イセカイ&ドラゴンズ   作:原田孝之

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第七話:一歩目なしの躓き

 

 コンコンと、アンヘルは扉をノックすると、

 

「どうぞ」

 

 という、綺麗な高い声に導かれて部屋へと入った。

 

 時はイズナ誘拐事件の翌日である。平日は当然通常講義なのだが、午前は小隊演習の調整もあってか、学園側が自主訓練となっていた。そこで、持て余した時間を利用して、ある少女の元へと尋ねることにした。

 

 絢爛な装飾の室内、その最奥に執務机が大きく鎮座している。部屋まで送ってくれた使用人に挨拶すると、部屋の主人に久闊(きゅうかつ)を詫びた。

 

「お久しぶり、というべきなのかしら? いいご身分ね。呼び出されないと来ないなんて」

 

 冷然というか、言葉の節々に怒りを匂わせながら頬杖をついていた。その姿は、線が細くふれれば折れそうだとか、儚げにすら思えるのだが、苛立ちを露わにする様子を受けてアンヘルは少しばかり青ざめた。

 

 机には難解な表題の本が整然と積まれていた。かなりの濫読派だと一目で理解できる。つまり、深窓の令嬢に知性と毒を足したような少女であった。

 

「忙しかった、といいますか」

 

「はぁ? 前も同じように言い訳していたわね」

 

 ぺしぺしとペンで机を叩いた。

 

「一応、聞いておきたいのだけど、あなたのその剣と士官学校の入学費、それにつきっきりで勉強を見てあげたのは誰だったのかしら?」

 

「…………アリベール、さんです」

 

「さん? 様をつけなさい、様をッ」

 

「あーりーべーえーるーさーま」

 

「ぶっ飛ばすわよ。あなた」

 

 ぎろりと睨まれると、己の分身が縮こまる。おいたわしやーと嘆く暇もなく、アリベールにソファへ着席を促されると、そのまま席についた。

 

 対面に座る彼女の顔を眺める。絹のような美しい白い肌が陽光に照らされて輝いていた。黙っていれば縫い付けられそうな美である。紅色の化粧が映えていた。彼女にしては、厚化粧だなと思案した瞬間、隠しきれない疲労にきづく。

 

 悪者は僕だけでいいだろう、とアンヘルは偽悪的に言葉を紡いだ。

 

「……今日の服、似合ってていいね。スラッとして見えるよ」

 

 アリベールのドレスは黒地のエスパライアラインにチュールが映える、まさに深窓令嬢然とした装いだ。ただ、歳の割に大人び過ぎているとアンヘルは思うのだが、こうして真正面から見ると似合っているので、ツッコミを入れることはない。目的は『スラッとして』の部分だけだ。

 

 あまり豊かさを伴わない彼女は、アンヘルがガソリンを注いできたことに気が付き、頭に血を昇らせる。ああ、やばいと思う間もなく、彼女の手が近くにあった小物を握りしめた。

 

「しねっ!」

 

「ちょ、ちょっとそれはヤバいって」

 

 手当たりしだい投げられる物をキャッチしながら、アンヘルは全力で逃げ回る。とはいっても所詮か弱い少女の凶行だ。幾ばくか逃げ回ると、投げるものが無くなったアリベールは、すとんとソファに腰を下した。

 

 振り乱した髪を整える彼女。それを刺激しないよう、ゆっくりと対面に腰かける。少女はふうふうと息を整えると、使用人を呼びつけ茶の準備をさせるよう言いつけた。

 

「はあ、朝から疲れたわ。ムダなことばかりして」

 

「……それもいい息抜きだよ。いつも気を張ってるみたいだし」

 

「あなたに言われたくないのだけれど?」

 

 はははと頭を掻く。アリベールの冷たい目がきらりと輝いていたが、鬱屈したような表情はどこかへ吹き飛んでいた。

 

「それで、今日はどうして呼び出したの?」

 

「投資している人物がどうしているのか、気にならないとでも? まあ、少しばかり話があるのも事実だけど、ただの安否確認よ。ただでさえ、士官学校は死人が出やすいのだから」

 

