――なんだろう『ショウカンシ』って。
『召喚士』という言葉なら知っていた。ゲームの中ではありふれたものだったからだ。アンヘルはヒロインが召喚獣を使役する某有名なファンタジーゲーム*がとても好きだった。
しかし、この世界では魔法なんてものは一度も目にしたことはなかった。怪我があれば草をすりつぶしたものを塗りつけ、火を起すのは火打ち石の仕事だった。アンヘルは村の住人が呪いの話や魔女の話をしている場面に遭遇したことが何度かあったが、どれも眉唾な話で子供をいさめる内容であった。
この村にはなんの情報もなかった。家に本などと洒落た物はひとつもありはしなかった。そもそもアンヘルは文字が読めないので意味などなかったが。
税の支払いや領主に嘆願書を書く必要があるから、村の中で文字が読めるのは恐らく村長とその息子くらいだ。
この発展途上の世界において識字率は著しく低いものであった。この村でも例外ではなく、支配階層に属する村長および親族が必要に応じて読み書きを行ったのであった。本は村長宅にしかない。その本も税の調査報告や定時連絡ばかりで、アンヘルの知りたい教養に関する情報が載っている本などありはしなかった。
知識などまったく必要ではなかった。文字が必要な機会など一度もなく、算術が必要になるときなどない。食料をどの程度残しておけばいいか考える程度にしか頭は使わなかった。それも経験則に過ぎなかったが。
なによりアンヘル驚いたのは重要であると思われたの国の名前や領主の名前もわからなかったことであった。わかったのはゼグーラというこの辺りを束ねている街に領主様が住んでいるといった大まかな情報だけだった。
これはケソン村がおそらく辺境にあるせいだろう。村は山の麓にあり、これ以上向こう側には木しかない。今まで行商人が来るのは年に数回で、旅人が来たことはほぼなかった。
――大丈夫か、ウチの村。
けれど、よくよく考えてみると自身も総理大臣以外の議員の名前はとてもあいまいだった。都長は顔すら浮かばなかった。テレビがあるのにこれじゃ責められないなぁとアンヘルは無知な自分を恥じたのであった。
結局、いくらか調査したものの村の外について何も分からなった。頼りになる姉や兄弟は皆村の外に一度も行っていない。父だけが徴兵で街に行った経験があるが、後方で待機している間に戦闘が終了したため、何も知らないようだった。
もしも、魔法があるなら見てみたい。
そして、使えるならば使ってみたい。
アンヘルは彼の言った言葉の意味が知りたくて聞き返した。すると彼は少し悩んだ様子で「いや、違うか」とつぶやいた後、少し待つように伝えてきた。そしてゴザに戻ると、周囲で商品を買おうとしている人たちに店仕舞いを伝え、片づけ始めた。
その様子を見た周囲の人々は慌てたように商人に交渉を始めた。まだ時間は太陽が東に傾きかけたころで、早い撤収に驚いたのだろう。堰をきったような様子で、人々は目につけていた品々を購入した。
結局、姉も亜麻の布を購入すると決めてしまったようだった。アンヘルはアドバイスをしなかったことに後悔しながら、急に慌ただしくなった周囲の様子を眺めていた。
半刻はゆうに過ぎただろう。風が少し収まったおかげで太陽のぬくもりが感じられた。もう駆け込み客はいなくなったのだろう。アンヘルは長い間値段交渉を行っていた姉に用事があるからと告げ、先に帰ってもらった。
商人はゴザの上に残った商品のほとんどを荷台に片付け終えた所であった。すべて片付け終えると荷台の影で休んでいた男に何か言い、こちらにやってきた。
「人がいないところにいこう」
一言いうと人の少ないほうにスタスタと歩いていく。アンヘルは少し不安に思いながらも、彼の言葉の意味を知るためついていった。
商人はデコボコした整備されてない道を軽々歩いていく。歩くのがはやい。いや、たぶん僕の歩く速度が遅いのだろう。このアンヘルという名の身体は、約十三回の冬を超えた記憶がある。一歳になるまでの記憶はかなりあいまいだから実際の年は十四か十五くらいだろう。1年が365日と仮定しての話であったが。
日本で生きていた僕の本当の身体は一六五センチもあったのに……。アンヘルは自身の身体を思い出す。二歳若く、食料状況の悪いこの村では、日本の自身と比べ背が低くなっているようだった。アンヘルと商人の距離はどんどん離れていく。
アンヘルは半ば駆け足ぐらいの速度で歩きながらどんどん進む商人についていく。距離にすると数キロだろうか。人の少ない開けた場所に来ると、無言で歩き続けていた商人が、こちらに向き直りながら座り込んだ。
