イセカイ&ドラゴンズ   作:原田孝之

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第四話:『塔』にて

「ついにきたぜ。おれがでんせつをうちたてるときがよぉ」

 

 ホセが高らかに、遠くに塔が見える広場で叫んだ。近くには、人が休息した跡であろうか、ちょうどいい切り株と火の始末の跡があった。

 

 塔はそこそこ巨大だった。一言でいうなら高層マンションだ。頂上は高く、遠くから見ても十分な大きさに見える。しかし、それほど高いというわけでもなかった。マンションなら10階くらいだろうか。天を突くほどの高さではないが、監視塔のように小さいともいえない微妙な大きさだった。

 

「ホ、ホセは元気だねぇ」

 

 アンヘルが弱々しく返す。

 アンヘル達は、この『塔』に来るため日が明ける前に街を飛び出した。店員に『塔』までは半日近くかかるといわれていたからだ。ここまでの道のりは村から街の道程と比べて困難であった。整備されていない道のりを進むのは容易でない。

 

 また、獣道を行かねばならないため、獣――特にオオカミが出るため安全ではなかった。ただ、人がいない道なので盗賊が出る心配はない……其れだけが救いであった。

 

 アンヘルはオオカミとの戦闘を思い出す。アンヘルが群れを牽制しつつ、ホセが斧ではぐれた一匹にとどめを差す。そこには戦いの技術などない、けれど農民の生きるすべがありありとわかる戦い方だった。対して、オオカミは頭の良い動物だ。勝てそうな相手に群がって仕留める。

 しかし、頭の良い動物とは臆病な動物の事でもある。周辺に生息するオオカミは元々人を襲うことがないのだろう。人肉の味を覚えていないオオカミのリーダーは、仲間がひとり殺されたのを見ると、こちらに脅威をおぼえたのかサッと撤退していった。もし、総力戦になっていたらこちらも大きな被害を受けていただろう。

 オオカミの毛皮が手に入ったため金の心配はない。しかし、アンヘルはダンジョンに挑む前から襲い来る敵に不安でいっぱいだった。

 

「しっかりしろよぉ、しっかりとよぉ。さっきもへっぴりごしで戦いやがってよぉ」

「しょ、しょうがないじゃないか。戦ったことなんてないし……」

「きえーだよ、きえー!。バッとたたき切ってやら倒せんだよぉ」

「むりだよぉ。それに僕の武器、斬れないし」

「きえーつったろがよぉ。ぶったたいてやれば、相手もびびんだろがよぉ」

 

 ホセは自信満々に言ってくる。

 

 アンヘルは初戦闘に疲れただけでなく、長い距離の移動にも疲弊していた。

 人間は通常生活の中で、一日に経口摂取する水分量は1.5リットル必要であると言われている。迷宮探索する中では、身体を酷使する。そのため余裕をもって街の井戸から2人分の水約4リットルを運んでいた。そのうえ、シィールが取った魚を何匹か持ってくれば袋は満杯だった。おまけに、ホセは持ってくれない。

 疲れた様子のアンヘルを見てホセは勝手に進む。

 

「おらぁ、きやがれ! モンスターども」

「ちょ、ちょっと待ってよぉ」

「おせえやつが悪ぃんだ! おいてくぞ!」

 

 アンヘル達は塔が見える森に足を踏み入れた。

 空気が少し重くなったような、明らかに別の場所に踏み込んだ変化だった。森は想定外に暗い。まだ昼だというのに、背丈の高い木々が光を遮るのか、驚くほど薄暗い。そのうえ、周囲の木が邪魔で塔までの道程がわからない。油断するとあっさり迷いそうであった。塔までの道のりをホセはどんどん、アンヘルはその後ろを金魚の糞のようにつき従いすすむ。

 

「ちっ。しっかしよ、なんもいねーなぁ」

 

 ホセがぼやく。

 

