリザーブでもない、“フィールドの外”なら、安全にコアを置くことができる……」

「そういうことっ! そして、[デルタバリア(RV)]の効果で、このターンの間、効果とコスト4以上のスピリット/アルティメットのアタックでは、俺のライフは0にならない!」

 

 しかし、ミナトは、前のターンでキラーにコアを置いたまま、彼に【潜水】させて、コアを守っていたのである。

 マミのフィールドに、コスト4未満のスピリットがいない。キラーを浮上させる前に言われたとおり、まだ、ミナトを倒すことができない。

 

『言っただろ? 「俺様がすべて上回ってやる」ってな! 戦嫌いの貴族ども如きじゃあ、俺様もミナトも倒せねぇよ!!』

 

 守りの要を担えたからか、キラーはいつも以上に得意気だった。ここぞとばかりに、自分を散々弄んでくれたディオニュソスを嗤い返す。

 

「助かったぜ、キラー!」

『ハッ、コアを守るだけなんて、俺様には役不足なくらいだな! 一発殴らせてくれたっていいんだぜ!』

「よし、フラッシュタイミングでもう一度【潜水】だ!」

『おいーッ!?』

 

 戦いたくてウズウズしていたキラーが、またも水底へ引き込まれていく。逆らわない辺り、彼もミナトを信頼しているのだろう。それがなんだか微笑ましくて、一本取られたばかりなのに、マミはくすりと笑ってしまった。

 

「バッカスのアタックは、ライフで受ける!

[デルタバリア(RV)]の効果で、俺のライフは0にならないけどな!」

 

 ミナトの前に現れた三角形の障壁は、冥府神王の剣を三振りともすべて受け止めてなお破れない。

 

「……ターンエンドです。

 ここまでやっても、まだ届かないなんて……本当に強いですね、ミナトさんも、キラーさんも」

 

 自嘲の溜息を吐きながら、マミは純粋な称賛を口にした。

 

 デッキは残り3枚。ライフも残り3。

 ミナトは「受け流すのも一苦労」と言っていたが、それはマミも同じことだ。次のターンも耐えきれるかどうか。マミは気を引き締める。

 

 

○マミのフィールド

・[冥府貴族ミュジニー夫人]〈0〉Lv1・BP4000

・[冥府骸導師オー・ブリオン]〈0〉Lv1・BP5000

・[冥府三巨頭クィン・メドゥーク(RV)]〈0〉Lv1・BP6000

・[冥府三巨頭バロック・ボルドー(RV)]〈0〉Lv1・BP6000

・[冥府三巨頭ザンデ・ミリオン(RV)]〈0〉Lv1・BP7000

・[冥府神王カヴァリエーレ・バッカス]〈0〉Lv1・BP8000+5000=13000 疲労

↳[冥府神剣ディオス=フリューゲル]と合体中

・[創界神ディオニュソス]〈1〉Lv1

↳[冥府神剣ディオス=フリューゲル]と合体中

・[ディオニュソスの酒蔵神殿]〈0〉Lv1

・[朱に染まる六天城]〈0〉Lv1

バースト:有

 

 

 

 ──TURN 10 PL ミナト

手札:6

リザーブ:18

 

「メインステップ。

[カニコング]を、ソウルコアを置いて再び召喚。

[海底に眠りし古代都市]の効果で、ボイドからコア1個をリザーブへ」

 

 再び迎えたミナトのターン。彼は、再び[カニコング]をフィールドに出す。見かけによらず器用なのか、カニコングはハサミの手でドラミングしていた。「俺が来たからには安心しな!」と得意気になっているようだ。

 

「あー、うん……悪いけど、今は、その…………」

 

 そんなカニコングを見て、ミナトは言葉を濁した。

 カニコングがいれば、冥府のスピリットたちの効果は軒並み防ぐことができる。が、防戦一方では埒が明かないことがわからないほど、ミナトは愚かではない。

 これまでマミの攻撃を受け流し、ギリギリで掴み取ったエースのカードを手に取った。キラーが守りの要ならば、このカードは、きっと強力なアタッカーになってくれるだろう。

 

「三つ首の獣、本能のままに叫び! 敵を威圧する咆哮を! 勝利への雄叫びを上げろッ!! [戌の十二神皇グリードッグ]、Lv3で召喚ッ!!」

 

 それは、異世界グラン=ロロにて、誰よりも勝利に貪欲なことで名を轟かす、三つ首の神皇。召喚されるなり「こんなん邪魔だ!」と言わんばかりに拘束具を引きちぎり、トリアイナと同様に、海面を地面のように踏みしめる。「戌」の名の通り、三つ首の先からは立ち耳の犬の頭が生えており、鋭い牙を剥き出しに咆哮をあげた。

 

「神皇ってことは……ツバサが使ってた、ゲイル・フェニックスのお仲間さんだね! 頑張れーっ!」

 

「神皇」の名に、真っ先に反応を示したのはアンジュだった。幼馴染のエースと同じ称号を持つグリードッグに、黄色い歓声を浴びせる。

 とはいえ、グリードッグは、グラン=ロロの栄えあるサバイバルレースグランプリにて、手段を選ばぬダーティプレイで悪名を轟かせた、謂わばヒール役。観客から純粋に応援されるのは慣れていないようで、きょろきょろして歓声の元を探す。それを見兼ねたアンジュが、グリードッグへグーサインをしてやると、グリードッグも「ワン!」と快活に吠え返してくれた。

 

「マジかよ。ちゃんと『ワン』って吠えるグリードッグ、初めて見た……」

 

 とても素直なエースの姿に、ミナトもほんの少し驚いている。

 

「ねぇねぇ、あれがミナトさんのキースピリットなの?」

「ああ。グリードッグが出たということは、きっと決める気なんだろうな」

 

 わくわくしながら観戦しているアンジュの隣では、光黄が固唾を呑んで戦況を見守っていた。

 

「へぇ、X(テン)異種と神海の子に続いて、神皇まで……使い手に似て、節操がないなァ」

 

 わざわざ「使い手に似て」とつけている辺り、ディオニュソスは、遠回しにミナトを煽っている。

 

「……節操が『ない』んじゃなくて、『何でもあり』って言うんだよ」

 

 危うく点火してしまいそうになったのを堪えて、ミナトは淡々と返した。周囲の言動から、自分の人となりは概ね察せられているだろう。それでも、かつて自分が悲しませてしまった『ある少女』のことについてまではバレていない、はずだ。

 よく鼻の利くグリードッグが、鼻孔に纏わりついてくるような花と果実の香りに、苛立ちの唸り声を上げていた。まるで、使い手の密かな怒りを代弁してくれているようだ。

 

「続けて、異魔神ブレイヴ・[青魔神]を召喚! グリードッグに直接合体(ダイレクトブレイヴ)!!」

 

 続けて召喚されたのは、嵐を思わせる意匠を凝らされた異魔神ブレイヴ・[青魔神]。装飾だけでなく、実際に暗雲を纏って、ミナトのフィールドへ舞い降りる。空が曇り、豪雨が海面に打ちつける中だと、その姿はまさに雷神のようであった。

 青魔神は、纏った暗雲を玉座のようにして、フィールドにどかんと鎮座。合体し、力を与えられたグリードッグは、力強い咆哮を上げる。一声で、荒れた海がさらに波立った。

 

「さらに、【アクセル】・[煌星第一使徒アスガルディア]!

