イセカイ&ドラゴンズ   作:原田孝之

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第十三話:唐突な襲撃

「おい、さっきから何をやっている?」

 

 クナルの怪訝な声が部屋に響き渡る。彼はソファにどかっと座り、机の上に足を乗せた状態で呆れ顔を見せていた。

 

 古びた木造の室内には、暖色の魔導灯が光っている。未だ陽が中天に過ぎ去る前なのだが、木枠の仰々しさと隘路という立地も合間って、日照権もかくやと言わんばかりの薄暗さゆえ、灯りが灯されていた。

 

 室内中央にはアグリッサと呼ばれた女、そして護衛数人が固まっている。彼らはくすんだ栗の木の事務机の上に置かれた黒檀箱を囲むように佇立していた。

 

 アンヘルは部屋の隅、クナルが足を乗せている机で一人紙と模型に向かっていた。

 

 十七匹の羊模型を三つのグループに分ける、戻すを繰り返す。紙にはブレスト後のように、試された案が書き連ねてあった。何度も思考錯誤した後なのか、眉間に大きな皺が寄っている。内心の苛立ちが言葉尻に現れてしまっても責められまい。

 

「なにって、出された課題に取り組んでいるんだよ。一応聞いていたでしょ?」

 

「ふん、あれのことか」

 

 忘却の彼方に追いやってしまったのか、それともどうでも良いのか。彼は明後日の方向を見ていた。

 

「そもそもとして、長男の1/2が不可能過ぎるんだよなぁ。羊は十七匹しか居ないし。……助言をする人は得や損をしたらいけないんでしょ。ってことは、上手く分割する方法を考えるしかないんだけど……」

 

 十七匹。1/2。出口のない迷宮に迷い込んでしまった探求者のようにプスプスと思考停止の煙が起ちのぼる。

 

 グズグズ悩んでいるアンヘルに苛立ったのか、クナルが急に足を下げ、近くに置いてあった大曲刀を握りしめた。

 

「答えはこうだ」

 

 静止する暇もなく、大曲刀の鈍い光が閃いた。

 剛と、常人なら風を巻いて羊の紙模型やちゃぶ台を丸ごと粉砕してしまいそうな大剣を持ってして、彼が切り裂いたのは羊の紙模型一匹の胴体だった。

 

 鉄塊とも表現すべき刀が机の上に刃を立てて乗っている。周囲の物品には一切傷が入っていない。彼が精密無比に切り裂いたのは本当に紙模型だけだった。

 

「ちょ、殺す気なのッ!?」

 

 クナルは取り合わない。大曲刀を元の位置に仕舞うと冷然と告げた。

 

「見よ、これが答えだ」

 

 彼の瞳が指し示す。羊模型は十七匹の半分、八匹と半分に綺麗に分かれていた。

 

 こいつ。もしかしてアホなのか。そんな言葉を押し殺しながら、アンヘルは失望の視線を向けた。

 

「羊を半分にしただけじゃんか。これじゃ只の切り分け作業だよ」

 

「そんな謎かけなどなんの役にも立たん。そもそも、あのような男の戯言に耳を貸すなどどうかしている」

 

 その遠慮ない口振りにギョッとする。部屋には大神祇官の部下である護衛たちが同じように詰めているのだ。チラリと顔色を伺うと、護衛たちがぎょろりとした目を向けていた。顔を近づけ、ヒソヒソ声に変える。

 

「何考えてんのっ! ここには護衛たちが――」

 

「くだらぬ」

 

 彼に動揺はない。対するアンヘルは苛立ちに包まれた。誰しも親しみを覚えた人物への非難は腹が立つもので、無意識の内に眉がぐっと吊り上がった。

 

「君に何がわかるの?」

 

「わからぬさ。ただ、あの男は貴様が思っているような生温い男ではないだろうがな」

 

「だから、どこがそう思うの? 何も変なところはないよ」

 

 その反論をまるで意に介さない。腕を組んで素知らぬ方向を向き、嘲っていた。

 

「愚かな貴様に我が一族の格言を教えてやろう。『飼い犬ですら虚偽を働く』貴様にはピッタリな格言であろう?」

 

「…………意味が分からないんだけど?」

 

「理解力がないな。つまりは誰でも――」

 

「貴方がた。聞こえていますよ」

 

 会話を遮ったのは、護衛の中心人物であるアグリッサであった。表情に変化はないが、その無表情が怒りを抑えているようで、般若に見えた。

 

