イセカイ&ドラゴンズ   作:原田孝之

35 / 100
第二話:出会いの季節

 管理迷宮探索演習。三十日間で学園管理迷宮「試練の塔」を踏破し、その過程と達成までの日時を評価する演習である。

 

 しかし、この間も通常講義体制である。よって、候補生たちは各々ダンジョンを攻略しながら、同時に講義欠席過多による授業理解不足に陥らないよう気を配る必要があった。

 

 そんなわけで、第七八小隊の最初の仕事は演習計画の立案だった、のだが会議は紛糾した。

 

 経緯はこうである。

 

 まず、オスカル教官が七八小隊の面々を向かい合わせ、自己紹介を始めた。

 

「よーし、まず、俺の名前はオスカルだ。総合戦闘術と軍事法について教えているから、講義で会った人もいるな」

 

 オスカル・レダン・ナコル。非主流派貴族家出身にして、都市連合大戦の英雄。功一級エリシュオン名誉勲章の叙勲者にして、華麗なる魔導剣術に因んだ『緋天』の異名を持つ。教官では随一の知名度を誇る人物だ。教官故慣れたもので、皆が少しばかり興奮したが大した問題は発生しなかった。

 

 問題発生は次の人物である。

 

 教官はクラス順、つまり上科から伍科まで順番に自己紹介をするよう指示すると、ある少女がおずおずと話し始めた。少女の名はエルザ・フレイラ。童女にも見えるくらいの小柄で童顔に橙色の明るい髪。栗鼠のような小動物的愛らしさを持つ少女だが、エリート候補生らしさはまったくない少女だった。

 

「あ、あのー、よろしくお願いしますぅ」

 

 その時点でアンヘルは頭を抱えそうになった。

 

 頭首というのはそれほどに重要なのだ。勇気と野卑の区別すらない、完全な実力社会で部下の要求に従うようでは集団の統制は取れない。優しさや可愛らしさとは、弱さと同義なのだ。元々年齢的上下関係のない士官学校では、彼女のような自己主張の弱い上科生は野心に満ちた一般科生からは格好の的だった。

 

 逆転現象が顕在化したのは、次に挨拶したのは黒髪の女性である。名をソニアと言った。彼女は上科のエルザを組みやすしと見たのか、挨拶そこそこに場を仕切り出した。

 

 これが間違いの始まりであった。

 

「次はあなたね」とソニアがユーリに話を振る。が、ユーリも自己主張が苦手であった。エルザ以上におぼつかない自己紹介で「ぼ、ボクはゆーりですっ」とカミカミで言っただけだった。

 

 場は完全にソニアの独壇場である。

 

 次は遅れてきた少女に悪口を叩いた男、エセキエルだった。彼はわが物顔で仕切りだしたソニアに不満顔を浮かべながらも「俺はエセキエルだ」と言った。

 

 俯きがちなその姿勢と細っこい体格は明らかに前衛タイプではない。童女のようなエルザ。身長体格ともに平均を大きく下回り、武道経験のないユーリ。参謀タイプの頭脳労働系を思わせる容貌のエセキエルと中々偏った人選だった

 

 アンヘルは幾多もの激戦を潜り抜け、相手の立ち振る舞いからなんとなくの実力を察せるようになっていたのだが、この三人は候補生の中で、ずば抜けて経験がなさそうなのである。まさしく「うわっ、私の部隊、弱すぎ……?」である。前途多難どころではない面子だった。

 

 ソニアが次に話を振った。

 唐紅(からくれない)の髪を後ろで結った少女はユウマと名乗った。彼女の話し方はかなり論理がしっちゃかめっちゃかで、ソニアたちはイライラしながら聞き続けたが、要は最後の「よろしゅうなぁ~」の一言に尽きた。

 

 今度は完全に戦士極振りタイプだった。アンヘルは(おぼろ)げながら彼女との模擬戦を思い出す。

 

 ――あれ、どんなだっけ? 負けたことは覚えているんだけど……。

 

 が、筆記試験の後に行われる実技試験については記憶がまるでなかった。試験前は必死の缶詰でほぼ徹夜なのである。記憶が残っているだけマシだった。

 

 そして、アンヘルの順番である。

 無難かつユーモアを加えてといろいろ考えていると、ソニアが素っ気なく「名前は?」と尋ねてきた。いきなりの問いかけで驚きながらも「アンヘル、です」と返すと、自己紹介はそれで終わった。

 

 ――あー、やっぱり伍科嫌いなんだぁ……。

 

 伍科差別。士官学校で横行する学力劣等者蔑視主義である。エリート校に相応しく、学力底辺には風当たりが厳しいのだ。アンヘルの凡庸な容姿と相まって、どうにも下に見られやすい傾向があった。