 BP12000以下の相手のスピリットをすべて破壊! そして、この効果で破壊したスピリット/アルティメットの効果は発揮されない!!

 これで、メドゥークの【呪滅撃】も、ボルドーの復帰効果も無効化できるよな!?」

 

 系統:「星竜」のスピリット・[煌星第一使徒アスガルディア]。赤属性のスピリットで、その【アクセル】も赤軽減しかなく、コストも6と高めだ。が、ミナトは、それまでに入念にコアブーストを行い、この最終局面で、冥府のスピリットたちを一気に焼き払った。

 厄介な効果を持つ者が多い冥府のスピリットたち。その多くは、フィールドを離れるときや破壊されたときに発揮する効果のせいで、場持ちが良く、ただでは転んでくれない。特に、冥府三巨頭は、その類の効果で継戦能力を高めている者ばかりである。が、アスガルディアの炎は、骸たちの黄泉帰りを赦さない。不浄なる死に損ないを断罪するように、あるいは浄めていくように、問答無用で焼き尽くす。

 今は、冥府三巨頭で唯一Lv3のBPが14000もあるザンデ・ミリオンも、Lv1・BP7000。トリアイナの召喚時効果でディオニュソスのコアを外したことが、このターン、ディオス=フリューゲル合体時の【神域】を止めることにつながったのだ。

 

 煌めくばかりの炎が、マミのフィールドを包み、燃やし尽くす。強い熱風が、マミのバトルフォームの裾を揺らした。

 

「はい。ミナトさんの言うとおり、ですが──」

 

 フィールドを包んだ橙色の煌めきが晴れていく。酒蔵神殿と六天城は無事だったが、後者を彩どっていた茜色の花畑は焦土と化していた。だが、

 

「……コア0個のとき完全耐性を持つカヴァリエーレ・バッカスは、破壊効果を受けず、フィールドに残ります!」

 

 焼け野原となったマミの陣地で、膝をつきながら、ディオス=フリューゲルを支えにして立ち続けた騎士がいた。姿勢だけは辛そうに見えるが、それは疲労状態だからであり、呼吸や態勢の乱れはない。無魔である彼のことだから、そもそも呼吸器はないのだろう。

 

「わかってはいたけど、やっぱり化け物じみてるな……」

 

 ミナトの呟きは、カヴァリエーレ・バッカスの完全耐性にのみ向けられたものではない。その異様なまでの大人しさに、動揺しているのだ。無魔だからというのもあるのだろうが、生きた感情というものがほとんど感じられない。もちろん、戦意も感じられない。顔がないから、表情も見えない。空っぽな何かを相手にしているようで、不気味だった。けれど、今、この化神の正体や真意に思考を巡らしている時間はない。

 

「おやおや。ここまでやっておいて、怖気づいたのかい?」

 

 黙り込んだミナトへ、ねっとりとしたディオニュソスの声がかけられる。

 唯一残ったカヴァリエーレ・バッカスは疲労状態。マミの残りライフは3点。ブロッカーはおらず、[青魔神]はダブルシンボルの異魔神ブレイヴだから、グリードッグのアタックが1度でも通れば、使い手の敗北が決まる。そのはずなのに、ディオニュソスの声は愉しげだった。やはり、端から勝敗そのものに興味はないのだろう。それがわかってしまえば、平静を保つことは容易だ。

 

「『怖気づく』? まさか! むしろ、燃えてきたところだぜ!」

 

 にやりと笑い返す。10ターン目まで守り抜いて、ようやく活路が拓けたのだ。

 

「メインの最後はお前の出番だ! 浮上しろ、キラー!!」

 

 互いの盤面からして、いよいよ最終局面。キラーが浮上した際の水飛沫も、今までより強く感じられた。焼け野原となったマミのフィールドを、無数の水滴が濡らしていく。

 

『おうッ! もう一度、あのデカブツからコアを守れってことでいいんだな!?』

 

 いよいよクライマックス。キラーの高揚も最高潮だ。彼がいちばん、ミナトの勝利を確信しているのだろう。自分の認めた使い手が負けるはずがない、と。このターンを耐えられたとしても、誰よりも強く、唯一無二の効果を持つ自分が守るのだから、勝てないはずがない、と。

 

「ああ! 話が早くて助かるぜ!

 リザーブのコア2個と、カニコングのコア1個、お前に託すぞ!!」

 

 先のターンのように、余ったコアをキラーへ託す。

 しかし、[カニコング]はLv1にダウン。その強力な耐性付与効果は、Lv2からでなければ発揮できないはずであるにもかかわらず、だ。

 

「[カニコング]をLv1に……!?」

「ああ。これが俺の覚悟ってこと!」

 

 ミナトの意図を察せず、マミは首を傾げた。けれど、彼が発した「覚悟」という言葉から、油断できない状況だということは明白だ。

 

「キラー、もう一度【潜水】だ! 頼んだぞ!!」

『ハッ、頼まれなくても、このくらい朝飯前よ!』

 

 ミナトは、キラーを再び【潜水】させ、熱い視線で彼の魚影を見送る。誰よりも傲慢で自信満々彼が、これだけ信頼を寄せてくれているのだ。彼に認められた使い手である自分も、相棒に疑いを持つわけにはいかない。

 

 フィールドへ向き直ると、

 

「──[カニコング]のソウルコアをグリードッグへ。これで[カニコング]は消滅」

 

 真剣な面持ちで、[カニコング]のソウルコアをグリードッグへ置く。今までミナトの陣を強く、ひっそりと支えてきたカニコングが、いよいよフィールドから消えた。

 

「アタックステップ!

 グリードッグでアタック!!」

 

 もう後戻りはできない。ミナトは、自分で言ったとおりに覚悟を決めて、アタックステップへ入る。

 

「まずは、グリードッグのアタック時効果!

