イセカイ&ドラゴンズ   作:原田孝之

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第二話:デーモンハント 上

「えぇー、すごいですぅ。まさか、ホントに達成できちゃうなんてっ! テリュス、驚きっていいますかー。まさか、アンヘルさんが――いえいえ、信じていましたよっ! アンヘルさんはすごい探索者さんですからねっ! よっ! さすがですぅ! 未来の英雄さまぁー」

「……」

「あれあれ、信じていませんねっ? やだなー、ちょっとした乙女のいたずらですよっ。い、た、ず、ら!!」

 

 探索者組合の新人担当のひとりにして、アンヘルとホアンに高難易度の依頼を押し付けた少女――テリュスはキャピっという音がふさわしいほどの媚びた態度をとり、アンヘルの機嫌を伺っていた。栗色の髪が目立つ彼女の額からはだらだらと汗が流れていた。

 

 アンヘルは誘惑から流されそうになるも、ジトっとした目を保ち続ける。ここで大事なのは怒ってはいけないということだ。いくら相手が悪かろうとも、組合内で問題を起せば、どれほどのデメリットを受けるか分かったものではないからだ。しかし、コミュニケーションの延長として文句をつけておくことは重要であった。

 強く言えないアンヘルの言い訳でもあったが。

 

「もう、そんな顔しないでくださいよぉー。ほら、笑って笑ってっ。ねっ! ほら、あれですっ。報酬もちゃんと1.5倍にしてますしぃ! なにか、文句ありますかっ!」

 

 テリュスは腰に手を当てながら、ぷんぷんと逆ギレを始める。相手側も事を収めるのになりふり構わなくなってきていた。新人潰しの相手が平然と帰ってきたというのは、受付嬢にとっても良いことではない。能力のある探索者から確実に恨みをかっているのだ。組合からの報復と自らの恨みを天秤にかけて、自分を優先するものがいないとも限らない。それでも、こうやって強気に出られるのはテリュス自身の生来のものと、アンヘルの男らしくない容貌が問題だった。

 

 ――ここらへんが、落としどころなのかなぁ……。

 

 アンヘルは肩を落としながらため息をひとつ吐くと、頭をボリボリと掻いた。

 

 報酬はコイン70枚。『塔』で討伐したゴーレムを上回る額だ。さすがは大都市オスゼリアスといったところであろう。難易度も報酬も桁違いであった。

 

「もう少し、羽根が焦げていなければよかったんですけどねー。それでもっ、あんまり値段を引かれなかったのは、この私の努力のおかげですよっ!!」

 

 少女はそう言いながら胸を張った。どこまでも厚顔無恥な少女である。

 

「あー、うん。その、ありがとう」

「そうです、そうです。ほらほら、もっと、感謝してください」

「いや、そこまでは――」

「んん? なにか、文句でもっ?」

「……いえ、ありません」

 

 ――怒るの、僕だと思うんだけどなぁ……。

 

 少女の持つ雰囲気はまるで台風で、人を巻き込む活力があった。。それでいて、誰からも恨みをかわないというのは一種の怪物であった。その証明として、たむろしている探索者の中に熱っぽい目をしているものが幾人もいた。

 

 ――もう帰ろう。これだけ報酬があれば、受験ストレスで参ってるホアンにいいものを買えるしね。

 

 コイン70枚とは、一般家庭が一年間切り詰めればなんとか暮らしていける額である。それほどの額を、一夜にして稼いだのだ。それはアンヘルが今まで稼いだ収入の半分を優に越える。死にかけたとはいえ、メリットがなかったとは言い切れないのだ。

 

 アンヘルが金を受け取って、その場を辞そうとしたときに、テリュスが声をかけてきた。

 

「ああ、ちょっと待ってくださいっ! そのっ、今回のお詫びって訳じゃないんですが、今度は割のいい依頼を用意しておきましたよっ! ほら、これですぅ!」

「……また、人気のない依頼なんじゃないですか」

 