 

 いきなり問題多発の自己紹介であるが、取り敢えず自己紹介を終えた面々は続いて計画に入った。争点は、如何に講義欠席の負担を均等化し、そして効率的に上層へと向かうことである。

 

 が、ここで尋常ではないほど意見が対立したのだ。アンヘルはその光景を唖然として見ていた。

 

「だから、私が計画した方いいっていっているでしょ。私は兵站計画で学年三位だったわ。なにが不満なのよ?」

 

「だから一人で決めるってのがダメなんだよ。低能だな」

 

「そうや、そうや。確かにウチは計画が苦手やけど、一人で決めたら絶対偏るて」

 

 オロオロとエルサが怒鳴り合う二人を見つめる。ユーリは必死に会議録を取ろうとしていた。アンヘルは完全に蚊帳の外だった。

 

「低能? それはあなたでしょ、参科のエセキエルくん」

 

「いちいち揚げ足をとるなよ。なんにも分かってないんだな。俺の言いたいことは、一人で決めると各々の授業負担が平等にならない可能性があるから、一応議論をもって決めるべきだと言ってるんだよ。それを一々言葉の節々に噛みついて、批判合戦にするなといってるだけだろ。話を読み取る能力すらないのか? これだから、頭でっかちの女ってやつは」

 

「ああっ! 今のあかんよ、女性差別っ」

 

 ユウマがエセキエルを指差す。ソニアは頭を振って、苛立ちを露わにした。

 

「此れだから頭の固い男って奴は。本当、死んだら」

 

「はあ? 本当のことだろ。それに死ねって言葉を使うのは真正のバカの証だぞ。子供じゃないんだから、論破されたからって安っぽい暴言を吐くなよ。痛々しいよおまえ」

 

「あなたこそ、一科に対する僻み(ひがみ)根性丸出しじゃない。ただ否定ばかりして、何様のつもりなの?」

 

「なぁなぁ、そろそろ止めようやぁ~。さっきから喧嘩してばっかりやんか~」

 

 ソニアとエセキエルがいがみ合い、そこに天然属性過多なユウマが茶々を入れる。会議は混沌(こんとん)の様相を呈していた。とくにソニアとエセキエルの相性は最悪である。

 

 制止役のオスカル教官の姿はすでにない。計画なしに迷宮探索の許可が下りないため放置するという合理的判断なのだろうが、放置された側は地獄である。

 

 キョロキョロしているエルサがいっそ哀れであった。

 

「そもそも、一科の癖にでしゃばるのが間違ってるだろ。普通、議論ってのはリーダーが仕切るもんだろ。それを勝手に進めるなんて、班長に対する敬意に欠けるね」

 

「あー、はいはい、ウチもそれ思った。班長はエルサなんやから、エルサに決めて貰おうや~」

 

「え、ええっ。そ、そんなぁ」

 

「ええ、いいわよ。班長に決めて頂きましょうか。どちらの意見に正当性があるか。ただの参科で兵站計画でも後れを取る無能と私のどちらが正しいのかを」

 

「お前本当に言ってる意味分かってるか? なんでお前が二択を迫るんだよ。常識的に考えて、最初からもう一回議論し直すのが筋だろ。論理すら分からないのか?」

 

「そんなことするなんて時間のムダじゃない。どうせ、その二択しかないのだから、決断を迫るのは当然でしょう? あなたこそ、ただ反論したいだけって見え見えよ」

 

「あぁ、そこまでにしよやぁ~。はい、これからエルサ班長が意見を言いますから、すこし静かにしよなぁ~」

 

 パンパンとユウマが手を打ち鳴らす。全員の視線がエルサ一点に集まった。

 

「えぇ。そのぉー」

 

 もじもじと両手の指を絡ませ、俯きながらぼそぼそと呟いていた。

 

 時間はすでに半刻以上経過している。これ以上はやっていられないと、アンヘルは助け船を出した。

 

「あのー、とりあえずソニアさんと残りのメンバーで計画を二つ立ててから、すり合わせるっていうのは如何でしょうか?」

 

 白熱した泥仕合に皆辟易(へきえき)としていたのだろう。とりあえずの折衷案(せっちゅうあん)に、ソニアとエセキエルが矛を収めた。

 

「そうね、そうしましょう。期限は週末を挟んだ四日後ね。それまでに準備しておいて」

 

「ああ、こんな不毛な会議さっさと終わらせるべきだ」

 

 ソニアとエセキエルが荷物を持って立ち上がる。ユウマとユーリも後れて立ち上がった。

 