「狼藉の数々。日頃ならば見逃しませんよ。此度は我が主人の御意向もあって目を瞑りますが、御稜威がいつ迄も続くとは思わないことですね」

 

 クナルはふっと嘲笑を浮かべながら待機を続ける。彼の分厚い心臓が心底羨ましくなり、また何も起きなかったことに胸を撫で下ろした。アグリッサが袖を捲って腕の時計を見る。

 

「そろそろ、時間ですね」

 

 アグリッサが宝剣の収められた黒檀の箱を袋に仕舞う。それを肩に担いだ。ふたりも立ち上がる。迷宮探索演習用の刀剣とは違う、本物の武器である剣を腰にぶち込んだ。

 

「もう馬車がくる頃です。行きますよ」

 

 アグリッサの掛け声に続いて部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

「あれ? アルじゃないですかぁ。こんな所でどうしたんですかぁ?」

 

 間の抜けた声で、少女は馬車から飛び降りながら言った。

 

 ポヨポヨと二つに括られた蒼穹の髪が揺れている。幼気な少女の中に輝く明媚な美しさ。ともすれば神々しさすらある、その容貌がキラキラと陽光に照らされ、煌めいていた。

 格好は露出が多く、新雪のような白い脚や腕がほとんど丸見えだ。黒塗りの革素材の狩人服はしなやかな肢体へピッタリ張り付いていた。何度か見たテリュスから借り受けた衣服ではない。体格に合った装いだ。腰には青の短弓がある。戦闘用装備で身を固めた彼女は、どこか小慣れた風格すらあった。

 

 態度が気さくな為忘れがちだが、絶世どころか隔世の美を持っている少女である。予期せず遭遇したアンヘルは、思わず瞠目した。

 

「い、ズナさん。どうして、ここへ……」

 

 疑問も当然である。彼女はアグリッサが手配した馬車から飛び出てきたのだから。

 

 アンヘルたちは現在、宝剣の修復任務のため、オスゼリアスきっての名工トラキア・ロンパイヤが住む郊外へと向かおうとしていた最中である。

 

 馬車を引き連れてきたオスカル教官や他の候補生がその美しい少女に度肝を抜かれ視線を奪われている中、彼女は相も変わらず天真爛漫に騒ぎを振りまいていた。

 

 イズナが他人の動揺など気にするはずもない。彼女は見知った顔であるアンヘルの脇に立ち、彼の腕を全身で抱く。「嫌な匂いなのですぅ」と言いながらも笑っていた。

 

「おい、お前。その人と知り合いなのか?」

 

 尋ねた候補生はセントールである。見た目麗しい少女に気安く話しかけているが驚きなのだろう。

 

(めんどうだなぁ)

 

 紹介しろという強い念が感じられて、アンヘルは心中で溜息をついた。女性関係は往々にして面倒なものである。さりとて、迂闊にテリュスの友達を紹介するわけにもいかない。

 

 誤魔化し笑いのような曖昧な態度で煙に巻くが、相手は徐々に苛立ちを噴出させはじめた。不穏な気配にイズナがぎゅっと腕を抱いた。臭いって言ってたじゃんと思いながらも、たまらない疲労感に喘いだとき、クナルが横合いから不穏な声を掛けてきた。

 

「貴様、なんだ? それは」

 

 刺々しい声だった。候補生たちのような色目では決してなく、ゾッとする刃のような鋭い眼光が光る。全身を総毛立たせている。腰を落とし、厳戒態勢を敷いていた。手は背中の柄に回されている。強烈な敵意だった。

 

 何度も相対したアンヘルですら震える熱量である。イズナについて尋ねたセントール候補生はあまりの迫力に顔を青くしながら、そさくさと退いた。

 

 イズナの、

 

「怖いですぅ、このお兄さん、危険ですぅ~」

 

 という声がやけに滑稽だ。アンヘルは庇うようにして両腕を大きく広げた。

 

「何やってんのッ! この子は――」

 

「この子は、何だ?」

 

「彼女は只の友人で…………」

 

「とぼけるな。貴様とて戦士の一員だろうが。気づいていないとは言わせんぞ」

 

 アンヘルごと切り殺しかねない闘気が迸っている。たまらぬと、手を振り乱しながら誤解を解く。

 

「とりあえず、落ち着いて……」

 

「ふざけるな。その女が放つオーラは――」

 

