「あの、くそアマぁあああ。絶対にゆるせねえぜぇぇ、あにきぃいい」
叫ぶような女の
「ぜってぇえええ、おれがやって、やって、やりまくってやるぅうう。ヌル穴に突っ込んでどぴゅどぴゅ
男の瞳は狂気に濁っている。その狂態を笑う外野により、さらに男の怒りを増幅されていた。
「ま、確かによ。一理はあるわな。一理はよ」
「お、おでもいたいだ。ゆ、ゆるせないだ」
「あー、バカは置いといてよ」
「実際、あのクラスの女なら、楽しんだ後に売っぱらっても、十分に元が取れるしよ。それに、立派に仕込んでやって、
「あにきぃ、やってくれるんですかいぃっ」
狂気を
「けどよ、あの女ギルド職員なんだろ。やべえぜ、ギルドに手を出すのは」
「それにあの女、めちゃくそ
否定的な意見が男たちから述べられる。確かに、と話を主導している男は
「俺らにゃ、あの女には勝てねえ。けどよ、俺たちゃよ、もう昔のチンピラだったときとは訳が違うんだぜ」
ひひひと笑う。
「なんのため黒豹に所属してるとおもってやがる。ちょっとくらい金を払わにゃならんだろうが、腕利きの
男は笑いながら「たとえば、あの『血まみれ』とかよ」と続ける。周囲の男たちから「さすがあにきぃ」という大合唱が響き渡る。男は立ち上がると、手で集団を鎮めながら、ひとり
「それによ、作戦ならいくらでもたてられるぜ。な、ドミンゴや」
手を置かれた男は完全に瞳から生気を消していた。
心ココにあらずといった様子の青年を見て、男はさらに笑みを深めた。
「さあ、久々の上物だ。気張っていこぉや」
「さいこおでさぁぁ、あにきぃいいい」
男たちが立ち上がって気勢をあげる。その中で、男はひとり自問していた。
§ § §
テリュスが大切にしていた
(はぁー、どこに行ったんですかねぇ…………。あーあ、
テリュスは
「あ、あのー、ここらへんで
「いやぁ、悪いねお嬢ちゃん。見てないよ」
屋台の店主が申し訳なさそうに首を振る。なんとか
捜索を始めてから優に一刻以上経過している。そもそもがよくあるタイプの
――そんな、こだわる必要ないんですけどねぇ……。
なぜ、自分がこんな小さな
そろそろ仕事に戻らねばならない。無理矢理就かされた仕事だとはいえ、その業務自体を嫌っているわけではない。テリュスなりに誇りを持って取り組んでいたつもりだった。
大きく息を吸い込んで、鬱屈した感情を吐息とともに吐き出す。涼しげな風に
「あれ、テリュスじゃないか。どうしたんだ、こんな所で?」
正面から歩いてきていたのは、痩身の男セリノだった。いつものようにボロの上下を
「兄さん……」
「ひとり、こんな所でブラブラして、どうしたんだ」
「関係ありませんっ」
にべもない返答にセリノが苦笑いを浮かべる。哀愁を帯びた瞳で妹をみつめていた。
両者とも何一つ発さない閑寂としたまま立ち尽くす。ふたりの脇を道ゆく人々が駆け抜けていった。
見つめあったまま動かぬ関係を先に崩したのは、兄セリノだった。
「そ、そういえば、あの青髪のお
「
「あれ、そうなのか……。
「何かの間違いじゃありませんかっ。一度も見てませんよ、おバカは」
再び会話が途切れる。仲が一番悪くないセリノですらこのような関係なのだ。いかにこの
テリュスが「じゃあ、
先日一蹴した
「よう、また会ったな、嬢ちゃん」
正面に立つ男が、首を鳴らしながら近寄ってくる。その物々しい雰囲気に、周囲の野次馬たちは恐れをなして遠巻きに見守りはじめた。
「なんの用ですか。また、やられたいんですかっ?」
腰の剣を引き抜き、物の数ではないとテリュスが構える。すると、男たちは一瞬ビクッと震えたが、それでもニヤついた笑みを崩さなかった。
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。俺たちはよ、やり合いにきたんじゃねえのさ。ただ、知らせにきたのよ。
「
その
「ああ、そうさ。俺たちはよ、あの――」
「あ、あおのおなご、いるんだな」
「うるせえッ。俺の話を邪魔するんじゃねえ、このバカ。チッ、話が訳わかんなくなりやがった。ええっと、そう、それだよ。あの青髪の女だよ。知ってんだろ?」
男たちが示し合わせたように笑い声をあげる。暴力を隠さない態度に、兄のセリノは体を震わせていた。テリュスは
「イズナが、どうしたんですかっ?」
「別にどうもしちゃいねえよ。ただ、
男が
生理的嫌悪感が
「私に、なにをしろっていうんですかっ」
「いや、知り合いが迎えに来て欲しいってだけさ。べつに悪いことじゃあるめえよ、な?」
「テリュス、そんな
「兄さんは黙っててくださいっ。それで、ついて行けって言いたいんですか?」
