夫婦やカップルでも、互いの名前を呼ぶとき色々と呼び方があるわけでして、それはもちろん職場での人間関係や、友人関係にも存在します。
そしてクリスやマリアたちも、職場における自分たちの呼ばれ方に悩んでいるわけでして。

1 / 1
女子大生・雪音クリスの憂鬱

 

 

風鳴弦十郎が昼食休憩を終え発令所へ戻ろうとしていると、向こうから友里あおいがやってくる。

どうやら入れ違いで彼女も昼食を摂るらしい。

 

「おうッ、友里。今日の日替わりは、B定食の方がおすすめだな」

 

弦十郎がそう声をかけると、友里は足を止めて少し思案顔。

しかし彼女は、決して定食がどちらがいいかなどと考えていたわけではない。

 

「司令。今、発令所に雪音さんが来ています」

 

「ふむ? 今日は特に訓練の予定もなかったはずだが…」

 

「今日は女子大の入学式でしょう?」

 

友里に呆れ顔で言われて思い出す。

そうだ、そうだった。だから敢えて訓練の予定も入れてなかったのだ。

 

「すると、もう式は終えたということかな?」

 

弦十郎がそういうと、友里は意味ありげに笑う。

 

「これで雪音さんも立派な社会人ですね」

 

「そうだな」

 

込められた意味は分からねど、相槌を打つ弦十郎。

 

「もう、大人の仲間入りですね」

 

「そう、だな。いやはや、時間の流れは速いものだ…」

 

しみじみとそう呟けば、友里は何か残念なものを見るような目つきでこちらを見ている。

 

「とりあえず、忠告はさせて頂きましたから」

 

軽く溜息をついた友里は、そっけなく言って身を翻す。

つかつかと歩くその後ろ姿を見送りながら、弦十郎はやはり頭上に(ハテナ)マークを浮かべるしかなく。

疑問は全く疑問のままだったが、このまま廊下で突っ立てても意味はない。

力強く発令所へと入れば、そこにはやはり雪音クリスがいて、他のオペレーターたちと談笑していた。

 

「よ、おっさん!」

 

こちらに気づいてしてくる挨拶はいつも通りだったが、彼女のスーツ姿はなかなかに新鮮である。

 

「うむ、クリスくん。似合っているぞ」

 

弦十郎が素直にそう評すると、クリスはなんだか微妙な表情。

それを見て、弦十郎の脳裏に、先ほどの友里のアドバイスが去来する。

ゴホンと咳払いをしてから、弦十郎は言い直すことにした。

 

「…綺麗だぞ、クリスくん」

 

口にして何とも面映ゆいが、実際にクリスは随分と大人びて見えた。

髪を伸ばしているのか全体的にゆったりとしたボリュームとなり、顔付きからも幼さが抜けてきている。

すると、クリスは嬉しそうに表情を綻ばせて―――たちまち不機嫌そうな顔付きになってしまう。

そのまま「ふん!」と鼻息も荒く、発令所を出ていってしまった。

 

「司令…」

 

困惑気味で藤尭たちが見てきたが、困惑しているのは弦十郎も一緒だ。

察するに、自分の言動がクリスの癇に障ったらしい。

だが、いったいどの部分が?

 

昼食を終えて戻ってきた友里と再検討。

一応、発令所内もカメラが設置されて映像が録画されているので、オペレーター全員で雁首並べて鑑賞してみたが、やはり全員そろって首を捻るのみ。

女心に疎いこと折り紙つき免許皆伝の弦十郎はともかく、部下の女性陣まで分からないとなるとお手上げだった。

 

「何か雪音さんと個人的な約束とかした覚えはないんですか?」

 

「そうは言われても、何も心当たりはないぞ…」

 

正直にそう答える。疑わしげな眼差しで見られたのはまったくの心外で、だからといって当人に尋ねるのもどうかと思う。

何ともモヤモヤした気分は晴れぬまま、弦十郎以下発令所の面々は、職務を再開するしかなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――所変わって、こちらは雪音クリスのマンション。

 

「邪魔するぞ、雪音」

 

呼び鈴を押しても反応なし。しかし、ドアは開いている。

なのでそう声をかけ上り込んできた風鳴翼は、リビングの様相に呆気にとられてしまう。

真昼間なのにブラインドは締め切られて薄暗い。

しかも蛍光灯は点いておらず、リビングの上の非常用のランタンがぼんやりと丸い光を投げかけてくる様は、はっきりいって異様だった。

 

「あ、センパイ、らっしゃい…」

 

