イセカイ&ドラゴンズ   作:原田孝之

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第十二話:探索も佳境となりて

「はぁ? まだ、そんなところウロウロしているのか?」

 

「まあ、そうなんだけどね」

 

「もう演習が始まってから十日だぞ」

 

 呆れたようなベップの口振りに反論する余地なく、アンヘルは肩を落とす。輝く銀河の光が降り注ぐ星月夜だというのに、ジリジリ茹だる熱が、湿気を伴って狭い寮部屋に充満していた。

 

 今は夏聖祭最終日の夜である。三日間あった祭りは盛大に幕を下した。その名残を残したベップは酒を浴びるように飲んでいたが、大して酔った風ではない。その颯爽とした金髪らしく、蟒蛇であった。

 

 そんな声を聞きながら、二段ベッドの下で天井を見ているアンヘルは、上の住人に対して反論した。

 

「あんまり、班の連携が上手くいっていないというか」

 

「ま、そっちも大変なんだろうがな。でも焦ったほうがいいんじゃねえの?」

 

「でも、十日近く余裕は残っているし……」

 

 クナル班の異常早期踏破の影響で、今年度のクリア最終ラインは二十日目の迷宮ボス復活までである。迷宮内の解明されていない内情を鑑みると、早目にクリアしたほうがいいのは誰もがわかっていた。

 

 ベップは半笑いになりながら、顔だけをずいっとベッドから出して下を覗きこんだ。

 

「まだ中間のゴーレム二体すら倒していないんだろ」

 

「ええっと、もうちょいだね」

 

「一応いっとくが、終盤のほうがキツイぜ」

 

「分かっているけど、ね」

 

「おいおい、弱気だな」

 

(焦りの元凶はそもそも君らの異常な踏破にあるんだけど……)

 

 が、そんな愚痴をボヤいても、徒爾に終わることは明白である。なにより徒に甘えることは気恥ずかしかった。ちっちゃなプライドがある彼らしい態度である。結局、ぼりぼりと頭を掻きながら、話題を変えることになった。

 

「聞きたいんだけど今何してるの? 訓練とか?」

 

 ただ、アンヘル自身も言ってみてもなんだが、そのあり得なさに語尾が小さくなった。上段のベッドから笑い声が漏れてくる。

 

「ないない、あの班長どのが俺たちに期待していると思うか?」

 

「やっぱり?」

 

「俺たちゃ数合わせよ」

 

 探索演習も佳境となり、連携や作戦を研磨する小隊は多い。魔導銃・弩と剣の連携に、拳闘などインファイト戦術、大物を使った大火力や召喚術や魔法を使った個人技能。多種多様な得意技に磨きをかけ、候補生全員が『試練の塔』を駆け登っている真っ最中であった。が、それをたった一人の力だけで踏破してしまったクナル班には、連携訓練など必要ない。日頃、ベップが暇そうに校内を練りあるいており、他の班員たちも自由に訓練している様子だ。

 

 余裕さが羨ましくなり、アンヘルはゴロンと寝返りを打った。二段ベッドを見ていると、その圧迫感もあってか蹴りたくなる衝動に駆られるのである。

 

 すると、ヒョイとベップが二段ベッドの上から飛びおりた。月光に照らされた金髪が、きらきらと輝いていた。

 

「そっちこそ日頃何しているんだ」

 

「……訓練とかだよ」

 

「大変そうだな。そっちは確かソニアがいるだろ?」

 

 ベップは彼女のことを知っているのか、やれやれと首を竦めた。

 

 この男は交友関係が広く、機知に富んでいる。このような人の機敏を察せられる能力が彼の抜け目なさを支えているのだな、とアンヘルは実感した。

 

 もう一つある寝台には、アルバの小さな身体が毛布に包まれていた。顔まですっぽりと覆われている。スウスウと呼吸に合わせて、毛布が上下に揺れていた。

 

「アルバはどうしてるの?」

 

「しらねぇ。いつもみたいに一人で訓練してんじゃねえの?」

 