「やめて頂けますか。候補生クナルに候補生アンヘル。告げなかったことは謝罪しましょう。しかし、彼女に対する害意は、増援を決めた我が主人ドミティオス大神祇官に叛意を持つことだと理解しているのでしょうね」

 

 アグリッサが有無を言わせぬ強い口調で止めた。儼たるその姿勢にクナルが苦々しく矛を収める。如何に他を顧みない彼でも、大神祇官の名前を出されれば引き下がらざるを得ない。

 

「怖かったですぅ。ありがとなのですぅ」

 

 イズナが言った。良い子良い子とアンヘルの頭を背伸びしながら撫でる。くすぐったい感触からを振って逃れた。

 

「貴方は馬車に乗っていなさい。邪魔になります」

 

「ええぇ、でもでもー」

 

 アグリッサがギロリと睨むと、イズナが不満げに口を尖らせる。それでも睨み合いが続くと「あい、わかったのですぅ」と言いながら、両手を頭の後ろで組み、鼻歌を歌いながら馬車に消えていった。

 

 アグリッサが疲れたようにため息を吐く。しかし、大人の女性らしく一息で意識を切り替えると、彼女はそのまま護衛たちに指示し、乗り込む馬車を指示する。

 

 馬車は三台で、編成はこうだ。

 

 上級生で固められた前方警備用の馬車。

 護衛たちで固められた宝剣を持つ中央の馬車。

 そして、アンヘル、クナル、補佐の為のオスカル。なぜかイズナを加えた四名が守る後方警備の馬車。

 

 上級生たち、そして護衛たちが馬車へと続く。クナルも舌打ちしながら馬車の馭者席へと腰を下ろす。イズナと同じ空間には居たくない、ということだろう。

 

「あなたは、イズナに好かれているのですね」

 

 アグリッサは馬車へと向かおうとするアンヘルを呼び止めた。乾燥肌なのか彼女の人差し指が唇を撫でる。紅色が手に付着していた。

 

「……いえ、仲が良いというわけでは」

 

「謙遜する必要はありませんよ。恥ずかしい話、私はうまくいっていません。それに、信を得るというのは、我々のような存在には必須の能力なのですから、誇るべきでしょう」

 

「はぁ、その、有難う御座います?」

 

 空返事をする。彼女の瞳は遠くを眺めていた。空は雲の多い鉛色だった。

 

 ふと、彼女の両眼が焦点を合わせてきた。

 

「――あなたは、占いをしたことがありますか?」

 

「へ? いや、ありませんけど……」

 

 唐突な質問に面食らう。対する彼女の表情には悪戯めいたものが一切ない。直情真気の眼差しだった。

 

「そうですか……。悪いことはいいません。ご自身の未来を占って見てください。そして、可能ならばお祓いも。私が見るところ、あなたは才能がある。とびっきりの不幸になる才能が。もはや専なきことでしょうが、運を待つは死を待つに等し……こんな言葉があります。人より不幸を背負って立つあなたはより最適な行動を取らねばなりません」

 

「それは、どういう意味で――」

 

「故意に降りかかる試練、それ以上のモノを、自ら背負っているあなたに、同胞からせめてもの助言だと思って頂きたい」

 

 憐憫溢れる言葉を最後に、踵を返し、アグリッサは馬車へと消えていく。

 

 最近、周囲ではこのように謎めいた助言をする連中が闊歩していて、どうにも判断に迷う。言いたいことがあるならハッキリと言えと言いたい気分だった。が、クナルのように振り切れていない。ため息ひとつ吐くと、肩を落とし、馬車へと入っていった。

 

 

 

 §

 

 

 

 ガタゴトと揺れる馬車の中、隣のイズナが田園風景に一々感嘆を漏らしている。だが、それよりも教官の興味のほうが遥かに鬱陶しかった。

 

「へえ、なるほどな。友達の友達ってことか」

 

 ニヤリと格好を崩してオスカル教官が笑う。いつかの改革然とした立派な態度はまるでない。候補生の恋愛に興味津々な、悪く言えば野次馬根性全開である。

 

「まあ、友達の紹介で仲良くなる例は少なくないからなぁ。俺の同期もよくそんなもんで付き合ったもんさ」

 

「はあ、まあそうです」

 

「その友達もよく紹介してくれたな。こんな美人」

 

「……友達は女性ですから」

 

「へえっ! それはいいなぁ。青春青春っ。アンヘルも意外に楽しんでるじゃないか」

 

