イセカイ&ドラゴンズ   作:原田孝之

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第十話:大神祇官の肖像

 

 道ゆく人々が急かされたかのように蠢いている。夏聖祭が近いこともあってか、辺りは浮ついた雰囲気で満ちていた。

 

 夕暮れの惨劇、その翌日である。講義の合間、お昼時になって突然現れたクナルによって街へと連れ出されていた。

 

「講義始まっちゃうんですけど」

 

「諦めろ」

 

「……もしかして痴呆でも始まった?」

 

 と苛立って煽るが、クナルは無情に、

 

「黙ってついてこい」

 

 といった。万事この調子である。

 

 こうなってはアンヘルにもお手上げだった。

 士官学校において無断欠席などイカれた奴の所業に他ならない。腐っても軍学校である。しかし、目の前の男に常識など通用するはずもなかった。

 

 くだらない雑談をまじえながらついた場所は、行政区の外れ、古い建物が居並ぶ隘路の建造物だった。行政区は名のとおり、民会のための議事堂や執政官が勤める庁舎、国家の諮問機関である元老院が座す都市の中心部である。入場が禁止されているわけではないとはいえ、一般市民には中央区――大商人や貴族が座す――以上に縁のない場所だ。

 

 木造の玄関ポーチに庇の影がさしている。歴史があるといえば聞こえがいいが、ただ古めかしい洋館であった。

 

「で、どういうこと?」

 

「入ればわかる」

 

 動きに迷いはない。

 

 彼曰く、はじめてらしい、が家人のような不躾さである。これほど厚顔無恥という言葉が似合う男は中々にいないだろう。その背に続いた。

 

 室内は外観ほど寂れてはいなかった。黒塗りの木造家屋特有の侘しさをたたえながらも、質素には見えぬ程度に装飾が施されている。侘び寂び、がもっとも相応しい形容であった。

 

 アンヘルが玄関ホールを見渡していると、廊下の奥、そこに一人の男性が佇んでいた。腰には剣を差し、精緻な色合いの金属プレートを纏っている。軍人ではなく、騎士用の重装備だ。

 

 物々しい装備を見て、これはただ事ではないぞ、と漸く実感した。

 

 無遠慮にクナルがその男の元へ向かう。どうなってんの? と尋ねたい気持ちを押しころし、だたついていく。その男は此方を測るような刺々しい眼差しを隠さないまま、

 

「どうぞ」

 

 と、部屋の中へ案内した。

 

 案内された部屋には、扉の前で待機していた男同様の重装騎士数名と、年若い候補生の姿があった。

 

 候補生の数は五。知っている顔は三。

 

 皆、アンヘルより上の級ばかりで、三人とも四回生以上で構成されていた。皆貴族の後ろ盾を持たず、そしてずば抜けた実績も持たないが、個人戦闘能力には優れた非主流派の人間である。

 

 この調子なら、他の二名も似たような構成だろうとアンヘルは判断した。ちなみに、クナルは興味なしとそさくさと端の壁に背を預け、目を閉じた。

 

(いやいやいや、ここで放置はないでしょ)

 

 ひとり挙動不審に周囲を伺ったが、好奇の視線を向けられるに留まった。此処にいる人物すべてが、実力者として知られる上科や肆科の面々ばかりである。キョロキョロしている彼を知っている人間も、注意を払う人間もいなかった。

 

「もう説明してくれてもいいでしょ」

 

 致し方なくクナルの近く、革張りのソファへ腰をおろした。

 

「いいだろう。なにが聞きたい?」

 

「そりゃ、どうして連れてきたとか、なにをするんだ、とか色々あるよ」

 

「知らぬ」

 

「は?」

 

 耳を穿りながら尋ねかえした。

 

「集まれといわれただけだ。貴様は雑用係だな」

 

「いやいや、さすがに冗談きついよ」

 

 クナルは真顔である。いつもの無表情だが、小面憎くなった。

 

「……嘘でしょ? そもそも、誰に頼まれたの?」

 

「決まっているであろう。指導教官の――」

 

 最中に、扉が再び音を立てた。

 