「なぁ、中でなにがみつかんだぁ?」

「……え、えっと、モンスターを倒して得られる魔石の他に、魔道具なんかが拾えるらしいよ……。ここで、魔道具や高価なものが発見されたことはないらしいけど……」

 

 ダンジョン――迷宮とも呼ばれ、過去に存在した文明や超越者達の住処であったり、モンスター達が巣とするような自然環境の事を指している。ダンジョン内は神秘の力で満ちており、人族に敵対しているモンスターが存在している。過去に文明が存在していたり、収集癖のあるモンスターが存在するダンジョンにおいては、魔石よりも高価な遺物が見つかることもある。

 しかし、この迷宮では余りに低いランクらしく高価なアイテムは見たことがないと若い男は言っていた。

 

「じゃあ、ここじゃモンスターからの魔石だけか。ほかンとこじゃてにはいんのかぁ?」

「他の探索者がいく『紅玉の坑道』だとたまに見つかるって話だけど。僕らじゃ許可がおりないって……」

「チッ、まぁたそれかよぉ。そんなンばっかだなあ」

「しょうがないよ。僕達は新人なんだから」

 

 そういうとホセはため息をついた。

 

「さっさとでてこねぇかなぁ?」

 

 しばらく歩くと、木の影に何か動く物体を目にした。

 松明をかざしてみると、赤くてまるいぶよぶよがこちらに向かってくる。

 

「ね、ねぇ、ホセ。敵だ! 敵だよ!!」

 

 身体はまんまるとしていて燃えているように赤い。くりくりとして可愛いが、目は異様にぎらついている。赤丸ぶよぶよの生き物――『ホノりん』ダンジョン『塔』に生息する最弱の雑魚モンスターである。

 敵はこちらに気づいたのか、アンヘル達に向かって跳ねながら向かってくる。

 

「おらぁ、いくぞ! さっさとかまえやがれぇ!!」

 

 そういうとホセは木の斧を正面に構える。アンヘルも慌てて構えると敵の気を引くため、ホセより前にでる。

 

 一歩、二歩とすすむ。

 あと一歩というところで、大きく踏み込み構えた棒を上段から振りおろす。棒がビュウと音を立てて敵に命中した。すぐさま飛びのくと、すかさずホセが構えた斧を振り上げる。そして、間合いに入った途端、跳び上がりながら勢いよく斧を振り下ろした。

 

「おらぁああああ!!」

 

 アンヘルに打たれた敵は意識を飛ばされたのか、ホセの斧を回避する事もできず正面から受けた。 瞬く間に敵は半分にたたきわられた。ホセは拍子抜けしたように、敵――『ホノりん』の残骸を確認すると少しバカにしたようにいった。

 

「なんでぇ、ぜんっぜんたいしたことねぇなあ」

 

 アンヘルもほっとしていた。初めての戦闘で少しばかり緊張していた身体から、力が抜けたような……そんな気分だった。

 作戦がうまく行ったのもあっただろう。アンヘルが牽制しつつ、ホセが斧で斃す。作戦と胸をはって言えるようなモノではないが、単純だからこそ経験の足りない二人でも実践できた。ホセは斧についた汚れを丁寧に拭き取っている。

 

「こ、これなら、オオカミの方が強かったね」

「あぁ、そおだな。おい、さっさと魔石とれよ」

「ちょっと待ってね……。あ、あった」

 

 アンヘルが石ナイフでモンスターの内部を探っていると、ほのかに光輝く拳大の石を見つけた。魔石だ。珍しいモノを見るように掲げていると、ホセが尋ねてきた。

 

「なぁ、魔石ってなににつかうんだぁ?」

「……僕もよく知ってるわけじゃないけど、いろんな道具の燃料になるんだって。ほら、ホセも見たでしょう? 街で走ってた何もついてない馬車。ああいうのに使うんだって」

「ふうん……。で、いくらでうれんだぁ?」

「えっと……。詳しくはしらないけど……安いって」

「まあ、そらそうか。こいつらよぉ、クソよええからよぉ」

 