 雑な返しだが、致し方なかった。班長が何も言わぬ以上、集合する義務はないのだ。プライベートに干渉するほうが野暮というものだろう。

 

 ふと、窓の外の月が窺えた。その方角にはアリベールの住む邸宅がある。今月は護衛や演習によって金が入らないので、借金が返せず、機嫌は悪くなる一方であった。

 

 窓の外を眺めていたベップがふと、こんなことを呟いた。

 

「そういえば聞いたか? 夏聖祭の騒ぎに乗じて、街で物騒な事件が多発しているって」

 

「知らないけど、どんな事件?」

 

 それ以上に物騒な事件であるドミティオス大神祇官の話については、街中でもまったく広まっていない。アンヘルもいうつもりはなかった。

 

「なんでも、吸血鬼が出るって話さ。真夜中、黒い外套を靡かせながら、白い牙が月光に照らされるいる、らしいぜ」

 

「なにそれ? 流石に妄想激しすぎない」

 

「けど、結構な目撃者や被害者もいるらしいぜ」

 

「ふうん」

 

「興味なさそうだな。夜中に剣を振り回す吸血鬼だぞ?」

 

「ええっと、剣を振り回すの? それなら只の辻斬りなんじゃ」

 

「まあ、血を吸うわけじゃないらしいが、それでも格好は吸血鬼なんだろ。しかもそれだけじゃねえぜ。幼い少女を攫うらしい。最近は十八魔剣についての都市伝説もすげえ流行ってるし。ひいい、怖いねぇ」

 

 ベップは心底愉快という様子で、歯を見せて脅して見せた。血を吸う怪物。神話の世界の魔物を茶化す彼は、あまり熱心なミスラス教徒ではなかった。

 

(吸血鬼ってのは眉唾だけど、でも夜に出歩くのは注意しよう)

 

 七八小隊には素晴らしく情報収集能力に優れた新聞社の息子、エセキエルが存在する。このような本物の社会情報などは、魔剣などの都市伝説と違って彼の本職だろう。親の仕事道具をぺらぺら喋るかどうかは、かなり微妙ではあるのだが。

 

 明日からも、また探索演習が始まる。アンヘルは無理を言って、宝剣の護衛任務から外してもらい、数日間探索演習に集中できるよう日程を変更してもらったところだった。ここから数日が勝負だと、気合を入れたが、釘を刺すような言葉が放たれた。

 

「そんなに焦んなよ。半数近くが踏破しているとしても、な」

 

「――は、はんすうが踏破?」

 

「知らないのか? これからは間引きの頻度も下がるから、難易度は上昇するだろうな」

 

 アンヘルは完全に硬直した。約十日で半数が踏破。流石は奇跡の年と呼ばれる第二一三回生である。クナル班には及ばずとも、その能力はずば抜けていた。が、それに含まれぬ者にとっては疫病神そのものである。夜風の暑さが、世界の厳しさを物語っていた。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 夏聖祭の間は士官学校も閑寂としていた。オスゼリアス最大の祭りとあっては、士官学校側も休校せざるをえない。無論のこと、候補生であるユーリも例外ではなかった。

 

 沿道では市民が熱狂し、紙吹雪を撒き散らした残滓が残っている。鳩が舞い、歌が盛大に奏でられた形跡は見渡せなかった。祭りの翌日とあって、どこか浮かれ気分の候補生たちが校舎を闊歩している。ユーリはその様子を観察しながら、会議室に向かっていた。

 

 ――みんな、この話を聞いたらびっくりするぞッ。

 

 もう迷宮探索演習を終え、次の遠征演習に向けて訓練を重ねている同輩たちを尻目に、ユーリは浮かれた気分を隠せないでいた。その足取りは軽い。かっぽかっぽと、ホップスッテプの要領でその長い石造の廊下を進んでいた。

 その錆びたドアの取っ手をひねった。狭い室内には、七八小隊の面々が意見を戦わせていた。その光景は、過去と一味違っていた。

 

「だから、あと数日で第二十層の木偶人形を撃破して、一度帰還します。これは、班長の権限で決定しますッ!」

 