 ガラガラと飛び散るようにして部屋を飛び出ていく。大変だったなぁと思った直後、ソニアが冷徹な瞳を向けていた。

 

「そこの伍科のあなた。明日までに全員の授業予定を纏めて持って来なさい。遅れないでよ」

 

 ソニアは(きびす)を返して去っていった。

 

 ――はぁ、大変だなぁ……。

 

 意気揚々とは行かない七八班の船出である。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 探索者ギルドの受付嬢テリュスがその人物に出くわしたのは、気散じに街へとぶらり出かけたときだった。

 

 彼女は幼くして探索者ギルドの職員として働いているが、その手腕については中々の評価を受けている。

 そもそもとして、新人担当はどんな会社においても困難なものである。新人たちは、やれ文句をつけたり、簡単なことで自信を失ってしまう面倒な存在である。しかし、そんな彼らを軽んじては探索者業務は立ち行かない。新規参入がない業界は滅びの道を歩むのみである。

 

 そういう意味で、テリュスの煽ててからの無茶ぶりという手法は効果的なものだった。無論、年齢の近さや容姿を考慮しての効果ではあるのだが。

 

 とはいえ、おべっか使いの日々に嫌気がさすのも事実だった。このような陰の気に囚われはじめたとき、テリュスはなにか目新しいものを探す癖があった。これは、実家が私塾兼道場を経営しているために心休まらないからだと、彼女は自己分析していた。

 

「はぁ、きょうも疲れましたねぇ。あ、その串ひとつください」

 

「お、いいぜ嬢ちゃん。ちょっとまってくれよ、ほら、一つサービスしてやるから」

 

「どうもですぅ」

 

 テリュスは、からっとした笑顔を振りまくと、屋台の店主にお辞儀をした。サービスした店のオヤジも、少女の笑みを見て顔をほころばせている。

 

(ふふふ、やっぱり私ってば美少女ですねぇ。人生イージーモードですっ)

 

 いやらしげに笑いながら、串焼きにかぶりつく。

 

 夕方の閑散とした街路の軒先では、これから来る夜半の盛り時のために食い物商売の店員たちが忙しなくしている。

 

 そんな盛り上がり前の静けさに感じ入りながら歩いていると、先の屋台、人混みの中から若い女の声が飛び出してきた。

 

「にゃあああああああっ! サイフ、おとしちゃったぁあああっ」

 

 酷く茶化した悲鳴だが、その発生源の周囲に複数の男たちが集っていた。

 

 異様な雰囲気だ。野次馬の男たちが小声で囁きながら、ただ眼前の状況に目をそそいでいる。テリュスは気になって耳を澄ますと、男達の会話が入り込んできた。

 

「おい、また喧嘩か」

「いや、そうじゃねぇよ。あの野郎どもが絡んでるみてぇだ。服を汚した金を払えとかなんとか。いつものタカリさ」

「おいおい、あいつら確か黒豹傭兵団じゃねえか。残忍なやつらだぜ」

「それって、あのプロビーヌ商会お付きの傭兵の頭領が死んだとかで台頭してきた奴らかっ。新規のやつらは、一線ってもんがねぇんだ」

「誰かもう騎士団に連絡したのかっ。あいつらなんでもやりやがるぞ」

「嬢ちゃんも可哀そうになぁ。あんなベッピンさんだってのに」

「俺らが下手に首突っ込んでもどうしようもあるめぇ」

 

 道行く人々がその集団を気の毒そうに見つめるが、そのまま何も行動を起こさない。都市部の人間は田舎の人間よりも遥かに冷たいというが、まさにそのとおりだった。

 

 テリュスは一瞬躊躇したが、どうしようもなく気になり、群集を掻き分けながら集団の前方に進み出る。そこには、一人の深い藍色の狩人服を来た少女が蹲りながら頭を抱えていて、周囲を下卑た笑みを浮かべた男たちが取り囲んでいた。

 

「うううう、ぜんぶ落としちゃいましたぁあ、大事なお金なのにぃぃぃ、えへんえへん……」

 

 少女がマヌケな声で嘆いている。どうにも緊張感の削がれる態度だが、その神秘的な顔立ちが胡散臭さを打ち消していた。鼻梁は恐ろしいほど整っており、背丈は百五十ほどの小柄だが、ぴったりと張り付いた狩人服によってスタイルの良さは明白だった。

 

 歳の頃は、十五、六だろうか。少女は、碧空の髪を風に(なび)かせ、抜けるような蒼穹と同色の瞳を瞬かせていた。

 

 テリュスはその瞬間、どくんと胸が高鳴った。どこが、どうというわけではないが、なんとなく、まるで運命にでも絡めとられた乙女のように、彼女を救わねばならないという使命感を覚えるに至っていた。