「そうよ、さすが度胸が違うねぇー。へへへ」
だが、イズナの命がかかっているのだ。逃げることはできなかった。
「兄さんは、ついてこないでください」
「な、なにを言ってるんだッ! 妹をひとりで行かせるなんてっ。いや、そもそも行っていいなんて――」
「兄さんは足手まといだから、ついてこないでッ!!」
周囲に響き渡る絶叫が世界を揺らした。
「へへ、それじゃ、ついてきな」
「言っておきますけど、イズナになにかしていたら、ただじゃおきませんからね」
「まだ、なにもしちゃいねえよ。まだ、な」
男たちの後に続いてテリュスは進んでいく。
――ごめんなさい、兄さん…………。
セリノは遠ざかっていく背中をなにもできず見守っていた。
§ § §
「カルリト兄さん、テリュス、テリュスがッ!!」
ボロボロの格好のまま、セリノは己の生家である道場に転がり込んだ。
靴が脱げるのも忘れ、踏み締めた石ころで足が切れることにも
必死の形相で転がり込んできた男に道場内が騒然となる。名前を呼ばれた本人であるカルリトは、ただならぬ様子の弟を見て動揺を
「テリュスが、黒豹のやつらにっ!」
「どうしたんだ、落ち着け。ほら、ゆっくり最初から」
「そんな暇はないんだ兄さんっ。早く、はやくいかないとっ!!」
ううと
「どっちだ、どっちに向かった」
「し、知り合いに後をつけてもらってる。港のほうに向かっていたから、それを追いかければ――」
その言葉を最後まで聞かず、カルリトは立ち上がる。道場の端にあった剣を腰にぶち込む。
「先生ッ、俺たちも!!」
門弟たちが我先にと声を上げる。しかし、カルリトは首を振って断った。
「皆はこのまま待機していてくれ。応援に駆けつけたいのは分かっている。けれど、これは家の問題だ。
その言葉で、木刀を握り締めていた門弟たちの意気を
残った実力者たちに目を向ける。しかし、都合悪く経験豊富な勇士はいなかった。老齢の達人が数人残っているが、技術はともかく体力的にかなり不足がある。模擬戦ならともかく、実戦では危険だった。
カルリトは仕方なく残った人物――アンヘルに向き直る。正式な門下ですらないが、緊急事態ゆえに
「すまない、君にも来てもらえないだろうか。このとおりセリノは剣を使えないし、俺
「かまいません。ぼくも、彼女にはよくしていただいていますから」
アンヘルは荷物の近くに置いてあった立派な刀剣を腰に差す。道場生から度々話題になる立派な精緻な鍔彫が印象的なそれを腰に携えると、まるで別人に変貌したような印象を受けた。
その雰囲気に
「助かるよ。さあ、行こう。絶対に、妹を助けなければッ」
「……もしかしたら、テリュスさんがひとりで倒しているかもしれませんよ? 落ち着いて行きましょう」
アンヘルが気軽そうな口調で言った。その焦りのない空気感に引かれて、ふっと肩の力を抜いた。
――こんな若い
よし、と頬を
「よし、セリノ、アンヘル。行くぞッ!!」
カルリト一行は、妹を救う
男たちの後方数メートルをついていきながら、テリュスは敵の状況を伺った。
――男たちは、三人。けど、本拠まで行けば、おそらく倍以上……。
四半刻程度は歩いているだろうか。場所は港区の倉庫街に行きついていた。遠景に帆の張られた船が映えている。慎重に周囲を警戒しながら追従し続けていた。
警戒しているのは、男たちも同様だった。下卑た表情は浮かべているものの、楽勝という雰囲気はない。衝突前の軍のようなピリピリした空気を
倉庫街、そこの先に彼らの本拠地はあった。
港区の端の端、今は沈没してしまったプロビーヌ商会お抱え
じんわりと
狭い路地を抜けると、小さな建物に囲われたゴミ広場へ到達する。今、助けますッ! と勇んで入ったそこは、余りにも想定外の光景であった。なにせ、イズナは、間の抜けた表情でお菓子を要求してからだった。
「ねえ、お
本拠で待機していたならず者たちは、イズナの
「まあいい。計画通り女を連れ込んだ。あの女は後でゆっくり料理してやる」
「へへへ、あんときの恨み、ここで晴らさせてもらぁ」
男たちがポキリと指を鳴らしながら刀剣掲げる。
しかし、イズナという心配事項が消えた今、テリュス側にも心配事項はなかった。殺伐としたその中央で、堂々と笑う。
「忘れましたか? コテンパンにされたことをっ」
スッと腰の剣を引き抜き、今度は手加減しないと周囲を威圧した。
「確かによ、おれたちじゃてめえには勝てねえだろうさ」
男は純然たる事実を認めるようにして、厳かに言った。そこには
「けどよ、こんだけ仲間がいりゃあ、てめえにも勝ち目はねえぜ」