「もう時間はないのよっ。一度力を溜めて、一気に最終層まで攻略してしまうの。それしか方法はないわッ!」

 

「そうやではんちょ~。ちょっとウチらも急がんと」

 

 あれ以来、変化したのはエルサだけではなかった。ソニアの意見に、ユウマが援護をする。彼女たちには、あの決闘騒ぎを通じてなにか新たなものを得たのは確かだった。対照的に孤立していったのはエセキエルだった。彼のソニア憎しの感情は消える気配がない。勿論、実害を及ぼす悪行に身を染めたりはしないが、その敵意が悪い方向に働き、発言力は明らかに低下していた。

 相変わらず、アンヘルだけが部屋の隅で佇んでいる。それだけが変化しない点だと思ったユーリは、手伝わない彼を叱ればいいのか、安心すればいいか、よくわからなくなった。

 

 ユーリは部屋の片隅で一人ボケッと立っている彼に近寄ると、進捗状況を尋ねた。曰く、迷宮探索の日程が決まらず、こうやって意見を戦わせていたらしい。

 

「でも、ボクたちも急がないとね」

 

「そうですね。これから、どうするべきですかね」

 

 アンヘルらしく、凡庸な内容のない意見だった。

 

 この波風立てない事勿れ主義はいつからだったろうか。演習が開始した当初、彼も多少なりともやる気を見せていたはずだったのに、と記憶を辿った。

 

(そうだ、決闘騒ぎの後からだ。姿を消すようになったのは)

 

 倦怠感の滲んだ微笑み。くたびれた声。最近になって伺えなくなったものの、堪えきれない苛立ちのような何かが燻っているのを、ユーリはほんの少しだが感じていた。

 それが何なのか、尋ねる勇気がなかった。彼らの関係はけっして不仲ではなかったが、悩みを打ち明けるほど踏み込んだ関係でもなかった。互いのことを何も知らない。好みも、家族関係も友人構成も、なにもかも。

 

 唯一分かっているのは、実力を隠している、それだけであった。

 

 何度かアンヘル抜きで班内訓練が行われた。当然、ユーリ(ついでにエルサ)は、ほとんどの訓練で勝ち星を拾うことはできなかったが、彼ならいい勝負ができるのでは、と感じる場面はいくつかあった。

 

 ユーリの剣術は金剛流を学んだリチェグ師範に教えを受けており、師範の得意だった相手の呼吸を読むことに特化した流儀である。中でも、相手の実力を読むのは、最重要とされていた。実力不足によって、班員の能力を完全に把握できなかろうとも、アンヘルが実力を隠していることはわかっていた。

 

 実力を隠していることに対して苛立ちを覚えないか、と問われれば、ユーリ側にも多少の蟠りがある。当然だ。チームの能力が成績に直結するのだから。しかし、それを恨むほどではなかった。

 実力を隠す候補生は珍しくない。事実、連携訓練をサボる生徒や、そもそもの剣術は自分の道場だけで学ぶなど、クナルのような個人主義の候補生はかなり多い。

 

(参科のベップっていったかな? あれは、強かった)

 

 技を見せびらかす風潮がないのも事実だが、それよりも重要なのは、学校内の蔓延する低学力蔑視傾向である。元々学力が優れるものは、大抵の場合出自も優れているものである。だからこそ能力ある生徒は実力を隠す。己を引き立ててくれる上科の班長や特科の生徒に出会うその日まで。差別の中で、己の能力をひけらかして悪目立ちをした末に、失意のまま学園を去っていく愚か者にならぬため。

 

 それにユーリは信頼もしていた。危険が迫れば戦ってくれるだろう、と。野心家だが、仲間を見捨てられるほど冷血漢ではないと、日頃の態度からなんとなく察していた。

 

「わかった。ありがとう」

 

 ユーリは笑いかけた。

 

(けど、ボクはフォローしても小隊はどうなるかわからないよ)

 

