響き渡る銃声、悲鳴、怨嗟の声。
いつから世界はこんなにも荒れ果ててしまったのだろうか。
人類の歴史は常に争いと共に刻まれてきたものであるが、22世紀に入っても尚、その流れから脱却できていない。
むしろ、前世紀の方が世界的に見ても、まだ秩序が保たれていた。
世界が荒廃してから各国がその状況から立ち直ろうと試みるも、一度壊れた秩序はそう容易く治せるものではない。
結局のところ、権力、暴力といった『力』のみが混沌を収拾することができるのだ。
ドイツ領の現首都、『ノイベルリン』においてもその動きは顕著に現れ、世界の崩壊から僅か数年で強力な一党による独裁政治が成立。
旧世紀のナチスドイツを思わせるその圧政は、混乱を招く異分子を駆逐しながら確実に事態の収拾へと進んでいった。
日々、どこかしらで反政府勢力が見つかり、政府の意向の元に殺されていく。
「何も、変わってない...。」
ぽつりと青年は呟いた。
父が政府に反旗を翻してから数年。
反政府運動も虚しく、父は秘密警察による内偵捜査から身柄を確保され、家族はその場で処刑された。
母も、妹も、目の前で殺された。
唯一逃げ延びたこの少年は、身を潜めながら国の行く末を見守っている。
あの日の怒りを胸に秘めながら、幾度となく圧政への抵抗を試みた。
しかしその度に己の無力さを思い知らされるのだった。
だが、それも今日までだ。
何も変わらない、この国を変えるには国の外から行動するしかない。
「こちらシュヴァルべ3。出国の手配を頼む。」
「了解。いよいよですね。」
少年が見据えるのはこの国を変える力のみ。
それを得るまで、この国には帰らない。
「そうだな。....絶対に変えてやる。」
向かうのは、唯一この世界で立ち直ったとされる国家、日本。
日本では人々の精神状態を数値化し、それを指標として幸福な暮らしを提供するという『シビュラシステム』が導入されているという。
そのシステムさえ、手に入れば....。
「出発は今夜11時。日本への入国手続きは完了していますので、到着し次第速やかに行動を開始して下さい。」
「了解。日本では容易に国外との連絡は取れない。しばらくの間、こっちは任せたぞ。」
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厚生省が導入しているシビュラシステム。
このシステムは人間のあらゆる心理状況、性格傾向を測定し、それを数値化することを可能とするシステムである。
この数値は『PSYCHO-PASS(サイコパス)』の通称で呼び習わし、有害なストレスから解放された理想的な人生を送るための指標として活用されてきた。
その人間はどういった性格なのか、何が得意で不得意なのか、どんな仕事が向いているのか。
本人以上にその人物像を把握し、理想的な意思決定をサポートする。
そのおかげで、日本社会ではシビュラの信託のまま、人々は平和で理想的な生活が約束されている。
一方で、犯罪に関わる数値として計測されるのが『犯罪係数』である。
犯罪係数は0〜99までを無害の人間とし、100以上の数値が計測された者は何も罪を犯してなくとも『潜在犯』として逮捕される。
また、300以上の数値が計測された場合にはその危険性から即刻、処刑される。
理想的な生活と、予防的危険の排除。
これが日本の秩序を維持している。
また、近年の日本では海外からの移民を受け入れる方針へと舵を切り出した。
これにより様々な価値観、文化が日本国内に流入することとなったが、依然としてシビュラシステムの元、秩序が保たれている。
海外からの移民の受け入れは、この青年、凛翔・ルーク・エーベルバッハにとって都合の良いものであった。
ドイツからの移民、ということで日本への入国手続きを済ませた彼は、すぐに厚生省の本部へと足を運んだ。
来日してすぐに厚生省への就職とは。
組織の手配の早さは凄まじいものだと感心する。
「本日付けで刑事課に配属となりました、凛翔・ルーク・エーベルバッハ監視官です。よろしくお願いいたします。」
「結構。楽にしたまえ。」