バッと十人近い男たちが飛び出してくる。手には石弓を携えており、少女
テリュスは薄く
「そんな人数じゃ、私には勝てませんよ」
女でも扱える細剣を
男たちも抵抗を始めるが、大した脅威ではない。そう判断したテリュスは次々と敵を打ちのめしていく。
テリュスは、恐れをなしている男に向かって剣を振り下ろした。細剣を風を巻き上げながら、その脇腹を打ち据えた。
同時に、激しい剣撃に威圧された男が気勢を上げながら向かってくる。テリュスはブーツの先に力を込めて、脚を振り回した。
つま先が相手の膝を真っ向から砕く。男はくぐもった男を喉から漏らした。
遠くに石弓を構える男たちが見える。バックステップからの跳躍して背の物陰に隠れる。そこから見えた男たちに向かって、足元の石を
「ぐえっ」
悲鳴が尾を引いて木霊した。矢が一本、二本と突き刺さると、勢いよく飛び出す。石弓は誰でも簡単に扱える半面、弓のように素早く装填できるわけではない。その間隙を
車輪のように脚を動かして、遠距離武器を持つ男たち側へ回り込む。集団のバランスを
地面に倒れる男が
テリュスは大きく振りかぶる。そして、細剣をスッと振り下ろした。
「はぁああああッ!」
流星のように駆けた剣を、男は
終わりだな、と判断する。イズナは無事で、頭を潰せばならず者など
しかし、その当ては外れた。テリュスの剣が直撃する寸前、横から剣が飛び出してきて
「誰ですかっ!」
テリュスは後方に跳躍すると、暗がりから突然現れた増援に焦点を合わせた。
「ふ、ふふ、ふははは」
ボロのコートを
「どうして、ドミンゴ
「うるせええっ。邪魔を、オマエは、また俺の邪魔をするのかッ! 俺の、新たな居場所を奪うって言うのかッ!」
「兄さんッ、何を言っているんですかっ!」
「だまれ、だまれ、だまれ、だまれ、だまれ、だまれ、だまれぇぇッ!! オマエが悪いんだッ。いつもいつも邪魔ばかりしやがってぇぇぇぇえええッ!! 殺してやるぅぅ、ころしてやるぞぉぉぉぉぉおおおおッ!」
あらゆる増悪を煮詰めて発酵させたような、強烈な悪意を叫びに乗せて放出させた。禍々しい強化の
久方ぶりに見たドミンゴの容貌は一変していた。記憶にある
「
「何をっ!?」
「兄さんッ! どうしてこんな
「うるさいッ! そんなこと、どうでもいいさぁあッ!!」
「そんなことって、それでイズナを巻きこんだんですかッ!」
売り言葉に買い言葉、テリュスも頭に血が上る。駆け出すとドミンゴと打ち合いを始める。
「うおおおおっ!!」
繰り出した激しい突きは、ドミンゴの長剣をすり抜けて、脇の
腕の振りに合わせて、銀線が流線型を描く。テリュスは一度突き出した剣を引きなおして、必死に応戦した。
右、左と流れるように剣を振るう。相手もそれに合わせてきた。
しかし、その
――ドミンゴ兄さん、昔とほとんど変わっていない……。
対戦したのはもう三年も前である。その時から、まるで技量は上達しておらず、肉体に至っては度重なる不摂生によって劣化している。
このままいけると判断したテリュスは攻撃を激化させる。剣を苛烈に振るうと、男たちはさらに数人減り、ドミンゴも左腕を痛めて十分な動きが不可能になっていた。
ならず者たちは、自分たちが絶体絶命の危機にあること察して、顔を青ざめさせていた。
「兄さん、もうやめてください! そちらに勝ち目はありませんッ」
「――クソッ!
それでも気丈に剣を構えるドミンゴ。しかし、勝ち目は誰が見てもありはしなかった。大勢は決した、とテリュスは悠然と周囲を
テリュスは、警戒を緩めないまま、
「おら、ドミンゴッ! テメエ、なんとかしやがれっ!」
「そうだ、そうだッ! おい、俺たちが助けてやった恩を忘れたのかッ!」
ドミンゴはその言葉で、己の置かれた現状を思い直したのか、決意を新たにして構えなおす。しかし、テリュスにはそれがひたすら哀れに思えた。
「私は、別に憲兵や騎士団に突き出そうってわけじゃありません。ただ、イズナを返してくれればいいだけ――」
本心からだった。ドミンゴ兄さんは
完全に勝負あり、そう思っていたとき、それは現れた。
「はあぁぁぁ、テメエらが言うから黙って見ててやったがよ。やっぱ、ダメじゃねえか」
それは、低い低い、底から響くような音だった。
いままで、倉庫の奥に隠れていたのか、ひときわ大きな身体つきに、褐色の肌の大男が物陰から姿を表す。紺藍の短髪に、
「グンドの大将ッ!!」
男たちに活気が戻り始める。テリュスはその男の姿を見た瞬間、身体の震えが止まらなかった。
――なんなんですか、この男……。
小さく
「さあ、楽しませてくれや。嬢ちゃんよ」