 アンヘルは背中の袋に、綺麗に拭った魔石を入れた。

 ホセはその様子を見届けると斧を背中に背負いながら進んでいく。

 

「おらぁ、さっさとでてこい! モンスターども!!」

 

 そう叫ぶと、アンヘルを置いていくかのようにして進んだ。

 

 

 

 一刻後。

 

 アンヘルは緊張感から少し疲れていた。

 敵は出てこない。しかも、似たように見える景色ばかりでずっと同じ場所をぐるぐるまわっているかのようだった。

 経験のある人間にとって森は食糧の宝庫であり、人間の友である。しかし経験のないふたりとって森は、迷わせ、体力を奪い、モンスターとの不意の遭遇を発生させる魔の領域であった。

 

 いくら進んでも塔に入れる様子はない。少しばかりうんざりしてきた。

 

「ねぇ、ホセ。さっきから同じ場所じゃない?」

「チッ、うっせえよ。地図でもつけりゃよかったか?」

 

 ふたりでぼやいていると不意に前から敵が現れた。

 今度は青色と黒紫色のぶよぶよが出てきた。黒紫色のぶよぶよは青色よりも大きく、こちらをギラギラと見ている。あいつは強敵だな。アンヘルは直感でそう感じた。

 

「おい、アンヘル。てめえはくろいのをおさえてろぉ!!」

 

 アンヘルは、返事をすると回り込むようにして黒紫のぶよぶよ――『ワルりん』に向かう。敵には羽根と尻尾が生えていた。身体が大きいためか跳ねる速度がはやい。

 

 アンヘルが近づくと、敵も跳ねるの抑えながら進んでくる。双方とも臨戦態勢のまま近づく。視界の端にホセが残りの青いモンスターに斧を振り下ろすのが見えた。

 

「うぉおおおおおおおおお!!」

 

 アンヘルがホセの行動に気を取られて一瞬目を離した隙に敵が突撃してくる。

 

 ――はやい、まるで弾丸だ。

 

 アンヘルは持っていた棒を横に構えて敵の突撃を受け止める。

 

 敵は口を大きく開いて飛びつきながら棒に噛みついてきた。手に大きな衝撃がかかる。持っている棒はぎしぎしと軋んでいた。

 

「く、くそ、舐めるなよ! 僕だって戦えるんだ」

 

 棒を大きく振り払い、敵を大きく弾き飛ばす。相手は大したダメージもなくけろっとした様子でこちらを見ている。今度は油断しないようにゆっくりと近づく。

 アンヘルは自分に言い聞かせる。

 

(落ち着け……。相手は少しばかり大きいが、今までの敵と大きく変わるわけじゃない。不意打ちの攻撃だって防げたじゃないか。)

 

 アンヘルと敵がにらみ合う。そのまま位置を変えながらじりじりと動く。

 アンヘルの額に冷や汗がつうと流れた。

 

 すると、不意に横から人影が現れた。ホセだ。

 ホセは斧を大きく振りかぶりながら叫ぶ。

 

「おらぁあ!!」

 

 敵は予想外だったのだろう。ギラギラ光らせた目を丸くしながら斧の軌跡を見ていた。ガンと地面を叩いたような音を響かせながら斧が敵を真っ二つにした。

 ホセは汗を拭いながら言う。

 

「おぃ、なに苦戦してんだぁ!? こんなザコによぉ」

 

 アンヘルはホセの散々な物言いに悔しさすら浮かばなかった。

 

 ――何が強敵だ。一撃じゃないか……。

 

 ホセの斧によって一撃で葬り去られた相手を見て、アンヘルは心底ほっとした。そして、かなりカッコ悪い自分を自嘲した。

 アンヘルはへなへなと地面に座り込みながらホセを見る。地面が冷たい。

 