 オスカル教官は腕を組んでうんうんと頷く。「お前も立派に男だったんだなぁ」と沁々呟くと、表情を真剣にした。

 

「だが、良いことだぞ。本格的に任地へ着くことになれば、異性なんて出逢えたもんじゃない。将来地元に帰るつもりならなんとかなるだろうが、そうじゃないんだろう?」

 

「ええ、まあ、そのつもりですけど」

 

 用務なしに故郷の地を踏むつもりはない。アンヘルはそんな胸算用をしていた。人間到る処青山あり。ふと、生まれ故郷が懐かしくなる気持ちは確かにある。けれども、己の故郷があの小さな村、そしてホセたちの暮らす街にあるとは微塵も思えないのだった。

 

「けど、結婚を考えれば、きつい道だぞ」

 

「結婚なんて、僕には――」

 

「大人になったら、考えも変わる。候補生のうちに、恋人を作っておくんだな」

 

 候補生同士の恋愛は意外に盛んだ。閉じた空間、人によっては禁じられた恋。市井の異性と違って強く賢い人間たち。優秀な人間であればあるほど、士官学校内で関係を持つことは珍しくない。

 

 ふと、イズナがじっと見ているのに気づく。つぶらな瞳だ。じっと見ていると吸い込まれそうなほど、透き通った青が広がっている。彼女は目をパチクリしながら、こてんと首を傾げた。

 

「アルは恋人さんが欲しいですかぁ?」

 

 直球な台詞にドクンと心臓の鼓動が大きくなる。見透かされている気分だった。アンヘルは無性に恥ずかしくなり、目を伏せる。ぴっちりした狩人服を内から盛りあげる女性の象徴が視界に大きく映し出された。

 

 呼吸に合わせてそれが上下している。酷く艶かしい。そんな思考を他所に、イズナの白い喉が動いた。

 

「でもですねぇ、辞めたほうがいいと思いますよぉ。イズナまだ一回目ですからよく知らないですけどぉ~。皆言ってましたよ、虚しくなるって」

 

 カラッとした声で、イズナは言った。はじめてなら兎も角一回目ってなんだと思いながら、アンヘルは慌てて手を振った。

 

「いやいや、そんなつもりはっ」

 

「そうなのですかぁ? なら、良かったですぅ」

 

 告白する前に振られるアンヘル。恐らくこの瞬間、世界で一番不幸なのは彼だろう。ガクッと肩を落とした。

 

「残念だったな、まあ気にするなよ。女は星の数程いるんだ」

 

「…………でも、星には手が届かないんだけどな、とか言うんでしょう?」

 

「……よく分かったな」

 

 ぐうの音も出ないオスカル教官を尻目に、アンヘルは窓の外へ視線をそらした。

 

 がたん、がたん、と荒れた道を行く馬車が揺れている。舗装された市内を抜けて、郊外の未舗装部分へと差し掛かっていた。三台が堵列して進むその傍には、棚田が辺り一面櫛比している。青々とした稲穂が繁っている。先には未開拓の森林が見えた。

 

 泥でぬかるんだ悪路。そのうえ、この先は隘路だ。九十九折の道を降ってゆく馬車の中で、クナルの怒号を轟いた。

 

「おい、間抜けっ! くっちゃべってないで、外に出ろッ」

 

 馭者席からの叫びに立ち上がると、教官の静止を無視して、扉を開いてクナルの横に飛び移る。

 

「なにっ?」

 

「彼方だ! 森の影、彼処を見ろッ」

 

 クナルが木の影を指し示す。暗澹とした陰の中で蠢くものたち。仄暗いそこで明らかに敵意を持った生物が確かに潜んでいた。

 

 距離にして五百メートル。馬車の速度ならば一瞬で会敵する。オスカル教官も只ならぬクナルの警告に顔を出した瞬間だった。

 

小鬼(ゴブリン)ッ! 数は三十以上っ」

 

 アグリッサの甲走る声が響き渡った。

 

 同時に小鬼たちが姿を表す。赤緑青と色とりどりの悪鬼たちが、各々違う獲物を持って躍りでる。瞳はギラついており、狂気が渦巻いていた。

 

 小鬼と侮ることなかれ。近隣に迷宮は存在しない。つまり、彼らは部族由来の魔物であることは明白だ。一匹居れば、百は潜んでいると思え。迷宮由来の超人的戦闘能力はなかろうとも、部族単位で一つの生物のように襲いかかってくる軍団を侮ることはできない。

