照明を落とした暗室。壁には一面、剣や魔導銃が所狭しと交差して掛けられている。反対側には、部隊名の書かれた駒が突き立ち、地図と写真が貼られていた。
さながら秘密結社の根城のような場所で、男はひとり、淡い照明が照らす豪華な机の上で、手を組みながら、そこに顎を乗せていた。
机の上には、広げられた地図の上に幾つもの駒があり、幾つものバッテンが記されている。地図の中央には、中央区と行政区が、その右には商業区、郊外部には士官学校が描かれていた。
手を組む男の対面に座る老齢の男性。その人物は、影に潜んだまま男へ問うた。
「それで、司祭の動向は?」
「は。それが、情報が錯綜しているようでありまして」
「最悪、司祭の首を刎ねよ。なんとしても、幻の魔剣を渡してはならん。わかるな?」
語り合う男たちの傍に、影のような闇が現れ、陰鬱な声を発した。
「司祭を行政区にて発見。どうやら総督と密会を繰り返している模様。往生際悪く宝剣と主張するようです。同行する騎士は一名」
苛立ちを露わにする老齢の男。
「獅子身中の虫よッ! よもや、王側につくとは。我慢ならん。こちらも本格的に攻勢を掛ける」
皺のよった干からびた手で、机の上にある行政区を叩いた。
「私めに、敵を打ち払う役目を」
男は跪きながら、いった。
「よく言ってくれた。貴公の能力とその剣。必ずや、我らに勝利を齎してくれるだろう」
そのまま視線を移すと、横に控える金色の女に、
「拾った恩を忘れるなよ?」
と言いつける。金色の女は無言でさがり、闇の中にきえていった。
男は立ち上がった。未だ鷹揚に座っている老齢の男は、満足げに笑った。
「さあ、愚かな司祭よ。道化に相応しい劇の主演を務めてもらおう。我ら貴き血筋の持てる力が、如何に神聖かつ不可侵なものなのかをな。
そして、勝利の暁には、勝利の美酒を堪能しよう」
精緻な細工が施された切り子硝子の杯を掲げると、飲み干した。
杯が地面に叩きつけられ破砕。それが、開演の合図となった。
§ § §
「中々過激なんですね。こういう事態を止めるのが教官の仕事だと思っていたのですが」
アンヘルは真横に立つオスカル教官へ向かって、嫌味にならないよう極力抑揚を抑えながら――とはいえ、言葉の節々には滲んでしまっているが――言葉を連ねる。手元は決闘用瞬間制止魔道具スタンガードの設置を行っていた。
超大型冷蔵庫のような魔道具をいじる。候補生を一瞬制止させるにはこれほど大きな魔道具が必要なのであるが、設置の面倒臭さが余計にアンヘルの心情をささくれ立たせた。
嫌味に対して、オスカルはまるで堪えた様子をみせず、
「士官学校は実力主義を標榜しているからな。こうやって意見が対立した場合にはこうやって決着させるのが慣例なんだ」
といった。如何に教養を学んだ生徒たちが揃っているとはいえ、此処は士官学校である。どこぞの魔法科高校だとはおもうが、これがまごうことなき風習でもある。
「最近はあまり模擬戦の実施例はないと思いますが?」
「まあ、確かにそうだろうな」
平穏な時代が続いている。田舎町の道場破りのような俗習は、都会ではすでに廃れていた。
「俺たちは士官で軍人なのだ。徴兵された兵を率いることもある。そんなとき、学校の仲間を説得できないようでは困る」
力こそがすべて。野蛮極まりない思想だが、半ならず者集団をかき集めた軍内では致し方ない面もある。己の価値観だけで生きてきた人間に、遠い世界の法律などなんの役にたとう。倫理観が育っていない世界においては、それが真実だった。
様相を崩したオスカルが、他のメンバーに声が届かないよう顔を近づけてきた。