 小隊内の疎外感はことの他強い。とくにアンヘルに対しての空気は部外者そのものである。ソニアやエセキエルは、もうすでに居ないものとして扱っていた。意外に難敵は最後にまで残るものである。

 

 そういえば、良い知らせを持ってきたんだよな、とユーリは思いだす。未だ結論の出ない会議に打ってでた。

 

「ねえ、皆ちょっと聞いてもらえる?」

 

 両手をバンと机に叩きつけて注目を集めたユーリは、己の提案を話し始めた。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 闇の中で、びちゃびちゃと粘着質な音が響いていた。

 

 金色の髪の男は、上質な暖かい椅子に腰かけながら、椅子の顎を撫でまわしていた。

 

「中々耐えられるようになってきたな」

 

 男は無言のまま顎を撫でていた手を移動させ、背中にまたがる主人の重みに耐える椅子の白い膨らみに指を置いた。未だ大人の女性とはいえぬ年頃の肉付きである。成長途中なのか女性特有の豊かさはなかった。

 

 男はぎりぎりと手を絞った。椅子は甘さと痛みの混じりあった悲鳴を零した。それは、長らく主人の愛撫になれた反射的な動きで、背に乗る主人を揺らすことはなかった。椅子は健気に唇を噛んでいる。がらんどうの瞳で虚空を眺めていた。

 

 男は、騎士団の会談場所での会議をゆっくりと思い出していた。

 脳裏には、力を受け取った瞬間が未だくっきり残っていた。いままでの魔法を簡単に凌駕する能力を持ちながら、しかし、己の大事なものを犠牲にせねばならない。

 ごくりと、唾を嚥下した。力をこめた掌によって、肉がぎゅっと押しつぶされた。椅子は体中を這いまわる手にじっと唇を噛んでいたが、主人の変わりように、気分を損ねたと勘違いしたのか、媚びるような視線を送った。

 

「この子猫を、私は捧げなければならぬのか」

 

 その視線を受けた男は、優し気に椅子の髪を撫でた。椅子は目を閉じて、主人の行為に目を閉じて感じ入っていた。

 

 ほぼ同時、部屋の片隅に人影がたった。

 

 服は黒く張り付くような狩人服をまとっている。金髪の輝くような髪を靡かせ、神秘的な近寄りづらい美を持っているが、顔に嵌るぎらついた病的な目だけが冷たく輝いていた。

 

「……イドゥンさま、ですかな?」

 

「……」

 

 突如として現れた謎の女に、男は椅子から腰を浮かせた。

 

「何か御用ですかな?」

 

「……」

 

 女は興味なさげに椅子を見つめていた。酷く冷淡な眼である。年頃としては興味対象の少し上くらいであるのだが、まるで人間を下等生物としてい見ているような目が、男は酷く苦手であった。

 

(そもそもとして、女神の名前を騙るなど、イカれているとしか思えない)

 

 とはいっても、この女は男の主筋にあたる人物の配下である。これで実力が大した事なければ何とでもなるのだが、授けられた力を行使しても容易く負けるとあれば、従わざるを得ない。

 

 金髪の少女は後頭部で一つに括った髪を弄びながら、いった。

 

「人間。相手は馬車で郊外にゆきます。失敗できませんよ」

 

「分かっています」

 

 男は苛立たし気に近くの机の上にあった水を飲み干すと、それを叩きつけるようにして置いた。椅子が再び脚にすがりついてくる。反応するのも面倒だと、そのままにさせた。椅子は舌を鳴らして毛の一本一本まで舐めつくしていく。子猫がミルクを舐めるような音が間断なく続いた。

 

「問題ありません」

 

「ならばいいでしょう」

 

 女の歪んだ笑みが長く尾を引いて流れた。完全に陰と同化して、闇のように姿が掻き消える。男はあまりに不気味な女に呻くと、椅子の顔を踏んづけた。靴のままぐいぐいと可憐な顔を踏みつけにする。椅子は苦しそうにえづいた。

 

 長い行為に、椅子の呼吸が浅くなった。男は気を取り直して、

 

「すまないね。苦しかったろう」

 