 新たに現れた人物は、指導教官のオスカルだった。

 髪を邪魔くさそう後ろに纏めがら、ついでに頭を掻いている。眉はへの字に曲げられ、機嫌良くは見えない顰めっ面で方々を見渡していたが、部屋の隅に座るアンヘルを見て、血相を変えた。

 

「どうしてここにッ!」

 

「僕のほうが知りたい、といいますか……」

 

 横のやつに聞けと、流し目で視線を送った。その男は、鬱陶しそうに切れ長の目を開いた。

 

「私が呼んだのだ。不都合でもあるか」

 

「――ッ! これは極秘の依頼だぞ。ただの候補生にこんな危険なことを――」

 

「ほう? 私も候補生だった気がするがな」

 

 オスカルがギョロリとした眼で睨みつけた。

 まるで堪えた風もなく、クナルは再び目を閉じて瞑想をはじめた。

 

 彼らの関係は、明らかに指導教官と候補生のではない。ラシェイダ族は長年魔物狩りで生計を立てたこともあり、異常なまでに力を尊ぶ傾向にある。クナルもその例にもれず、己以下の教官を敬ったりはしない。

 

 いくらオスカルが優れた人格者だとはいえ、この場面である。GTOでも矯正できないだろう男に、なにを言ってもムダだと思ったのだろう。クナルを完全に無視した格好で、アンヘルの耳に寄った。

 

「こんな所でなにをやっているッ」

 

「……連れてこられただけですので」

 

 と、アンヘルは言い訳した。失望の色が瞳に映じられた。

 

「明日も迷宮攻略だろうっ」

 

 あれほど協力して欲しいと頼んだだろう、とオスカルはいった。明日も第二回目の探索演習が予定されている。次の目標は二十階層の攻略であり、本日午後もマッピング情報と重ねあわせて、探索道順を練る予定だ。

 

「返す言葉もないのですが」

 

 肩を落としながら、表面上は申し訳なさそうな顔をした。だが、だからこそアンヘルは気になった。秘密裏に集められた候補生たち、しかも雰囲気はさながら密偵の基地である。

 

「これは、依頼ですか?」

 

「いや、それは……」

 

 今度は言葉を濁した。如何に、依頼の内容が極秘であるということを示していた。

 

 大きい依頼だろう、と特異な状況を考慮してアンヘルは結論を下した。唯一の疑問点は、なぜクナルが依頼内容について何も知らないのか、という点である。オスカルの態度を鑑みれば、概要くらいは知っていそうなものである。しかし、あの奇人の思考を考えてもロクなことはないと、さっさと疑問を打ち切った。

 

 ――候補生、それも非主流派にして実力者揃いの面々への依頼。

 

 候補生に依頼が入る、ということはさして珍しくもない。というのも、士官学校が一種のリクルート場として機能しているからだ。

 

 帝国における軍事方針は、将軍を頂点としたピラミッド型の指揮系統であり、現代的軍隊に近い権力一極集中型かつ指揮系統委譲構造である。先進的な軍事行動を可能とする帝国ならではの、合理的組織図なのだが、ある例外が存在する。それは、軍におけるエリート集団。小隊単位で妨害魔道具保有者を狩る、一騎当千の武芸者たちである。

 

 基本的に貴族やそれに準ずる立ち位置の人物が、徴兵された一般兵を指揮し、クナルたちのような機動力および戦闘力に優れる少数部隊が先行、浸透作戦にのぞみ魔道具持ちを狩るのが現代戦の肝となる。そこで皆優秀な小隊、人物を欲するのだ。

 

 昨日、エルンストがホアンを引き連れていたが、それは将来を見据えたスカウトであり、他の貴族たちも声をかけ始めている。ちなみにだが、決闘の一件もあり、アンヘルも認知されていないが、広義ではルトリシア派閥に属している。

 

 そんな卒業前内定人材には、上司と仰ぐ派閥の依頼をこなしたりすることは、けっして珍しくなく、むしろ学内で顕著な能力もしくは社交性を有していることの証左でもある。

 