 そこでアンヘルは胸をなでおろした。昨日はテリュス兄妹の事件で大立ち回りを演じ、十人近くを切り殺している。アリベールは闘いに否定的な意見を持つ人物で、以前にも商会の仕事で力を貸したときには嫌な顔をされた過去がある。

 

「それより、あなたに聞きたいことがあるのよ」

 

「聞きたいこと……?」

 

 アンヘルの問いかけを無視して机の上を漁りだす。そして、一枚の紙を渡してきた。

 

「これよ」

 

 渡されたのは、取り置きされた一週間前の新聞記事だった。そこにはでかでかと『十七魔剣、全容が解明される』と書かれている。いつかエセキエルにマシンガントークを放たれた話題であった。

 

「……えっと、これがどうかしたの? ただの記事だけど」

 

「あなた、気にならないの? 魔剣よ。軍人を目指しているのじゃなかったかしら」

 

「でも、ただの士官候補生には遠い話だよ」

 

「五年なんてすぐそこよ。もっと深刻に捉えなさい」

 

 正直、言いぐさがおばあちゃんみたいだね、と思わなくもなかったのだが、これ以上揶揄うと、本格的に荒れそうだ。沈黙は金、とアンヘルは口を噤んだ。

 

「あなたがこの魔剣について知っているかと思ってね。無意味だったみたいだけど」

 

「……知ってるほうが変だと思うけどなあ。どうして、この魔剣について聞きたいの?」

 

「あなたには言ってなかったわね」

 

 アリベール曰く、この魔剣は非常に強力なものであるらしかった。

 

 刀匠マレー・カルトナージュが精魂込めて打ったとされ、それが長きに渡って迷宮に置かれていたことから、魔の力を宿すに至ったとされる超常の兵器。大陸全土を見渡しても年に十本程度しか見つからない、非常に希少なモノだが、このクラスの魔剣が出土したのは久方ぶりのことである。

 

 通常は軍の施設でのみ能力調査を行うのだが、十七魔剣クラスでは一つのミスで施設を丸ごと破壊しかねない。元々、軍は魔道具の兵器利用ばかりであまり解析が得意ではないため、民間のスリート商会に解析依頼が回ってきたとのことだった。

 

「へえ、すごいなー……けど、それがどうして僕に話を聞きたがるの?」

 

 そこでアリベールが言いよどむ。頬を触っていた指がとんとんと艶かしく蠢いている。彼女の悩むとき特有の仕草だった。

 

「……いいわ。どうせ知れ渡ることだろうし。今回の魔剣については、解析も終わり私たちの手を離れた。それは間違いないわ」

 

 アリベールは疲れたようにため息を吐く。

 

「それだけなら、問題はなかったのだけれど、その魔剣の配分に渡って問題が発生したのよ」

 

「配分?」

 

 どこかで聞いた話だな、とアンへルはデジャブを感じながら続きを促した。

 

「ええ、軍予算は厳密に決まっていてね。全体の半分が帝国東方軍、バレンティア騎士団が全体の三分の一、それ以外が聖カトー騎士団と決まっているのだけれど、十七本しかない魔剣では綺麗に分けられないのよ。魔剣を半分にして分けるわけにもいかないし……勿論、配分の少ない聖カトー騎士団が文句を言ったところで仕方ないのだけど、今回は、そこが見つけたのよね。だから、ごねてるってわけ」

 

 ――あの陰謀論、ホントの話かよ……。

 

 話半分に聞いていたあれが、まさか別の所から出るとは思わず、言葉を失う。アンヘルの動揺を見たアリベールは、理解できていないのかと心配そうに眦を瞬かせた。

 

「……けど、それがスリート商会に関係あるの?」

 

「しびれを切らした聖カトー騎士団の連中が、無理やり強奪を計画している……というか、すでに襲撃があったの。此方はすでに魔剣を返却済みだから問題ないと思うのだけどね。鼻つまみ者集団とはいえ、腐っても騎士団なのだから目を光らせておかないと」

 