 椅子は喘ぐようにして呼吸を整えた。その瞳は恐怖一色だった。

 

「そして、本当にすまない。私もこのようなことをしたくはないのだ」

 

 そうして、男は椅子の下側に思いっきり手を突きこんだ。手刀のような形である。

 椅子は己の肉体に貫入してきた異物に一瞬呼吸を止めた。窓から差し込む儚い光が椅子の悲し気な横顔にまっすぐ降りそそいだ。

 

 男は、ぐいぐい、ぐいぐい、とさらに奥へと入っていく。白い二股の間から、鮮やかな赤が流れていく。純白の雪に色でも塗りたくるように、彩っていった。

 

 美しい対比である。

 

「すまぬ。すまぬ。かならず仇は取って見せるぞ」

 

 男は涙を流しながら、謝罪を繰り返した。

 

 椅子はあぶくをぶくぶく口から漏らしながら、虚ろな眼で主人を見た。全身から力が抜ける。椅子は崩壊するようにして、地面へと倒れ落ちた。じくじくと脚部の間に染みができる。大きな池となった。

 

 男は最後に一際大きく突き入れると、肘まで貫入していた手をずにゅっと引き出した。手元にはぴんく色の肉が絡みついてた。

 それを近くにあった剣へと捧げる。手元の肉が消え去ると、まるで力がチャージされたかのようにして、魔剣は光を取り戻した。

 

 男の髪は銀色へと変わっていた。

 

 

 

 § § §

 

 

 

「あなた、意味分かって言ってるの?」

 

「そやでそやでぇ。ウチはアホウやけども、それは無理やってわかるわぁ」

 

 提案は、立ち上がったソニアたちに否定された。エセキエルも沈黙を守っているが、腕を組みじっと睨んでいる。無言の圧力が拒否を示していた。

 

 うぐっと息が詰まりそうになるが、それでもユーリは一歩も引かず、意気高らかに語った。

 

「ボクも合同小隊が迷宮ボスを倒すために結成されることは知ってるよ。今まで探索のために合同班を組んだ小隊は存在しないことも」

 

 合同小隊は、迷宮ボスを倒すために結成されるものである。今年はクナル班(というかクナル単独)で撃破してしまったが、存在自体は珍しくない。

 

「でも、合同小隊について規定されているルールは存在しないんだ」

 

「たしかに、そやけどなぁ」

 

 ユウマが合いの手を入れると、ソニアが険しい顔で椅子に座った。

 

「過程点はどうするの? それに合同小隊を使って踏破なんて外聞も悪いわ」

 

 迷宮探索演習は事前に探索計画を提出して、挑むことになっている。内実は違おうが、率いるリーダーや計画担当が大きく評価されることは、過去のデータを洗った時点で確実となっていた。

 

「ボクらが、率いられる側だったとしたらね」

 

 ユーリは自信満々に笑みを深めながら、懐から一枚の紙を取り出した。

 

「これを見てほしいんだ。これは、ボクの同部屋の了承書なんだ。彼みたいに、無理な探索で仲間を負傷させてしまった班は少なくない。そんな班を集めて、適切に指揮、そして踏破へと導く。勿論小隊個々人の評価は低くなるけど、リーダーシップや機転に関してはかなり高く評価されると思う」

 

 ユーリの案は、負傷してしまい立ち行かなくなってしまった小隊や同じように低層でウロチョロしている弱小班を下に置いた合同班を作ることである。例年の合同班でも中核を成した班は高評価を得ることが多いことを利用した、新戦術であった。

 

「このまま突破したほうがいいのは分かってる。けど、失敗するくらいなら、裏技を使うべきだと思う」

 

 その意見に、全員黙りこんだ。このままでは踏破ができないと誰もがわかっていた。

 

「これしか、ないわなぁ」

 

「……そう、ね」

 

 渋々ながら、ユウマとソニアが頷いた。

 

「これでいいよね。エルサさん?」

 

「うう、はい」

 

