イセカイ&ドラゴンズ   作:原田孝之

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第五話:兄思う、ゆえに兄あり 上

 

「あの、くそアマぁあああ。絶対にゆるせねえぜぇぇ、あにきぃいい」

 

 叫ぶような女の嬌声(きょうせい)と男の()え声が、交互に重なりあって暗がりの部屋(へや)に響いている。隅には心許(こころもと)ない魔導灯が点滅していた。

 

 空箱(あきばこ)に腰かけた男が苦悶(くもん)(あえ)いでいる。その腕には黒いスカーフが巻かれていた。

 

「ぜってぇえええ、おれがやって、やって、やりまくってやるぅうう。ヌル穴に突っ込んでどぴゅどぴゅ()まったモンを出しまくってよぉぉ、ずぼずぼにして、そんでもっておれのを、ふやけるまで(くわ)えさせてやるぅぅ」

 

 男の瞳は狂気に濁っている。その狂態を笑う外野により、さらに男の怒りを増幅されていた。

 

「ま、確かによ。一理はあるわな。一理はよ」

 

 恰幅(かっぷく)のいい男が渋々ながら同意を示す。その男も同じように膝に痛みを抱えていた。

 

「お、おでもいたいだ。ゆ、ゆるせないだ」

 

「あー、バカは置いといてよ」

 

 恰幅(かっぷく)のいい男は身を乗り出す。瞳に強い増悪が宿っていた。

 

「実際、あのクラスの女なら、楽しんだ後に売っぱらっても、十分に元が取れるしよ。それに、立派に仕込んでやって、娼館(しょうかん)に卸すって手もあるしな」

 

「あにきぃ、やってくれるんですかいぃっ」

 

 狂気を(ほとばし)らせる男が強烈な笑みを浮かべる。中心人物が恨みを漏らすことで、周囲の男たちも少しづつではあるが復讐(ふくしゅう)計画に対して乗り気になり始めていた。

 

「けどよ、あの女ギルド職員なんだろ。やべえぜ、ギルドに手を出すのは」

 

「それにあの女、めちゃくそ(つえ)えって。俺らじゃ、真っ向からじゃどうしようもねえよ」

 

 否定的な意見が男たちから述べられる。確かに、と話を主導している男は(うなず)いた。

 

「俺らにゃ、あの女には勝てねえ。けどよ、俺たちゃよ、もう昔のチンピラだったときとは訳が違うんだぜ」

 

 ひひひと笑う。

 

「なんのため黒豹に所属してるとおもってやがる。ちょっとくらい金を払わにゃならんだろうが、腕利きの一人(ひとり)二人(ふたり)くらいよこしてくれんだろぉ」

 

 男は笑いながら「たとえば、あの『血まみれ』とかよ」と続ける。周囲の男たちから「さすがあにきぃ」という大合唱が響き渡る。男は立ち上がると、手で集団を鎮めながら、ひとり(うつむ)いたままの男の肩に手を置いた。

 

「それによ、作戦ならいくらでもたてられるぜ。な、ドミンゴや」

 

 手を置かれた男は完全に瞳から生気を消していた。

 心ココにあらずといった様子の青年を見て、男はさらに笑みを深めた。

 

「さあ、久々の上物だ。気張っていこぉや」

 

「さいこおでさぁぁ、あにきぃいいい」

 

 男たちが立ち上がって気勢をあげる。その中で、男はひとり自問していた。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 テリュスが大切にしていた御守(おまも)りを()くしたことに気がついたのは、昼休憩のため気晴らしに市内へぶらりと出かけたときだった。

 

 御守(おまも)りは持ち主を邪視から守り、そして眼前の霧を払うとされている。心を曇らせることなかれと、心身とも鍛えることが必須とされる武芸者にとってポピュラーな御守(おも)りであり、駆け出しから脱した(あかし)でもあった。

 

(はぁー、どこに行ったんですかねぇ…………。あーあ、(ひも)が古いってわかってたんですから、さっさと取り替えればよかったですねっ)

 

 テリュスは(ひも)が千切れ、中央の石が失われた残骸を手元で弄ぶ。どうにも上手(うま)く行かぬ現況にやきもきしながら、テリュスはキョロキョロと視線を散らした。

 

「あ、あのー、ここらへんで御守(おまも)りを見かけませんでしたぁ? ナザール・ポンビュウなんですけど」

 

「いやぁ、悪いねお嬢ちゃん。見てないよ」

 