 グリードッグのソウルコアを《封印》!!」

(ライフ:1→1s)

 

 ミナトのバトルフォームの胸部、深い青のライフシールドの中央へ、ソウルコアが《封印》され、赤い輝きを放った。

 

 それを見て「おおっ!」とアンジュが声を上げる。

 

「やっぱり、グリードッグも《封印》するんだ!」

 

 幼馴染が使っていたゲイル・フェニックスで見慣れた《封印》。ソウルコアをライフへ置かなければならない代わりに、強烈な効果のトリガーとなる効果。

 ツバサの使うゲイル・フェニックスは【飛翔】という効果を発揮していたが──アンジュは「グリードッグはどんな効果を発揮するんだろう?」と、わくわくしながら見守っている。

 

「[カニコング]を消滅させたのは、このためか」

 

 フィールドを見据えて、ミナトの意図を理解した光黄が呟いた。

 

 ソウルコアをライフに置く都合上、《封印》中は、ソウルコアを要求する他の効果を発揮できなくなってしまう。その好例が[カニコング]による耐性付与効果であった。ソウルコアを置かれていない[カニコング]は、カヴァリエーレ・バッカスのアタック時効果でコアを外され消滅すると、ライフバーンの踏み台にされてしまう。だから、この局面で攻めるには、半端な数のコアを置いてフィールドに残すよりも、自分で消滅させてしまうほうが賢明だったのだ。

 守りを捨てて、グリードッグのアタックに賭ける。だから、[カニコング]を消滅させたとき、彼はこう言ったのだ。「これが俺の覚悟」なのだと。

 

 助走をつけて駆け出すグリードッグ。ダーティプレイを得意とする彼は、眼前の敵が女だとしても容赦しない。

 

「ッ……!?」

 

 マミは思わず目を瞑ってしまった。普通の大型犬より遥かに大きく、牙も鋭い狂犬が、小さな手に向かって飛びかかってきて──

 

 けれど、予想していた痛みは襲って来ない。

 

「大丈夫。俺が女の子の身体を傷つけるわけないだろ?」

 

 優しく掛けられたミナトの声を受けて、ゆっくりと目を開く。

 襲いかかってきたグリードッグは、マミの“手札”に食らいついたのだ。比喩でもなんでもなく、物理的に。グルルルルと唸り、絶対に離すものかと、マミを威嚇している。

 

「……もう、びっくりさせないでくださいよぉ…………!」

 

 抱いた恐怖が徐々に引いてきて、マミは拍子抜けた声で不平を垂れた。

 

「ごめんごめん。こっちの世界じゃこうなるなんて思わなかったから……」

 

 ミナトにも、グリードッグがここまで凶暴な行動をとるということは想定外だったらしい。この世界のバトルフィールドで戦うのは初めてで、それも異世界からの来客なのだ。想定しろというほうが難しいだろう。

 

「……絶対傷つけないから、ちょっとだけ我慢してくれよ?

 

《封印時》のアタック時効果・【強奪】! 相手の手札をすべて見て、相手の手札すべてを見て、その中のマジックカード1枚を破棄!」

 

 グリードッグの専用効果・【強奪】。発揮の宣言と共に、マミの手札が表へ返る。

 グリードッグが、ずっと噛み付いていた1枚は[冥府秘術ネメシス・リープ]。鼻が利く彼には、マジックカードはこれだとわかっていたのだろう。その嗅覚どおり、マミの残りの手札はすべてスピリットカードかネクサスカードだった。ミナトから見て右から順に[ゴッドシーカー 冥府作家ラス・カーズ][冥府貴族ミュジニー夫人][ディオニュソスの酒蔵神殿]──

 

「……[冥府骸導師オー・ブリオン]…………!」

 

 左端に握られていたカードを把握して、ミナトは息を呑んだ。

[冥府骸導師オー・ブリオン]。彼は、系統:「無魔」を持つコスト6以上のスピリットに煌臨した時にも、召喚時効果と同じ効果を発揮することができる。

 煌臨条件は厳しいが、今のマミのフィールドには、たった1体、煌臨条件を満たせるスピリットが残っている。完全耐性のお陰で、アスガルディアの【アクセル】による大量破壊を唯一免れた化神──カヴァリエーレ・バッカスが。

 

「……でも、グリードッグが破棄できるのはマジックカードだけでしょう?」

「ああ。……[冥府秘術ネメシス・リープ]を破棄。破棄したマジックカードのメイン/フラッシュ効果を、コストを支払わずにただちに発揮することはできるけど、効果を受ける対象がいないから不発だな」

 

 ミナトの答えを聞いて、マミが胸を撫で下ろした。

 手札を見る限り、この状況ではオー・ブリオンだけが頼りだったのだろう。伏せられていたバーストは[アルティメットウォール]のような、ライフ減少後に発揮するものだったと推理できそうだ。まだ、相手のスピリットのアタック後・手札増加後の可能性も考えられるので、油断はできないが。

 

「だけど、まだグリードッグのアタック時効果は終わってないぜ! こいつのLv3アタックステップ中効果で、相手の手札が減ったとき、ターンに3回まで、系統:「神皇」/「十冠」を持つ自分のスピリット1体を回復させられるんだ!

 回復しろ、グリードッグ!!」

 

 破棄した[冥府秘術ネメシス・リープ]を噛み砕き貪り食ったグリードッグは、飢えが癒やして、疲労状態から回復した。噛みついていたカードを失い、後方へ着地すると、再び牙を剥き、今度はライフを食らうべく突進する。

 

「さらに[青魔神]の追撃! デッキから2枚ドローして、手札を2枚──[異海獣アビスシャーク]と[ストロングドロー]を破棄!!

 

 この手札破棄に反応して、バーチャスアイランドの常在効果発揮! ボイドからコア1個をバーチャスアイランドへ!!」

 

 風神のような出で立ちの青魔神が、やや乱暴に、ミナトへカード2枚を投げつけてきていた。ミナトは、効果を処理した後に「乱暴だなぁ」と苦笑する。

 

 だが、今はあまり笑っていられない。

 

「アタック時効果はこれで全部だ──来るなら来いッ!」

 

 なぜなら、対戦相手であるマミが、逆転策になる札を握っているのだから。スピリットカードだから、グリードッグだけではどうしようもなく、いずれ向き合わなければならない一手だった。

 

「ええ! いきますよ、ミナトさんっ!」

 

 手札を見られた手前、マミも、自分のやろうとしていることがバレているとはわかっていた。そうしなければ、敗れるのは自分だ。キラーから「全力で来い」と言われていることもあって、一切躊躇いもせず、思い切り声を上げて、己のフラッシュタイミングを宣言する。

 

「フラッシュタイミング!

 リザーブのソウルコアをトラッシュへ! カヴァリエーレ・バッカスに[冥府骸導師オー・ブリオン]を《煌臨(こうりん)》ッ!!」

 

 膝を突くカヴァリエーレ・バッカスへ、上空から、宵闇に溶けてしまいそうな黒の襤褸が、ふわりと被さる。抵抗どころか身動きひとつ取らないカヴァリエーレ・バッカスの身体はどろりと溶けて、有角の骸の身体が再構成されていった。

 むくり、と、化神に煌臨したオー・ブリオンが顔を上げる。空っぽの 眼窩には、すぐに赤い光が灯った。

 

「系統:「無魔」を持つコスト3以上のスピリットの煌臨によって、ディオニュソスに《神託》!

 

 そして、煌臨時効果で──」

 

 言いかけて、マミははっとした。

 

 今のオー・ブリオンは、対象となるスピリットを2枚までしか召喚できない。彼の召喚/煌臨時効果には、召喚した体数と同じ数だけデッキからドローする効果も付随する。

 だが、マミのデッキは、残り3枚しかない。3体召喚して、残り3枚をすべて捲ってしまえば、残りデッキ枚数は0。このターンを耐えきれたとしても、次のスタートステップが回ってきた瞬間に、敗北が決まってしまうのだ。

 

(なら、今召喚すべきなのは……)

 

 トラッシュを確認する。ダーク・スクアーロXやトリアイナがデッキを削ってくれたおかげで、化神も、冥府三巨頭も、2枚目以降がトラッシュへ落ちていた。

 

「──2枚目のカヴァリエーレ・バッカスと、さっき破壊されたザンデ・ミリオンを、1コストずつ支払って召喚!!