 アンヘルの重たい目がテリュスを貫いた。

 

「いえいえ、そんなことは――まぁ、あったんですが、あんまりにも事件が解決しないってことで組合も力を入れだしまして。個人からの依頼が、まさかの公共任務ですっ! 心配なんて、いりませんよっ!」

 

 その言葉で、アンヘルの背筋が寒くなった。公共任務とは、所謂公務では処理しきれなかった役所の仕事が下りてきたもののことである。当然、難易度は民間由来のものに比べてはるかに高かった。

 

「それだと、とてつもなく難しいってことじゃ?」

「いえいえ、まさかぁー。まあ、難易度が高いのは否定しませんがっ、危険度は低いはずですぅ。なんたって、街の中の依頼ですからっ。心配なんて、なぁんにもいりませんっ!!」

「街の中?」

 

 探索者に対する依頼のほとんどは、その名前のとおりダンジョンに関するものばかりである。街の中で必要な警護依頼などは傭兵団が請け負うことになっている。探索者は破落戸(ならずもの)の集まりであると認識されており、街の中では大した仕事があるはずもなかった。

 

「そうです、そうですっ。最近街へ来たあなたにピッタリですよねっ! そのうえ、そのうえ解決出来なくても、情報を集めればちゃぁんと報酬が出ますよぅ。ああ、こんな依頼を持ってくるだなんて、私ったらなんて優しいんでしょうかっ! んん、その目はなんですかっ! その目は。怒っちゃいますよっ。ぷんぷん」

 

 そう言いながら、机の中から用紙を取り出した。

 

 ――自分でぷんぷんっていっちゃったよ。この子。

 

「ま、それはそれとしまして、依頼の内容なんですが――」

 

 アンヘルは相手側の勢いに押されて、結局、依頼を受けるはめになったのだった。

 

 

 

 §

 

 

 

 貧民街(トゥゴリオス*)の獣。

 

 都市オスゼリアスの北部に位置する貧民街で、男8人、女5人を殺害した冷酷な殺人犯の異名である。その手口は極めて残酷で、男は胴体をまるで食われたかと思われるほど鋭利な刃物で執拗に切り裂かれており、女は情事の最中にでも絞め殺されたと言わんばかりに乱暴された状態で発見された。

 

 この事態を重く見たバレンティア治安維持騎士団の団長は、慣例に逆らって貧民街の調査に乗り出したのである。騎士団の団長は貴族家出身でありながら、探索者として過ごした経験を持ち、義に厚いという評判を得ていたのだ。

 

 しかし、騎士団の殺人鬼狩りは難航した。騎士団が調査に乗り出すと、殺人鬼はピタッとその悪逆をやめたのである。そして、決まって騎士団が調査を諦めた夜に狩りを行い、犠牲者の数を増やした。

 

 この冷酷無比な殺人犯は、一見ただの異常者であるように見せかけて、実に知能犯的側面を持ち合わせていたのだ。

 

 騎士団団長は、夜半警護を強化すればすぐに犯行者が見つかると考えたのが間違いであった。そもそも、このバレンティア騎士団は治安維持の為の実行部隊および抑止力的側面を強く持ち、発生してしまった事件に対する被疑者の特定は騎士団の一部である憲兵部門専門なのである。その専門家たちは、常日頃から貧民街以外の市街地における調査に忙しく、獣の調査に乗り出すことができなかったのだ。

 

 捜査を遅らせたのが貧民街の性質であった。貧民街はその名のとおり貧民たちの町ではあるが、貧民のみが暮らしているわけではないのである。表を堂々と歩けないような脛に傷を持つ人物が貧民街には幾人もおり、そのような人間は決まって影響力を持っていたのだ。住民の上層部に探られれば困る人物で占められているならば、必然、協力する者は減った。

 