 そこまで聞いて、ようやくアリベールの憂慮に思い至った。最近スリート商会邸に近寄らなかったのは、どこか忙しなさそうにしているからであったが、ここまでの事態に巻きこまれているとは予想外に過ぎた。

 

「まあ、いいわ。それと、もう一つ噂があるわ。寧ろそっちの話を聞いたら教えてちょうだい」

 

「噂?」

 

「幻の魔剣、十八本目のことよ。なんでも十七魔剣すべての能力を有するといわれる刀匠の最高傑作……らしいわ。なにか、それが都市伝説ではなく、本当にあるみたいなの。帝都からの高官だかが持ち帰ろうと画策しているらしいわ」

 

 アリベールは疲れを隠さない様子でため息混じりに語った。やれやれと首を振っている。

 

 幻の十八本目。伝説には、十七魔剣すべて能力を併せ持つ魔剣のことだ。真偽のほどは兎も角、興味は湧いた。ベップに尋ねるだけだが、調べてみようと決意を固めた。

 

 ふと、彼女の顔を見やる。整った造形に美しい少女だと思うが、目の縁に隈が薄く浮かんでいる。

 嫋やかな肢体。新雪を思わせる白い肌。闇夜にでも溶かしたような黒髪。なによりその分際の高さ。歳も近いことがあって、魅力的に映る。悩まし気な表情を晴らしたいと、常なら言わぬ台詞を吐いた。

 

「あの、さ」

 

「なに?」

 

「夏聖祭の日。空いてる?」

 

 夏聖祭。オスゼリアス最大にして固有の祭りだ。歌が響き渡り、街路を楽士が闊歩する。セグーラの街のお祭りなんかとは桁を違う。

 

 なによりミスラス教の聖夜と違って、男女間でも誘いやすい祭りである。士官学校側も、この日は強制休日を候補生に課していた。

 

 予想外の質問に、アリベールは目を丸くした。アンヘルは急激に顔が熱くなる。朱でも差したかのような気分になった。

 

「…………意外ね。あなたがそんなことを言うなんて。……いいわ、と言いたいところだけど、無理ね。父に嫌われているもの、あなた。跡取りの私にモーションを掛けていることがバレたら、暗殺者を仕向けられるわよ」

 

「……そう、だね」

 

 アリベールは知らないことだが、あのマカレナ事件以来、スリート商会の当主ミチェルとは険悪というより敵対的だ。現在は事業の半数近くを娘に譲っているため、邸宅で遭遇する機会はないが、今後アリベールと親しくしていれば、対決は避けられないだろう。

 

 曖昧な返答にアリベールは薄く微笑みながら、

 

「別にいいわ」

 

 と、やんわり言った。誘って貰えたのが嬉しかったのだろうか。少しばかり表情が緩んでいた。

 

 やはり身近に歳の近い友人がいないというのはかなりの苦痛なのだろう。アンヘルは気安く話せる友人として、小まめに顔を出そうと誓うのだった。

 

「あと、借金はしっかり返しなさいよ」

 

 だがしかし、未だ友人に昇格することはなく、ただの債務者であるらしかった。

 

 

 

 

 

 アリベールとの面会を終えた後、同じ小隊の面々が集まる会議室へと向かう。通路でヒソヒソと候補生たちの会話が聞こえてきた。

 

「おい、聞いたか?」

「ああ、ありえねえよ。俺たち、まだ潜ってもねえぜ」

「いや、そっちじゃねえって。なんか、偉いさんが幻の十八魔剣を持っていったとか……」

「はぁ? お前、そんな与太話信じてんのか? それより、クナ……」

 

 ――周りが騒然としているなぁ……。

 

 何か起きたのかと訝しみつつ、知り合いのいないアンヘルは目的地に進むしかなかった。

 

 実技棟を抜けた先、本棟の入口入ってすぐのラウンジに、若武者のエルンストとホアンが話し込んでいるのが目に映った。無言で踵を返す。

 

 少しばかりの遠回りを経て、会議室へと辿り着く。そこは班員たちが立ちあがりながら意見を交わしていた。

 小隊の面々はソニア以外揃っていた。計画のすり合わせは午後からの予定である。

 

「――あ、アンヘルッ!」

 