 2体の召喚によって、デッキから2枚ドローします!

 

 さらに、系統:「無魔」を持つコスト3以上のスピリット召喚によって、ディオニュソスにもう一度《神託》!!」

 

「あとちょっとだよ、頑張ろう!」と、トラッシュから復活させたカヴァリエーレ・バッカスとザンデ・ミリオンに呼びかける。相変わらず前者は無反応だが、ザンデ・ミリオンは力強く首を縦に振ってくれた。先程アスガルディアに破壊されたばかりなのもあって、「よくもやってくれたな」とミナトを睨み返した。

 

 オー・ブリオンの煌臨と彼の効果によりカヴァリエーレ・バッカス、ザンデ・ミリオンの召喚で、ディオニュソスのコアは3個になった。再び、紫煙のような闇の波動が、ディオス=フリューゲルの刃からフィールドへ舞い込んでくる。

 闇の波動を浴びて、オー・ブリオンが愉快そうに、口元や歯からカタカタと音を立てて笑う。

 

「そのアタックは、カヴァリエーレ・バッカスでブロックです!」

 

 カシャ、と、鎧の音を鳴らして、カヴァリエーレ・バッカスが討って出る。グリードッグの目の前に立ち塞がり、二本の剣を操って牽制。忌々しげに、グリードッグが唸った。

 

「けど、BPはグリードッグが圧倒的に上だ!」

 

[青魔神]の強化を受けた最高Lvのグリードッグは、BP27000。紫属性にしてはBPが高い部類であるカヴァリエーレ・バッカスのBP16000に対し、10000以上もの差をつけているのだ。

 

 グリードッグが牽制に悩まされたのも、ほんの一瞬だけだった。三つ首のうち左右の首が、カヴァリエーレ・バッカスが操る2本の剣に食らいつき、噛み砕いた。得物を失ったカヴァリエーレ・バッカスに、態勢を取り直す間も与えず、腹わたに突撃して、地べたへ押し倒した。十二神皇を決めるグランプリで結果を残しただけある4本の健脚は、カヴァリエーレ・バッカスに身動きひとつとらせない。カヴァリエーレ・バッカスも「勝てない」と悟ったのだろう。地面に押さえつけれたままの態勢で、ぴたりと動かなくなった。先程までの躍動が嘘のようだ。

 動かなくなった獲物の身体を、グリードッグは遠慮なく貪る。その姿は、狩った獲物へぱくつく肉食獣のようだった。だが、カヴァリエーレ・バッカスの鎧の中に“肉体”は存在しない。鎧を破られた瞬間、紫煙と共に爆散してしまった。

 突然の爆発に、すんでのところで後退するグリードッグ。警戒するように、爆発痕を睨みつけ、唸っている──ように見えた、が、

 

「いや、『くそぅ……俺のご馳走がぁっ…………!』じゃねぇよ。なんでそれがご馳走に見えんだよ」

 

 彼の真意が見かけよりも間の抜けたものだとわかってしまい、観客であったセトは、呆れ返って、ついツッコんでしまった。

 

 無惨に噛み殺されたカヴァリエーレ・バッカス。対する、グリードッグは回復状態。次なる獲物への期待から、呼吸が荒くなっている。

 しかし、その期待を塗り潰すように、観劇者の嘲笑が注がれる。

 

「ステイ。躾のなってない子には、お仕置きが必要だよねェ?」

 

 愛玩犬に掛けるような甘い声音は、決して温かくはない。唇の端から、押し殺すつもりがあるかどうかすら定かではない嘲笑が零れている。

 

「あの、私そういうつもりはないんですけど!? なんか、そのっ……勝手にそういう方向で話進めないでくれます!?」

 

 いちばん困っているのは、使い手であるはずのマミなのだが。次につなぐ一手を打とうとした瞬間これなので、とてもやりづらい。

 

「やれやれ、相変わらず冗談の通じないお嬢さんだ。我は、お前の書く脚本をより面白くしてやろうと思って──」

「私は面白くないんですよッ!!!」

 

 ディオニュソスが言い終わる前に、掻き消すように否定の声を上げるマミ。その声量は、自陣のオー・ブリオンどころか、敵陣にいたグリードッグもが、びくっと驚いていた。一方、ザンデ・ミリオンはうんうんと首を縦に振っている。マミに同意を示しているようだ。

 

「あの、ミナトさん……別にそういうんじゃないですからね! 私は、キラーさんに全力で掛かってこいって言われたから…………!」

「うんうん、わかっているよ。俺も、対戦相手に接待を強いるような野暮なことはしないから」

 

 ミナトは苦笑して、マミに続きを促した。彼もフィールドを見ていないわけではない。今からマミが何をしようとしているかも、わかっている。

 

 ミナトに促されて、マミは「……わかりました」としっかり頷いた。

 

「カヴァリエーレ・バッカスの破壊によって、ザンデ・ミリオンLv2・Lv3の自分のアタックステップ中効果発揮!

 系統:「無魔」を持つ自分のスピリットが相手によって破壊されたとき、自分のトラッシュから、破壊されたスピリットよりコストの低いスピリット1体を、1コスト支払って召喚できます!!」

 

 ザンデ・ミリオンが咆哮した。それは、屍の山から強者を呼び覚ます号令となる。

 

「よって、トラッシュから──」

 

 オー・ブリオンを今召喚してしまうと、デッキをすべて引ききってしまう。だから、マミが選んだのは──

 

「1コスト支払って[冥府大魔導エシュゾ]を召喚!

 系統:「無魔」を持つコスト3以上のスピリットの煌臨によって、ディオニュソスに《神託》!!」

 

 最初に《神託》でトラッシュへ落ちてから、ずっと助太刀の機会を伺っていた眷属が、いよいよフィールドへ馳せ参じた。襞襟(ひだえり)のついたコートを纏った、2本角が生えた背の高い白骨・[冥府大魔導エシュゾ]。片方の角の根本は剥げており、脳味噌が見えてしまっている。

 他の冥府のスピリットと同様、最初はコアがなく動かない白骨だったが、ディオニュソスが指を鳴らせば、カタリと音を立てて動き出した。

 動けるようになったエシュゾは、真っ先に仕える神へ跪き、頭を垂れる。遅参を詫びているようだ。

 

「なぁに、気に病むほどのことでもないさ。お前が登場すると、すぐに舞台が終わってしまうだろう? それでは少々物足りないからねェ」

 

 真面目な腹心に、ディオニュソスは妖しく微笑みかける。

 機嫌の良さげな主を前にして、エシュゾは頭を上げて、カタカタッと微かに音を立てた。人間には、声を持たない骸の言葉はわからないはずなのに、マミとミナトには「あっはい」という副音声が聞こえた気がした。冥府のスピリットたちも、曲者だけとは限らないようだ。

「行っておいで」と促されて、エシュゾはもう一度、カタカタッと小さく音を立てた。すっと立ち上がって、戦場へ出る。

 

「なんというか……貴方も苦労してるのね」

 

 同情したマミに、エシュゾはぺこりと頭を下げた。顔を合わせるのは今日が初めてなのに、立ち振舞から、律儀で真面目な性格が嫌でも感じ取れてしまう。

 

「ここで、エシュゾの召喚時効果発揮! 自分のトラッシュに系統:「無魔」を持つカードがあるとき、カード名:「冥府大魔導エシュゾ」以外の、紫のカード1枚を、カード名に「冥府」を含んでいるものとして手札に戻すことができます!