「君は召喚士というものをしっているかい?」
アンヘルは横に首を振った。
「なら見せたほうが早いかもしれないなぁ」
商人はそういいながら指をパッチとならした。すると、近くに青くて吸い込まれそうな次元の裂け目としか言えないものが出現した。そして中から黄色いプルンとした生物が飛び出してきた。
「う、うわぁ」
アンヘルは驚いて数歩後ろにさがった。
出てきた生物らしきものは商人の横でじっとしている。黄色のプルンプルンしたのがゼリーのようで、表情はとてもコケティッシュだ。
かわいい。サイズは子供の4分の1くらいだろうか。アンヘルはそう思った。今まで見たことのない変な生き物でもあった。
商人はアンヘルの驚きっぷりに満足したのか、少し楽しそうに話始めた。
「これが召喚士の力さ。こうやって仲間にしたモンスターを召喚することができる。これは『ヒカりん』といわれるモンスターでね。とても可愛いらしいだろう?」
「さっきのも青い光も魔法ですか?」
「召喚士は『
商人は少し誇らしげにいった。アンヘルは自身の心臓の音が聞こえるくらいに興奮していた。
――まほう、魔法だ。本当にあるんだ。
興奮が抑えられない。そんな様子に苦笑いしながら商人はこういった。
「君にも召喚士の才能があるみたいだ。君も、召喚士になるかい?」
§
商人は落ち着いたの見て、こういった。
「僕ら召喚士はね相手が召喚士の卵かどうか判別できるんだよ。普通の召喚は、決まったタイプのモンスターしか命令させられない。僕だったら『光属性』だけにしか命令できないというみたいにね。でも他のタイプのモンスターを持っている時に、近くに何もモンスターを持っていない子がいるとなんとなくざわつくっていうのかな、なんとなくわかるんだよ。たぶん使われないモンスターが騒ぐんだろうね」
「あなたも、そうやって召喚士になったんですか?」
「そうだよ。僕も若いころ、行商人に教えてもらったんだ。それで、このライをもらったんだ」
ライ? と思った瞬間、パチッという音と共に青い裂け目ができた。そして子犬ぐらいの黄色のトカゲが出てきた。プテラノドンみたいだった。黄色蜥蜴は好奇心旺盛そうにキョロキョロと辺りを見渡している。
さっきの黄色いゼリーよりよっぽどモンスターしてるなとくだらない感想を抱いた。
「正式な名前は『プテラス』ていってね。もう15年くらいの付き合いになる……」
商人は思い返しながら、黄色蜥蜴を撫でた。ライは主人に頭を差し出しながら、じっとしていた。とても強い絆のようなものが感じられた。アンヘルはその光景を見ながら、唐突に沸いた疑問を口に出した。
「でも、どうして行商人なんてやってるんですか? 召喚士ならもっといろんなことができるんじゃないですか?」
それは大きな疑問だった。商人は明らかに商売の仕事に対して熱意がなかった。それなら召喚士の能力を生かせばいい、そう思った。
商人はその意見に対して笑みを返した。諦めたような寂しさが滲んだ笑い方だった。
「僕も若いころはそう思っていたよ。自分には特別な力がある。なにか大きなことを成せる。召喚士としての力を生かせばもっといろんなことができる。そう思って何回か『ダンジョン』に潜ったりしたさ」
「な、なにがダメだったんですか?」
「一言でいうなら強さかな。モンスターを召喚できるといっても自力で育てたモンスターだけだ。簡単に強くなるわけじゃない。それに僕ら召喚者はただの人間だ。狙われればひとたまりもない」
「……」
「モンスターは実践で力を獲得しなければ成長しないなんだ。君も見ただろう、あの小さなライの姿を。15年前からほとんど変わってない。召喚士として身を立てるなんて夢のまた夢さ。まぁ、愛着はわいてくるけどね」
商人は寂しそうに言った。召喚士としての道に未練があるようにみえた。そして、それが成されないともわかっているようだった。
「ライじゃ何の訓練もしてない僕でも勝てる。そんなんじゃ、召喚士として生きていくなんてできっこないさ」
「召喚士はみんなそうなんですか?」
「召喚士は騎士や魔法士と比べても、とても数が少ないからね。数回しか他の召喚士にあったことがないから正確なことはわからないが……大抵の人は僕みたいに別の職業を持っているようだよ」
「じゃあ少数の人は召喚士として生きているってことですか?」
僕は期待するように聞いてみた。