 屋台の店主が申し訳なさそうに首を振る。なんとか悄然(しょうぜん)とした態度が出ないよう苦慮しながら、礼を述べて去った。

 

 捜索を始めてから優に一刻以上経過している。そもそもがよくあるタイプの御守(おまも)りだ。そう易々と見つかる(はず)もないのだが、どうにも諦めきれず探し回っていた。

 

 ――そんな、こだわる必要ないんですけどねぇ……。

 

 なぜ、自分がこんな小さな御守(おまも)(ごと)きに(こだわ)っているのか、分からなかった。所詮、装飾が施されたただの石ころに過ぎないのだ。しかし、割り切ることもできず、歯痒(はがゆ)い気持ちを隠せないまま苛立(いらだ)ちをその歩幅に表していた。

 

 そろそろ仕事に戻らねばならない。無理矢理就かされた仕事だとはいえ、その業務自体を嫌っているわけではない。テリュスなりに誇りを持って取り組んでいたつもりだった。

 

 大きく息を吸い込んで、鬱屈した感情を吐息とともに吐き出す。涼しげな風に(あお)られて、抜けるような空に感情を溶かす。そうして、割り切ったテリュスは顔を前に向けた。

 

「あれ、テリュスじゃないか。どうしたんだ、こんな所で?」

 

 正面から歩いてきていたのは、痩身の男セリノだった。いつものようにボロの上下を(まと)っている。長く伸ばした黒髪と相まって、野暮ったい印象を与えていた。

 

「兄さん……」

 

「ひとり、こんな所でブラブラして、どうしたんだ」

 

「関係ありませんっ」

 

 にべもない返答にセリノが苦笑いを浮かべる。哀愁を帯びた瞳で妹をみつめていた。

 

 両者とも何一つ発さない閑寂としたまま立ち尽くす。ふたりの脇を道ゆく人々が駆け抜けていった。

 見つめあったまま動かぬ関係を先に崩したのは、兄セリノだった。

 

「そ、そういえば、あの青髪のお友達(ともだち)はどうしたんだ、一緒に居ないのか?」

 

今日(きょう)はギルドですよ。遊んでいる暇なんてありませんっ」

 

「あれ、そうなのか……。今朝(けさ)会った時、彼女テリュスのところへ会いにいくって……」

 

「何かの間違いじゃありませんかっ。一度も見てませんよ、おバカは」

 

 再び会話が途切れる。仲が一番悪くないセリノですらこのような関係なのだ。いかにこの兄妹(きょうだい)上手(うま)く行っていないのかを証明していた。

 

 テリュスが「じゃあ、(わたし)もう行きますから――」と身を翻す。兄の制止の声も聞かず、立ち去ろうとするがそれを遮るようにして男たちが(みち)を塞いだ。

 

 先日一蹴した黒豹(くろひょう)傭兵(ようへい)団の連中である。彼らは、ヒヒヒと粗野な笑みを浮かべながら、群衆を()()けてでてくる。その腕には、黒いスカーフが巻かれていた。

 

「よう、また会ったな、嬢ちゃん」

 

 正面に立つ男が、首を鳴らしながら近寄ってくる。その物々しい雰囲気に、周囲の野次馬たちは恐れをなして遠巻きに見守りはじめた。

 

「なんの用ですか。また、やられたいんですかっ?」

 

 腰の剣を引き抜き、物の数ではないとテリュスが構える。すると、男たちは一瞬ビクッと震えたが、それでもニヤついた笑みを崩さなかった。

 

「おいおい、ちょっと待ってくれよ。俺たちはよ、やり合いにきたんじゃねえのさ。ただ、知らせにきたのよ。迷子(まいご)の子猫ちゃんをよ」

 

迷子(まいご)?」

 

 その余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な態度に不信感を覚えつつも尋ね返す。いざとなれば全員を容易(たやす)くノせるのだ。態々突っかかる理由はなかった。

 

「ああ、そうさ。俺たちはよ、あの――」

 

「あ、あおのおなご、いるんだな」

 

「うるせえッ。俺の話を邪魔するんじゃねえ、このバカ。チッ、話が訳わかんなくなりやがった。ええっと、そう、それだよ。あの青髪の女だよ。知ってんだろ?」

 

 男たちが示し合わせたように笑い声をあげる。暴力を隠さない態度に、兄のセリノは体を震わせていた。テリュスは凛然(りんぜん)と聞きかえす。

 

「イズナが、どうしたんですかっ?」

 