「あ、ありがとう」

「ふん! さっさと魔石をとりやがれ」

「う、うん。……でも複数は厳しいね」

 

 ホセはそういわれると、少し考え込むようになった。

 

「……あぁ、たしかにそうかもな。とくに、おまえはあいてをたおせるわけじゃねえしな、その武器じゃよぉ。盾かなにかもったほうがいいんじゃねぇか?」

「……そうかもしれない。この棒じゃ防ぐのは難しいし……」

「まぁ、なんにしてもよぉ、2匹以上はやめたほうがいいなぁ。いまんとこはよぉ」

 

 ホセはそう言いながら、斧を綺麗にした。

 アンヘルは急いで魔石を取るとホセについてゆく。

 

「そういえば、さっきから前に明かりが見えない?」

 

 アンヘルの前方に小さな光が見える。

 青く光っている。自然の光には見えない。

 

「そぉいえば、そぉだなぁ。ちょっと見にいくかぁ!」

 

 そういうとホセは駆けだした。

 はやい。アンヘルはたまらず追いかける。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 

 光が大きくなってくると、不意に森がひらけ、大きな広場に辿り着いた。塔には、青い色で燃える不思議な松明が幾つも飾られている。奥には大きな塔が見えた。アンヘルは「塔だ」と叫びそうだったが寸でのところで思いとどまった。

 

 敵だ。

 青色と緑色をした動物。一見リスのように見える動物だが、額には光輝く魔石がある。二匹はじゃれ合うように遊んでいる。強そうには見えない。

 しかし、相手は塔の正面に陣取っている敵だ。油断はできない。

 

 アンヘルがそう思っているとホセは雑魚だと判断したのか、覚悟を決めたように進む。ゆっくり進んでいたのが小走りになる。斧を上段に構えると、全力で相手に飛び込んだ。

 

「うぉらぁあああああああああああああ!!」

 

 ホセと敵の距離が10メートルになると、敵はホセに気づいたのかこちらを見る。そして、手を突きだすと頭の魔石が光りだした。敵の周りに小さな魔方陣が描かれると近くにあった石が浮かびだす。

 

 アンヘルはその現象に覚えがあった。

 

「ホセ、壁に隠れて!!」

 

 ホセはアンヘルの言葉に気づいたのか間一髪で塔の周りにある瓦礫の影に隠れる。すると瓦礫の壁に向かって勢いよく石が打ち込まれる。

 

 ――念動力……いや、魔法だ。

 

 アンヘルは自身も壁の影に隠れながら、漫画の知識をひっぱり出す。アンヘルは大きな声で聞いた。

 

「ねえ、ケガはない!?」

「ねぇよ!! そんなもん。けど、威力はたいしたことねぇが、すすめねぇ」

 

 そうしている間にも、敵は新しく魔法を唱えだす。敵は交互に魔法を放つことで、連続で唱える続けられるらしかった。救助に行きたいが、タイミングがみつからない。放たれた石は止まることなくふたりの隠れている壁にぶつかり続ける。

 

 アンヘルが迷っているとホセが提案してきた。

 

「きょうンとこはひくぞ!! たてがねえとむりだ!!」

 

 そういうとホセは反転しながらこちらに向かってくる。

 

 アンヘルも一緒に走りながら遁走する。背中には幾つもの石がぶつかった。

 

 

 

 §

 

 

 

 その後、幾度かモンスターの群れと遭遇した。決めたとおり、2匹以上のモンスターは無視し、それ以下のモンスターに狙いを定めた。

 

 モンスターはオオカミよりも弱く、ケガをする事態にも陥らなかった。ふたりは合計で10体のモンスターを倒すと、帰路に就いた。街についたときには、辺りは真っ暗だった。

 ふたりは街で得た魔石を換金するため、口入れ屋に来ていた。

 

「あぁ!? なんで10こで2コインなんだよ!! オオカミが50セトで売れたんだぞ!? もっとたけぇだろがよぉ!」

 