 

「おいおい、嬢ちゃん。いけねぇな、そんな言い訳は都会じゃ通用しねえぜ」

 

「ヒヒ、金がねえってんなら、その体で払ってもらおうか。心配スンナや、ちょっくら酌するだけだからよ」

 

「いつ帰れるかってのは保証しねぇがな。キヒヒ」

 

 男たちは酒精の匂いを漂わせている。目は血走っており、舌は呂律が回っていない。手加減というものを知らないのか、すでに得物を抜いている者もいた。

 

 こんな幼気な少女を見捨てることはできない。そう思ったとき、テリュスは行動に移っていた。

 

 近場にあった水桶を拾い上げると、周囲の男たちの制止の声を振りきりながら、踊り出てきた少女に驚いている暴漢目がけて水をぶちまけた。

 

「う――、なんだぁ、テメェはっ!!」

 

「行きますよっ」

 

「えっ、えっ?」

 

 男たちが目を瞑っている間に、テリュスは少女の手を引いて駆け出す。気の抜けた少女は驚きながらも、なんだかんだとついてきた。

 

 こうなれば、追いかけっこだ。テリュスの身体能力は道場の娘ということもあって、驚くほど高い。少女の手を引きながら、オスゼリアス市内を嫌というほど駆け巡った。

 

 半刻近く走り回って、ようやく相手を撒く。テリュスの額には大粒の汗が浮かんでいた。

 

「はぁ、はぁ。大丈夫、ですかぁ?」

 

「あなたこそ、大丈夫ですぅ?」

 

 少女の身体は染み一つなく、まるで箱入り娘のごとく白く艶やかであるが、かなりの長時間を走り回ったというのに息ひとつ乱していない。心肺機能は、道場娘のテリュスを上回っていた。

 

 ――やっぱり、狩人っぽい格好だし体力あるんですかねぇ…………。

 

「私は大丈夫ですっ。それよりダメですよっ。あんな男たちに絡まれたら。可愛いんですから、どうなるか分かりませんよっ」

 

「へ? え、ああ、はいですぅ?」

 

「なんですか? その変な返事はっ。もおう、折角助けたっていうのに、助け甲斐のない子ですねぇ。謝礼の一つでもよこすものでしょうに、ここは」

 

 テリュスが呆れて言うが、少女はきょとんとしたまま(ほう)けている。しかも、その視線は明らかに別の事を考えていた。「聞いているんですかぁ?」と少女の瞳を覗きこむ。すると、少女が急に両の手でテリュスの頬を挟み、額を寄せながら抱きついてきた。

 

「あれぇ~? なんだか、すっごくいい匂いがしますぅ」

 

「ちょっ、なに、何するんですかぁっ! はな、離してぇっ」

 

「お姉さんっ、すっごくいい匂いなのですぅ」

 

 少女はテリュスの話を完全に無視して、身体に擦りよる。鼻息とともに、テリュスの匂いが少女の鼻腔(びこう)に入ってゆくのを幻視していた。

 

 ――な、なになになにっ。テリュス、美人だけどぉ、女の子に好かれたいだなんて思ったことないよぉぉぉぉぉ。

 

 敬虔(けいけん)とは言えないものの、常識人の範疇(はんちゅう)としてミスラス教の教えが根付いているテリュスは、三大悪徳である同性愛には強い忌避感を覚える。しかし、よくわからない不思議な感覚が、彼女を強引に押し返せなかった。

 

 離してぇ、嫌なのですぅという、百合好きにはご褒美な行為を幾度となく繰り広げながら、ようやく少女を引き離す。テリュスは頭を押さえながら、とりあえず助けた少女を問い詰めた。

 

「それで、お名前は? ああ、私はテリュスっていいます」

 

「お姉さん、テリュスっていうですか。とぉっても、いい名前ですぅっ」

 

 はぁ、とテリュスは疲れを滲ませる。アンヘルがいつも彼女に感じる疲れと同種のものを纏いながら再度尋ねた。

 

「だーかーらぁ、あなたの名前を教えなさいっ!」

 

 テリュスがカッと吠える。少女は瞳をパチクリさせた。

 

「はぁい、私のお名前は、イズナ。イズナっていいますですぅ」

 

 蒼空の少女はそう名乗った。

 

 運命。

 後に、テリュスはこの出会いをそう呼んだ。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 あくる日。アンヘルは放課後、全員の講義予定を纏めてソニアに提出した後、ユーリと共に会議室へ向かっていた。

 

「だいじょうぶ? ちょっと疲れてるみたいだけど?」

 

「大丈夫ですよ。夜通し飲みに付き合わされただけですから」

 