 アンヘルの登場に気がついたユーリが走り寄ってくる。彼の顔は焦り一色だった。

 

「き、聞いたっ!?」

 

「え? なんの話」

 

「だから、演習の話だよ、演習っ!」

 

 皆、慌てているユーリに驚いた様子はない。その場で何も知らないのはアンヘルだけだった。全員の視線が集中した。

 

「探索演習で、クナル班が踏破したんだよっ!!」

 

 ユーリが告げたその話は、アンヘルの想定を遥かに超え、とてつもない衝撃をもたらした。

 

 

 

 §

 

 

 

 管理迷宮踏破演習。二回生最初の演習であり、新士官候補生の能力を測る最初の機会でもある。夏聖祭を除けば、特科の貴族たちからも注目を集める、この時期最大の催しといえよう。

 

 とくに、今年は上科にはじまり粒揃いの年にあたって、例年の踏破記録十日が破られるのではないかと、多くの注目をあつめていたのだが、しかし、それは一人の男の劇場とかした。

 

 その男の名は、ユーバンク・アーバスノット・タフリン・クナル。

 

 彼が率いた班の踏破記録は五日。帰還に一日要しているため、正確には四日なのだが、とりあえずとして、迷宮探索演習は開幕早々第一陣が突破するはこびとなった。

 

 アンヘルの所属する第七八エルサ班は計画すら準備できていないのだ。いや、それは他の班もおなじで、辛うじて浅層を攫った程度だろう。つまり、クナル班はたった一班だけで迷宮ボスを倒したことになる。常軌を逸した結果である。

 

 そもそもとして、クナルの伝説は入学以前から始まっている。

 その銀の麗人は、アンヘル同様学識がなく、上科の補欠合格を狙って士官学校入試を受けた。そして、彼は試験官にオスカル教官を指名した。

 試験の模擬戦はあくまでも能力を見る場であり、勝敗に拘る必要はない。そもそも、入学前の候補生が教官に勝てるはずがないのである。事実、豊作と言われた二一三回生でも、教官に勝利したのはたった三名だった。

 

 しかし、クナルはそんな状況の中、教官最強と呼ばれるオスカル教官を態々指名し、そして真っ向勝負で打ち倒してしまった。学年どころか、学内でも不可能な偉業を入学前に達成してしまったのだ。

 

 此処でクナルの評価は最大になるか、と思われたのだが、彼の学力成績は最低で、そのうえ訓練に対してあまり真剣に取り組まず、たった一人で鍛錬を積む求道者的性質を有していた。

 結果、クナルのことは、強いが変人であり、またオスカル教官が敗北したのは試験で油断していたからだと結論づけられるようになる。しかし、時が流れて一年。皆がクナルのことについてそれほど気を払わなくなった今、またしても大いなる伝説を打ち立てたというわけであった。

 

「ていうか、なんで知らないの? 午前中すごく話題になったでしょっ」

 

 ユーリはあきれ顔で尋ねた。

 外に出かけていたと話せば、とてつもなく叱られそうな雰囲気である。そもそもとして、候補生たちは皆真面目で、自習時間に抜け出す人間などアンヘルくらいのものだった。

 

「でも、どうしてそんなに焦っているの?」

 

 と、アンヘルは首をひねりながら尋ねた。

 確かに、恐るべき記録だが、七八班の目標は、迷宮ボスが倒されてからの滑り込みゴールだ。班の目標が変わるわけではない。

 

 しかし、その軽率な考えにエセキエルが怒りを露わにする。

 

「おまえ、本当にバカなのか? クナル班のせいで、二十日後にはもう迷宮ボスが復活してしまうだろうが」

 

「あ……」

 

 衝撃の事実にポカンと口を開ける。

 クナル班の結果は四日であり、通例であれば十五日後に迷宮ボスが復活するはこびとなっている。つまり、立てた計画はおじゃんだ。

 

「もういい、おまえはそこでジッとしてろ」

 

 エセキエルは冷たく言いすてると、椅子にどかりと座り、

 

「班長っ! ここは計画を早めたほうがいいんじゃないかっ」

 