「ああ、召喚士というか軍人としてだけどね。優秀な召喚士を輩出する貴族家があると聞いたことがあるし、この前の国境沿いの紛争では無名の召喚士が活躍したと聞いたけどね」
そんな否定的な意見であっても、アンヘルにとっては希望の光が差したようだった。
――やった、こんな生活とはおさらばだ。
アンヘルはこの村の生活にうんざりしていた。
汚い環境、きつい仕事。満足な食事はできず、同年代の友人はホセという男一人。家族は姉が嫁げば今の父と兄がいがみ合い、ぎすぎすしている。このままいけば自身の結婚すら危ういだろう。
きっかけがあれば飛び出したかった。可能であればいますぐにでも。
でもそれは不可能だった。
何の能力もなかったからだ。
街がどこにあるのかも知らなければ、文字も読めず、子供だから力もあまりない。たどり着く前に飢え死にするのがおちだった。
――僕が小説の主人公なら、この村を良くするいろんな発想が出るんだろうな。
アンヘルは力のない自分を自虐する。授業中にノーフォーク農法の説明を受けた時、フォークで耕すのかななんて感想をもたずその内容について調べるべきだったと自身のアホさ加減に嫌気がさした。
でも、召喚士としての能力があればもっといい暮らしができる。
そんな軽率な考えが読めたのだろう。商人は諭すように務めて冷静に言った。
「さっきもいっただろう。モンスターはそこまで強くない。恐らく君が棒を持てば確実に勝てるだろう。君が召喚士として成功するためには、モンスターが強くなるか強いモンスターが手に入るまで、君自身の実力で戦い続けなければならないんだよ。君にはそんな実力はないだろう?」
一転、冷水を浴びせられたような気分は沈んだ。アンヘルに残ったのは失望だけだった。希望が見えてから、それを取り上げられるのは残酷なことだった。
そんな表情をみて悲しそうなけれど安堵したような声で商人はいった。
「それでも召喚士としてモンスターを召喚することができれば、多少は安全になる。ここぞというときの切札にできる。それに、モンスターと接するのは悪い気分じゃないよ。食費もかからないしね」
聞き分けのない子供をあやすような優しい声色だった。いや、事実そのとおりだった。アンヘルはそれでも沈んだままだった。気分を紛らわせるため、とりとめのない疑問を口にした。
「どうして、食事が必要ないんですか?」
「うーん。詳しいことは僕も知らないんだ。僕が教えてもらった人がいうには、召喚士のモンスターは召喚士や倒したモンスターの力で生きているんじゃないかって話だったけどね……しかし、君はさっきから理知的な考え方をするんだな。話し方自体も農民らしくないし」
アンヘルは凍り付いた。最近は、周囲からも僕の行動に不審さを感じなくなってきていたため油断していた。自身がアンヘルになる前はかなり無口だったし、アンヘルがぼくになってからも村では中身のある会話や議論はしなかった。
――そもそもよく話す相手がホセだけだったし。
饒舌になると違和感がでるのか。アンヘルは不安になった。唯一、姉はかなり不審がっていた様子だったが、結局は気のせいだと思ったらしい。男らしい判断と元々無口な過去の自分にアンヘルはとても感謝した。
動揺を悟られないようにしながら、商人の目を見返すと商人は頭を掻きながらいった。
「まあ、なんでもいいか。とりあえず君に渡すモンスターを見せよう」
そう言って彼は指を鳴らした。
彼はとてもあっさりとモンスターを渡した。
種族名『プレシィ』。中型犬くらいの大きさで、青い体表に魚のような尾、身体の横にはヒレがぱたぱたと動いている。頭には青いの角があるモンスターだ。アンヘルはシィールと名前をつけた。
同時に召喚士としての輝かしい未来など存在しないこともわかった。キュートで可愛いシィールは明らかに水生生物であった。地表をぱたぱたとヒレで器用に動くシィールは、可愛くはあったが俊敏ではなかった。噛む力は強いようで木に大きな歯形をつけられたが、あれほど緩慢な動きならば敵に噛みつく機会など皆無だろう。事実アンヘルは棒を持って訓練してみたが、シィールはまったく近寄れない様子だった。
――いくら練習で軽くやっているとはいえ、何の技術もない僕に完封だなんて。
水中ならば結果は違うのだろうが、水中に行く機会などそうそうない。結局、世の中楽にうまくいくことなど存在しないのであった。アンヘルはうまくゆかない現実に思いをはせた。
商人は、アンヘルが召喚士になれたのを見届けたあとこういったのだった。