加えて、正面に坐してどんよりとした顔つきのクリスは、乏しい灯りのせいかより凄惨な表情に見える。

おまけにその隣にはマリア・カデンツァヴナ・イヴも座っており、クリスと同じ表情をしていた。

そして二人して、暗い顔で溜息を連発している。

豪胆な防人である翼をして、おもわずたじろいでしまう暗黒空間がそこにはあった。

 

「な、なんだなんだ、何がどうしたというのだ、二人ともッ!」

 

翼は努めて声を張る。

すると、クリスはどんよりとした顔を上げて、

 

「いいよな、センパイは」

 

「…なんだ、藪から棒にッ!?」

 

「本当、あなたは悩みがなさそうで良いわね…」

 

「マリア! おまえもかッ!?」

 

思わず狼狽しかけたが、翼は瞬時に態勢を立て直す。

 

「だから、何がどうしたというのだッ! 説明しろ、二人ともッ!」

 

翼は辟易しつつ、怒りもしていた。

 

だいたい今日呼び出されたのは、雪音の入学祝いだったはずッ!!

それがなんだ、この暗い催しはッ!

 

この迫力に、クリスの大きな瞳はじんわりと涙で滲んでいる。

しまった、言いすぎたか!? と今度こそ本当に狼狽する翼に向かい、クリスは涙声。

 

「…おっさんが」

 

「叔父上がどうかしたのか?」

 

「名前を呼び流してくれないんだ…」

 

「………は?」

 

硬直してしまう翼を前に、クリスはテーブルに突っ伏してしまう。

正直、意味が分からない。

助けを求めるようにマリアへ視線を向ければ、こちらも目尻の涙を拭いながら言ってきた。

 

「名前に敬称を付けないで呼ぶのは、信頼や親しさのバロメータでしょう…?」

 

それを訊き、ようやく翼も見当をつける。

…もしやこの二人、叔父上に「くん」付けで呼ばれていることを拗ねているのか?

 

「いや、だが待て待て! その物言いであれば、おまえたちだけでなく、立花たちもそうではないか?」

 

弦十郎は、装者たち全員を一律「くん」付けで呼んでいる。

それがなぜ今さら拗ねる理由になるというのだ?

 

「つっても、おっさんとはもう結構長い付き合いだぜ?」

 

「それは、まあ、そうだな」

 

顔を上げてのクリスの発言に、翼も素直に賛同できた。

 

「けれど、未だにそういう風にわたしたちを呼ぶってことは、信頼関係がないってことなんじゃないのかしら?」

 

「いや、その結論は早計だろう。叔父上が私たちに信を置いてないという解釈自体が無礼になるのではないか?」

 

マリアの物言いは否定しておいて、翼なりに理由を探すべく必死で頭を巡らしている。

 

「そ、そうだッ! 発令所の友里さんや藤尭さんは呼び流しているではないかッ!」

 

「あの人たちこそかなりおっさんとの付き合いは長いだろ? だったら納得できるってもんだ」

 

クリスの意見はもっともだった。

 

「ならば、そこは成人した大人ということの括りではないのだろうか?」

 

「わたしはもうとっくに二十歳を越えているんだけどね?」

 

そう答えるマリアの声は、少々やさぐれている。

 

「まあ、そんな風に司令に子供扱いされているとしたら、ちょっぴり嬉しいんだけど…」

 

「………」

 

翼は腕を組む。

確かに二人の言う事を組み合わせれば、自分たちに信頼を置いてないという解釈に至るのかも知れない。

だが、しかし…!

 

「これは私の持論だがな、やはり叔父上は装者全般を客分扱いしているという証明ではないのか?」

 

翼の口にした『客分』との意味は、まったくの家臣や雇い人などでもなく、家族でもない人を、客の身分として扱うことを指す。

確かに翼を除く装者たちは特異災害対策部二課からの生え抜きではない。

この客分の意味と照らし合わせれば、弦十郎の中では、翼以外の装者は直接的な部下ではなく、あくまで協力者という認識なのではないか。ゆえに、「くん」付けをすることによって区別しているのでは。

 

この説明に、クリスとマリアは顔を見合わせ―――やはり盛大に溜息をついている。

 

「…センパイ。わりいけど、その結論も検討済みなんだわ…」

 

「むう。ならば、その根拠は?」

 

「天羽奏」

 

クリスの口から飛び出した思いもよらぬ固有名詞に、翼は面食らう。

同時に、なぜ自分が今日呼ばれたのかも悟らざるを得ない。

故人となった彼女を一番良く知るのは誰かと問われれば、胸を張って諸手をあげるのは自分だ。

 