「別にどうもしちゃいねえよ。ただ、迷子(まいご)だったから、家に連れていっただけさ。ほら、お友達(ともだち)の誰かが迎えに来るからってさ」

 

 男が舌舐(したな)めずりをはじめる。(わな)にかかった獲物を吟味するような、食卓に上がったご馳走(ちそう)を眺めるような、そんな視線だった。

 

 生理的嫌悪感が身体中(からだじゅう)を駆け巡る。(つね)ならばこの時点で話を打ち切っただろう。しかし、彼の言葉を無視することはできなかった。

 

「私に、なにをしろっていうんですかっ」

 

「いや、知り合いが迎えに来て欲しいってだけさ。べつに悪いことじゃあるめえよ、な?」

 

「テリュス、そんな(やつ)の話を聞くんじゃない」

 

「兄さんは黙っててくださいっ。それで、ついて行けって言いたいんですか?」

 

「そうよ、さすが度胸が違うねぇー。へへへ」

 

 (わな)であることは間違いない。相手には人質もいるのだ。如何(いか)に武芸へ通じているとはいえ、実戦経験の乏しいテリュスには厳しい戦いになるだろう。

 

 だが、イズナの命がかかっているのだ。逃げることはできなかった。

 

「兄さんは、ついてこないでください」

 

「な、なにを言ってるんだッ! 妹をひとりで行かせるなんてっ。いや、そもそも行っていいなんて――」

 

「兄さんは足手まといだから、ついてこないでッ!!」

 

 周囲に響き渡る絶叫が世界を揺らした。渾身(こんしん)の怒声に、セリノは口を紡ぐしかなかった。

 

「へへ、それじゃ、ついてきな」

 

「言っておきますけど、イズナになにかしていたら、ただじゃおきませんからね」

 

「まだ、なにもしちゃいねえよ。まだ、な」

 

 男たちの後に続いてテリュスは進んでいく。

 

 ――ごめんなさい、兄さん…………。

 

 セリノは遠ざかっていく背中をなにもできず見守っていた。

 

 

 

 § § §

 

 

 

「カルリト兄さん、テリュス、テリュスがッ!!」

 

 ボロボロの格好のまま、セリノは己の生家である道場に転がり込んだ。

 

 靴が脱げるのも忘れ、踏み締めた石ころで足が切れることにも斟酌(しんしゃく)せず、セリノは駆け続けた。走ることが魔法であるなら、まさに人の心が生み出した奇跡の御業(みわざ)であるに違いなかった。

 

 必死の形相で転がり込んできた男に道場内が騒然となる。名前を呼ばれた本人であるカルリトは、ただならぬ様子の弟を見て動揺を(あら)わにしていた。

 

「テリュスが、黒豹のやつらにっ!」

 

「どうしたんだ、落ち着け。ほら、ゆっくり最初から」

 

「そんな暇はないんだ兄さんっ。早く、はやくいかないとっ!!」

 

 ううと(うめ)(ごえ)を漏らすセリノ。武芸から逃げてきた結果、有事に力を発揮できない己に悔いていた。なんとか冷静に努めつつ、経緯を説明する。それを聞いたカルリトは表情を一変させた。

 

「どっちだ、どっちに向かった」

 

「し、知り合いに後をつけてもらってる。港のほうに向かっていたから、それを追いかければ――」

 

 その言葉を最後まで聞かず、カルリトは立ち上がる。道場の端にあった剣を腰にぶち込む。

 

「先生ッ、俺たちも!!」

 

 門弟たちが我先にと声を上げる。しかし、カルリトは首を振って断った。

 

「皆はこのまま待機していてくれ。応援に駆けつけたいのは分かっている。けれど、これは家の問題だ。今日(きょう)はそのまま訓練に励んでくれっ!」

 

 その言葉で、木刀を握り締めていた門弟たちの意気を()ぐ。彼らは(いま)だ未熟な身だ。いくら妹の(ため)とはいえ、そこまで付き合わせるわけにはいかなった。

 

 残った実力者たちに目を向ける。しかし、都合悪く経験豊富な勇士はいなかった。老齢の達人が数人残っているが、技術はともかく体力的にかなり不足がある。模擬戦ならともかく、実戦では危険だった。

 

 カルリトは仕方なく残った人物――アンヘルに向き直る。正式な門下ですらないが、緊急事態ゆえに(すが)らざるを得なかった。

 

「すまない、君にも来てもらえないだろうか。このとおりセリノは剣を使えないし、俺一人(ひとり)じゃ妹を守りきれるかどうか……」

 