 そもそも、貧しい者は富める者を妬むものである。実力主義社会にして市場主義社会が格差を造り出すのが必然であるならば、貧者と富者の間に確執が生まれるのもまた必然であった。貧者である貧民街の住人が、それぞれ理由を作り、調査に乗り出した騎士団に対して十分な情報提供を行わなかった。

 

 そのような経緯で、お鉢が廻ってきたのが探索者であるアンヘルだった。社会的立場を持たない人間で十分な戦闘能力を持つと考えられたからであった。

 

「それで、これが一番新しい被害者なんですか?」

 

 アンヘルは、依頼のとりまとめを行う中男に尋ねた。

 

「ああ、飲んだくれのバーンだ。わりぃ奴じゃ、ねえのによ……」

 

 そういって、死体に被せられた布を除く。死体の胴体はまるで掘り起こされたように損壊させられており、空いた穴からは白いものが幾つも見える。死体の表情は苦悶で歪んでおり、生きている間に解体されたようなおどろおどろしい表情だった。

 

 アンヘルは死体を見て、ウッとえづいた。

 それを見て、後ろで腕を組んでいた男が見下したような声を出した。

 

「こいつで14人目だ。ハッ、なんだよこれはよ。俺たちゃいつまで、怯えて暮らしてりゃいいんだ。騎士団の連中は何の役にも立たないどころか、引っ掻き回すだけ引っ掻き回して消えやがった。そのうえ、代わりとして寄こされたのがこんなガキたぁ、終わってんぜ」

「おい、よしやがれッ!」

 

 文句を垂れる若い男――地回り*のバルドは、死体とアンヘルを憎めしげに睨んでいる。

 

「まあ、こういうことだからよ。なんとか頼むぜぇ。探索者さんよ。聞きたいことなら、今のうちに聞いておいてくれ」

 

 そういうと中男は布を被せると、目を閉じて祈りをサッと捧げた。男は典型的なミスラス教徒のようで、首からは木彫りの十字架がかかっていた。

 バルドはそれを見届けずに、石ころを蹴とばしながら去っていった。

 

「あの、それじゃあ、これまでに殺された人の特徴とその場所を教えて頂けませんか? できるだけ詳しく」

「あぁ、べつにいいけどよ。1人目の男が見つかったのは、3か月くらい前だったかな。水路の近くに打ち捨てられてたよ。仕事はとくにねぇ、若造どもから金をせびるよな、いわゆる小悪党ってやつだよ。そのあとは、そうさなぁ。男は一週間にひとりって感覚でよぉ、殺されていったな。みんな、共通点なんざねぇぜ。娼館の下男だったり、チンピラだったり、乞食だったりよ。若かったり、年食ってたりよ。あぁ、けど。親とか子供だとかよ。家族がいねぇ奴だったけどな。まぁ、貧民街に家族がいる奴なんざ、そんないねぇがよ」

 

 中年の男はよどみなくすらすらと答えた。騎士団にも幾度となくこの話を聞かれたのであろう。

 

「女性のほうはどうなんですか?」

「女かぁ。女もそんなに共通点なんざねぇが、大抵美人だったなぁ。あとは、期間も一定じゃあねぇな。三週間ぐらい何もない時もあれば、一日と空けずに殺されたりしてやがる。……なぁ、今回の事件だがよ。おれは、男の殺人犯と女の殺人犯は別なんじゃあねぇかって思ってるんだがよ。こんだけ違うんだしよ。実際、これが同じ犯人だと思ってやがんのは、騎士団の連中だけさぁ。ここにいる奴らは、みんな別だと思ってやがる。だから、あんたもそう思って調べたほうがいいぜ」

 

 アンヘルは日本語でメモを取る。その姿は、さながら探偵であった。

 

「……ありがとうございます。これから、ぼくは現場を見にいきます。また何かあれば、伺います」

 

 そう言って頭を下げる。 

 