 アンヘルの台詞を聞いて、ユーリは目を剥いて驚いていた。

 

「へー、いいなぁ。アンヘルの部屋は仲がいいんだ」

 

「そちらは不仲なんですか?」

 

「不仲ってほどじゃないけど……」

 

 ユーリは言い(よど)みながら暗い顔をしていた。

 

「やっぱり、真面目だから。壱科の人って」

 

「そうですね。壱科はほとんど上科予備生のようなものですから」

 

 上級課程を受けたが、補欠合格で一般に移された生徒は多い。そのため下剋上を願って日々鍛錬を重ね、三年目からの小隊入れ替えに備える壱科生も少なくなかった。

 

 ふう、と息を吐く。夜通し起きているからか、如何にも思考が錯乱(さくらん)している。気を抜くと、すうっと寝入ってしまいそうだった。

 

「それで、今日の会議はどんな内容なんですか?」

 

「ああ、ええっと。取り敢えず、訓練日と探索日を決めるために、全員の情報を纏めるだけ纏めようと思って。エルサさんは遅くまで講義らしいから、取り敢えずボクたちだけになるんだけど」

 

「訓練日? なんですかそれ?」

 

 オスカル教官から指示された演習内容は、迷宮探索である。訓練日についてはとくに指示されていないはずだと、アンヘルは首を捻った。

 

「ええっと、一応友達に聞いたら、探索前に個々の実力を把握するための訓練をするらしくて。この演習の伝統らしいんだけど、そういうチームマネジメント能力も測られてるんだって。だから、ボクたちもやったほうがいいじゃないかな。それに、はじめての実戦だから、慎重に慎重を重ねたいし……」

 

「ああ、なるほど……」

 

 士官学校らしい意地悪な内容である。冷静に考えれば、ただ優秀な人材を揃えた小隊が有利に決まっているのだ。それ以外に評価する方法、たとえばユーリのような情報収集能力やチーム管理手腕など、多角的に評価されていると考えたほうが自然だった。

 

「今日集まるメンバーは、ソニアさんとエルサさんを除いた四人と考えていいんですか?」

 

「ぁあ、そのぅ。ユウマさんは捕まらなくって……」

 

 申し訳無さそうに言う。が、候補生は放課後町に繰り出す連中も多い。明日からは三連休である。捕まらないのも仕方ないといえるだろう。

 

 ――ってことは、男三人かぁ。ちょっとだけ、気分が下がるなぁ……。

 

 失礼なことを考えながら、アンヘルは会議室の扉を開く。中には、眼鏡をかけた男が座っていた。

 

「すいません、遅れました」

 

 アンヘルの声で、エセキエルは読んでいた新聞から目を離す。細ばった顔を(しか)めていた。

 

「それで、今日はなにをする?」

 

「ええっと、ちょっと待ってくださいね……」

 

 取り敢えずアンヘルは計画に必要な情報を取り出す。ユーリは部屋に備え付けられている給湯場へ茶を汲みに行った。

 

 ゴソゴソと用紙を取り出して並べていると、エセキエルの持つオスゼリアス新聞が目に入った。見出しは『刀匠マレー・カルトナージュが残した十七魔剣、全容解明される』とあった。

 

 資料を並べ終えると無言になる。無言を気にする人間と気にしない人間がいるが、アンヘルは前者だった。

 

「あ、あの、魔剣についてどう思いますか?」

 

 魔剣って響きがかっこいいですよね、くらいの雑談として尋ねたのだが、エセキエルはバサッと新聞を置いてアンヘルを直視した。

 

「どうって、どういう意味? もっと、質問は正確にするもんだろ」

 

「ええっと……魔剣が発見されて一年も経つのに、ようやく能力が判明するだなんて、よほど複雑な能力なのかなぁって、思っただけなんですけど……」

 

 魔剣。それはアンヘルの持つ魔導剣とは根本から違うものである。アンヘルの剣はあくまでも魔法的効果が掛かっているのみで、名工の作品に過ぎない。

 

 しかし、魔剣は違う。偉大な刀匠によって魂を注ぎ込まれ、その信念が長年にわたり神秘の力渦巻く環境で堅固になると、超常現象を発生させる戦略兵器へと変貌するのだ。

 なお、一応魔剣と呼ばれるが、最初に発見された道具が剣の形状をしていただけであり、実際には短剣や槍なことも多い。皇家七剣と呼ばれる建国以来の魔剣は、剣は二振りしか存在しなかったりする。

 

 魔剣としても傑出した性能であると噂される十七魔剣に、男子たるアンヘルも興味が尽きない――といった程度の話なのだが、エセキエルは眉を顰め、グッと眼鏡を人差し指で押した。