「かまいません。ぼくも、彼女にはよくしていただいていますから」

 

 アンヘルは荷物の近くに置いてあった立派な刀剣を腰に差す。道場生から度々話題になる立派な精緻な鍔彫が印象的なそれを腰に携えると、まるで別人に変貌したような印象を受けた。

 

 その雰囲気に気圧(けお)されないよう構えながら、頭を軽く下げる。

 

「助かるよ。さあ、行こう。絶対に、妹を助けなければッ」

 

「……もしかしたら、テリュスさんがひとりで倒しているかもしれませんよ? 落ち着いて行きましょう」

 

 アンヘルが気軽そうな口調で言った。その焦りのない空気感に引かれて、ふっと肩の力を抜いた。

 

 ――こんな若い(やつ)に指摘されるなんて、俺もまだまだだな……。

 

 よし、と頬を(たた)き気合を注入する。その後には気合の入った(おとこ)の顔があった。

 

「よし、セリノ、アンヘル。行くぞッ!!」

 

 カルリト一行は、妹を救う(ため)に駆け出した。

 

 

 

 

 

 男たちの後方数メートルをついていきながら、テリュスは敵の状況を伺った。

 

 ――男たちは、三人。けど、本拠まで行けば、おそらく倍以上……。

 

 四半刻程度は歩いているだろうか。場所は港区の倉庫街に行きついていた。遠景に帆の張られた船が映えている。慎重に周囲を警戒しながら追従し続けていた。

 

 警戒しているのは、男たちも同様だった。下卑た表情は浮かべているものの、楽勝という雰囲気はない。衝突前の軍のようなピリピリした空気を(まと)いながら、無言で先導する。少数でやり合えば敗北するのを理解しているのだろう。

 

 倉庫街、そこの先に彼らの本拠地はあった。

 港区の端の端、今は沈没してしまったプロビーヌ商会お抱え傭兵(ようへい)たちが根城にしていた倉庫街の一角である。

 

 じんわりと(にじ)んだ手汗を裾で拭いながら、さらに警戒を深めた。

 

 狭い路地を抜けると、小さな建物に囲われたゴミ広場へ到達する。今、助けますッ! と勇んで入ったそこは、余りにも想定外の光景であった。なにせ、イズナは、間の抜けた表情でお菓子を要求してからだった。

 

「ねえ、お(なか)空きましたぁ~」

 

 本拠で待機していたならず者たちは、イズナの我儘(わがまま)に手を焼いていたいるのか、疲労困憊(ひろうこんぱい)な様子だった。これには先導していた男たちも、そのきかん坊っぷりに辟易(へきえき)とした様子だったが、気を取り直して此方(こちら)に向き直った。

 

「まあいい。計画通り女を連れ込んだ。あの女は後でゆっくり料理してやる」

 

「へへへ、あんときの恨み、ここで晴らさせてもらぁ」

 

 男たちがポキリと指を鳴らしながら刀剣掲げる。

 しかし、イズナという心配事項が消えた今、テリュス側にも心配事項はなかった。殺伐としたその中央で、堂々と笑う。

 

「忘れましたか? コテンパンにされたことをっ」

 

 スッと腰の剣を引き抜き、今度は手加減しないと周囲を威圧した。破落戸(ごろつき)(ごと)き散っていくと甘い期待をしたのだが、彼らには微塵(みじん)の動揺も伺えなかった。

 

「確かによ、おれたちじゃてめえには勝てねえだろうさ」

 

 男は純然たる事実を認めるようにして、厳かに言った。そこには欠片(かけら)も悔しさは伺えない。(むし)ろ、敗北という名のスパイスを楽しむように、余裕を持ち合わせていた。

 

「けどよ、こんだけ仲間がいりゃあ、てめえにも勝ち目はねえぜ」

 

 バッと十人近い男たちが飛び出してくる。手には石弓を携えており、少女一人(ひとり)では太刀打(たちう)ちできるはずもない。されど、テリュスは(ただ)の小娘ではないのだ。何の力も持たぬ男が数人集まった所で、物の数ではない。

 

 テリュスは薄く微笑(ほほえ)むと、脚に力を込める。グッと踏み込むと同時に、弾丸のように飛び出した。

 

「そんな人数じゃ、私には勝てませんよ」

 

 (ただ)の人間には視認することも難しい速度で駆け抜ける。これが草原など、見晴らしのいいフィールドならば苦戦しただろうが、ここは港区の倉庫街だ。いろんな物が射線を妨害してくれる。後は懐に飛び込んでしまえば、勝負ありだ。