 より確実な出世の為には、貴族との繋がりが必須となる。しかし、このまま頭角を顕さぬまま、卒業を迎えれば、待っているのはルトリシアの派閥の下っ端一直線である。が、アンヘルにとって、あの女の下など死んでも御免であった。

 

 認められぬ、それの一点に尽きる。五大貴族の軍家に仕えるとなれば大出世であるし、彼女が如何に無情であろうとも、実際に接する機会はほとんどないと言っていい。

 

 これは、いわば意地だ。

 

 不条理に抗うと誓ったその力の頂点が、彼女の権力に重なるのだ。対等、それを願う青い反骨心が、よりアンヘルを掻きたてていた。

 

 そうやって黙っていると、不安に襲われたと勘違いしたのか、

 

「もう、帰りなさい」

 

 とオスカルが指示を出してきた。

 

 渡りに船である。意味のない危険など望むべくもない。クナルが嫌な顔をするだろうとも思いながら、元々それを気にするたちではないことに思い至り、席を立つ。

 

「此処まで来たのだ。下がることは許されぬ」

 

 と、騎士がいった。有無を言わせぬその口調に、異議申し立てを介在させる余地など欠片もなかった。だが、とオスカルは反論を試みるが、石に灸である。貴族に仕える騎士たちは、第一に厳格さを求められる。融通が効かないといえばそのとおりだが、マニュアル通り物事を進行することの重要性は語る必要すらない。最終的に、ため息をついてその場を終えた。

 

「ふ、予想通りといったところか」

 

 クナルが満足げに笑みを浮かべた。脳筋のイメージが先行するが、一流の武芸者は基本的に知性にも優れる。基礎知識を必要としない物事においては優秀そのものだった。

 

「巻き込めて満足?」

 

「当然よ」

 

 その言葉どおり、つまらぬ事件ならば、アンヘルに解決させようとするのが、ここ一年の常套手段であった。

 

「平常運転な君を尊敬するよ」

 

「ふん。そろそろ腐るのはやめて、建設的な議論をはじめるんだな」

 

「相変わらず性根が腐っているね」

 

 アンヘルは半目で見た。

 

「まあいいよ。この依頼、夏聖祭に絡んだ一件だと予想する」

 

「この数で対処できるわけなかろう。数は六プラス一。恐らく、迷宮関係だ」

 

 ダンジョン探索では、なぜか六人編成が主とされる。一説には、狭苦しい迷宮内でもっとも力が発揮できる人数は六人だと言われているが、アンヘルは信じていない。

 

「プラスしたのは君の独断だろうに……」

 

「お前ら、仲がいいのか?」

 

 オスカル教官が意外そうに小首を傾げる。アンヘルには甚だしいことなのだが、ウィルキンに始まり、二人の会話を聞いた人物は皆そういう感想を持つ。

 イライラして顔をしかめる。クナルも同じ表情をしていた。

 

 不毛な会話を無視していた騎士が、慌ただしく姿勢を正した。一変した空気を感じたアンヘルは耳を澄ます。複数人の話声が扉の奥から漂ってきていた。

 

 扉が開かれると、集団がゾロゾロと入ってきた。

 

 七人の男たち、それぞれがまるで特徴のない平服を纏っている。が、逆にそれが強烈な違和感を発していた。隙のない立ち姿。平凡な相貌だが、鋭い刃のような眼光がある。意識しなければ、まるでなにも感じられない影の薄さだが、見る者がみれば、高度な訓練を受けた実力者だった。

 

 その背後から一人の女性が入る。若くもなく、さりとて、年老いてもいない。三十代に見えるが、実年齢を悟らせぬ特徴のなさだ。醜女とまではいえぬが、堂々と美女というには憚られる容姿だった。

 

 そんな彼らを引き連れた中年の男。彼が、集団の中心だと、誰もが一発で理解した。

 

 候補生全員が立ちあがり敬礼した。その中年の男は、苦笑いのようなくたびれた笑みを浮かべて、座るよう促したのだった。

 

 アンヘルは、その男を見た瞬間、一瞬、呼吸が途絶した。

 