「君は召喚士になれたわけだけど、その事を言いふらしちゃあ、いけないよ。とくに大人になるまではね。周りの人に利用されて、危険な仕事を任されたり、嫉妬されたりするかもしれないからね。君だって手に入れたばかりの子をなくしたくはないだろう?」
その言葉には深い彼の体験が含まれているようだった。恐らくいままでの経験で、召喚士としての能力が使えるということで何か問題を抱えたことがあったのだろう。その言葉に脅す意味合いがなくても、とても恐ろしく聞こえた。
――手に入れたばかりの子をなくしたくはないだろう。その言葉だけは商人が村を去ってもアンヘルの頭を離れなかった。
彼が去った後、アンヘルは手が空いたときに召喚士としての能力を確かめた。わかったのは、召喚士がみっつの能力を持つということだった。
わかるのはみっつで『正式名』『レベル』『タイプ』だった。
そしてシィールの能力も調査したが、結論は何も変わらなかった。
自身はモンスターを召喚できるだけであり、シィールは何の訓練も受けていない自分よりも弱い。
つまり、召喚士として生きるのは不可能であり、農民として暮らすしかないと決まったのだ。召喚士になったことでアンヘルが得たものは可愛いペットとそのペットが川で魚を捕まえられることだった。
アンヘルはシィールの事を知られないよう触れ合うのを川の中だけに限定した。極力シィールを見られないことに努めるためだ。万が一見られたとしても魚と触れ合っているとしかみえなかっただろう。
昼間の休憩時間には川で必ずシィールを召喚し、魚を取ってもらったのだった。
アンヘルは兄弟の中で魚取り名人として扱われた。
食糧事情だけは改善したのだった。
§
商人が去って数か月たった。冬は完全に明けて肌寒かった風も今は感じられない。
アンヘルは召喚士となることをきっぱり諦めた。かわりにシィールのおかげで食事だけは十分にとれるようになっていた。低かった身長も5センチは伸び、子供から青年に変わった気がした。
姉の婚姻は夏に延期された。相手の村の近くにオオカミの群れが住み着いたらしく、群れを撃退するまでは村に近寄らないほうが良いといった判断だった。
アンヘルは家族内最大の理解者である姉がまだ居てくれる事に喜んだ。相変わらず言葉はきつかったが、その中の優しさがこの1年でわかった気がしていた。
しかし、冬が完全に明けると同時に不幸が訪れた。父の容体が悪くなったのだった。30から40代の父は、日本では働き盛りといった年だったが、肉体を酷使するこの村では老齢に差し掛かる年であった。当然ながら、畑仕事を行わなければある程度回復するし、薬を飲めば容易に回復するだろう。
家にはそんな余裕などなかった。父は一家の大黒柱であり、また食糧の少ない困窮した現状では休めるわけもなかった。
父は身体をごまかしながら、冬の間にあれた畑の耕作と種まきをおこなった。家の権限を一番上の兄へ任せるようになった。父の容体はなかなか安定しなかった。もしシィールで魚を取れなければ、より悪化の一途をたどっていただろう。
父はアンヘルの魚取り能力に疑問を感じながらも、よく感謝の言葉を口にしていた。おまえにも特技があったんだなと余分なことを呟きながら。
一方で、家を任された兄はより横柄にふるまうようになった。兄は口癖のように「しごとやらんかったらなぁ晩飯ぬきやぞぉ」と兄弟に言った。よく標的となったのは二番目の兄だった。
二番目の兄とは驚くほど激しくやりあっていた。横柄な態度が気に食わなかったのだろう。事あるごとに反発した。一番上の兄も応戦した。時には殴り合いになる場合もあった。
今まで無口で挙動不審なアンヘルがやり玉にあがるケースが多かったのだが、魚取りの能力が認められて叱られ役が免除となったのだ。しかし、それはアンヘル自身にとっては良い事だったが家族内では良い事ではなかった。
スケープゴートがいるのは重要な事だったのだ。あまり言い返さない人が叱られる事により、家庭内の秩序が保たれていたのだ。その秩序が崩壊し、事を収める父が不在では家族関係は悪化するばかりだった。
わいわいと楽しそうな食卓は、常にピリピリした様子にかわった。仲裁する役を努める姉がいなくなればどうなるのだろう、とアンヘルは不安になった。
そんな状況で、また、大きな変化がおきたのだ。
父が死んだのだ。村に軽い熱病が流行った時だった。父は2日程であっさりと死んだ。長く続いた体調不良が身体を弱くしていたのだろう。昼の仕事から帰り、無言で床に入ったかとおもうと再び動くことはなかった。