 

 女でも扱える細剣を(ひらめ)かせる。厚みは()(かく)、その鋭利さはロングソードなどと比べるまでもない。疾風となって回転すると、峰の部分で手前にいた男を打ち据える。

 

 男たちも抵抗を始めるが、大した脅威ではない。そう判断したテリュスは次々と敵を打ちのめしていく。

 

 テリュスは、恐れをなしている男に向かって剣を振り下ろした。細剣を風を巻き上げながら、その脇腹を打ち据えた。

 

 同時に、激しい剣撃に威圧された男が気勢を上げながら向かってくる。テリュスはブーツの先に力を込めて、脚を振り回した。

 

 つま先が相手の膝を真っ向から砕く。男はくぐもった男を喉から漏らした。

 

 遠くに石弓を構える男たちが見える。バックステップからの跳躍して背の物陰に隠れる。そこから見えた男たちに向かって、足元の石を投擲(とうてき)した。

 

「ぐえっ」

 

 悲鳴が尾を引いて木霊した。矢が一本、二本と突き刺さると、勢いよく飛び出す。石弓は誰でも簡単に扱える半面、弓のように素早く装填できるわけではない。その間隙を()いた行動だった。

 

 車輪のように脚を動かして、遠距離武器を持つ男たち側へ回り込む。集団のバランスを()(みだ)すことが、対多数戦の基本だ。

 

 地面に倒れる男が二人(ふたり)、三人となったところで、敵の首領である恰幅(かっぷく)のいい男に向う。

 

 テリュスは大きく振りかぶる。そして、細剣をスッと振り下ろした。

 

「はぁああああッ!」

 

 流星のように駆けた剣を、男は驚愕(きょうがく)(あら)わにして眺めているだけだった。

 

 終わりだな、と判断する。イズナは無事で、頭を潰せばならず者など烏合(うごう)の衆と化すだろう。事実、頭目を潰されても整然と行動を続けられるのは、高度に訓練された軍隊だけだ。

 

 しかし、その当ては外れた。テリュスの剣が直撃する寸前、横から剣が飛び出してきて()()った。ガキンと火花を散らして、剣が男の額すれすれで停止する。影から現れた鈍色(にびいろ)の剣は、勢いの任せて押し切ってきた。

 

「誰ですかっ!」

 

 テリュスは後方に跳躍すると、暗がりから突然現れた増援に焦点を合わせた。

 

「ふ、ふふ、ふははは」

 

 獰猛(どうもう)な笑みを浮かべる痩せぎすな男が、テリュスの網膜に映じられた。驚いたような表情が(かん)に触ったのか、さらに頬を引きつらせて狂気を(あら)わにした。

 

 ボロのコートを(まと)ったその男は、テリュスの兄妹(きょうだい)にして四男ドミンゴであった。ドミンゴは剣を大きく振りながら、正眼に構えた。

 

「どうして、ドミンゴ(にい)さんッ!」

 

「うるせええっ。邪魔を、オマエは、また俺の邪魔をするのかッ! 俺の、新たな居場所を奪うって言うのかッ!」

 

「兄さんッ、何を言っているんですかっ!」

 

「だまれ、だまれ、だまれ、だまれ、だまれ、だまれ、だまれぇぇッ!! オマエが悪いんだッ。いつもいつも邪魔ばかりしやがってぇぇぇぇえええッ!! 殺してやるぅぅ、ころしてやるぞぉぉぉぉぉおおおおッ!」

 

 あらゆる増悪を煮詰めて発酵させたような、強烈な悪意を叫びに乗せて放出させた。禍々しい強化の残滓(ざんし)が周囲に漂う。テリュスはその気勢に少しばかり威圧された。

 

 久方ぶりに見たドミンゴの容貌は一変していた。記憶にある精悍(せいかん)な様子は一切なく、こげ茶の髪をそのまま腰の辺りに流し、頬が()()ちたように痩せている。瞳には深い虚無が宿り、まるで三十代に見えた。左目には大きな傷がある。それが、ますますかけ離れた印象を打ち出していた。

 

今日(きょう)は悪くない日だ。オマエを、正面からぶっ殺してやるんだからなぁッ!」

 

「何をっ!?」

 

 驚愕(きょうがく)に打ち震えるテリュスを他所に、ドミンゴは駆け出す。上段に構えた長剣を斜めに振り下ろす。テリュスは華麗にひらりと舞うと、その剣(うち)(かわ)した。

 