そう答えたのは厚生省の局長を務める中高年齢の女性、細呂木晴海。
その目は凛翔を真っ直ぐに捉え、まるで彼の精神まで見据えようとしているようでもあった。
「エーベルバッハ監視官。君の経歴は些か、裏に何かを隠しているようにも見えるが....。」
徐に局長は凛翔へ、特殊な形をした銃を向けた。
『 携帯型心理診断鎮圧執行システム ドミネーター』である。
ドミネーターは向けた相手のPSYCHO-PASSを瞬時に読み取る機器であり、その際に計測された犯罪係数を元に対象を処理する。
「まあ、どんな目的で日本へ来たかはさておき、君の能力の高さはこのシビュラシステムが証明している。」
ドミネーターを向けられた凛翔は一切動じることなく、局長と対峙していた。
その様子が局長にどう映ったのかは知る由もない。
「いきなりだが、君には正規の任務とは異なる特務に就いてもらいたい。」
「特務、ですか?」
想定外の事例にやや不審な様子を覚える凛翔だが、局長は構わず話を続けた。
「そうだ。詳しくは直属の指揮系統に聞いてもらう方が早いのだがね。対外政策の一環だよ。」
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「こちらシェパード1。対象を発見、この先の袋小路に追い込む。」
局長に特務を言い渡されてから数ヶ月後。
凛翔は刑事課零係と呼ばれる、表沙汰にならない特殊な事態を処理する特務班へと配属されていた。
『犯罪係数12。執行対象ではありません。トリガーをロックします。』
ドミネーターを通して聞こえてくる指向性音声によるシビュラの声は、その対象が潜在犯でもない一般人であることを示していた。
「こちらハウンド3。対象が袋小路の壁をよじ登り始めましたけど....やっちゃいます??」
「落ちて死なれちゃ困る。降りたところを確保する、いいな?」
「かしこまりー!」
袋小路の裏側へと回り込み、対象の進路を封鎖した。
よじ登ったとされる壁の上には追跡していた執行官。もはや逃げ道はない。
「待ってくれ!!俺が何をした!?それに、色相はこんなにクリアだ!!潜在犯ですらないんだよ!!!」
膝をつきながら、己の無実を主張する。
確かにこの男は潜在犯ですらない、一般人だ。
ただ、1つを除いて。
『対象の脅威判定が更新されました。犯罪係数0。』
この世には、必ずイレギュラーが存在する。
そして、そのイレギュラーが彼の悲願を達成する架け橋となる。
先日聞かされた、厚生省が目論む対外政策の全貌。
それを聞いた時、凛翔は運命を感じずにはいられなかった。
「悪いな。全ては母国を変えるためだ...。」
『対象を免罪体質者と認定。特例に基づき、執行モードをノンリーサル パラライザーへと移行します。執行モード ノンリーサル パラライザー。慎重に照準を定め、対象を無力化してください。』
ドミネーターのトリガーを引き、その男を確保する。
「いやぁ、それにしても意外といるもんですね、免罪体質者ってやつ。」
コードネーム ハウンド3こと矢神 周(あまね)が嬉々として言う。
本来、何かしら罪を犯そうとする場合には犯罪係数が上昇し、街頭スキャナー等により発見、逮捕されるのが一般的である。
しかしながらこの免罪体質者はどんな犯罪を犯そうとも、犯罪係数が上昇しない。
そうした特殊な人間を片っ端から捉えていくのが、厚生省が画策する対外政策のファーストフェイズであるのだという。
「しっかし、なんで免罪体質者なんて急に掻き集めてるんでしょうね、上層部は。」
周が疑問に思うのも無理はない。
一定確率で出現し得るというこの免罪体質者は従来から存在していたが、過去の数例を除いてここまで積極的に免罪体質者を確保しようとした例はない。
「お前ら『執行官』が知る必要はない。今はまだ、な。」
読んでいただきありがとうございましたm(__)m
何かと設定やら解釈が甘い部分が目立つと思います。
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