 ホセが怒鳴る。

 

 相手はうんざりしたような顔をしている。迷惑な客を見る眼だった。

 

 しかし、ホセの言い分もわかる。ひとり1コイン、ひとり2日分の食費にしかならない。一日がかりで二日分の食費しか手に入らない命懸けの仕事――そんな仕事、成り立つわけがない。モンスターを狩るために半日かけて移動し、命懸けでモンスターを討伐して得たものが二日分の食費では納得できなかった。

 

 相手はぶっきらぼうに言い捨てる。

 

「だからさぁ、いっただろ。『塔』でとれる魔石はやすいってさぁ。まぁ、塔の中に入ることができりゃ、ちっとはマシになるがよ」

 

 前日に『塔』について教えてもらった男――ゴルカが言う。

 

「そ、それでも、安すぎます。こんなんじゃ、2日分にしかなりません。もっとなんとかならないんですか?」

「しらんよ。こっちも割高にしてんだよ。こんなクソ魔石。なにに使えるってんだ」

 

 魔石――神秘の力で満ちた特殊な石だ。多くの道具の動力源として使われており、灯りや暖房にも使用されているエネルギー資源だ。一般的な燃料には鉱山から採掘された魔石を使用しているが、小型化された高性能魔道具にはモンスターの体内で濃縮された魔石を使用する事が多い。

 アンヘル達は『塔』で小型の魔獣魔石を手に入れたはずだった。

 

「あっこだとよ、モンスターが弱すぎて魔石のエネルギーが少なすぎるのさ。ほとんど採掘魔石とかわらねぇ。だから、いっただろがよ。この仕事は安すぎてよ、だれもつづかねぇのさ」

 

 それはその通りだ。モンスターにはアンヘルたちでも容易に勝てた。しかし、承服できそうにない。

 こんな額では、武器が壊れたり、ケガをした際の貯金もできない。何かトラブルが合った瞬間、即飢え死にすることが確定する。

 

「で、でも……」

「でももクソもねぇんだよ。割高にしてるっていっただろがよぉ。もっと低くすんぞ!」

 

 ゴルカの言い分では、『塔』に討伐へ行く人が少ないためモンスタースタンピードを考慮して『塔』魔石に補助金を出しているとのことであった。

 ――その恩恵を感じられはしなかったが……。

 

 アンヘルはホセが爆発しそうになっているのが見えた。そして、ゴルカも爆発しそうだ。これ以上安くされてはたまらない。そう考えたアンヘルはここで退散することにした。

 ホセは魔石の換金代である2コインを受け取ると、ホセを連れて外に出た。

 店の前でホセに対して告げる。

 

「ホセ、もう諦めようよ……。ごねてもしょうがないって……」

 

 弱弱しくいうとホセは怒りの矛先をアンヘルに変えた。

 

「ああ!? てめえももっといえよぉ! こんなんじゃいつまでたっても乞食だ!!」

「で、でも、あの人も怒りそうだったし……。これ以上安くされたら……」

「ああゆうのはよぉ、ガツンといってやればいいのよ。ガツンとよ!!」

「で、でもさ」

 

 ホセはアンヘルの態度にイラついた様子だったが、金も受け取ってしまった。どうしようもないと思ったのだろう。アンヘルが握っているコインを1枚奪い取ると舌打ちし、どすどすと歩いていく。

 

 ――だってどうしようもないじゃないか……。

 

 今日はじめての仕事で、いきなり睨まれるわけにはいかなかった

(そりゃ、ホセの言い分もわかる。こんな額じゃ何もできない。だからって、暴れてもしょうがないじゃないか……。それに、僕に当たったって)

 アンヘルの頭にホセの態度がリフレインする。

 

「はぁ。なんでいきなりこうなっちゃうかなぁ」

 

 下に落ちていた石を思いっきり蹴りとばす。夜も更けて、閑散とした道に石が転がる。ある程度転がると石が溝にポチャと落ちた。

 まるで僕たちの結末を予言しているようであった。

 