 と厳しくいった。エルサはわたわたとその剣幕に狼狽えながら返答した。

 

「え、ええっと、そのぉ」

 

「そやで、エルサ班ちょ~」

 

「でも、まだソニアさんの計画が……」

 

「今すぐあの女と連絡を取って、計画を前倒するべきだっ」

 

 会議は混乱しきっている。取りまとめ役の不在が悪い方向ばかりにはたらいていた。これにソニアが加わるなど、考えたくもない事態である。ある程度落ち着かせる役であるユーリですら混乱を招いていた。

 

 どれくらい騒然とした光景を眺め続けただろうか。救いの手は唐突に現れた。

 

「おお、やってるやってる。その様子だと、もうクナル班の結果は聞いたみたいだな」

 

 オスカル教官がしかめっ面で入ってくる。自分の教え子であるクナル班が前代未聞の大記録を打ち立てたにしては、冴えない表情であった。

 

 アンヘルたちは敬礼した。教官は手で制すると、会議の続きを促した。

 

 こんな状況である。憧れのオスカル教官にすら構う余裕を皆失っている。一応、ユーリなどは軽く挨拶を述べたりはしたものの、また議論へと戻っていった。必然、ひとりポツンと立ち尽くすアンヘルに近寄ってきた。

 

「どうした? 会議に参加しないのか」

 

「ええっと、私は計画立案担当ではありませんし、これ以上新しい意見を述べるのもなんだと思いまして……」

 

「へえ。それで、どんな風に揉めているんだ?」

 

 アンヘルはオスカル教官にありのままを話した。教官は神妙に頷いた。

 

「なるほどな。まだ計画段階か」

 

「はい、教官ならどう考えますか?」

 

「おいおい、それは聞いていいことじゃないだろう」

 

「冷静な意見も聞きたいと思いまして」

 

 オスカル教官はそこで不可思議に遭遇したような表情を浮かべた。腕を組みながらじろじろ眺めて、

 

「もしかして、君は迷宮探索に慣れているのか?」

 

 と尋ねた。

 実技成績は平凡だったよな、とオスカルはひとりブツブツ呟く。その疑問を続けさせるのは面倒だと、アンヘルはさらに質問を重ねた。

 

「ひとつ聞いてもいいですか?」

 

「うん? なんだ?」

 

 ひとり思考の海を彷徨っていたオスカルを引っ張り戻す。アンヘルは教官に座れるよう椅子を差し出しながら、尋ねた。

 

「教官はどうして不満げなのですか?」

 

「…………不満げ、不満げか……君には、そう見えるか?」

 

 ふっと自嘲するかのようにオスカル教官は笑っていた。気が付いたのはアンヘルひとりだ。皆探索会議に夢中で教官の表情まで注視する余裕がない。また、教官は軍人らしく、心を平静に保つことに慣れていたのもあった。

 

「見間違いなら、謝罪します。ただ、私の目には、クナル班の大きな業績に対して、それほど喜んでいないように見受けられます」

 

「……それは、勘違いだな。俺は、別に喜んでいないわけじゃない。クナル班の、いや、クナルの成果は十分評価している」

 

「いえ、そのような意味ではなく……クナル班のことは別にすれば、この結果はあまり良くないと思っていると、私には感じられました」

 

 そこまで言い切って、己が感じた感覚を正しく言い表せているか不安になった。オスカル教官がクナル班を嫌っているということはないだろう。そもそも、指導教官は、教官の意思によって決まる可能性が高いともっぱらの噂である。クナル班の結果自体には喜んでいる。が、その結果から派生する事態には気を揉んでいる、という風であろうか。さりとて、何を気にしているのかはさっぱりだった。

 

 オスカル教官は、図星を突かれた形になったのか、腕を組みながらムッと押し黙る形となった。

 

「いえ、言いにくいことであれば構いません。不躾にも尋ねてしまい――」

 

「いや、いいさ。確かに、気分上々、とはいかないからな」

 

 騒然とした空間の中、ふたりだけが落ち着いた言葉を奏でる。窓の外では、ゴロゴロと天候が変わり始めていた。

 