 1枚目のオー・ブリオンを手札へ!!」

 

 エシュゾが懐から取り出したタクトを振るうと、メインステップで破壊されたほうのオー・ブリオンが、トラッシュからマミの手札へ帰ってくる。次のターンにオー・ブリオンを召喚すれば、直前に破壊されたカヴァリエーレ・バッカスも、再びフィールドに舞い戻れるだろう。

 だから、ミナトとしても、次は与えたくないところだが──

 

「召喚時効果を持つ相手のスピリットが召喚されたから、トラッシュの[ディアマントチャージ]を手札へ。

 ……ターンエンドだ」

 

 マミの手札にグリードッグを再アタックさせたところで、回復できるかどうかはわからない。オー・ブリオンの煌臨時でのドローで見えていない手札が2枚増えているが、その中にマジックカードがある可能性に賭けても、攻めきれないことは確実だ。BP比べでスピリットを破壊しても、ザンデ・ミリオンの効果で、別のスピリットをフィールドに召喚されてしまうため、相手の頭数を減らすことも叶わない。そのうえ、マミの手札に2枚目のオー・ブリオンがある。回復状態のグリードッグをアタックさせ、フラッシュタイミングで[ディアマントチャージ]を使用し“コスト8”のザンデ・ミリオンを破壊したところで、次のターンには蘇られてしまうのがオチだろう。端的に言えば、今攻めたほうがよい理由がなかった。

 

 だが、マミのデッキは、残り1枚。次のドローステップで0枚になる。次のターン、死んでも死なない骸の軍勢の猛攻をを凌ぎきれるかどうか──それにすべてがかかっていた。

 

○ミナトのフィールド

・[戌の十二神皇グリードッグ]〈4〉Lv3・BP21000+6000=27000

↳[青魔神]の右に合体中

・[海底に眠りし古代都市]〈0〉Lv1

・[No.36 バーチャスアイランド]〈1〉Lv1

・[No.26 キャピタルキャピタル]〈0〉Lv1

バースト:無

 

 

 

 ──TURN 11 PL マミ

手札:7

リザーブ:16

 

「メインステップ。

 泣いても笑っても、これが最後ですね」

 

 ドローステップで最後の1枚を引いたデッキの枠を見つめ、微苦笑する。初手でディオニュソスを貼ったにもかかわらず、ここまで長期戦になるとは、バトル前は想像もつかなかっただろう。

 

「どうせこのターンで終わるんです、出し惜しみはしませんよっ!!」

 

 だが、そこからは早かった。

 グリードッグの【強奪】で既に存在がバレている2枚目の[ディオニュソスの酒蔵神殿]を配置、[ゴッドシーカー 冥府作家ラス・カーズ][冥府貴族ミュジニー夫人]を召喚。デッキがないので、いずれも配置時/召喚時効果は発揮できない。

 そこへ、オー・ブリオンの煌臨時効果を発揮した際かドローステップで手札に加わったのであろう[冥府石像ボーン・ガルグイユ][冥府貴族バロン・ド・レスタック将軍][冥府骸騎士アジャクシオン]が続けて召喚される。

 もちろん、それまでに、ディオニュソスの《神託》もしっかりと行っており、彼のコアは現在9個。使う機会は訪れないであろう【神技:6】を切ってなお、ディオス=フリューゲルの合体時【神域】を発揮できるほどのコア数だ。

 

「さらに、先程手札に戻した[冥府骸導師オー・ブリオン]をもう一度召喚!

 

 召喚時効果で、トラッシュからカヴァリエーレ・バッカスを2枚、ザンデ・ミリオン1枚を、それぞれ1コストずつ支払って召喚します!

 オー・ブリオン自身の召喚と、カヴァリエーレ・バッカス2体とザンデ・ミリオンの同時召喚で、計2回、ディオニュソスに《神託》!!」

 

 オー・ブリオンの外法によって、もわりと地面から競り上がった紫煙から、冥府の強者(つわもの)たちが蘇る──その時、異変が起きた。

 

 フィールドにいる2体のカヴァリエーレ・バッカスを、2体のザンデ・ミリオンが押し退けようとしている。カヴァリエーレ・バッカスは相変わらず不動なので、なすがままだ。

 その2組の間で、非力な軽量スピリットであるラス・カーズが押し潰されそうになっている。しかも、武器のひとつであるペンをどこかに落としてしまったようで、珍しく非常に慌てた様子だった。

 彼らだけでなく、ミュジニー夫人も、石像によく似たガーゴイル型のスピリット[冥府石像ボーン・ガルグイユ]が鎮座する台座を、コンコンと執拗に叩いている。ボーン・ガルグイユも、カヴァリエーレ・バッカス同様動じていない──というか、全く動かない石像のフリを貫き通している。

 ボーン・ガルグイユをどかそうとしているミュジニー夫人の隣では、2体のオー・ブリオンが互いに席を押し合っている。片方は、カヴァリエーレ・バッカスから煌臨した際に受け継いだディオス=フリューゲルをちらつかせ「おう、やる気か!?」とでも言いたげである。

 赤い双翼と得物の大鎌が特徴的な骸の騎士[冥府骸騎士アジャクシオン]は、身体と得物に紫電を纏わせた。近づく者を払い除ける気満々である。

 

 こんなことになっている理由は、然程大したことではない。マミのフィールドには、現在、スピリットが12体──数が多すぎて、フィールドがすし詰めになっているのである!