 氷柱(つらら)が落ちてきたような連なりを伴って、矢が直前までいた空間へ突き刺さる。飛びずさったテリュスはそのまま箱の影に身を潜めると、(いま)だ無事な男たちに意識を向けた。

 

「兄さんッ! どうしてこんな真似(まね)を。やっていることが分かっているんですかっ」

 

「うるさいッ! そんなこと、どうでもいいさぁあッ!!」

 

「そんなことって、それでイズナを巻きこんだんですかッ!」

 

 売り言葉に買い言葉、テリュスも頭に血が上る。駆け出すとドミンゴと打ち合いを始める。

 

「うおおおおっ!!」

 

 咆哮(ほうこう)を伴って、ドミンゴが駆ける。テリュスは合わせるようにして、剣を突き上げた。

 

 繰り出した激しい突きは、ドミンゴの長剣をすり抜けて、脇の外套(がいとう)を薄く裂いた。ドミンゴはぐらりと体重を揺らすと、右腕を振るった。

 

 腕の振りに合わせて、銀線が流線型を描く。テリュスは一度突き出した剣を引きなおして、必死に応戦した。

 

 右、左と流れるように剣を振るう。相手もそれに合わせてきた。

 

 しかし、その拮抗(きっこう)は長く続かなかった。ドミンゴが不利になるたび、男たちが突撃したり、矢を放ったりはするものの、徐々に人員が(けず)れる。相手も額に大粒の汗を流しながら応戦していた。

 

 ――ドミンゴ兄さん、昔とほとんど変わっていない……。

 

 対戦したのはもう三年も前である。その時から、まるで技量は上達しておらず、肉体に至っては度重なる不摂生によって劣化している。(とし)を重ねる事による身体の成長を加味しても、ドミンゴは変わっていない(どころ)か、劣化していた。

 

 このままいけると判断したテリュスは攻撃を激化させる。剣を苛烈に振るうと、男たちはさらに数人減り、ドミンゴも左腕を痛めて十分な動きが不可能になっていた。

 

 ならず者たちは、自分たちが絶体絶命の危機にあること察して、顔を青ざめさせていた。

 

「兄さん、もうやめてください! そちらに勝ち目はありませんッ」

 

「――クソッ! ()めるなよっ」

 

 それでも気丈に剣を構えるドミンゴ。しかし、勝ち目は誰が見てもありはしなかった。大勢は決した、とテリュスは悠然と周囲を睥睨(へいげい)する。ドミンゴも、その瞳から生気を失いつつあった。

 

 テリュスは、警戒を緩めないまま、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くす男たちへとゆっくり歩み寄っていく。勝者の威風だった。

 

「おら、ドミンゴッ! テメエ、なんとかしやがれっ!」

 

「そうだ、そうだッ! おい、俺たちが助けてやった恩を忘れたのかッ!」

 

 ドミンゴはその言葉で、己の置かれた現状を思い直したのか、決意を新たにして構えなおす。しかし、テリュスにはそれがひたすら哀れに思えた。

 

「私は、別に憲兵や騎士団に突き出そうってわけじゃありません。ただ、イズナを返してくれればいいだけ――」

 

 本心からだった。ドミンゴ兄さんは()(かく)、他は心底どうでもいい。テリュスには、治安維持に貢献しようなどと大それた思想を持たない。事態の収拾、それこそが望みだ。

 

 完全に勝負あり、そう思っていたとき、それは現れた。

 

「はあぁぁぁ、テメエらが言うから黙って見ててやったがよ。やっぱ、ダメじゃねえか」

 

 それは、低い低い、底から響くような音だった。

 

 いままで、倉庫の奥に隠れていたのか、ひときわ大きな身体つきに、褐色の肌の大男が物陰から姿を表す。紺藍の短髪に、獰猛(どうもう)そのものといった血走った瞳がぎらぎらと飢えて光っている。巨大な線(おの)を背負っていた。

 

「グンドの大将ッ!!」

 

 男たちに活気が戻り始める。テリュスはその男の姿を見た瞬間、身体の震えが止まらなかった。

 

 ――なんなんですか、この男……。

 

 小さく(おび)えてしまったテリュスの正面で、グンドは朱色に塗られた頬を引いて酷薄な笑みを浮かべたみせた。

 

「さあ、楽しませてくれや。嬢ちゃんよ」

 

 砂塵(さじん)の地に住むもの特有の刺青(いれずみ)が胸元で輝く。それは、悪名高き戦士の部族ラドック人の特徴だった。

 

 

 

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