「…奏が、どうかしたのか?」

 

「あたしが本部で見たデータの中で、あの人はおっさんに『奏』って呼び捨てにされてたんだよな…」

 

そのクリスの台詞に、さすがに翼も色々と察することが出来た。

 

まず、クリスはリディアンを卒業して女子大へと進学した。

同級生には就職するものもいるし、この時点で彼女は社会人である。

それを区切りとして、弦十郎が名前を呼び流ししてくれると、クリスは期待していたわけだ。

 

同時に社会人となったクリスには、本部のデータのアクセス権限の深度が一段階解除される。

そこで天羽奏に関する新たなデータを取得したのに違いない。

 

「わたしもクリスに言われて初めて気づいたんだけど、天羽奏に対する司令の態度は色々と考えるところがあったわ…」

 

マリアはそう言うが、そもそもの天羽奏の生い立ちは残酷である。

両親と妹をノイズたちに殺され、復讐することを生き甲斐としていた。

そのためには己が身すら省みず、他人を気に掛けるどころか寄せ付けようとさえしない。

だがそれも、弦十郎たち大人に諭され、導かれ、護られ、徐々に和らいでいく。

結果として、翼を親友と認め、ツヴァイ・ウイングとなり一世を風靡したことは語るまでもない。

翼がそう滔々と語ってみせると、クリスは露骨に眉を顰めている。

 

「…なあ、センパイ。その天羽奏って人と、あたしはどこが違うんだ?」

 

「ッ!?」

 

言われてみれば、クリスの過去をは天羽奏の過去と類似するところが多い。

両親の命を奪われ、復讐のためにギアを手に取ったところまでは同じだ。

だから奏と自分の扱いの差異に、クリスは落ち込んでいるのだろうか?

 

…いや、雪音。おまえと奏は違うぞ。

翼は語らねばならないと思う。

 

クリスがそこまで情報を得ることが許可されているかは分からないが、天羽奏は雪音クリスと違い、先天的な適合係数を持ち合わせていなかったことを伝えねばならない。

そんな彼女が文字通り血反吐を吐いて、命を削り、死ぬような苦労を重ねて適合者に至ったという事実を伝えなければ―――。

 

「…なあ、雪音」

 

翼がそう口を開こうとしたその時。

 

「それに、天羽奏は、おっさんのことを『旦那』って呼んでいたんだぜ…?」

 

絶望的なクリスの呟きが割り込んでくる。

 

「旦那―――英語でハズバンドのことね」

 

マリアも溜息をついている。

 

「やっぱり、おっさんは天羽奏といい仲だったのかな?」

 

「そうね。きっと内縁の妻だったんじゃないのかしら。彼女のことが忘れられず、未だ独身なんでしょうね…」

 

二人の語り合いに、翼は全力全開でポカーンと口を開けてしまった。

自失の時間は決して長くなかったと思う。急いで我に返ると、

 

「ま、待て待て待て二人ともッ! その物言いにこそ物言いだッ!」

 

きょとんとした眼差しを向けてくる二人に、全身全霊で力説。

 

「言っておくが、叔父上と奏はそんな関係ではないぞッ!?」

 

するとマリアはそっと目を伏せた。

 

「…翼。悪いけど、あなたに女心って分かるのかしら?」

 

「マリアの言う通りさ。ニブチンのセンパイのこったから、どうせ気づいてなかったんだろ?」

 

「散々な物言いだな、おいッ!」

 

激昂してはみたものの、そう言われると自身の中の奏像が少々揺らぐ。

確かに奏は叔父上に対して距離が近かったような…いやいやそういうことではないッ!

 

「雪音ッ! そしてマリアッ! 二人とも、旦那の意味をはき違えているッ!」

 

そう指摘すれば、やはり揃って可哀想な人を見る目で見返された。

 

「センパイ、あたしだって、『旦那』ってのは奥さんが呼ぶもんだってことくらい知っているぞ…」

 

「そうそう。二時間ドラマやサスペンス劇場ではお馴染みだものね」

 

「何なんだ、その人を馬鹿にするような目は! むしろ、おまえたち揃ってそんな頭の悪い反応はやめてくれ…ッ!」

 

「頭が悪い? すげえ言い分だなおい。こちとら真剣なんだぜ?」

 

「いくらあなたでも言って良いことと悪いことがあるでしょ?」

 

「…くッ」

 

翼としては至極正論を口にしたつもりだが、目前のやさぐれどもが相手では(いささ)か分が悪い。

分かった、待ってろッ! と言い置いて、翼はクリス宅を飛び出す。

そのままバイクをかっ飛ばして向かったのは、近所のDVDレンタルチェーン店。

そこで何枚かのDVDソフトをレンタルして取って返す。

 