「ああ、俺はたいてぇ家にいる。用があったら、そこまできてくれや」

 

 そういいながら、中年の男は去っていった。

 

 ここから、アンヘルの殺人鬼探しが始まった。

 

 

 

 が、その調査は一瞬で座礁に乗り上げた。

 

 とりあえずアンヘルは殺人現場をひとつひとつ見て回り、周囲の人間からも情報収集を行ったが、なんの成果も上がらなかった。完全にお手上げ状態である。

 

 それは、ひとえに殺人に対する関心の薄さにあった。この貧民街の住人にとって、人が死ぬことなど日常茶飯事なのである。もちろん、このような残虐な方法かつ連続的に殺人が行われるのは珍しいが、飢え死にしたり、病で倒れ死んでいくのは珍しくない。

 

 そうなると、当然、死体に関心が薄くなるのは必然だった。

 

 現場はまったく保存されていない。死体の第一発見者もわからない。なんなら死体から財布などを盗んでいった奴もいれば、死体を食糧とみなした野犬が食らっていることもあるのだ。

 

 これで犯人が特定できるのならば、そいつは頭脳が大人な超小学生を遥かに越えて、エスパーの域にあった。

 

 アンヘルが足で稼いだ情報は、死んだ場所の景色と貧民街の土地勘だけである。

 

 ――そもそも、ぼく、探偵ってあんまり好きじゃないしなぁー。はぁ、もっと探偵漫画を読んでおくんだった。

 

 アンヘルは親と違って、探偵ものの物語がまったくもって好きではなかった*。両親は、じっちゃんの名にかける系探偵や幼馴染恋愛探偵が大好物で、年に似合わず全巻をそろえていた。

 

 なぜ好きではなかったかと問われると、なによりもその主人公たちの行動理念を理解することができなかったの一言に尽きた。つまり、なぜ彼らは事件が発生すると先陣をきって事件解決を目指すのかが理解できなかったのである。

 

 クローズドサークル、密室殺人。どんな状況であったとしても、全員で固まって行動して危険な状況を乗り切り、事件解決は警察が来るのを待てばいい。仮に警察が解決できなかったとしても知らないところで殺人犯が野放しになるだけで、不用意な行動から自身に悪影響が及ぶ可能性に比べれば大したことではない。それは、旅行のたび事件に遭遇する死神達への強烈な批判であった。

 

(ただ、そんなことを言っていると、どうしても解決しなきゃならない事態に遭遇することもあるんだよなぁ。本当にどうしよう。受付は情報を取りまとめて、報告するだけでもいいから気楽にやってほしいってことだったけど。難易度高すぎでしょ、これじゃ。今のところ役に立つ情報は、みんな知っていることだけだしなぁ)

 

 アンヘルは空を仰ぐ。完全に手詰まりだった。

 

 とはいえ、致し方ないことでもあった。アンヘルが多少なりとも事件の対処法を知っていたのだとしても、隠された真実を見つけられるはずがない。一応なりとも、捜査のプロである騎士団が人海戦術を駆使して捜査したのである。驚くような新事実がすぐに見つかるわけではなかった。

 

 そして何よりも、アンヘルは本質的にバカなのである。現代知識を持っていようが、高度な教育を受けていようが、その性質は頭脳労働よりも肉体労働に向いていたのだ。

 何かを計画したり、隠された情報を探し当てたりするのにはまるで向いておらず、与えられた情報から感覚でいい結果を選び抜く。そのような直感に優れていた。だからこそ、探索者としてこれまで生き抜いて来られたのだ。アンヘルの能力は、意外にも現代よりこの世界に適していたのであった。

 

 アンヘルは完全に諦めの心境で、調査を放りだし、商業区の人気店で昼食をとった。

 

 その足取りは重く、その向きも貧民街から真逆の広場に向かっていた。

 

 ――ここから、どうしようかなぁ?