 

「はぁ、なにも分かってないな。お前」

 

 失望したとばかりにため息を大きく吐いた。

 

「この話の本質がまったく分かってない。そんな考え方で、今までよく生きてこれたな」

 

 辛辣極まりない言葉である。常に相手を立てるため、自身より上の科には敬語を使い続けるアンヘルだがさすがにカチンときて反駁(はんばく)した。

 

「なにか問題ありますか。魔剣なんて僕ら一般候補生には関係ないと思いますけど」

 

「そういうところだよ。自分に関係ないと思って、情報の裏を読んでいない。そんなんじゃ、世間の情報に踊らされるのと一緒だぞ」

 

 アンヘルとしては空返事を返すしかない。その態度がさらにエセキエルを苛立たせた。

 

「そもそも、この魔剣の話はどういうことか、わかっているのか?」

 

「はあ、魔剣の能力が軍事バランスを変えるかもしれないってことですか?」

 

 取り敢えずやけになって憶測を言ってみる。しかし、エセキエルはお気に召さなかったようで、ため息を吐くばかりだった。

 

「いいか、情弱のお前に教えてやるが、あの魔剣の情報はオスゼリアスに居を構える三勢力の争いなんだ」

 

 唐突な言葉にアンヘルは一瞬なにを言われたのか分からなかった。記事にあるのは魔剣の概要や刀匠の生前の記録である。勢力の話など微塵も記載されてなかった。

 

「オスゼリアス最大規模の『帝国東方軍』、オスゼリアス治安維持組織『バレンティア騎士団』、そして貴族のお飾り部隊『聖カトー騎士団』。今回の魔剣騒動は、この三勢力の内、もっとも勢力の弱いお飾り騎士団が魔剣を発掘してしまったことに端を発しているんだ」

 

 エセキエルは三大軍派閥について熱弁する。その剣幕に黙るしかなかった。

 

「これが他の勢力だったら予算通り最大規模の帝国東方軍に半分。バレンティア騎士団へ、残りを三つを分けたうちの二つ。残りが他。こうすればいい。分かったか。けど、そう簡単にいかないから争っているんだ。こんな新聞の見た目だけの情報に乗せられて騒ぐのはバカの証拠だぞ」

 

 滅茶苦茶に(まく)し立てられて、最後のバカしかわからなかったが、どうやら軍の派閥争いや陰謀論に話をもっていきたいらしかった。

 

 真実をついている、というのは事実なのだろう。魔剣は一種の戦略兵器だ。人の手によって製造できないとなれば、勢力間のバランスが崩れる可能性もある。

 

 しかし、アンヘルの心にあったのは一点だった。

 

 ――だから、どうなの?

 

 出世のため派閥争いには多少の興味はあれど、まだ候補生の身である。オスゼリアス軍の勢力争いに興味を持てという方が無茶だろう。

 が、不満は押し込めた。こういう物知りタイプに反論をしてもムダだし、そもそも反論できる材料をアンヘルは持たない。(へりくだ)って誤魔化すしかなかった。

 

「ええっと、その、勉強になりました」

 

「もっと情報の裏を読め。情強になるには、情報リテラシーの観点から自分を変えるしかないぞ」

 

 ふふんと訳知り顔でエセキエルは鼻を鳴らした。会話に齟齬(そご)をきたすほどの関係悪化を招くくらいなら、こうやって気分を損ねないよう心を砕くのがアンヘルの処世術だった。

 

「どうしてそんなに詳しいんですか? 僕の知り合いには、エセキエルさんほど詳しい人はいないんですけど」

 

「はっ、これだから情弱どもは。まあ、いいさ。世界がそうなら、得するのは俺だけだからな。ああ、なんで俺が情強なのかって? それは、俺が子供の頃からいろんな情報を見比べてきたからだよ」

 

 エセキエルの眼鏡が夕日を反射してきらりと光る。インテリ特有の優越感(ゆうえつかん)が滲んでいた。

 

「ええっと、どうしてそんなに情報を見極めたんですか? 親が民会勤めだったりってことですか」

 

「いや、新聞社だよ。デンドロタイムズ。知ってるだろ」

 

「……名前くらいは」

 

 新聞社は大手しか知りません、といえばまた(けな)されそうである。それに親の会社を知らないと正面から告げるほど常識知らずではなかった。

 

「おいおい、まさか都市新聞しか読んでないのか? あの新聞は欺瞞(ぎまん)ばかりだぞ」

 

 エセキエルはバシバシと置かれている新聞を叩く。

 