「二人とも! 論より証拠だ! これを見てみろッ!」

 

さっそく再生機に放り込んで大型テレビで上映開始。

 

「なんだこれ? 時代劇ってやつか?」

 

「なんでこんなものを見なきゃいけないの?」

 

二人してブツブツ言っていたが、間もなく揃って顔色を変えた。

続いて、エビデンスを求めるように他のソフトも鑑賞した結果、二人してなんともバツの悪そうな顔になっている。

 

「見ての通り、旦那とは妻のとの対比を意味するだけに非ずッ!」

 

二人と比較すると貧相な胸の前で腕を組み、翼はドヤ顔。

 

「…あたしは時代劇なんて見たことなかったんだよッ!」

 

顔を赤くしてクリスは抗弁。

 

「わたしだって外国人だし…ッ!」

 

マリアの言い訳も一理ある。

 

「そもそもが辞書を引けば一発だったろうに…」

 

翼は盛大に溜息をついて見せたが、これ以上の追及をする気はなかった。

 

そもそも旦那とは梵字の《檀那》が変化したもので、檀那自体は寺に対して布施をする人のことを指す。

転じて、僧の方から布施者に対する呼び方が旦那となったのである。

また、商家などでは使用人が主人を敬って呼ぶ呼び方であり、妻が夫を呼ぶときに用いるようになったのは、更に時代を下ったあとのことのようだ。

要は、「旦那」とは何も婚姻した夫婦の間に限定して用いられる呼び方ではないと言うこと。

 

「ま、雪音の言うとおり、昨今の女子高生は時代劇なぞ見ないだろうからな」

 

クリスの過去を弁えているだけに、翼はそういって笑い飛ばす。彼女の気遣いと優しさの証左だろう。

 

「でも、そうなると翼はなんで知っていたわけ? やっぱりノーマルな女子高生じゃないの…?」

 

そんな気遣いを台無しにしてくるマリアを敢えて無視し、翼はクリスへと語りかけた。

 

「そういうことだ、雪音。何も気に病む必要はないさ」

 

「で、でもよ…」

 

何故か渋り続けるクリスに、翼は提案。

 

「では、雪音が奏を真似て、叔父上を『旦那』と呼んでみてはどうだ?」

 

「うん………うんッ!? って、なんでそーなるッ!?」

 

「何も待ち構えるだけが兵法ではあるまい。こちらが先に斬り込んでこそ浮かぶ瀬があるとは思わないか?」

 

「………」

 

黙り込むクリスに、翼は最後の一押し。

 

「マリアも言っていただろう? 相手の呼び方は信頼のバロメーターだと。ならばこちらが信頼した様子を見せなければ、相手も信頼してくれないのではないか…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに場面は変わって翌日のS.O.N.G.本部にて

 

 

 

 

 

「どうしたんだ、急にオレを呼び出すとは?」

 

弦十郎の首を捻る様子に、クリスは必死で動揺を抑え込んでいた。

もちろん彼を呼び出したのは、先日の翼の教導があったからに他ならない。

ついでにマリアからも無責任に発破をかけられて「よしッ! やってやるぜッ!」と宣言してしまったが、今の彼女はノリと勢いでやったことを心から後悔していた。

 

「…何も用件がないのなら、仕事に戻りたいのだが…」

 

クリスの少々長すぎる沈黙に、弦十郎は頬を掻きながら言ってくる。実際に彼は要職にあり多忙だ。

 

「あ、あのッ!」

 

そのことを理解しているだけに、クリスは声を発した。発してしまった。

そして発してしまったからには、続きを口にしなければならない。

どうにか絞り出した声音は、自分でも分かるほどじれったいもの。

 

「…あのさ。おっさんって、あたしたちのこと、信頼してくれてるのか…?」

 

「無論だ。そんなことは当たり前だろう?」

 

言下に弦十郎は言い返してくる。

 

「で、でもよ! あたし的には、ちーっとそういう風に見えないというか…」

 

「なんと! そうだったのか!? …すまないクリスくん。オレに不調法があれば、それは何処か教えてくれないか?」

 

「い、いやいや違うんだよ! おっさんは悪くない! あ、でも、やっぱりちょっとは悪いっていうか…ッ!!」

 

「………?」

 

このクリスの反応に、盛大に首を捻りまくる弦十郎はさもありなん。

 

「…やはり、オレに何かしらの落ち度があったようだな。すまん、クリスくん」

 