「クナルには、元々、気を掛けていたんだ。そもそも、試験官として相手をしたのは俺だからな」

 

 遠くを見るように空を仰ぐ。その横顔をアンヘルは眺めた。

 

「相対した瞬間に分かったよ。剣の実力だけ……いやすべてをひっくるめても、戦士としては俺より上だろう。強化、身体能力、剣技、その精神面を含めたあらゆる面が天才的だ。士官学校始まって以来の怪物、という呼び名に嘘偽りはないと断言できる。しかし、それは不幸でもあるだろう」

 

「不幸……ですか?」

 

「ああ、戦いは妨害魔道具の存在もあって、少数精鋭の部隊に特化する傾向があるのは事実だ。しかし、少数精鋭とはいっても、個人ではない。単騎の戦いでは、ミスがすべて死に直結する。自分の背中をカバーしてくれる仲間が必要なんだ。軍人として、長く戦っていくにはな……」

 

「……では、クナルが一人で踏破してしまったのが、気になる、ということですか?」

 

「それもある。それもあるが、結局のところ個人主義は人に訂正されても治るものではない。俺も候補生時代には自分自分ばかりだった。それが悪いことばかりでもないことも知っている。ただ、周りに与える影響を考えなければ……なんだろうな、やはり。今年の試験は、もしかしたらリタイアが大量に出るかもしれないうえ、クナル班の貴重な経験を奪った…………という点が、気になって仕方ない。それが本音なのかもな」

 

 オスカル教官自体もよく理解できていないということなのだろうが、つまるところ、周りの貴重な機会を失われたことを悔やんでいるのだろう。アンヘルの認識としては、オスカル教官は実力があり、そして融通が効くという面で良い人物であると考えていたが、まさかここまで真剣に候補生に向き合っているとは思いも寄らなかった。

 

 アンヘルは、自然とその思いに当てられたかのように謝罪を口にしていた。

 

「申し訳ありません」

 

「気にするな。俺も整理できたよ」

 

 沈んだ空気が、朗らかに変わる。話題が変わると、ふと思い出したように、アンヘルに向き直った。

 

「…………そういえば、おまえらの班はソニアが計画表を提出していたよな。いや、忙しくて見てないが、受け取った記憶がある。どうして今計画を見直しているんだ?」

 

 その言葉で、全員がユニゾンしてオスカル教官に振り向いたのだった。

 

 

 

 §

 

 

 

「ソニアっ!! どういうことだ」

 

「そうやそうや」

 

 血気盛んなエセキエルを先頭に第七八班の面々がソニアを問い詰める。問いかけられた側はたったひとり、炎天下の演習場で剣技の型をなぞっている最中だった。

 

 彼女はふうと息を吐き、滴る汗をぬぐう。周囲の自習に励む候補生たちがなんだなんだと興味深げに此方を伺っていた。

 

「なによ? 私は自己鍛錬で忙しいの。邪魔しないでもらえるかしら」

 

 冷たく突き放した台詞を吐くと、再び木剣を握りしめる。しかし、その態度はエセキエルの堪忍袋の緒をぶちぎった。導火線に着火したかの如く猛烈に噴火した。

 

「おまえ、頭沸いてんのかっ。こんな状況だってのにッ」

 

「ずっこいで、それ」

 

 彼らの怒りよう。原因は彼女が立案した計画にあった。

 

 オスカル教官から驚愕の事実を知らされた面々は、揃って提出された計画を確認した。そもそもとして、班の計画を勝手に提出する時点で問題なのだが、その計画自体も問題大有りの出来だった。

 

 とはいえ、計画の出来に問題はない。精緻に練られた計画であることはアンヘルの目にも明らかだった。しかし、それを打ち消して余りある大問題がそこに潜んでいた。

 

 まずはソニアだけ講義欠席負担が明らかに軽くなるよう調整されていた点だ。講義負担が他の五人へ均等に割りふられている。ここまで行けば芸術だといわんばかりの完璧な免除計画だ。そのうえ、ソニアはどこかから入手したのかユーリが提案した事前訓練の日程など、他人のアイデアをまるっきりそのまま使用していた。極め付きには、計画立案者名に自分の名前だけを振っている。スタンドプレーそのものの行為を連発したのであった。