 白髪の混じる黒髪と黒瞳に銀細工の眼鏡、黒に銀糸をあしらった、派手でもなければ質素でもない微妙な司祭服を纏っている。碩学(せきがく)の学者らしい風貌で、口元に笑みを貼り付けたその男には、貴族特有の権力も力強さもまるで感じられないが、独特の空気感をもって、なるほどと思わせるなにかがそこにはあった。

 

 ドミティオス・ガウス・マリアウス。

 

 ミスラス教会最大の中心人物にして大神祇官の地位を拝命し、現トレラベーガ帝国における皇帝ティベリスの意思を全面的に委任された全権内務官。皇帝、そして五大貴族の諮問機関にして、民会の任命権を持つ元老院の下院議長。軍事においては、帝国西方軍副司令代理を努める。査問機関である監察局主席監察官にして、マリアウス侯爵家次男にして次期当主。士官学校に肖像画が飾られる人物を知らぬ候補生は、余程奇特な人物に違いなく、この場に存在する筈もなかった。

 

 その場の全員が膝を降り、第一種敬礼を行おうとする。しかし、ドミティオス大神祇官は優雅に手を振って拒否を示した。

 

「構わないよ。私は皇族の人間だが、御稜威を感じる必要などないさ。ムダは省いて、合理的にいこう」

 

 気さくそのものの態度で、大神祇官は中央の革張りの席についた。促されるまま皆席につく。護衛たちが囲むようにして囲いを作った。

 

 全員が緊張したまま彼の言葉を待った。当たり前だが、皇族と話す機会などない。将来を考えれば、五大貴族長子ルトリシアも似た地位にあるが、現時点では比べようもない。

 

 そんな大人物が、眼前で気軽に指を組んでいた。

 

「そんなに緊張しないでくれ。今日は、自己紹介程度を想定しているからね」

 

 すべてを見通すような透き通った瞳だ。大神祇官は、候補生たちに自己紹介させるよういった。オスカル教官は大戦の英雄ということもあって、とくに紹介を求めなかった。

 

 超権力者であるその男の方針に否はない。準繰りに候補生挨拶し、アンヘルの順番となる。

 

「私は、二回生伍科のアンヘルと申します」

 

 短い紹介だが、相手の立場を鑑みれば長々話すことのほうが悪印象である。簡潔そのものだったが、やはりというか、それは波紋を起こした。

 

「伍科、なぜ伍科のやつが」

「みない顔だと思ったが、なぜあのような者が」

 

 ヒソヒソと陰口が広がる。面倒だなと思ったが、抗弁の余地はない。次の人物に移るの待ったが、それを静止したのは大神祇官だった。

 

「アンヘル君、か。失礼だが、予定の人物になかった気がするのだが」

 

「私の補佐役だ」

 

 返答したのはクナルだった。護衛たちに、己が主君に対して働かれた無礼に怒気と緊張が走る。しかし、彼はまるで意に介さず暴挙を続けた。

 

「別に構わんだろう。一人で来いなどと指定されたわけでもない」

 

「ふふ、そうだね」

 

 ドミティオスは、愉快だといわんばかりに笑みを深めた。風貌通りというか、どうにも貴族らしさに欠けるな、というのがアンヘルのファーストインプレッションである。

 

「寧ろ助かるくらいだよ。内容を考えれば、ね」

 

 飄々とした態度で肯定を示す。オスカルは抗議をしたいのだろうが、さすがにこの人物に物申すほどではなかった。

 

「では、気になっている内容について話そうか。ああ、これは、最優先秘匿事項であることを理解してほしい」

 

 途端に部屋の空気が固まる。破れば軍法会議の末、斬首の憂き目にあう、国家機密に属する類の内容だ。候補生程度が易々と絡める内容ではないことは明白だった。

 

 ドミティオスは宣託をするように、厳かに告げた。

 

「では、君たちに任を与える」

 

 手を振って合図をした。護衛たちが黒檀の長箱を運んでくる。その厳重な装いが、どれほどの重要性なのかを物語っていた。

 

「宝剣ドゥクス・グラディウス。帝国の誇る宝剣警護を君たちにまかせたい」

 

 初代皇帝の父君カエルノが持った最強の魔剣が、ここに鎮座していた。

 

