対峙する零係の面々と免罪体質の男。
男の傍には、恐怖のあまり色相が悪化した女もいる。
『犯罪係数、21。執行対象ではありません。トリガーをロックします。』
男に向けたドミネーターが弾き出した犯罪係数は、アンダー30。
状況としては、免罪体質者であるこの男がシビュラに裁かれないというある種の特権を利用して、この女に迫ったというものだ。
「待って!助けて、私は被害者よ!!!」
色相が濁り、逮捕されることを恐れたのであろう女が許しを乞うように叫んだ。
極度のストレスから色相が悪化したのであろう被害者の女。
被害者とはいえ、犯罪係数が規定値を超えればそれはシビュラの執行対象となりうる。
「ハウンド2、女を保護する。ドミネーターを。」
凛翔は執行官である藍夏に、ドミネーターによる執行を命じた。
「え、彼女は被害者ですよ!」
「撃て、命令だ。」
「いや...でも...!」
その瞬間、男は女を腰に抱え、逃亡を開始した。
女の色相は悪化する一方で、男の色相はクリアなままであった。
「あーあ、逃げちゃったよ。甘いなぁ藍夏ちゃんは。」
にやにやしながら周は藍夏を茶化す。
「ビンゴだな。奴は免罪体質だ。」
計測した犯罪係数は極めて低く、行動と計測結果が一致していない。
システムはまだ彼を免罪体質者と断定はしていないだろうが、このまま捜査を進めれば特例処置が下されるだろう。
「藍夏、彼女の色相がこのまま上昇し、犯罪係数が300を超えた場合を考えたか?」
例え被害者であっても、犯罪係数が300を超えた段階でシビュラからは社会の脅威と判定され、処刑しなければならない。
「それは...。」
「俺もお前も、この仕事はまだ浅い。だが、このような場合は躊躇せずに引き金を引け。」
藍夏は被害者を撃つことに抵抗を覚えた。
だが、時としてそれは、事態の悪化を招きかねない。
「周、ハウンド1との連絡は?」
とりあえず、逃したものは仕方ない。
頭を切り替えて追撃しなければならないが、もう1人の執行官との連絡がついてない状況である。
「それがあのおっさん、連絡つかないんすわ。」
ちっ、と思わず舌打ちをした凛翔であるが、仕方なく現状の戦力でターゲットを捉えなければならない。
しかし、先の件で藍夏が消沈気味であるのは否めない。
「藍夏、お前は責任を持って彼女を保護しろ。周は先行して2人の行手を阻止、いいな。」
「は、はい!」
「かしこまりー!」
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工場区は障害物が多く、スキャナーも決して多いものではない。
逃げる側に圧倒的な利があるのは明白だが、追う側は数と嗅覚でカバーする。
もっとも、こちらの猟犬はまだ未熟であるのは否めないが。
「もう観念したらどうだ。結局のところ、シビュラに裁かれなかったところでこうしてシビュラの猟犬に追い回されてるだけじゃないか。」
「うるさい!!!俺の身は潔白だ!!!」
男の声からおおよその距離と方向を掴むが、障害物に音が反射して思うように距離感が掴めない。
早くしなければ、本当に人質の犯罪係数が300を超えてしまう。
「ならば何故逃げる!堂々と身の潔白を証明すればいいだろう?」
カラン...
空き缶か何かが転がった音がコンテナの影から聞こえたのを、凛翔は逃さなかった。
「そこかっ!」
ドミネーターを構えながらコンテナの影へと飛び込む。
ドミネーターの先には、ターゲットと人質の女。
両者とも疲弊し切った様子であった。
『犯罪係数 11。執行対象ではありません。トリガーをロックします。』
「くそ、まだ奴を免罪体質者と認定しないのか。」
免罪体質者であることを認定するには、その対象の犯罪係数を実際の行動と比較しながら、数度に渡って計測する必要がある。
そのため、計測して即確保とは至らないのが厳しいところである。
「俺は潔白だ、クリアだ!!お前らに俺は裁けない!!!!」
半ば錯乱しながらも、女を抱えながら逃走を試みる男。
しかしその行手を、周が塞いでいた。
「おっとここは、行き止まりだっ!」
男のナイフを器用に回避しつつ、低い姿勢から繰り出した蹴りが男の右手に直撃。
さらに周の右ストレートが男を襲う。
「この野郎っっ!!」
男は唸りながら、ついに人質の女を手放してしまった。
「藍夏!今だ!」
凛翔の指示に今度は応えようと藍夏はしっかりとドミネーターを構えた。
被害者を助けるために、撃つ。
『対象の脅威判定が更新されました。犯罪係数 287。執行モード ノンリーサル パラライザー。』
藍夏の目は真っ直ぐに女を見ていた。
「ごめんね。....執行します...!」
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無事に被害者の女は確保できたものの、往生際が悪く男は再び逃走を開始した。
「よくやった。ギリギリとはいえ、被害者を救うことができたな。」
「良かったです...。なんか、ホッとしちゃった。」
凛翔は藍夏へ称賛の言葉を贈る。
元々正義感の強い少女が故に執行官としてでも公安局に入ったのであろうが、そこでの任務が極秘任務ときては、些か報われないものだ。
執行官達には、零係の目的とする対外政策の土台固めについて深くは伝えていない。
それは決して、藍夏のような正義感の強い人にとって歓迎されるものではないだろう。
少しばかりの罪悪感を覚えながらも、凛翔は頭を切り替えた。
「いやぁ、ドミネーターを撃つ藍夏ちゃんは貴重なシーンだからなぁ、痺れたっ!!」
周は相変わらずのテンションで藍夏に絡んでいる。
「パラライザーでホントに痺れさせてあげようか??」
と、そんな冗談を言っている場合でもない。
依然として男は逃走しているが、工場区の中であればこの時間帯、そうそう他に人もいないだろう。
新たに人質を取られる心配もなく追跡できる。
「冗談は後だ。奴が工場区を出る前に確保する。」
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逃げることにも疲れ果ててきた。
一体なんで、クリアなはずの俺が公安に狙われなきゃいけないんだ。
今までどんな事をしでかしても、全く無視してきたくせに。
とりあえず奴らは、解放した女の処理で時間を食ってるはずだ。
このまま新たに人質を見つけるか、或いは...。
「おいおい、こんな時間に1人で...。馬鹿な女、発見...!」
こんな区画に、こんな時間に1人で出歩く物好きはそうそういないと思っていたが。
これは暁光である。
確かにこの工場区、端の区画まで来れば港と隣接することも相まって、まるでノスタルジーを感じずにはいられないスポットの1つだ。
予備で仕込んでいた別のナイフを取り出し、女へと迫っていく。
「さぁて、お嬢ちゃん。声は出さない方が身の為だぜぇ?」
が、その瞬間、女の姿は一瞬にして、いかつい男性の姿と変わり果てた。
「ホログラム!??」
「か弱い女の子かと思ったかい?残念、公安局でした。」
すぐさまドミネーターを構え、照準を真っ直ぐに向ける。
「ホントにクリアだなぁ。でもな、お前は今日で終わりだよ。さよなら。」
ドミネーターから発せられたパラライザーモードの弾丸が、ついに逃走犯を捕らえたのだった。
「こちらハウンド1。対象を確保、すぐに来てくれ。」