 エルサは涙ぐんでいた。ユーリの近くに来るとその手を掴んで、何度もお辞儀をした。無理をしていた、ということなのだろう。班長業にはほとほと向いていない性格であるにもかかわらず、チームを纏めるハメになったのである。

 

 その仰々しい態度に、ソニアは毒気を抜かれていた。

 

「ソニアさん」

 

 彼女は威圧するように腕を組みながら背もたれに身体を預けた。鷹揚な姿勢だ。エルサも身体の前で指を絡めて彼の発する言葉に注意を払っていた。

 

「なに?」

 

「今回の合同小隊計画。あなたに任せても構いませんか。もちろん、エルサさんが承諾すればですが……」

 

 その言葉にソニアは面食らったのか瞠目していた。彼女自身も好き勝手やったことに自覚があったのか、ここで頼られるとは思いもよらなかったに違いない。

 

「私は、構いません。けど、どうして……」

 

 突然の提案に、班長のエルサはソニア以上に動揺していた。視線をユーリとソニアの間で行き来させる。席に座ったままだが、立ち上がって抗議の声を上げそうだった。

 

「ソニアさん。あなたが計画を担当するのが、もっとも効率がいいと思うからです。最初は対立してしまいましたが、総合力でいうなら、貴方がもっとも優れていると感じます」

 

 ユーリは色んな思考を重ねていった上で、最終的に導かれた結論を語った。ソニアは間違いなく優秀だ。実力も、頭脳も、その指導力も。強いて言えば、性急な所が欠点だが、それを他で補えばいいのである。

 

「ここで改めたいと思います。班長はエルサさんです。ですが、指揮には向いていない。なら、向いている人がやるべきです」

 

「それが、私だと?」

 

「そうです。あなたに、指揮を任せたいのです」

 

「つまり、私に班長を、ということかしら?」

 

「あくまで実行指揮です。行動指針はエルサさんが立てますが、実行するのはソニアさん。役割分担です」

 

 完結にいうと副隊長の任命である。冷静な隊長が指針を示し、優秀な副隊長が実行する。らしいといえばらしい、実に七八小隊に適した組織構造であった。

 

「ユーリさん?」

 

「ごめんなさいエルサさん。けど、ここでボクたちは変わらないと。そう思うんです」

 

 その言葉は、静かだったが、より克明に響き渡った。誰も反論を告げる余地はない。場を支配していたのは彼の言葉だった。

 

「ずっといがみ合ってきましたが、ボクたちは、同じ目的を持つ同士なんです。共に、演習達成を目指しましょう」

 

 ユーリは笑顔で言った。優しい言葉だったが、されど迫力があった。有無を言わせぬ、意思の強さが瞳の奥で輝いていた。

 

 ソニアは目をパチクリとさせていた。目を伏せ、決まり悪げにしたを向いている。ユウマも、今までの対立構造を作り出していた自分を悔いているのか、口を一直線に結んでいた。

 

「私にどうすればいいっていうのよ?」

 

 ソニアは小さく尋ねた。声は沈んでいた。

 

「班長と同じように全体の指揮をとってください。ただし、エルサさんの許可が必要。ただ、それだけです。エルサさんも構いませんね?」

 

「え、ええ。私は……その、ユーリさんがいうなら」

 

 エルサは頬を朱色に染めながら賛同した。班長が同意し、そして残りはソニアの同意のみである。意外にも、彼女は迷っていた。

 

「だめ、でしょうか?」

 

「……ひとつだけ、聞かせて。私が指揮を取るとなれば、評価されるのは私になるわ」

 

 合同小隊は小隊内だけでなく、他班を巻きこんだ大部隊になる。自然、目も増えるため、実質的な指揮を執ったソニアに評価が集中することは間違いなかった。

 

「エルサ班長は名目上の班長だと見做されるし、あなたも評価されない。それを分かっているの?」

 

 ユーリは彼女の意見を否定せず、じっと目を見つめた。

 

「ボクたちは、一年間小隊を組みます。もしかしたら、その後も組むかもしれない。ならこの一回譲っても、大した痛手ではないと思うからですよ」

 