「たとえば、民会に不正当選した奴が吊し上げられているが、それは完全に虚偽で、実際には元老院が気に食わない奴を弾劾しただけだ。それに、今度の夏聖祭にあの大神祇官ドミティアスが来るなんて情報があるが、それも嘘だ。あとは、十八本目の魔剣があるなんて都市伝説を信じているやつもいるが、それも嘘なんだ。全部元老院に踊らされているんだ。全部がぜんぶ、嘘っぱちなんだよ。それを解き明かしているのが、デンドロタイムズなんだっ」

 

 これが陰謀論者というものなのだろうか。アンヘルは頭を捻る。

 

 早く終わってほしい。が、願いは届かず。ユーリが来るまでの時間、延々と世情について聞かされた。エセキエルはもちろん、茶をいれる時間が長いユーリですら嫌いになったアンヘルだった。

 

 

 

 §

 

 

 

「じゃあな」

 

 エセキエルが機嫌良さげに去っていく。アンヘルはその後ろ姿に「死ね」と念を送った。

 

「あはは、その、ごめんね。一人にしちゃって」

 

 ユーリが苦笑いで謝罪する。しかし、そのよそよそしさすら憎らしかった。

 

 とはいえ、何の過失のないユーリを責めるほど狭量ではない。むすっとはしながらも、最終的には(わだかま)りなく別れた。

 

 アンヘルはひとり校舎を歩く。

 時は黄昏時(たそがれどき)、候補生の姿はまったくない。静かな空間をコツコツ靴を打つ音が響いていた。

 

 明日は仕事だと憂鬱な気分になりながら、疲れと眠気が入り混じった疲労感を堪能(たんのう)する。すると、角から何かが飛び出してきた。バンっという衝撃とを胸に感じる。同時にぶつかった誰かは尻もちをついていた。

 

「いててぇ~」

 

 倒れている女性は目を瞬かせていた。

 

 肩先で結われた紺藍(こんあい)の髪に露草のような肌。鳶色(とびいろ)の猫のような三白眼(さんぱくがん)。民族衣装に押し込まれた豊かな肢体が、倒錯的(とうさくてき)なほどに色香を放っていた。

 

 一瞬部外者かと思ったが、スカートには制服を採用している。バリバリの学則無視しても許されるのは、貴族だけの待生科に通う生徒のみだ。アンヘルは一瞬沸いた苛立ちを即座に封じ込めて、その少女に手を差し伸べた。

 

「も、申し訳ありませんっ。私がぼうっとしているばかりに……」

 

「う、ううん。いいの。ボクが見てなかっただけだから」

 

 えへへと朗らかな笑みを浮かべて差し伸べられた手を掴む。ぐっと立ち上がり、スカートの汚れを払った。

 

 自然な動きである。所作だけみれば貴族には思えないほど気さくだったが、美貌としてはあのルトリシアに劣らないだろう。

 

 だが、アンヘルはそんな少女に対して驚愕に打ち震えていた。

 

 尋常ではないほどの力、五大貴族という名の頂点、ヴィエント家の長子に匹敵する力。だが、それだけではない。それ以上に存在感を放つ特殊な香り。匂い立つフェミニンローズの香水とは違う、同族の匂いをアンヘルは強烈に感じていた。

 

「急ぎすぎですよ、クロエさん。それに廊下を走るなんて、迷惑になりますよ」

 

 後方から翡翠(ひすい)の髪の少女が追ってくる。それは、アンヘルが恐れる美貌の女ルトリシアだった。

 

 あのルトリシアと対等に話せる女。そんな存在はたった一人しかいない。

 

 第二一三回生は奇跡の世代と呼ばれている。怪物クナル、闘技大会優勝リカルドや召喚士ニコラスなど、例年では考えられないほどの実力者が揃った年なのだ。しかし、特待生科でも同様に豪華(ごうか)な面々が揃っている。

 

 帝国で唯一領地を持つことが許された五大貴族。その内四家が一学年に揃ったという、信じられない世代なのである。

 

 法政を司るデンホルム・オーブリー・アル・アッグア。

 帝国の南の穀物庫ユースタス・リンゼイ・アル・リエガー。

 軍の名門ルトリシア・リーディガー・エル・ヴィエント。

 

 その壮々(そうそう)たる面々の中、一際大きな輝きを放つ存在がいる。伍科生は貴族にアピールする機会がもっとも少ないが、それでも知っている超有名人。

 

 歴史上数例しか確認されていない、青い血に連なる者であるにもかかわらず、血筋に由来しない特殊能力、召喚術を併せ持った生まれついての英雄。

 

 名をクロエ・シルウィア・エル・オスキュリア。

 

 だが、大層な肩書を持つ女はそれを完全に無視して、気安く前にいた。

 

「ごめんごめん。でも、気になっちゃって」

 

