「俺の連絡ガン無視とか、流石に凹みますよ空閑さん!」
「いやぁ、悪りぃな。ホロの仕込みやらですっかりそれどころじゃなかったんだ。」
ハウンド1こと、空閑 刀矢(くが とうや)は大して悪びれた様子もなく弁解する。
彼は零係の中でも最年長ということもあり、凛翔を含めまだ経験の浅いメンバー達を引っ張る役割を担っている。
一方で、最年長であることを良いことに、今回のように勝手に行動することも多い。
執行官としては問題だが、凛翔も上部に報告しない辺り、彼の力に頼っている部分もある。
「以後、勝手な行動は慎め。その責任を負うのは監視官である俺だ。」
ほいほい、と流すように返事をした刀矢であったが、面倒なので態度にまで言及することはしないでおく。
「藍夏は被害者の後処理を。周は男の護送に同伴しろ。こちらの処理は俺と空閑執行官で行う。」
「かしこまりー。」「了解です。」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「ところで監視官よう。」
事件の状況記録や報告書用のメモを作成しているところであったが、ふと刀矢が凛翔へ問いかけた。
「いい加減、俺ら執行官にもその対外政策ってやつの正体を教えてくれてもいいんじゃねえか?いったい俺らは何のために免罪体質者を狩っているのか、わからないんだよ。」
執行官には対外政策の内容までは伝えていない。
何故、免罪体質者が必要なのかも。
周はともかくとして、藍夏は前々からこの問いをぶつけてきたのだが、空閑執行官までもやはり気にしていたか。
「執行官は知らなくても良いことだ。作業に集中しろ。」
こうやって、誤魔化すしかない。
対外政策の内容は、シビュラシステムそのものの核心とも関係する。
「今回みたいな輩を捕まえるのは別に良い。だが、何もしていない、全くの一般人の中にも免罪体質者はいるんだろ?そいつらを問答無用で捕まえるのは、正義とは言えんわな。」
「正義、か...。」
空閑執行官の言葉は、あまりにも鋭い。
正義とは何かを考えた時、零係の行っていることは果たして正しいのだろうか?
全ては母国を救うため、そうしてシビュラが支配するこの国に潜り込んだ。
結局のところ、凛翔自身の正義は、母国に対する変革の中にしか存在しないのかもしれない。
「何が正しくて、何が間違いなのか、それはこの国ではシビュラが決めることだろう?システムの末端である俺らには、それを考える必要はない。」
この国の正義に、興味はない。
ただ1つ言えることは、この国のシステムは異常そのものであるということ。
だが、その異常さ故にシステムはまるで神であるかのように崇められる。
そして実際、シビュラが幸福と平和をもたらしたことにより、大衆はそれを受け入れ、支持する。
どんな力であろうと、どんな異常さを孕んでいようと。
結局は、どれだけの恩恵を与えることができるか。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
厚生省本部、ノナタワーの1室。
対外政策における指揮官、月城 由弦が構えるミーティングルームに、凛翔は呼び出しを受けていた。
「計画は順調なようだね。免罪体質者の数も少しずつだが、集まってきている。君の手腕のお陰かな。」
「優秀な執行官達のお陰ですよ、月城さん。」
日本では、こうした謙虚な姿勢が好まれる傾向にあると聞く。
しかしながら、なぜ執行官達は俺に対して謙虚な姿勢ではないのだろうかという疑問が浮かんできたが、考えないでおこう。
「2度目となる『幸福の輸出』。1度目の話は、誰かから聞いているかい?」
幸福の輸出。
その言葉はまさに本政策を一言で表すには的確すぎる言葉であった。
あくまで表向きでは。
「えぇ。東南アジア連合での実験的シビュラシステムの輸出、でしたね。」
2116年、厚生省は海外でのシビュラシステムの運用を視野に入れ、その運用実験として東南アジア連合『SEAUn』の首都、シャンバラフロートにシステムを導入した。
内紛状態であったSEAUnにシビュラシステムが導入されたわけであるが、実際は軍部における敵と味方の識別用のツールとして扱われていたことが、厚生省の捜査により明らかとなった。
それにより、厚生省がSEAUnへ介入、事態を収束することとなった事件である。
「そうだ。そして、今回は2度目となるわけだが...。今回は運用を最初から日本のシステムに移譲して貰おうと思っていてね。」
SEAUnへのシビュラの輸出時は、軍部による規定違反行為が横行していたということもあって、慎重にならざるを得ないと考えているだろう。
「ところでエーベルバッハ監視官は、どこまでシビュラのことを知っている?」
「システムの正体まで存じております。」
シビュラシステムの正体。
一般人が迂闊に知ってはいけない神の領域。
システムがシステムとして存在するための極秘領域である。
「そうか、なら話は早い。知っての通り、シビュラは免罪体質者の脳の集まりだ。」
シビュラで裁けない人がいる。
その盲点を、システムへ取り込むことで克服しながら新たな価値観を獲得し、進化してきた。
そして尚存在する免罪体質者は、零係によって確保され、シビュラシステムの構成員として取り込まれていっている。
「シビュラと言えど、その演算処理能力には限界がある。スペック上ではこの世で間違いなく一番になれるだけの演算能力を持ってはいるけどね、やはり輸出先の人間全ての色相を計測するには、演算能力の向上が必要だ。」
「それには何名ほどの免罪体質者が必要なのでしょうか?」
「そうだねぇ。」
月城は顎を指で掻きながら考える素振りを見せる。
「まぁまだ断定はできない。ただ、再来年までには輸出の目処を立てたいから、それまで君ら零係には免罪体質者狩を遂行してもらう。」
「わかりました。それと月城さん、もう1つ質問をよろしいでしょうか。」
「なんだね?」
「2度目の幸福の輸出は、どこの国が対象となるのですか。」
その瞬間、月城の口元が少しばかり緩んだような気がした。
「そうだな、上の連中はまだ確定してないらしいけど....。僕としてはね、ドイツなんかが良いんじゃないかなって考えてるんだ。」