 実際、マミがカードを置いているプレイマットも、フィールド一面が召喚/配置したカードで覆われていた。

 

「えぇ……何してるのぉ…………?」

 

 マミとしては、プレイマットが入り切らなくなる分には問題ない。だが、だからといって、スピリットたちがポジションの取り合いを始めるなどと、予想がつくはずもなかった。それも、上辺だけは高貴かつ尊大に振る舞っていたのに、いきなりわちゃわちゃと争い始めているのだから、もはや困惑するしかない。

 バロン・ド・レスタック将軍が、何やらエシュゾと話し込んでいる。軍を率いる「将軍」と、冥府最後の良心であるエシュゾは、この事態を収めようとしてくれているらしい。

 暫しの相談を終え、溜息を吐くような動作の後、将軍がディオニュソスの前へ出て、歯からカタカタカタッ! と大きめの音を発した。

 

「えぇ? 『我からも何か言ってくれ』って?」

 

「やれやれ、困った子たちだ」などと呟き、指先で唇をなぞるディオニュソス。が、言葉とは裏腹に、口元が歪んでいた。全然困ってなどいない証拠である。

 

「我はあまり気が進まないけれど……上演中も静かにできない悪い子は、“元に戻して”しまおうかなァ?」

 

 騒がしかった冥府のスピリットたちはおろか、将軍とエシュゾまでもがぴたりと動きを止めた。まるで、フィールド全体が凍りついたように。

 マミやミナトにはわからなかったが、ディオニュソスの言う「元に戻す」というのは「動くことすら叶わない骸に戻す」という意味である。冥府のスピリットたちが動けるのは、ディオニュソスの【神域】で仮初の命を与えられているから。彼がその気になれば、いくらでも命と人格を奪えてしまうのだ。

 

「……なぁんて、ね。ちゃんと静かにできたじゃないか」

 

 その反応が当然であるかのように、ディオニュソスは微笑んだ。それはもう、動きを止めた眷属たちにはあまりにも不相応なほど、柔らかく、嫋やかに。

 ミュジニー夫人が胸を撫で下ろし、ザンデ・ミリオンはけっと言いながら、カヴァリエーレ・バッカスから手を引いた。押し潰されかけていたラス・カーズは解放され、落としたペンを拾うと、ささっとフィールドの端へ引っ込んでいく。

 言い出しっぺの将軍とエシュゾは「そこまでしろとは言っていないよな、俺たち……」と顔を見合わせた。

 ……過程はともあれ、冥府のスピリットたちは、すし詰めの状況を受け入れてくれたようだ。

 

「将軍さん、エシュゾさん、本当にありがとうございます……」

 

 自分に代わって、性格も趣味嗜好も面妖なディオニュソスへ進言してくれた2体へ、マミは心からの感謝を述べた。これで、やっと処理を進められる。

 

「片方のオー・ブリオンに合体しているディオス=フリューゲルを、カヴァリエーレ・バッカスに交換!!」

 

 すし詰めになっているフィールドで、カヴァリエーレ・バッカスがオー・ブリオンの方へ手を伸ばし、強引にディオス=フリューゲルを取り上げる。化神である強力無比な騎士に、魔術がなければひ弱な骸に過ぎないオー・ブリオンが抵抗できるはずもなく。剣を取り上げられたオー・ブリオンは、こころなしかしょんぼりしているように見えた。もう片方のオー・ブリオンが、ケラケラと同族を嘲笑っている。

 

 マミの手札は0枚。

 リザーブのコアは残り1個しかない。ミナトのフィールドには[No.26 キャピタルキャピタル]があるため、1度しかアタックができないはず、だが

 

「……勝ったね、彼女」

 

 すべてを知っておきながら、傍観に徹していたディオニュソスが、こっそりと口角を上げる。

 

 マミは躊躇わなかった。何をしたって、ミナトにターンを譲れば敗北するのだ。ここまで耐えきっておいて、最後まで抗わないわけがない。

 

「いきますよ! アタックステップ!

 

 リザーブのコア1個をトラッシュへ置いて、合体している方のカヴァリエーレ・バッカスでアタック!!

 アタック時効果で、グリードッグのコア3個をリザーブへ!!」

 

 最後のコアを代償に、三度(みたび)の出陣を果たした化神が、グリードッグへ先制攻撃をしかける。3本の白刃が、ミナトを守る番犬のように立ち塞がっていたグリードッグを斬りつけた。耳をつんざくほどの、悲鳴のような吠え声が戦場に響き渡る。三つ首の付け根に刻まれた裂傷から漏れ出た紅色が、青い海へ零れ落ちていく。

 だが、じりじりと痛む3本の首筋に鞭打って、グリードッグはカヴァリエーレ・バッカスを睨み返した。とどめを刺さんと迫ってきた剣へ、勢い良く噛み付く。牙と剣とがぶつかり合い、ガキンッと鈍い音を立てた。彼は、一度カヴァリエーレ・バッカスと死合ったことで「刃を噛み折ってしまえばこちらのもの」と学習していたのだ。噛みついた剣を手放される前に、カヴァリエーレ・バッカスへ力いっぱい突進し、押し返す。卑劣で汚い手段で十二神皇の座についた異端児という呼び声。それは、悪知恵で王座にまで至ったほどの、ある種の頭脳派であることの証明だ。

 グリードッグの彼の残りコア数は1個。Lv1に下がってしまったが、ギリギリで踏みとどまっている。生存した彼は「お前如きに倒されるものか」と怒鳴るように、カヴァリエーレ・バッカスへ吠え立てた。

 

 だが、ミナトは険しい顔をしている。耐えきったグリードッグを褒めてやりたい気持ちは山々だ。が、彼だけでは──

 

「グリードッグは生き残ったけど……そっちにはザンデ・ミリオンが2体もいやがる。ブロックしようにも、体数が足りないってことか…………!」

 

 カヴァリエーレ・バッカスの両サイドには、2体のザンデ・ミリオン。最後の進攻を邪魔しようものなら、化神に指一本触れる前に破壊されてしまうだろう。

 ミナトに残されているスピリットは、グリードッグと、【潜水】しているキラーだけ。ザンデ・ミリオンの追撃を掻い潜ろうにも、1体足りない。

 

「私だって、これが最後ですもの! 手心は加えませんよ!!

 カヴァリエーレ・バッカスの【冥界放】を発揮! ディオニュソスのコア3個をトラッシュへ置いて、相手のリザーブのコア5個までをトラッシュへ!!」

 

 グリードッグが鮮血と共に散らしたコア3個も、斬り刻まれて使い物にならなくなってしまう。

 それでも、ミナトにはまだ、キラーに置いたコアが6個残っている。軽減なしでも、マジックカード1枚を使うには充分な数だった。

 

 ──そのマジックカードが、平時と同様のコストであれば。

 

「さらに、エシュゾのアタックステップ中効果! 系統:「無魔」を持つ自分のスピリット2体につき、相手の手札/手元にあるカードすべてをコスト+1!