 

 

 §

 

 

 

「今回の事件は十七魔剣の発見から始まっています」

 

 嗄れた声が、護衛の女性と思われるその喉から発された。冷たい瞳が、方々を睥睨していた。

 

「十七魔剣。ここ十年で発見された魔剣の中でも、際立って強力な代物です。その配分を巡って三勢力が舌戦を交わしていました。事態が変化したのは、我が主君がオスゼリアスに入られてからです。それまでは、内々で済んでいたのだが、ついに実力行使に及んだ勢力が現れたのです」

 

 ここまでは、アンヘルが方々から聞いた内容と合致している。ベップいわく、帝都からの高官が、十七魔剣を持ち帰ろうと画策している、という噂を収集していた。

 

「諸君は、この十七魔剣にまつわる伝説を存じていると思います。そう、『幻の十八振り目』についてです。

 今回、宝剣は修繕のためにオスゼリアスへ運んだのが、各勢力には幻の魔剣を持ち出そうとしているように見えたのでしょう」

 

 その説明で、漸く、此度の騒動の全体像が見えはじめてきていた。

 

 時期に見合わぬ大人物の来訪。その隠密行動が、宝剣を幻の魔剣へと誤認させてしまった。

 

 そのうえ、オスゼリアスは、元老院派閥の総本山であり、彼らが大きな権力を握っている。セグーラのような地方とちがって、民会や皇帝派の影響が及ばない。皇帝派筆頭株のドミティオス大神祇官には、現地の軍勢力を動かす力はなく、どうしても動かせる駒が少ない。

 

 以前の話が大きくなって到来している。アンヘルは話の大きさに喉を鳴らした。が、まるで意に介さない奇人が存在した。

 

「ならば、公表すればよかろう」

 

「たしかに、そうだね」

 

 その不躾な言葉に、アンヘルは戦々恐々とするばかりだ。オスカルが静止の言葉を投げかけるが、まるで無意味である。天上天下唯我独尊を自で行く男だった。

 

 ドミティアス大神祇官はさして気分を害した様子はない。にこりと微笑んだ。

 

「けれど、そうはいかない」

 

 帝国の父カエルノが持った宝剣を、無闇に晒すことはできない。面子以上に、政治的判断でもある。皇帝派として、元老院派の意見を易々と呑めない裏事情があった。

 

「というわけで、宝剣の警護を頼みたい。むろん、補助程度の役割だ」

 

 ドミティオスは極秘でオスゼリアスに訪れているが、政治屋として、極秘に有力者と会談を持つ必要がある。今回の依頼は、主人が出張中に薄くなってしまうのを警護したい、ということであった。

 

 部屋に弛緩した空気がやっと流れる。幾ら何でも宝剣の護衛を候補生如きに担わせるなど正気の沙汰ではない。騎士たちが核になると聞いて、ほぼ全員が安堵した。

 

 黙りこんだ候補生たちを見て、オスカルが一歩進み出ながら、

 

「失礼ながら、ご質問の機会を頂けますでしょうか?」

 

 といった。

 

「なんだい」

 

「どのような相手でしょうか?」

 

 その不安げな声は、候補生には荷が重すぎるのでは、という副音声すら聞こえてきそうなくらいだった。

 

「心配しないでくれ。本丸はこちらで担うからね」

 

 詳細はアグリッサから聞いてくれ、とドミティオスが言うと、女はペコリと頭を下げた。仰々しい内容だが、宝剣の価値を鑑みれば当然の処置だった。

 

 候補生側もやる気を見せている。話自体は大きいが、責任の程は小さく、なにより大神祇官に能力をアピールする機会だ。

 

 むろん、危険はある。皇帝派の中枢に位置するドミティオスを失墜させるいい機会だ、と地下に潜っていた連中が動きだし、謀略を企てる可能性は間違いなくある。

 だが、白昼堂々と暗殺者を送り込んでくるほど力のある勢力は存在しないと判断できる。この凄腕の護衛を掻いくぐって暗殺や宝剣奪取を実行可能な人材は帝国広しといえど名の知れた軍人だけだろう。つまり、起きても小競り合い程度だ、此処にいるすべての候補生がそう理解していた。