 

 商業区にある広場は広大で、多数の行商人たちが露店を出している。ガヤガヤと雑然とした人ごみの中を通り抜けながら、興味が引かれそうなものを物色した。

 

 オスゼリアスは歴史が古く、その街の建造物の歴史もまた古い。それでいながら、広場から見えるレンガ造りの家屋やモニュメントと活気のある商人や買い物客の姿は絶妙にマッチしており、街全体を古臭さではなく歴史の荘厳さで表現していた。

 

 物珍しそうに周囲をキョロキョロとしていたアンヘルは、広場の中央にある噴水の前で絵を描く男を見つけた。その下には、顔と文字の描かれた看板が置いてあった。つまり、似顔絵師であった。

 

 客はおらず、男はひたすら広場から見える風景を描いていた。アンヘルは無意識に足が動きだす。中学時代から、絵――とくに水彩画が好きだったのである。

 

 男に近づいて、声をかける。そのとき横から声がかかった。

 

「――あの、あなたも似顔絵に興味があるの?」

「えッ、あ、うん」

「へぇ、珍しいね。あなたって、たぶん探索者さんでしょ。そんな格好してるし。そんな人が似顔絵なんて、なんか笑っちゃう」

 

 そういって、少女はクスクス笑い出した。

 少女は茶髪を肩まで伸ばしており、その瞳と合わせて活発な印象を与える。その幼い相貌は、整えられたパーツが綺麗に並んでおり、誰が見ても活発な少女と表するであろう。しかし、彼女の着ていた純白のワンピースがちぐはぐな印象を与えていた。

 

「でも、困ったなぁ。わたしも似顔絵描いて欲しいんだよねっ。ねぇ、じゃあこうしない? じゃんけんで負けたほうが、後にするってことで」

 

 少女はアンヘルの返答も聞かず右手をだした。

 

「……ううん、べつにいいよ。そっちが先で」

「だめだよ。こういうのは、平等にしないと! よし、じゃんけんするよ、じゃんけん。はい、手をだして。じゃんけんぽんで行くよ、ポンで!」

 

 少女は右手をパーの形にしたりチョキの形にして快活に笑う。

 アンヘルはどうにも戸惑ってしまった。

 

「……ええっと」

「おーい。そこのお二人さん。なんなら一緒に描いてやろうか。もちろん、値段はふたりからいただくが」

 

 絵描きの男が見かねて声をかけてきた。その声には、多分に客を逃してたまるかという必死さが見えていた。

 

「ねぇ、そうしようよ!! 袖振り合うも多生の縁っていうでしょ。わたし、マカレナ。そっちは?」

「ええっと、アンヘルだけど……」

「うん、アンヘルね。で、いっしょにしようよ。ね、いいでしょ?」

 

 少女はアンヘルの手を両の手で包んだ。そして、ねだるようにしてアンヘルを見つめた。

 こうなるとアンへルは弱い。サクッと頷いた。

 

「あー、うん。そっちがよければ、それで」

「よーし、決まりだな。ほら、座って座って。描き終わるのに半刻くらいは必要だから、それまでの間動かないでくれよ」

「はーい。わかりましたー。美人に描いてよ、なんちゃって」

 

 てへっという幻聴とともに、マカレナは椅子に座った。アンヘルもそれに従い、渋々横に座った。

 

 似顔絵師が書き始めて四半刻はゆうに過ぎたであろうか。

 昼間を過ぎた広場はやや閑散としていた。

 

「ヘー、そうなんだ。最近来たばっかりなんだね、この街に」

 

 絵師の、顔は描き終わったから会話してもいいという言葉で、マカレナは解き放たれた獣のようにまくしたて始めた。

 

「でも、なんで? どうしてこの街にきたの? わざわざ旅をしてまで」

「一応、ダンジョンが元居た街にあんまりなかったっていうのはあるけど……。でも、多分そうじゃないんだとおもう」

「おもう? とういう意味?」

 