 私のフィールドには、無魔のスピリットが12体! よって、コスト+6ですよっ!!」

 

 使い手へ振り向いて、エシュゾが頷く。空っぽの眼窩で敵陣をまっすぐ見ると、剣のように細長いタクトを構えた。その先端が輝き。藍紫色の光が、ミナトのフィールドへ降り注いだ。

 

 力の源は、同じ冥府のスピリットたちの魔力。我が強い彼らの力を束ね上げるのは、エシュゾの技量と人徳があって為せる業だろう。

 長期戦を耐え抜いたマミのフィールドには、系統:「無魔」を持つスピリットが12体もいる。タクトの先の光も、その数の多さに比例して、輝きを増していた。

 

 降り注いだ光に、ミナトの手札にあるカードの表面が不自然に反射し、テキストも何もかもが読み取れなくなってしまう。それも一瞬のことで、すぐに元のカードに戻ったように見えた、が──

 

「コスト10…………!?」

 

 光が差す前と後とで、明らかに違う点があった。カードの左上に書かれたコストの数値が書き変わっている。それも、誤差程度ではなく、桁数が増えるほどの大幅なコストアップ。マミの宣言で、そういう効果が来るとわかってはいた。が、イラストもテキストもそのままに、コストだけ変化したカードをいざ見せられると、未知のものを目にしたような感覚に陥ってしまう。

 

 心を落ち着けて、もう一度手札を見る。[ディアマントチャージ][スプラッシュザッパー]──そして、[青魔神]の合体中アタック時効果で奇跡的に引き当てた[デルタバリア(RV)]。本来のコストは、[ディアマントチャージ]と[デルタバリア]が4で、[スプラッシュザッパー]が7。

 だが、エシュゾの効果によって、前者2枚がコスト10に、後者はコスト13に書き換えられてしまっていた。

 

 ミナトは、フィールドとフィールドの外に目をやった。グリードッグはコア1個、【潜水】しているキラーはコア6個。彼に使えるコアは、合計7個。 

 

「参ったな、こりゃ……」

 

 手札の中で最もローコストで使える[ディアマントチャージ]でさえ、フル軽減してもコスト8。コアが1個足りない。

 通常なら、ここで潔く負けを認めて、ライフで受けると宣言するところなのだが──

 

『おい、ミナト! どうして俺様を呼ばねぇんだ!?』

 

 傲慢な相棒を浮上させるか、【潜水】させたままにするか、それが問題だ。

 なぜ自分を呼ばないのか、と問うてくる彼は、使い手がこのターンも耐え抜くだろうと信じている。だが、今、彼を浮上させれば──

 

「おや……この期に及んで、あの子はまだ、お前が勝てると思っているようだ。健気だねェ」

 

 ディオニュソスの嘲笑が、悩むミナトの心へ揺さぶりをかけてくる。

 

「さあ、お前はどうするんだい? このまま無視して、何も知らせず幕を引く? それとも、お前を守れなかった主役の嘆きでフィナーレを飾ってもらうかい?」

 

 問いを投げるディオニュソスは、心底愉しそうだ。どう転んでも自分好みの結末になるだろうという確信すら伺える。

 それが、ミナトには非常に腹立たしかった。現状維持か浮上のどちらを選んでも、キラーの心とプライドを傷つけることになる。その二択を自分で選ばないといけないのが、ただただ不甲斐ない。どちらも選びたくなくて、黙り込んだ、けれど──

 

『ちっ……そういうことかよ。ンなことどうでもいいから、早く俺様を呼びやがれッ!』

 

 キラーの魚影と声が、水面へ近づいてきた。ここまで来れば、ミナトがただ一言命令すれば、すぐにでも浮上できるだろう。

 

「キラー、お前……いいのかよ!? だって、今出たら──」

『ンなことどうでもいいって言っただろうがッ! さっさとしろ!!』

 

 胸に渦巻いた懸念をキラーに言いかけても、彼は折れなかった。端からミナトの意見を聞く気などなさそうだ。それに「そういうことかよ」と言ったということは、彼も、現状をある程度理解しているのだろう。

 

「わかった──浮上しろ、キラー!」

 

 ざぱあっ、と音を立てて、キラーが海から顔を出した。牙を剥き出しにしているのは、終わりを悟ってなお冷めない闘志の証。まだぎらぎらした目で、ディオニュソスを睨む。

 闘争心が鎮まらない様子のキラーと目を合わせて、ディオニュソスはこれ見よがしに、にこりと微笑んだ。顔立ちこそ美しいが、それは、敵ですらない愛玩動物に向ける笑みだ。

 

『てめぇ……最初から、この戦局を作るためにわざわざ舐めた真似を…………!』

 

 目は逸らさない。瞳に宿した闘志も絶やさずに、キラーは唸った。

 

「『最初から』ではないよ? さすがの我も、神世界の外にいるスピリットまではわからないからねェ。だけど、お前が我の【神技】を躱した時に、いいことを思いついたんだ」

 

 その反応を待っていた、とでも言うように、ディオニュソスの笑みが深められた。

 

「ただ潰すだけなんて、何の興もない──どうせなら、たっぷり調子に乗らせてから、最後に何もできなくなったお前の姿を晒したほうが面白いだろう、とねェ?」

 

 押し殺せなかった嗤いで、肩を揺らしてさえいる。

 

「……あいつ、いつもあんな感じなのか?」

「おう。お前らのダチが嘲笑われるとこなんかを見せるつもりはなかったんだがな……」

 

 前よりも忌々しげな光黄の問いに、セトも盛大な溜息を吐いた。だって、本当に、この悪趣味な創界神はお呼びでなかったのだ。

 

「あのっ、違うんです……! 私は、本当に、キラーさんの超え方がわからなかっただけで……」

 

 罪悪感で、ディオニュソスの使い手であるはずのマミまで取り乱している。キラーに「全力で来い」と背中を押され、それに応えると啖呵を切ったのに、自分まで掌の上で踊らされてこの様だ。他者を思いやりすぎて、自罰的なきらいがあるマミ自身も、不甲斐なさでやりきれなかった。

 

「……ああ、わかっている。目黒、お前はよく頑張っていたぞ」

 

 フィールドの外、ガイがマミのほうをしっかりと見て、そっと慰める。今の彼には、フィールドに押し入りかけたセトの心情がよくわかる気がした。

 

『ハッ、なるほどな……だから、使い手まで泳がせて、わざとターン数を稼ぐような真似をしたわけか』

 

 一周回って、キラーの相槌も気の抜けたものになっている。もちろん、ある種の舐めプレイと言える行為に憤りも覚えている。が、キラーが浮上したのは、相性最悪で性根も最悪な創界神と言葉を交わすためではないのだ。

 

『ミナト、お前は相変わらずよくやったじゃねぇか。ここまで追い詰めといて、しょげた顔するんじゃねぇ。屈辱は、この俺様が一緒に背負ってやらぁ』

 

 まずは、あと一歩にところまでマミを追い詰めた相棒へ声をかける。

 不意に慰められて、ミナトは思わず「……え?」と間の抜けた声を出してしまった。だって、あの、傲慢で我儘な相棒が──

 

『ッ……!? きっ、キラー……貴方、いつから使い手の気遣いなんてできるようになったんですか…………!?』

 

 ギャラリーのライトが、ミナトの気持ちを代弁してくれた。ミナトとしては「そんな率直に言っていいものなのか!?」という気持ちがあるのだが。

 

『そんなんじゃねぇよ! 負けを認めるにしても、負け様ってモンがあるだろうがッ!! 俺様だって、負けから逃げないために、わざわざあの糞野郎の前に立ってやってんだ! だから──』

 

 キラーは、大きな口を笑みの形にして、へっと笑った。

 

『お前も、最後くらい、いつもみたいにふてぶてしく笑いやがれ!! 「誰がお前なんかの思い通りになるかバーカ!」ってなぁ!!』

「ちょっと待てキラー!? 俺のことどんなやつだと思ってんだよ!?」

 