「はぁ……」

 

 アンヘルはなおさら落ち込んだ。

 

 遠くから、怒声と多数の人間の足音が近づいてくる。まるでマラソン大会のような振動が真夜中の路地に響いた。その音はどんどん近づいてきていた。

 

 気になって様子を確認しようとそちらの方向に振り向くと、男がぶつかってきた。

 アンヘルは胸に衝撃を感じ、うっと唸った。

 

 正面にはフードを被った小柄な男がぶつかった衝撃でのけぞっていた。年頃はおなじくらいだろうか。細身で俊敏そうな体格をしている。顔は暗くて見えないが、前かがみでどうにも堅気には見えない。

 ホセは胸を抑えながら尋ねる。

 

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 

 そういうと同時に、怒声を上げていた多数の男たちが殺到する。アンヘルはその男たちを昼間に見ていた。口入れ屋がある通りの食い物屋の店主達だった。

 

「この盗人がっ!」

「代金払いやがれやぁあ!! ぶっ殺すぞ!」

 

 ひとりの店主が手に持った棒を振り回しながらこちらを見ている。その男の髪が怒髪天を衝くように逆立っていた。

 すると、アンヘルにぶつかった小柄な男が叫ぶ。

 

「あ、アニキ、ここは頼んます!!」

 

 そういうと男は外套をなびかせながら、住居の横の小道を駆け出していった。

 アンヘルがアニキって何?……と考えていると店主達がにじり寄ってくる。

 

「なあ、アニキさんよ。金払ってもらえっか!?」

「ないなんていわねぇよな?」

「盗みなんてするやつには、キツイ罰を与えてやんねぇとな」

 

 アンヘルを囲むように男たちがにじり寄ってくる。

 

 ――嵌められた。完全に嵌められた。

 

 男達がにじり寄ってくるのを防ごうと腰の棒に手を伸ばすがみあたらない。ここへ来る前に、倉庫に武器を置いてきていた。

 このままでは、一日しんどい思いをして手に入れた金を失うどころか、私刑によってケガまで負う可能性もある。ホセと喧嘩したあと、この事態はまさに踏んだり蹴ったりだ。

 なんとかするために包囲網を抜け出す方法を考えるが、時すでに遅くどんどん近寄ってくる。

 

 やばい。アンヘルはそう思ったときだった。

 

「待って!」

 

 大きな声を出して女が飛び出してきた。女はアンヘルに背を向けて男たちを説得し始めた。

 

「この人は違うわ! さっき口入れ屋からでてきたもの。盗みをするような人じゃないわ」

「おい、ナタリアちゃん! そんなやつかばってどうすんだ!」

「離れなよ、そんな襤褸切れきてるやつなんか、ろくなもんじゃねえ!!」

 

 そうだ、そうだと店主達が一斉に合唱を始める。しかし、その女は怯まずに言い返した。

 

「でも、違うものはちがうものっ」

 

 男たちはそれでも食い下がる。

 

「仮に違ったとしてもそいつは上京もんだろ。どうせすぐに盗みをはたらくようになるさぁ」

 

 周囲の男たちも同意を示す。

 

 まさに差別の具現化であった。レッテル貼りの悪意はアンヘル達を苦しめる。疑われた際に有罪となりやすいのが社会的弱者の常であった。

 このままでは、私刑にされるどころか拘置所にぶち込まれると思ったアンヘルは助けてくれそうな女に祈りを込めて願う。なんとかしてくれと。

 

「関係ないだろっ、そいつとはよぉ」

 

 男達がそういうと、女は小悪魔的笑みを浮かべながら周囲に言った。

 

「関係あるわよ!。きょう、ウチの店で仕事の打ち上げをすることになってるんだからっ」

 

 アンヘルはその笑顔に惹かれて、彼女の顔をボーと見ていた。

 

 

 

 

 

 




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