 

 名前だけでも覚えてもらいたい。

 候補生の意思が統一されたとき、都合よく相手側から会話の糸口を放ってくれた。

 

「折角の機会だし、君たちのことを聞いておこうか」

 

 ドミティオスは腕を組みながら、なにがいいかな、と頭を捻った。

 

「そういえば、オスカル君は特待生科の廃止を主張していたよね」

 

「は、ご不快に感じられたのであれば謝罪します」

 

「いやいや、気にしなくていいよ。私は貴族で、しかも軍権も持っているけど、実際に指揮した経験はないし、そもそも魔の法自体を扱えないしね」

 

 カラッと笑う。衝撃的な事実にもかかわらず、まるで気負いない態度だった。

 

「じゃあこうしよう。現在の軍体制について改善点を聞きたいな。遠慮ない意見を聞かせて貰えると助かるよ」

 

 テスト問題を出題する教師のような笑みを浮かべた。ピリッと室内が再び緊張に包まれた。

 

「じゃあ、セントール君から頼むよ」

 

 最初に指定された候補生はアンヘルに対して侮蔑的陰口を叩いた青年だった。胸には上科のワッペンが輝いている。突如振られた質問であるにもかかわらず、セントール候補生は迷わなかった。

 

「は、私は、オスカル教官と同じく、特待生科の廃止に賛同します。なぜなら、軍は政治から独立し、その力をなんの障害なく振るようにしなければならないからであります。ご存知のように、現在の士官学校では、任地は基本的に士官学校内の成績ではなく、在校中に得られた縁によるところが大であります。しかし、現代の戦闘に当て嵌めれば、より実力主義に移行した新たな軍を組織することが、帝国発展の礎にならんと私は確信しております」

 

 はきはきと答えた候補生に、ドミティオスは満足そうに、

 

「なるほどなるほど」

 

 といった。

 

 こうやって若者が世情や軍内情について論じるのは、今の帝国ではけっして珍しくないものだった。とくに士官学校でこなれてきた上級生たちは、囲ってくれる貴族主催の茶会において、思想や世務について語りあうのが通例である。

 

 道場内での談義が、一般化してきたのは世が不安に揺れている証左なのかもしれない。東方一刀流のような芋流派――広く信奉されているとはいえ、流祖が百姓ということもあり、政治思想には疎い――では、ほとんど見られない光景なのが悲しいところだが。つまり、ここにいる連中は、オスゼリアス一円の、金剛流などにはじまる名門の流儀を学んだものたちだ。

 

 他の候補生たちも、各々、

 

 ――能力主義への移行。

 ――現体制の貴族が指揮官を務める規則。

 

 など、思うところを述べた。大体が、反体制的思想である。

 

 全員腕は立つが、あまり主流に乗れていないマイノリティである。なまじ実力があるがゆえに、自分たちを重用しない貴族たちに蟠りがあるのも当然と言えば当然であった。

 

「先進的だね。こんな極端な意見は、議会ではないからねぇ」

 

「ドミティオスさま。これ以上は――」

 

「いいじゃないの。学徒の意見を聞く機会なんてないんだから」

 

 アグリッサの諫言を無視して続けさせた。護衛たちの、またか、という空気が蔓延した。この男は、その風貌どおりに、地方では割合好き勝手に動いているらしい。

 

「オスカル君の思想は中々根付いているようだ」

 

「いえ、候補生たちが自立した結果であります」

 

「謙遜しなくてもいいよ。帝都では、こうはいかないからねぇ」

 

 第二代皇帝の人気を失墜させた政策にして、負の遺産である反逆罪。これは政治的批判だけでなく、酔っ払いの戯言のような誹謗中傷ですら、適用範囲内となっている。現在は使われないが、御膝元とあっては、言葉や主張を選ぶ士官候補生が多い。自由に語れるのは、帝都から離れたオスゼリアスの特徴でもあった。

 

「同じ意見ばかりでもつまらないし、反対意見はあるかな?」

 