「悪いな、君に準備ばかりさせて」
「お呼びじゃないみたいですから」
事実である。模擬戦は壱科のソニアと参科エセキエル、そして予備にユーリとユウマが入れ替わりで参戦することになっている。エルサは応援で、つまりは以下の扱いというわけであった。上科が参戦しないのもどうかと思いながらも、粛々と雑用に励むしかない。
「あまり気にしてないみたいだな。……まあ、いいか。それより君は模擬戦をどう見る?」
「はあ」
アンヘルはざっくばらんな質問に対して一度曖昧に相槌をうった。
「ソニアさんの実力は余り知らないのですが、エセキエルさんやユーリさんより闘い慣れている、という印象を持ちます。ただ、ユウマさんより強いかは分かりません」
その回答に対して、神妙に頷くだけだった。
「よく分かっているというか、無難な回答だな。合理的だが、面白味はない」
準備を終えた教官はそのまま双方が向かいあう中央へと向かっていった。
あまり人格面を知っているわけではなかったが、かなり武芸特化な教官であると感じる。貴族派閥に属さない、純軍人的立ち位置特有の物腰だった。
フットサルコート大の予備第二演習場は貸しきりになっている。遠目に伺っている面々もいるが、さほど興味津々ではない。皆、同輩たちの実力よりも自己研鑽や迷宮探索に必死だった。つまり、演習場内で注目しているのは七八小隊の人間だけだ。
演習場中央では革の防具をつけた両者が開始の合図を待ちわびていた。それを尻目にアンヘルは観覧フィールドへとむかった。
「お疲れ様です」
「いえ」
エルサはちょこんと膝の上で手を重ねながら待機していた。彼女の視線は両者の装備に向いていた。
「あの、アンヘルさんはどちらかの戦い方をご存じですか?」
「申し訳ないのですが」
格闘訓練などは他クラス合同で行われることが多いが、総合戦闘術の訓練は基本クラス内でのみ行われる。アンヘルは両者の得意武器、得意戦術をなにもしらなかった。
そうこうしていると、まずエセキエルが長短二本の木刀を取りだす。
「エセキエルさんは、双剣使いってことですよね?」
「珍しいですね」
珍しいというか、絶滅危惧種といってもいいかもしれない。当たり前の話だが、二本持てば攻撃力が倍になるなんてものは架空の世界だけだ。素人ならば、盾を持ったほうが遥かに役に立つ。
アンヘルも稀に鉈との二刀流をやるが、基本的にはフェイントの一種であり、二刀同時に操ろうなどと考えているわけではない。
対照的にソニアは細剣を準備している。こちらはオーソドックスなのだな、と考えていると、エルサは表情をパッと明るくさせていた。
「あれ、あれ見てくださいっ! ほら、あそこ、あの脚のレッグホルダー」
「もしかして魔導銃ですか……?」
脚のレッグホルダーに収納されている鈍色の兵器、それは魔導銃と呼ばれるものだった。エルサは喜々として語りだす。
「そうです! あの横から見える銀色の輝きは『シルバー300』に違いありません!」
「しるばー三〇〇?」
急激に変容した態度に恐れをなして身体をのけぞらせると、さらに額を寄せてくる。瞳のハートマークをさらに輝かせて、熱弁をつづけた。