「ほら、前を見ずに走るから。焦らずとも、演劇には間に合います――あら、あなたは、アンヘルさまではありませんか」

 

 うっと呻きそうになるが、何とか飲み込む。そのまま(かかと)を揃えて、敬礼をした。

 

「お久しぶりで御座います。ヴィエント侯爵令嬢さま」

 

「あら、畏まらなくても構いませんよ。ここは士官学校でありますから。ルトリシアとお呼びください」

 

「……恐れ多いお言葉ですが、このままで結構であります」

 

 そうですかと薄く微笑む。しかし、目は笑っていない。試し、ということなのだろうか。返答に満足したような雰囲気を放っていた。

 

 背後に控える騎士の一人、ハーヴィが片腕のまま此方を睨みつけている。髪の奥に昏く輝く瞳は、此方を貫かんとしていた。

 

「え、あれ? ルトの知り合いなの」

 

「ええ、そうですわ。以前、色々ありまして」

 

 ルトリシアが片目をパチっと瞑る。誰もが心動かされる態度だがアンヘルは寒気だけが先行した。

 

 クロエは物珍しそうにアンヘルの顔をじろじろと眺めるが、あっと思い出したかのように顔色を変えた。

 

「そうだっ。早く行かないと、ほら行くよ」

 

 今度はクロエがルトリシアの腕を引っ張る。女子高生の放課後、というにはあまりに婀娜(あだ)やかな光景だが、片方がルトリシアなだけで心胆まで凍えそうになった。

 

「キミ、ほんとゴメンね。でもボク、用事があるから。また今度ねっ」

 

 今度なんてあるわけがない、と知りながらもアンヘルは少女の笑顔に見惚れた。

 

「行きましょうか。それでは、また、アンヘルさま」

 

 ルトリシアが優美にお辞儀をして去っていく。その後ろには数人の騎士たちが続く。一瞬の邂逅(かいこう)だが、癒されたような疲れたような複雑な思いを感じていた。去っていく方向を見続ける。

 

「おい、貴様。アンヘルといったな」

 

 ゾッとするほど恨みの篭った声に振り返る。そこには、いつかヴィエント邸で対決した騎士ハーヴィーが佇立していた。

 

 想像を絶する憎しみを瞳に宿している。失った片腕と評価。それを乗り越えてきたのだろう。アンヘルという仇敵をバネにして。

 

 ハーヴィーの周囲が神秘の力で満ちる。魔法の前兆だ。疑問を呈する前に、魔法が発動した。

 

 が、なにも起きない、と思った瞬間だった。

 

「うっ」

 

 一瞬、喉に何かが詰まったのかと思った。まるで生きながら、棺桶に蓋をされ、墓穴に釣り下ろされたようだ。アンヘルは喉に手をやりながらもがく。呻くだけ、濁音が漏れるだけ。唾が生成されては飲み干すを繰り返すも、空気が体に入っていかない。

 

 霊の白い手が首を掴んでいるのか、透明の、熱い塊が喉元に溜まっていた。

 

 もう片方の手で胸を叩いた。膝をつく。視界が白く、濁っていく。酩酊状態を遥かに超える苦しみだ。呼吸をしているはずなのに、なにも入らない。哀れな声だけがこぼれる。口から泡が溢れた。

 

「どうだ、苦しいだろう? こんなもんじゃないぞ、俺の味わった苦痛はなぁ」

 

 恐ろしい形相で苦しむアンヘルを嗤っている。

 

 意識が霞み、なにも見えなくなった時だった。ふっと、魔法が打ち切られる。

 

 耐えきれなくなって口を開いた途端に、生命の息吹が逆流するように肺になだれ込んでくる。はぁはぁと呻くようにあえぐと、さっきまで空っぽだった通路に溜まっていたものが流れ出していくようだった。それでも、喉首あたりに熱がわだかまっている。水から這い出した魚の如く、口を開閉させるしかできなかった。

 

 ハーヴィーは暗い翳りを克明にしながら言った。

 

「いいか、必ず貴様を後悔させてやる。俺の名を、忘れるんじゃないぞ」

 

 それっきり去っていく。その後ろ姿は、まるで百鬼夜行のように暗がりが連なっていた。

 

 霞んでいく光景に、アンヘルは意識を失っていった。

 

 

 




 ◇ 二一三回生七八小隊紹介 ◇

上科:エルサ(女)
壱科:ソニア(女)
弐科:ユーリ(男)
参科:エセキエル(男)
肆科:ユウマ(女)
伍科:アンヘル(男)

*探索者現地集合:アンヘルはアホなので現地集合ですが、一般的にはそろって迷宮に向かいます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。