 続いて、もう一人の男が手を挙げた。ポールという肆科生である。おっかなびっくりに、現体制を擁護する意見を吐いた、のだがかなり怪しい論拠だったため、周囲は呆れ顔をみせた。

 

 これはつまり、態と反対意見を述べることで目立とうとしたのだ。ただ、明らかに不足ある根拠だったため、失敗した。

 そもそもとして、此処にいる面子は現行の体制で上手く貴族に取り入ることができない非主流派の人材が集まっている。やり方自体は賢いが、勇足の早合点であった。

 

 だが、ドミティオスは馬鹿にすることなく聞きつづけ、

 

「なるほど、なるほど」

 

 と頷いた。どうにも、権力者らしからぬ態度というか、なんなら冴えない学者のような男である。というのが、衆目の意見だった。愚鈍な皇帝を支える忠臣、という世評がまるで当てにならない。

 

「クナル君にアンヘル君だったかな? 君たちの意見はどうなんだい?」

 

 まったく我関せずといった様子だったクナルに矛先が向いた。が、この男。もう完全に「大物」そのものと言った様子で、我が道を行った。

 

「どうでもいい」

 

「それは、どういうことかな?」

 

 さすがの大神祇官も予想外の反応だったのか、ポカンと口を大きく開いた。

 

「軍体制や(まつりごと)など興味もない。論じたいのなら政界へゆけ」

 

 完全に軍人としてあるまじき思想だった。男児たるもの、夢を語らぬしてどうする。というのが帝国男子の規範だが、こんな男も珍しかろう。ラシェイダという部族に生まれついた者特有の思考かもしれない。

 

「こら、なにを言っているんだっ!」

 

「私にとって、軍など舞台装置にすぎん」

 

 教官に倣いアンヘルも睨むが、まるで気にした様子がない。護衛たちも呆れているのか、しらーとした空気が流れた。

 

「究極だね。すごいものだ。この歳でそこまで切り捨てられるなんて」

 

 ドミティオス大神祇官はさぞ関心というように笑っている。大人物とは、こういう物怖じしない武者を好むのかもしれなかった。

 

 対照的に、褒められた? クナルは興味なさげに明後日の方角を見ていた。疫病神で御免なさいと、心の中で謝罪したアンヘルであった。

 

「残りは、アンヘル君。どうだい?」

 

 問われて、アンヘルは一瞬思考を高速で巡らせた。どうすれば、最適か。頭に今までの情報が駆けめぐった。

 

 唇で口を舐め、喉を鳴らしてから、ゆっくり、

 

「分かり、ません」

 

 と告げた。

 

 空気が凍った。誰もがアンヘルの告げた言葉を飲み込むのに時間がかかったのだ。遅れて、候補生たちから失笑が漏れた。オスカルも目を丸くしていた。

 

「別に難しく考えなくても。大したことじゃなくてもいいんだよ」

 

「申し訳ありません。私には、難しすぎるようです」

 

 今度こそ、隠しもしない失笑が沸きおこった。「さすが伍科」という罵声がが、次々と飛んだ。アンヘルは目を伏せた。オスカルも、しまったな、とため息をついていた。

 

「よーし、よく分かった。今日は解散してくれていいよ」

 

 アグリッサから詳細を伝えさせるから、とドミティオス大神祇官は立ち上がる。ヒラヒラと手を振ると、軽やかに出て行った。

 

 部屋には候補生たちが残る。上位者が退出してすぐに出るのは無作法にあたる。アンヘルは、候補生たちから突き刺さる侮蔑の視線に耐えながら、ジッと待機した。

 

 オスカルの慰めを聞きながら、これからについて思案する。アンヘルはまだ演習中の身だ。忙しい日が来るだろう、と予感した。

 

 少し経ってから、候補生たちが去ってゆく。アンヘルも退出しようとして立ち上がる。

 

「貴様は、意外に上昇志向が強いのだな」

 

 どうでもよさそうに告げてきた。その洞察力は侮れない。アンヘルは彼の能力について上方修正を加えながら、背に続いたのだった。

 

 

 




迷宮探索のはずが、よくわからない方向にずれていく主人公
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