「『シルバー300』は現在主流となっている魔導銃技師の中でも異端の中の異端児。あの天才魔工技師、グリックス兄弟が設計、開発した奇跡のモデルなんですっ! 各国、とくにあの魔法大国には魔道具工学で一歩も二歩も後れを取っているといわれていた最中、突如新生のように現れた天才的技術! 前装式だったのを後装式に変更し小型化にも成功。そのうえインダイレクト・フィリングを採用することで弾の供給減にも対応したんです。あ、インダイレクト・フィリングというのは別名間接式魔力充填放出機構のことで使用者の魔力を吸い上げハンマー部に魔力を送り込みその衝撃と共に魔力爆発を薬室内で引き起こし単純な装甲弾丸のみでも容易に発射できるよう開発された新式の機構で今までは高価な魔石を利用した弾丸しか製作できなかったせいで使用者がまったくいなかったのを今は完全にひっくり返してましてほら見てください私のは『シルバー930』を使っていましてこれは限定モデルで装填システムをさらに見直してプローバックを採用していまして――!」
「ちょ、ちょっと待って! 分かった、すごいのは分かりましたから」
恐怖である。その異様で長く饒舌な語り口は、いわゆる機械オタクのような様相を呈していた。とりあえず落ち着かせるため宥めた。
「えっと、結局、魔導銃使いということですか?」
「……はい」
語りたりず、不満そうなエルサは顔を膨らませている。まったく上科に相応しく見えない彼女なのだが、魔導具に関する知識は人一倍だった。
魔導銃――正式名称魔力放出機構型小型砲――は近年軍内でも注目される武器であり、講義中にも取りあつかうことはある。いわゆる拳銃タイプの魔道具で、使用者の魔力を爆薬に弾を発射する兵器であり、また魔法発動のプロセスを踏まない純魔力操作のみの作用のため、
ただ、アンヘリノ級の相手には効力は薄く、また、長年の研究で利便性、正確性、連射性は向上していても、その威力は一切向上していない発展途上な面も持ちあわせている。一応魔導砲なる大砲は十分な威力を有しているのだが、そちらはでかすぎて持ちはこびが困難であった。
「そろそろ始まりそうですね」
とエルサがいう。両者は演習場の真中に移動した。
ソニアが悠然と修練場の中央で構えをとる。左手に木剣、右手に魔導銃を持ち、半身で睥睨する姿は様になっていた。
「覚悟はいいんでしょうね」
「お前こそ、壱科だからって調子に乗るなよっ」
相対するエセキエルも木刀を構える。利き手である右に本差し、左手に脇差を構える、俗にいう二天一流スタイルである。
「ひとつ言っておきたいのだけど」
「なんだよ、此の後に及んで」
「私が勝ったら、今後指示には逆らわないようにして」
「ぶれない奴だな。このクソ女ッ!!」
陰口の応酬が止むと教官が合図をする。エセキエルは合図が尾を引いて響いているとき、すでに走り出していた。姿勢を低くして短刀を前面に構える。一撃をいなした後、利き手側の木刀によって勝負を決める戦法だ。
銃という遠距離攻撃手段を持つ相手には、距離を取っても不利なだけである。ただ、判断としては正しいのだろうが、冷静な戦いを信条とするらしさを発揮できない戦術だった。
これをみたソニアは、
――やっぱり、馬鹿ね。
と、弾倉に込めた弾をうちだした。
魔導銃から放たれる一筋の弾丸が、昼下がりの風を切り裂く。連続して打ち出される銃弾が、連星のように輝いた。
「うおおおおぉぉぉっ!!」
エセキエルは身体を半身にして相対する表面積を減らすと、斜めに流れながら向かい来る銃弾を短刀で打ちおとす。神秘の力を纏った短刀が閃く度、硬質な音が響きわたった。
「す、すごいですっ!」
エルサが眼前で繰り広げられる戦闘に目を奪われている。対照的に、アンヘルは苦い顔をしていた。
距離が近づくにつれ、エセキエルの回避運動が激しくなる。魔導銃には、弓矢のようにつがえて、引きしぼり、放つという動作がない。ただ、引き金をひくだけだ。しかし、装填時に狙いを定めれば、ソニアが剣を振りまわして後退を余儀なくされる。距離が開けば最初からやりなおしである。