 少女が首を傾げる。

 

「自分でもうまく言えないんだけど……。なにか目的があって、街を出たんじゃなくて。街を出るために、目的を作ったというか。なんていうか、そんな感じ、です」

「じゃあ、街を出たかったってこと? なにか嫌なことでもあった?」

「そういうわけじゃなくて、単純に街を出なくちゃ行けないっていう考えがあったんだ。そうすることが、今後のためだって。なんとなくなんだけど……それが先に進むことだって」

 

(ホセとナタリアさんのことも、あるんだけど……。言えないよね)

 

「ふーん、なんか難しいこと考えて生きてるんだね。私なんかだったら、なにがあっても街を出たくないけどなぁ。家族と離れるだとか、ぜったいにイヤだし」

 

 マカレナの言葉に苦笑いするようにしてアンヘルは笑った。

 

「いや、そんな難しいことじゃないよ。ただ、そう思ったってだけだから」

「えー、そうかなぁ?」

 

 マカレナは身体を左右にふった。間髪入れずに絵描きから注意の声が響き、マカレナはしゅんとしながら姿勢を正す。その顔にはごまかし笑いが浮かんでいた。

 

 ――なんか、忙しない子だなぁ。

 

「で、それで今はどんなダンジョンに行ってるの? 危ない? それとも、楽しい?」

「いまは、ダンジョンに行ってないんだ。別の事をしてて」

「別の事? なにそれ?」

「えーと、言っていいのかなこれ。その、貧民街で殺人事件が起きてて、それの調査って感じかな」

「殺人事件? それって探索者の仕事だっけ?」

「ううんと、正確には違うんだけど……。今回は特別ってことで」

 

 その言葉で俄然興味が湧いたのか身を乗り出しながら、少女は尋ねる。絵描きからの注意など耳に入らないようで、目を輝かせていた。

 殺人事件というのは一般人にとっての良い暇つぶしである。日常に入り込んだ非日常の雰囲気は、モンスターなどの現実的な脅威と違って、スリルと謎をスパイスに想像をかきたてるよいゴシップであった。

 

「へぇー、じゃあ殺人事件とかが得意なんだッ! それで、それで。どんな風に調べるのッ!? 聞き込みとか? 張り込みとか?」

 

 声がワントーン高くなる。興奮しているのがありありとわかった。

 

「きょうは、一応現場を見てまわったよ」

「見ただけ? それで、なにか分かったの?」

「死体は綺麗に処分されてたなぁって思ったんだけど……」

 

 アンヘルは小学生の感想文みたいな報告をした。

 

「んん? 何その感想? もっと犯人に繋がるような証拠とかないの?」

「いや、その。半日調べた成果です」

 

 マカレナはアンヘルの言葉に口をあんぐりと開けて目をパチクリと開いて閉じる。顔が赤くなり、怒りに染まった。

 

「そんなんじゃ、だめだめだよっ! なにか計画とかないの! この後の! 被害者の共通点とか調べたッ!?」

「明日、聞き込みをして、目撃した人がいないか聞いて回るつもりなんだけど……」

「もう!! そんなんじゃ、いつまでたっても捕まえられないよッ!!」

 

 そう叫ぶと、マカレナは立ち上がってアンヘルを指差した。

 

「あした。わたしもついていくッ!! これは、けっていですからッ! この広場にいるので、ぜーったい迎えにくるようにッ!!」

 

 そう宣言する。アンヘルに愉快な仲間が強制的に加わった瞬間だった。

 

 

 

 §

 

 

 

 あくる日。

 

 アンヘルは広場でマカレナと再開した後、情報収集の一環としてもう一度依頼主を訪ねるために貧民街を歩いていた。

 