 いきなり貶されたようで、だが、あまりにも得意げに、にやりと笑って言ってのけた相棒に釣られて、ついぷっと笑ってしまう。

 

「……でも、そうだな。誰が何と言おうと、俺たちが笑ってりゃ、ハッピーエンドだ」

 

 感情に呑まれたら負け。ずっと、キラーにそう言い続けてきたのだ。今ここで自分が呑まれたら、精神的にも敗北を喫することになる。

 前を向いて、傲慢で自信満々な相棒に倣って、にかっと笑う。散々自分たちを弄んでくれた神に「ざまあみろ」と言い放つように。逆に、自分たちの気持ちを慮りながら、最後には正真正銘の全力をぶつけてくれた少女に「大丈夫」と語りかけるように。

 

「ハッ、そういうこった。

 ほら、お前も! 便宜上の味方にまで泳がされて、それでも最後にはこの俺様を破ったんだぞ!? もっと誇りやがれ!!」

「私も、ですか……!?」

 

 キラーは、俯いていたマミにも喝を入れる。マミは、すっかり怒られるのではないかと思っていたようで、びくっと身震いした。

 だが、キラーからすれば、彼女は今日初めて【潜水】の能力を目にして、最後の最後で最適解を掴み取り、龍王の守りを突破したのだ。それも、自分の力だけで。己の実力に誇りを持っているからこそ、キラーとしては、自身を打ち破った強者に誇ってもらわないと困る……というか、こんなに強い自分を破ったのだから「海牙龍王とあろう強者に勝利したのだ」と喜ぶのは当然のことだと思ってすらいる。

 

 だから、マミの反応に、はぁ〜〜と盛大に呆れ果てて、

 

「全力で来いと言ったのは俺様で、それに応えて、お前は最後まで考えて、戦い抜いた。そこに負い目を感じることなんざねぇんだよ」

 

 それはもう「喜べ」という圧を感じさせるほどの物言いだった。

 マミも、そこまで言われたらもう、喜ぶしかない。

 

「……そう、ですね。たしかに、私、最後にキラーさんを超えることができて、すごく嬉しかったです……!」

 

 観念したように浮かべた笑顔は、とても晴れやかだ。それも、作り笑顔なんかではなく、客に喜んでもらえた時に見せるような、自然なものだ。

 

 ミナトも、最後にマミが笑って終われてよかったと、心から思う。負けたのは自分なのに、胸を撫で下ろしているのは、やや不思議な感覚だ。

 

「おや、やけに潔いじゃないか。お前は、駄々っ子のように振る舞っている時のほうが魅力的なんだけどなァ」

 

 期待に反して潔く負けを認めたキラーを見て、ディオニュソスは興醒めだと言うように微苦笑した。なお、「駄々っ子」と、キラーを子供扱いするような言葉を選んでいる辺り、彼で遊ぶのをやめたわけではないようである。

 

『俺様にも、こんなの予想つかねぇよ。まさか、ここまで舐められて、そのうえ煽られて、何もできないのに、全く苛つかねぇなんてな』

 

 正直なところ、キラー自身も不思議なくらいだった。ここまで自身の無力さを突きつけられて、それなのに、いつもの誇りを保っていられるとは。

 

(あいつ……たしか、あの美味い飯を食わせる店のやつだったか?)

 

 だが、なんとなく、この清々しさの理由に見当はついていた。何せ、自分たちを「お客様」として扱うマミに、彼女の全力を注文したのは、他ならぬキラーなのだから。

 その結果が、今の完封、そして敗北。これらは、彼女が誠意を以て注文に応えた証拠。注文どおりのものを出されて、文句を言う理由はない。

 

『……ま、いいか。ミナト、さすがに、もう覚悟はできてるよな?』

 

 上辺だけでなく、心の底から敗北を認めたキラーは、ミナトへ終わりを促した。

 

「ああ、もちろんだ!」

 

 あのキラーが敗北を受け入れているなら、もう肩肘張る必要はないだろう。ミナトは心の緊張を解き、来るべき痛みに身構えた。すぐ近くまで迫っていたカヴァリエーレ・バッカスを見上げる。目を合わせようにも、顔は見えないし、そもそも何を考えているかもいまいちわからない化神なのだが、それはそれとして。

 

「──ライフで受ける!!」

(ライフ:1s→0)

 

 カヴァリエーレ・バッカスの三刀流、そのうち二振りが、ミナトの魂のコア(ソウルコア)ごと、残りのライフを両断した。




 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。本当にありがとうございます……!(約45000文字)

 入れたかったもの全部詰め込んだら、こうなりました。嘘です。本当は酒蔵神殿のぶどうを欲しがるグリードッグさんのシーンも入れたかったのですが、カットしました。

 第2回戦は、デッキ0枚というギリギリの状況で、マミの勝利で終わりました。競っているわけではないけど、これで1対1。最後のバトルはどちらが制するのか、乞うご期待です!


 では、ここで、ブラストさんが作成された[海牙龍王キラーバイザーク]のテキストを公開致します。原作からの抜粋です。


海牙龍王キラーバイザーク コスト8(4) 青
系統:海首、罪竜
Lv.1(1)BP9000、Lv.2(3)BP12000、Lv.3(4)BP16000。

Lv.1、Lv.2、Lv.3 フラッシュ:【潜水(ダイビング)
このスピリットと、このスピリット上のコアを全てデッキの横に置く。この効果でデッキの横に置かれたコアは一切の効果で使用できず、この効果はターンに1度しか使用できない。

Lv.1、Lv.2、Lv.3 フラッシュ
デッキの横に置かれたこのカードを元の状態でフィールドに戻す。

Lv.2、Lv.3 『このスピリットのバトル終了時』
このスピリットを回復状態にする事ができ、そうした場合、このスピリットの【潜水】の効果を発揮する。


 彼の固有の能力は【潜水(ダイビング)】。
 なんと、フラッシュでフィールドの外に離脱してしまうという、掟破りな効果です!
 デッキの横を使うカードといえば、禁止カードの[ルナティックシール]等が挙げられますが、スピリットカード自身がフィールドの外へ出てしまうというのは前代未聞でしょう。耐性貫通効果を持っているカードだろうと対象にとることができないのが、また強いですね。

 Lv2からの効果は、バトル終了時に回復し【潜水】を発揮するという効果。発揮させれば、連続アタックだってできてしまうので、攻防一体なカードと言えるでしょう。

 今回は、Lv1からの効果のみを使用しましたが、それだけでも、ディオニュソスの【神技:6】を回避してブロックを成立させたり、カヴァリエーレ・バッカスの【冥界放:3】の効果からコアを守ったり、防御で大活躍!
【潜水】を使った防御も、それをどう破るかどうかも、考えていてすごく楽しかったです!

 さて、次回の3回戦で、コラボ回の3番勝負も最後。
 対戦するのは光黄さんとガイ。そして、烈我さんと絵瑠さんは、彼らと合流できるのか。いずれも、楽しみにしていただけると幸いです。

 では、また次のお話でお会いしましょう。

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