リボルバーが三周しただろうか。三度目の装填と同時に放たれた銃弾がエセキエルの胴体を穿つ。幾ら訓練用の練習弾とはいえ、強化術の未熟な者には十分なダメージを与えた。
痛みによって固着した相手。ソニアは、爪先で地を蹴って剣を閃かせた。
「く、クソっ!!」
ぜひぜひと息を切らせるエセキエルの喉元に切っ先が突きつけられる。息を飲むような、練度の高い銃と剣のコンビネーションだった。
「勝者、第二一三回壱科生のソニアっ!!」
教官が勝負ありの宣言をする。エセキエルはショックのあまりしょげかえり、地面にへたり込んだ状態で肩を大きく落としていた。
「これで私には逆らわないことね」
と、失意の底へ沈むエセキエルに追い討ちをかけると、さらに周囲をあおった。
「次はだれっ!? なんなら、同時でも構わないわよ!」
残りのメンバーを睥睨する。その堂々とした態度にユーリは完全に呑まれ、一歩二歩と後退を余儀なくされた。
「ウチがいくわっ」
庇い立てるようにしてユウマが宣言し、戦鎚に見立てた木製の武器を構える。
当初の予定とは違うが、文句をいうものはいなかった。ソニアの技量は抜きんでている。ユウマのその身体能力に期待するべきだと、衆目が一致していた。
不安そうにしながら、
「……アンヘルさんはどちらが有利だと思いますか?」
と、エルサは両手を強くにぎりながら聞いた。
「そうですね」
銃を駆使して戦うソニア、朧げな記憶ではあるが強化術を得意とするユウマ。何方も甲乙つけ難いというのが本音だったが、取り敢えずの推測をはなす。
「……ユウマさんの強化術が、ソニアさんの想像を超える速度や耐久力をもたらすのであれば、勝敗はユウマさん有利に傾くでしょう」
「速度は兎も角、耐久力もですか? 銃弾に耐えられる練度なら、もう候補生の域を超えていると思うんですけど……」
「可能性の話ですから……」
無意識にクナルを基準に考えている己に気がつき、思考を修正する。訝しげな視線を躱すように話を続けた。
「……結論だけいえば、ユウマさんにも、勝機はあると思います」
ただ苦しい戦いだろう、とは告げなかった。ソニアが見せた最後の身のこなし、明らかに武芸に慣れたものだ。態々魔導銃を使って勝負を長引かせたのは、体力温存のためであろう。派手なパフォーマンスに対して冷静沈着な戦いはこび。野心家らしい緻密で大胆な思考だった。
そんな会話を他所に第二試合の準備が終わりつつあった。両者わかっているのだろう。この勝負が天王山であると。
両者の間は三十尺(約十メートル)。教官の合図が響き渡った。
「はいやぁぁぁぁぁっ!!」
ユウマが駆け出すと同時にソニアの魔導銃が火花を散らした。
「す、すごいっ!」
エルサの驚きも当然だろう。エセキエルが円を描くようにしてぐるぐると接近していたが、ユウマは宙空を駆けることで立体軌道を可能とし、一直線にソニアへ向かっていく。そして銃弾が打ちつくされると、戦鎚を一直線に振りおろした。
「スーパーハンマァァー!!」
勝利を確信したユウマが迫る。ソニアは為す術なく固まっている。茶色の塊が唸った。
衝撃波が海嘯のように広がっていく。土煙をまき散らした中で、両者が得物を振り抜いていた。
「う、わふぅっ」
次の瞬間、苦悶の声を上げたのはユウマだった。
ソニアは、剣を右手に持ち替えると、迫る戦鎚を躱しながら肩口から腰まで一気に袈裟斬りを見舞ったのだ。
固唾を飲んで見守っていたユーリが鋭い悲鳴を響かせる。ユウマは柄をなんとか手繰り寄せながら、痛みを堪えながら立ち上がった。
「私を、ただ魔導銃を撃つだけの人と同じにしてもらっては困りますね」