「それで、被害者は14人、共通点もなし。そういうことですか、ワトリン君」

「いや、そのワトリン君って……。まぁ、簡潔に言うと、そういうことだけど」

「ふむふむ。それで、目撃者は? ワトリン君」

「いや、その。……もういいです、それで、目撃者はいません。遺体を最初に見つけた人もわかりません」

「ふーむ。むむむ。それで、どうしますか?」

「いや、だから、ぼくが知りたいくらいなんですけど……」

 

 マカレナは、昨日とはうって変わって、Tシャツと短いレザーパンツにまったく似合っていない探偵お決まりのディアストーカーハットを被っている。その手には手帳を持ち、すらすらと情報を書き留めていた。

 

「それでは、それでは。……困ったなぁ。とりあえず、アリバイを調べてみよっか」

「……被疑者は誰ですか?」

 

 マカレナは首を傾げながら唸る。ピタッと止まると、曇りが晴れたような朗らかな笑顔で言いきった。

 

「犯人は、依頼した中年の人だッ!!」

 

 聞くことも嫌だったが、一応尋ねる。

 

「……その理由は?」

「ええっと。それは、そう。これだけ被害者が出てるのに、情報がないのはその人が情報を抑えているからッ! だから、怪しいッ!」

「……わざわざ依頼を探索者に出したのに?」

 

 単純な反論にも関わらず、返答に詰まる。アンヘルはこれくらいの答弁はスムーズにできるようになってから犯人を決めてほしかった。

 それでも、マカレナは何とか答えをひねり出した。

 

「ええっと、それは……。わかった、自分が疑われないためよッ! そうに決まってる」

「……」

 

 ――ああ、この子たぶんバカなんだなぁ。

 

 アンヘルは頭を抱えた。捜査に疎いアンヘルと、面白半分で首を突っ込んでくるマカレナが犯人を捕まえるのは至難の技であった。アンヘルの心に暗雲が立ちこめて、目を黒く濁らせた。

 

 こうなってしまうと、いろんなことに対して憂鬱な気分になってくる。そうなると、必然、怒りの矛先はこんな仕事を押し付けた受付へ向くことになった。

 

 ――けど、この子。たぶん、いいとこのお嬢さんなんだよなぁ。

 

 今のボーイッシュな格好、所作から考えてもいいところの出身であるとは一切感じられないが、一点だけ彼女の地位を証明する物があった。純白のワンピースである。

 

 白の服というのは珍しくない。布を染めるほどの金を持たぬ貧民は、皆決まって無地の衣類を身にまとっている。しかし、純白は違う。衣類は使ううちに汚れるうえ、そもそも製造段階から粗雑に扱われるため純白などというのはあり得ない。この世界でいう白い衣服とは、無地の手抜き商品なのである。

 

 それを無視して、純白の衣類を普段着として使えるのは、高価な洗剤と汚れたら捨てて新たな服を購入できる財力を持った人間だけであった。

 

 とくに何の役にも立たない足手まといを率いながら、頭のよくないずぶの素人が捜査する。一寸先は闇どころか地雷原であった。

 

 マカレナはご機嫌に、アンヘルは絶望を抱えながら道を歩き続けると、中年の家に辿り着く。

 アンヘルは扉をガンガンと叩いた。

 

 返事の後、中年が外に出てくる。

 

「ああ、あんたかい。こっちから、訪ねようかと思ってたんだ。また、ひとり遺体が見つかったよ」

 

 

 

 §

 

 

 

 アンヘルたちは、連れたって死体が収められている教会に足を運んでいた。

 

「それで、どんな方だったんですか。その、亡くなった方は」

「ああ、あんまり知らねぇが、普通の奴だったよ。大工の下働きをする、どこにでもいる奴さ。しかし、わりぃな。バルドの奴来れなくてよ。あいつ、教会きれぇなんだ」

「いえ、そんなことは。それにしても、どうして今回の遺体は教会に運ばれているんですか?」

 

 これまでの遺体は貧民街の死体置き場に放置されていた。今回のように教会に運ばれるのは珍しいと道中でマカレナとも話していたのだ。

 