 

 だが、肝心のソニアは怒る班員たちを見下しながら、嘲笑を浮かべていた。

 

「だから何だと言うの? 早く計画を提出しなければならなかったのだから。むしろ感謝してほしいわ」

 

「だからそういうことじゃないだろッ! 俺はおまえが勝手に計画表を提出したことを言ってるんだっ」

 

「だったら却下すればいいじゃない」

 

「ああ、勿論そうさせてもらうさっ! ほら、皆いくぞっ」

 

「ちょっと待ちなさい。勿論代わりの計画はできているんでしょうね? 私のを超える、素晴らしい計画を今すぐ見せてちょうだい」

 

 エセキエルは顔をこわばらせる。ほとんどできているとはいえ、まだ完全ではない。不完全なものを見せれば、確実に突っ込まれることは間違いなかった。

 

「ほらみなさい。だったら私に従ったほうがいいじゃない」

 

「でも、ソッチかてウチらの計画をパクってるやないの~。そやのに開き直るなんて――」

 

「あら、先に提出したのは私。計画を完成させたのも私。どうみたら私が写したように見えるのかしら?」

 

「ああいったら、こう言いやがってっ! お前みたいな、無能で独りよがりな奴にはじめてだよ」

 

「あら、あなたは無能を見たことがないのね。もしかして鏡もないの? 毎日見れるわよ。ああ、鏡も持っていない貴方に小銭でも恵んであげようかしら」

 

 ソニアが懐の財布をぶちまけて小銭を地面に撒く。チャリンチャリンと小さな硬貨が転がった。煽られたエセキエルは完全に頭が沸騰した。それを制するようにして、エルサが両の手を広げて割り込んだ。

 

「ま、待ってくださいっ。こんな処で争っても――」

 

「うるさいっ! そもそもお前が元凶だろ。このクソ女を制御できなかったお前のなっ」

 

「あら、今度は班長を責めるのかしらっ? なんでも人のせいね、貴方」

 

「お前こそそうやって人をバカにしてばっかりなくせに。嫉妬してるんだろ? 自分より無能な奴が上科にいてさ。自分は試験に落ちて必死に頑張ってるのにってことですかぁ? 意識高い系ヒステリックさん」

 

「……へえ、死にたいみたいね」

 

 スラリと手元の木剣を握った。対抗するように構えるエセキエル。両者の間に火花がちった。

 

「ま、待ってよ皆っ! ほら、一度落ち着いて……それに、ソニアさんも勝手が過ぎるよっ! 班長に一度相談する。常識でしょっ」

 

「なら、早く動いて貰わないと困るわ。もう踏破した班が出ているのよ。のろのろしていたらすべて終わってしまうわ」

 

「もうやめぇや。剣を置いてって、なぁ」

 

 ユウマがソニアを後ろから羽交い締めにする。彼女の膂力は強大なのか、力の真っ向勝負には敵わず彼女は声を上げて講義するのに留めた。その光景を唖然としながらオスカル教官が眺めていた。班内での喧嘩は日常茶飯事とはいえ、結成数日でこんな状況になるとは想定外なのだろう。

 

 噂によると隊の構成を指導教官が担うことになっているらしいが、クナル班に全力を注ぎこみすぎたせいで、七八班を寄せあつめにしたのではないかという疑問がアンヘルの脳裏によぎった。

 

 一歩間違えると空中分解な現状に、オスカル教官がため息混じりに両手を打って、

 

「はい、注目っ!」

 

 といった。

 全員の視線がオスカル教官に集まる。エセキエルは血走った目を、ソニアは冷徹な目をむけていた。

 

「ここまで来たらしょうがない。こうなったら、模擬戦で決着をつけよう。時間は三十分後、教官権限として七八小隊の探索演習計画を巡って代表者が決闘を行うことを決定する」

 

 それは、禁じられている士官学校内での戦闘行為を容認する措置。

 模擬戦の開幕をしらせる宣告だった。

 

 

 

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