ソニアが剣を構えながら疾駆する。一二の三で大きく跳躍すると、一直線に剣を振りおろした。
かぎんと凡そ木製の武器がかち合ったとは思えない硬質な音が響きわたる。単純な力勝負では、ユウマ優勢だろうと思った瞬間であった。
ガン・カタ風格闘剣術の真骨頂、組み打ちの最中に銃口が火を吹いた。ユウマは必死になって身体を逸らす。
「うわっ、それずっこいって」
「戦いに卑怯もクソもないっ!」
両者の視線が烈火の炎となって交錯する。今度はユウマが得物を掲げてせまる。
「だ、だいじょうぶ、でしょうかっ?」
一見ソニア有利に見える戦局である。彼女の剣術の核は金剛流を源流とした、柳流が元になっている。流祖である剣客シュベリウスが得意とした鋭い出小手と抜き胴が特徴的な、正道かつ巧緻な剣術は隙をまるでみせない。しかし、ユウマもその不意打ちになんとか食らいついている。寧ろ身体能力を加味すれば、対応力では優っているだろう。
「次の打ちあいで大きく体力を削られたほうが不利になりますね」
英雄症候群にはじまるような強化術の申し子にはスタミナという限界がない。凡人ならあっという間に続かなくなってしまう強化が、天性の運用効率によって長時間続く。相手が途方もないミスをしなければ、ソニアは勝利を決定する一打を放つしかないのだ。
ユウマは疲れのみえない驚異的な速度で疾走する。一撃を入れられたにもかかわらず、まるで翳りを見せない走力である。
――というか、本物の剣なら最初の一撃で終わりだと思うんだけど……。
なぜか対戦形式の訓練では、なぜか相手を降参させるか、意識を刈り取るか、武器を破壊するまで続けられる。非実践的というか、八王子甲源一刀流の他流試合に通づる野蛮なレギュレーションだった。
そんな思考を他所に、二人の戦いは激化する。
潮合は極まった。
「てやぁぁぁっ! ぐるぐるタイフーンっ!!」
風車のようにユウマが大きく戦鎚を旋回させる。その大振りは大気を巻き込みながら、大きな渦となる。
銃を放りだしながら必死の形相でそれを避けると、ユウマは強化を得物から足へと変更。流れるような体術からのステップは、最終的に右足の振りぬきへと移行した。
ソニアがなんとか剣で足をガードする。しかし、衝撃までは防ぎきれず吹きとばされる。
喜色の笑みを浮かべるエルサを他所にアンヘルは不安を抱く。それは、吹きとばされたソニアよりもさらに肩を激しく上下させるユウマを見て確信へと変わった。
――やっぱり、あのぐるぐるタイフーンは使うべきじゃなかったんじゃ……。
ユウマの強化術は天才的なのだろう。ただし、それは運用効率がいいというだけで、出力や使い方に影響を及ぼすわけではない。運用効率と持久力は、同義ではない。
名前は兎も角、【ぐるぐるタイフーン】は必殺技と言える大技だった。しかし、人に向けて使うにはオーバー過ぎる。無意味に大技を放っては、体力が尽きるのもやむなしだった。
「確かに貴方の才能は私以上みたいですね。さすが肆科というところでしょう。しかし、戦いとは常に冷静沈着にモノを運んだほうが勝利を掴むのです」
「はぁ、はぁ」
「これで、私の勝ちだ!!」
剣を上段に構えると獣のように鋭く吠えた。勝利を誇るような雄叫びが、轟くようにして木霊した。大きく跳躍し、剣を一直線に振りおろした。
ユウマが振りおろされる剣に対して、戦鎚を掲げる。神秘の力を纏わぬ戦鎚へ、ソニアの振るった剣が易々と貫入していくが、彼女はそれを意に介さず、柄から両手を離すと、スウェイ感覚で上体を反らしながら足を思いっきり振りあげた。
武器を粉砕し、勝利を確信していたソニアの顎を思いっきり蹴りあげる。蹴られた側は脳を揺らされたことで、ユラユラと幽鬼の如く足をふらつかせ膝をついた。