「特別信仰に熱心だったんだよ。そのうえ、教会の正面で死んだとなりゃ、教会側もだまっちゃいねぇさ」

「はぁ、そんな方なんですね」

「んん? アンヘルはかみさまを信じていないの? ダメだよ。そんなんじゃ、バチが当たっちゃうよ」

 

 マカレナがそうやって顔を近づけながら嗜める。その声には、盲目な信仰ではなく、母親が我が子に常識を説くような頑なさが宿っていた。

 

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」

「だけど?」

「いや、これも情報だなっておもって」

 

 日本人で宗教を熱心に信仰しているものは少ないが、帝国は一神教であり、神を信じていないものは異端だとみなされる傾向がある。近年に入っては他国との交流も盛んになり異文化が混じり始めた影響からか、近年では宗教上の問題から一方的に不利益を被ることは少ないが、それでも周囲に白い目で見られる可能性はあった。

 そうなると、アンヘルとしては、信仰心を持っているフリをしなければならなかった。

 

 汗が流れ落ちる。

 

「ハハハ。なに、言ってやがる。この国の奴なら、ほとんどのやつが信じてるさ。意味ねぇよ、そんな情報」

「はは、そうですね。意味ないですよね」

 

 乾いた笑い声がでた。マカレナもそうだよ変なのと小さな声で呟いていた。

 

「でも、貧民街の人はとくに熱心に信仰している人が多いかも。よく、炊き出しとかしてるし。わたし、たまに手伝いへ行くよ」

「そうかもなぁ。金のねぇ奴には、救いだろうしなぁ」

 

 そう言いながら、アンヘルたちは霊安室に入る。中には、老齢の司祭が棺の前で待機していた。

 中年は司祭に一言告げると、祈りを捧げ棺の扉を開けた。

 

「ウッ」

 

 あたりに死臭が漂う。

 マカレナが顔を真っ青に染めながら顔を背けた。そして、数歩後退し、膝をつく。げろげろと饐えた匂いがアンヘルの鼻に届いた。

 

「今回もズタズタですね」

「ああ、男は毎回こうだ。やることが人間とは思えねぇ」

 

 胴体はズタズタに切り裂かれており、まるで奇妙なオブジェのように穴が幾つも空いている。そのうえ、手足は中程ですっぱり切断され、完全に達磨状態だった。

 

「けど、今回は手足や顔まで切り裂かれてますね……。これは、よくあることなんですか?」

「……そういや、そうだな。身体はともかく、顔や手足は珍しいな。いっつも、泣き叫ぶような顔で死んでるんだがな。今回は、目ン玉までくりぬかれてやがる。なんだぁ、こりゃ?」

 

 アンヘルは遺体の損壊具合が酷すぎて感覚が麻痺してきていた。殺人鬼に切り裂かれた遺体は、完全に映像の中の産物であった。

 

 目玉はくりぬかれ、口の中にひとつ入っている。耳は削ぎ落され、くりぬかれた片方の眼窩に詰め込まれている。右側半分の皮は削ぎ落され、千切り取られた爪がピアスのように突き刺さっている。頭部は焼かれたのか、ヘドロのように溶けていた。

 

 これを冷静に観察できてしまうほど、死体から感じられる狂気は異次元の領域にあった。

 

「はやく、見つけてくれよ。こんなんが続くんじゃ、おちおち外も出歩けねぇ」

「それについては、わかることがあります」

 

 唐突に、司祭が口を開いた。

 

「それを行った犯人は、おそらく悪魔(デーモン)です」

 

 

 

 

 





*トゥゴリオス:スペイン語でスラム街

*地回り:市民による警備隊

*ワトリン君:イセカイで有名な探偵小説の助手。ワト〇ンではない

*探偵もの:作者は好きです。あくまでアンヘルとしての意見であり、名作を貶める意図はございません
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