結局、そういって弦十郎は頭を下げてくる。

これが大人の態度であり、彼の優しさの発露だろう。

それに甘えてしまう自分は、やはり子供で…。

そう考えて自己嫌悪に陥る一歩手前で、クリスはどうにか踏みとどまる。

 

なら、甘えるだけ甘えてやるさ。

けれど、これは最後だ。子供だったあたしの最後の最後に一つだけの。

 

「ああ、そうさ。まったくいつまでたってもアンタは唐変木なままで、言われるまで気づきゃしないのさ」

 

「…クリスくん?」

 

訝しげな顔を上げてくる弦十郎に、心より感謝を。

 

「あたしは、もう社会人になったんだ。晴れて一人前なんだよ」

 

そして、自分の子供時代へとはっきりと決別の意志を込め、クリスは一歩前へと踏み出す。

 

「だから、もっと信用して頼ってくれていいんだぜ。…『弦十郎の旦那』?」

 

本当は『旦那』とだけ呼ぶつもりだった。

しかし、緊張のあまり、天羽奏の言動を完全にトレースする形になってしまう。

口にしたあと気づいたが、一度飛び出てしまった言葉は取り消せない。

顔から火が出るくらい恥ずかしかったが、それでも視線を逸らさないのは、クリスに残った一欠けらのプライドゆえ。

 

対して、弦十郎はマジマジとクリスの顔を見つめ―――何かを察したようにニッカリと笑う。

そのまま大きくてゴツい手がクリスの頭に伸びてきて、髪をかき回す寸前に引込められる。

少しだけ間を置いてから、弦十郎ははっきりと言ってくれた。

 

「そうか。これからも頼みにさせてもらうぞ、()()()

 

「……ッ! あ、ああ! 任せとけッ!」

 

少しだけ弦十郎の顔が照れているように見えたのは気のせいだろうか?

ともあれ、目的は達成されて、クリスは少なからず浮かれていた。

 

なので彼女は気づかない。そして驚くべきことに、弦十郎も気づいていなかったらしい。

物蔭からこの場この瞬間を目撃していたものが二人―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うそうそうそッ!? クリスちゃんが師匠のことを旦那ッて! 旦那ッて!」

 

 

 

 

 

 

 

「うひーッ!? クリス先輩が司令とぉお!? これはウルトラギガ盛り級のスクープデスよぉ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、三人―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…じーーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、その、おめでとうございますッ!」

 

更に翌日。

訓練のため本部を訪れたクリスへ花束を手渡すエルフナインがいる。

 

「お、ありがとうよ」

 

きっと女子大への入学祝だろう。

そう思って受け取ろうとしたクリスだったが、どっこい次のエルフナインの台詞は聞き捨てならない。

 

「僭越ですがッ! ボクも結婚式に招待して頂ければ幸いですッ!」

 

「…おい、ちょっと待て。なんだその結婚式ってのは?」

 

「え? 弦十郎さんとクリスさんの結婚式ですよね? いま本部はその話題で持ちきりで…」

 

「…ッ! なんだそれ!?」

 

顔を真っ赤しに、エルフナインを首ごと抱え込むクリス。

そのまま壁際まで強制連行し、どういうことだ詳しく、と改めて詰問。

 

「え、えーとですね? 『クリスさんが弦十郎さんの内縁の妻だったのが一度破綻して協議離婚になりそうだったけれど、やはり真実の愛に気づいてでも大学卒業まで待て待て、いやいや今すぐ結婚します』って噂なんですけど」

 

「なんだその舌を噛みそうな作り話はッ!?」

 

「でも、響さん、切歌さん、調さんのそれぞれの主張を統合するとこうなるんです…」

 

「………」

 

エルフナインは非常に優秀な分析官である。

そんな彼女は仲間を疑うことはしない。したがって、ニュースソースの真偽を疑うはずもなく。

されどクリスは礼を言う。

 

「そうか、ありがとうよ。やっぱり噂の出所は、あの三バカたちか…!」

 

「…クリスさん? …はッ、ふーん(気絶」

 

クリスの鬼気迫る表情に当てられて、エルフナインはその場に卒倒。

彼女を床に横たえて、クリスはその表情のままギアペンダントを引っ張り出して呟く。

 

「さあ、楽しいパーティをしようぜぇえええ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、本部を崩壊させる勢いで、響と切調コンビを追っかけまわすクリスの姿がありましたとさ。

 

どっとはらい。

 

 

 

 




なお、この後の説教で司令に「子供じゃないんだから」と叱責されて、クリスはド凹みした模様。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。