「そこまでっ!」
オスカル教官が制止の合図をする。その声で、両者は動きをとめた。
「この勝負、引き分けとする」
得物を失ったユウマと不意の大打撃を受けたソニア。裁定としては正しい判断なのだろうが、両者は憤然と噛みついた。
「きょ、教官っ!! 私は相手の武器を破壊しましたっ! 通常のルールに従うなら、勝者は私の筈ですっ!」
「いんや、違うでっ! ウチは武器を破壊される前に攻撃してましたぁ。どう考えてもウチの勝ちやっ!」
「はあ!? それをいうなら、最初に一撃を入れたのは私でしょっ! 真剣なら、あそこで勝負はついていたわっ」
「二人とも、見苦しいぞっ!!」
オスカル教官が一喝する。さすがに、本気になった教官の意気は常人のものではなく、ふたりとも動きをピタリと止めた。
「此度の対戦。中々興味深いものだった。銃を使った新しい戦術を巧みに操り、緻密な戦術を組んだソニア。技術はともかく、高度な強化術を駆使したユウマ双方とも二回生の水準を大きく超えるものだった。だが、武人として、軍人として潔く敗北を認めなければ成長は望めないっ」
叱責された両者に沈黙が降りた。事態をおっかなびっくりに見守っていたエセキエルにもその矛先が向いた。
「エセキエルも技術は悪くなかった。ただ、これが実戦だったら死んでいるんだぞ。もっと、冷静に戦いを運ぶんだ」
エセキエルが悔しさから唇を一直線に結び、俯く。その眦からは悔しさの涙が浮かんでいた。
「そして、ユーリっ! 相手の実力を正確に測るのはいいが、それで恐れを為して腰が引けるとはどういうことだ。後ろに控えるユウマのことを考えるなら、自分が戦って体力を削ぐぐらいの思考を働かせるべきだ」
ユーリも目を伏せる。オスカル教官の全員を悪者にして、物事を丸く収めようとする魂胆が、アンヘルには透けて見えた。
「今回、両者ともいいところの光る好戦だった。だが、その中でも、ソニアの能力が一際大きく輝いていたように思う。そこで、計画は彼女のを採用するべきだと考えている。エルサ班長、君はどう思うかね?」
「えっ!? ええっと、あの……アンヘルさん、どう思いますか?」
エルサが不安げに此方の顔色を伺ってくる。仕方なく、
「……僕たちには計画がありませんし、決定権を渡しきらなければ、問題ないと思います」
と、答えた。
消極的賛成だが、現状を考えれば致し方ない。そもそもとして、元々従うことに否はなかったのだが。
エルサはそれでも深く悩んでいたが、渋々首肯した。
「よし、これで模擬戦を終了する。皆、遺恨のないように」
オスカルはそれを最後に去っていった。
奇妙な静謐が支配する最中、ソニアは薄く笑いながら、目を尖らせるユウマに向かって手を差し伸べた。
「中々やるのね。グズばかりの小隊だと思っていたのだけど、貴方みたいな実力者がいて嬉しいわ」
「……ウチ、そういう見下した感じ、すっごい嫌いやわ~」
意外にも拒絶感はなかった。ユウマが差し出された手を握る。力を存分にぶつけ合った者たちの相互理解といえようか。両者には奇妙な信頼関係が構築されていた。
残されたユーリやエルサには、未だ燻る敵愾心が奥底に眠っている。とはいえ、それほど問題にはならないだろう。ひとり蹲る男の憎悪に比べれば。
エセキエルは、瞳の奥に妬気を宿らせながら、大きな炎を揺らめかせていた。
「クソ女ぁ、クソおんなぁ、見下しやがってぇぇぇぇっ」
怨念の篭った念仏を唱える男の姿をみて、アンヘルは堪らない疲労感を覚えるのであった。
出番なくラノベ花形の模擬戦を終了させられる主人公