村長に薬をもらったが、何の効果もなかった。
地球においても、医療が充実し、さまざまな風土病や伝染病に真に有効な治療法を確立できたのは18世紀に入ってからである。そして、それは一部の都市部でのみ有効なものであった。それは、アンヘルの住むこの世界でも同じように彼の親族に降りかかったのであった。
父の死に顔は、熱に苦しみ歪んでいた。
葬儀はなかった。村で決められている場所に埋めるだけで、墓石もなかった。兄弟たちは泣かなかった。アンヘルも泣けなかった。悲しくなかったわけではない。
多分、覚悟をしていたからだろう。
長い時間、体調の悪い人間はそのまま亡くなる。これは村の常識であった。死んだときにはやっぱりか、と思いが湧きあがっただけだった。アンヘルとしての記憶は少年に完璧に根付いていた。少年が完全にこの世界の農民なった瞬間でもあった。唯一、泣いていたのは母だった。元々寡黙だった母は心ここにあらずといった様子でボーとすることが増えた。
その様子は、1回りは年老いて見えた。アンヘルは、日本語で父の墓石を作り、遺体を埋めた所に建てた。
父が死ぬと、兄弟同士の争いは激化した。もういっそ醜いと言い切ってもよかった。一番上の兄は、父が死に、管理できなくなった土地を村に分けると言い出したが、2番目の兄は猛反発した。「なんでぇ、おれらがつくったはたけをわたさなぁいかんかぁ」と2番目の兄は梃子でも動かぬ様子だった。
税は家族の人数と土地の広さで決まっている。管理できないならば手放すしかないと理屈は理解できる。一方で、先祖が開拓した畑を手放したくない気持ちも分かった。
皆が集まる食事は、まさに災害に遭遇したようだった。姉ですら、その争いには関与できなかった。村は完璧な男社会だ。日頃の小さな争いならばともかく、父が居なくなった後の方針については口を出すことは許されない事であった。
僕らは身を縮めながら嵐のような争いをやり過ごした。
そんな中、村長から夏の税が上がる事を告げられた兄は、分別のつく年の兄弟たちを食卓に集め、「もりに、かえさなぁならんぞ」と言い出した。つまり税を減らすために、兄弟の誰かを森へ捨てるという意味だった。
現状を鑑みれば仕方のない事だが、納得はできない。これにはたまらず、姉も反論した。2番目の兄は怒鳴り散らした。アンヘルも少しばかり反論した。一番上の兄に歯向かうのははじめてだった。
しかし、無意味だった。結局、夜通し話しても兄の決意を曲げることはできなかった。
誰も納得していないが、兄は兄弟を減らすだろう。硬い意思が感じられた。
アンヘルはたまらずホセに相談したのだった。
ホセはひとり道端をぶらぶらしていた。そんなホセにアンヘルは近づき、尋ねた。
「ねえ、兄弟同士で仲が悪いのってどうすればいいかな?」
訊いてから、要領の得ない発言だなと思った。ホセは言葉がほとんど耳に入っていない様子だった。思いつめたような表情をしている。
アンヘルは心配になり、自分の事も忘れ尋ねた。
「ど、どうしたの? 何かあったの?」
ホセは絞りだすかのような声色で返した。
「おれさ、あっこのよ、となりの婆とくっつくことになったんよぉ」
たしか隣には夫が戦争でなくなった30ばかりの未亡人がいただけのはずだ。彼の周囲の情報を思い出していると、ホセは言い出した。
「あんなくそばばあとけっこんなんてなぁ、したくねぇよぉ」
もはや、泣き出しそうな声だった。僕の悩みを相談できるような状態ではなかった。
「ちょっとくらいびじんならさぁ、まだいけっけどよぉ、おれに近いくらいのこどもがいやがんだぜぇ。ありえねぇよぉ」
「た、確かに美人じゃないもんね」
「ブスだよ、ブス」
そうやって吐き出したのが良かったのだろう、ホセは少し落ち着いた様子だった。
それから思い出したように聞いた。
「そういや、おまえの用ってよう、なんだっけぇ」
アンヘルは笑いそうになった。
――やっぱ面倒見いいなぁ。
事情を説明すると、ホセは少し気の毒そうな表情をした。なんて返そうか悩んでいる。明々白々たる事実であった。正しい答えなど存在しない。
――やっぱりどうもならないか。
ホセはかなりの時間悩んだが、急にパッと明るくなり、興奮したような表情で言い出した。
「街にいこうぜぇ、街によぉ! 街でモンスターをたおしてカネをもらうんだよ!」
アンヘルはその言葉に
*有名なファンタジーゲーム:全然ファイナルじゃないファンタジーのこと