「信じられないわ。そんな考えじゃ、いつまで経っても、下っ端のままじゃない」

 

 ソニアは感情的になって叫んだ。見振りを加えて、大仰に糾弾する。

 それでも、ユーリは穏やかに言った。

 

「それでも良いんです。あなたは強い人だ。たぶん、自分が支えることになった事がないんだと思います」

 

 ユーリはそこでアンヘルをチラリと見た。

 

「でも、やっぱり、ボクには分かってしまうんです。あんなふうには、成れないって。でも、それは悪い事じゃないと思うんです。指揮する人がいて、それを支える人がいて。色んな人が、色んな方向を向いている。そんな小隊が、本当に強いんだってボクは思うんです」

 

 理解されないんだろうな、とユーリ自身もわかっていた。だが、ソニアは言葉につまった表情で爪を噛んでいた。まったく違う価値観。ユーリの語る言葉は優しいが、若い候補生らしさがまったくなく、徹頭徹尾、現実に即したものだった。

 

「私には、わからないわ」

 

「それで良いんです。ソニアさんは、上に立つ人間ですから。ボクたちは支える。それだけです」

 

「そう」

 

 ソニアは一瞬悩みの色を見せた。それはほんの一瞬で、すぐに立ちあがった。

 

「分かったわ。私が、実行指揮を引き受ける。勿論、班長を蔑ろにしたりはしないわ。それで、構わないのでしょう」

 

「え、ええ、はい。そうです」

 

 エルサはびっくりしながら答えた。ユウマも満足げに頷いている。

 

 場は纏まった。正確にはエセキエルが何を考えているか不明で、アンヘルも感情を伺わせない表情だったが、主導要員の方向性は一致していた。

 

 こうなるともう早かった。ユーリの場の整頓力。エルサの行き届いた冷静な思考。ユウマの和やかな空気。ソニアの指導力が合わされば、バランスの良い小隊といえた。

 

 大枠となる計画は完成し、他の小隊たちの承認および教官の承認を終えれば、計画は指導する。その段階まで来ていた。

 

 会議は解散となる。

 

 最初に消えたのはアンヘルだった。バイトである。挨拶一つ残すとそさくさと部屋を後にした。続いたエセキエルも無言で消えた。

 

 残ったエルサが、

 

「また、相談したいことが……」

 

 と俯きながら、お腹の前で小さく指を絡ませて聞いてきた。もにゅもにゅ聞き取りずらい声である。

 

 ユーリとエルサは、あの励まし以来、なぜか距離が開いていた。とはいっても仲が悪くなったわけではない。時折エルサ側が袖を掴んだり、タオルを持ってきてくれたりする関係である。カージオイド曲線のような遠回しの感情が渦巻いていた。

 

 ユーリが、

 

「いいよ」

 

 と言うと、エルサは顔を綻ばせながらユウマと共に出ていった。残ったのはソニアだけだった。

 彼女は、唇を引き絞りながら、なにかを語りたそうに佇んでいた。優しい、優しい瞳だな、とおもった。そこでユーリは、どくん、と胸が高鳴った。彼女の紅い唇が、少しづつ言葉を作った。

 

「本当に、いいの……?」

 

 頼りない、自信にない表情を受けて、ユーリは優しく微笑んだ。

 

「ボクには兄弟がいます。上に兄がふたり、そして、弟が下に。誰もが自己主張をしては家族は立ちいきません。小隊も同じです。誰かが支える方向に動かないと。それが今回はボクだった。それだけですよ」

 

 ソニアは目を伏せて、それっきり言葉を喪失した。静謐が部屋を満たした。再び顔を上げた彼女には、もう、迷いはなかった。

 

「私には理解できない。けど、その言葉、忘れないわ」

 

 ソニアはそれっきり踵を返して出ていった。彼女の心の中は誰にもわからないが、恐らくそれは、賞賛の言葉だったのだろう。神妙な顔つきだった。

 

 計画は定まった。あとは実行あるのみだ。

 

 ユーリは希望を抱きながら、迷宮探索に思いを馳せた。

 

 

 

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