 

 中央の馬車が脇道へと逸れる。前方の馬車はそれに追随するように道を変えた。

 

「迂回しますッ! オスカル殿は遅滞戦闘に努めてくださいっ」

 

 アグリッサの声と共に、イズナが短弓に矢を番えた。

 

 射法八節。流水のような淀みない動きだ。

 その美しい一連の動作を終えた時、喉元に矢を穿たれた小鬼が倒れ伏す。同時に護衛や候補生たちの石弓や魔導銃が火を吹いた。

 

 瞬く間に五体の小鬼が屍と化すが、それを上回る速度で小鬼たちが出現する。後方は百を越す小鬼で埋め尽くされていた。

 

 後ろを伺うようにして顔を出すと、冷や汗が流れた。続々と追加される小鬼たちの群れは留まることを知らない。まさに地獄の濫觴だ。

 

 強化術は一種のドーピングだ。生命力を爆発させ、超人的身体能力と耐久能力を武芸者に齎す。しかし、その方向性は瞬発力に大きく偏っているから、長期戦となればもろい。逃げ出すことは可能だろうが、候補生に死者が出ることは予想に難くない。オスカル教官は一応貴族だが、戦略魔法を使用可能なほどに優れる真の青き血を持つ者ではなかった。

 

 皮算用をしていたアンヘルに更なる追い討ちを掛ける。小鬼たちが逃れようとする馬車に向かって矢を放った。

 

「クナルッ」

 

「貴様に指図される謂れはない」

 

 文句を言いながらも、クナルは跳躍した。

 荷台の上に飛び乗った偉丈夫はその怪力を持って、大曲刀を柄を中心に旋回させる。

 

 金属音が連続する。大剣と風圧が馬車への矢を迎撃する。

 同時にアンヘルは手綱を操って左右に蛇行。的を絞らせない。

 

 ――僕、あんまり馬の操作得意じゃないんだけど……。

 

 行商人の倅でもなければ、馬車など扱ったことはない。それでも避け切ったのは、馭者の腕以上に、乗組員の力量であった。

 

 オスカルが詠唱を終える。『緋天』オスカルの真骨頂は魔法剣だが、しかし小規模の改変は可能だ。炎の渦が小鬼たちを飲み込む。

 

 流れるようにイズナが矢を放つ。流星となって放たれる光は、眼を喉を口腔を次々と穿つ。

 

 アンヘルたちの馬車は能力を存分に発揮し、まったく相手を寄せ付けなかった。事情が違ったのはもう一つの候補生たちが乗る馬車で、オーソドックスな剣使いばかりの集まりでは、遠方からの射撃に対応する術はなかった。

 

 小鬼たちの狙いは中央の馬車を挟み込むようにして並列に並んだ右側、候補生たちの馬車に絞られた。小鬼たちの石弓に、火の灯る矢が番られる。

 

 ギョッとした。怒号をあげる。

 

「イズナっ! あのゴブリンを倒して――」

 

 指示した瞬間だった。焔が尾を引いて走った。

 火矢はまるで針鼠のように馬車へと突き立つと、炎を巻いて馬車を火達磨にした。

 

 御者が火達磨となった荷台に焦って操作を誤る。沿道の畦道に乗り上げた馬車はひっくりかえった。遅れて中からほうほうの体で這い出してくる候補生たち。強化術は予期せぬ負傷には滅法弱く、そして火傷には無力だ。御者や防御に成功した候補生は無事なようだが、半数は戦闘不能状態だ。

 

 しかし、アグリッサたちは足を止める気配はない。寧ろ、都合の良い足止めができたという風で速度を上げた。

 

「逃げるのかッ! 彼処にはまだ候補生たちがっ」

 

 オスカルが大声を張り上げる。朱色で塗りたくった顔は般若そのものだ。鋭い静止に、窓から顔を出しているアグリッサが此方を向いた。

 

「それが彼らの仕事です。厳しいようですが、貴方も理解している筈です」

 

 オスカルはグッと言葉に詰まった。そもそも、道理ではある。護衛を守るために、目的を逸脱してはなんの意味もない。

 

 だが、オスカルは再度叫んだ。

 

「なら、ならば俺だけが残るっ! それなら構わんだろうッ!」

 

 彼は教官だから、立場ゆえに、粛々と受け入れることはできない。。

 アグリッサはそこではじめて逡巡の構えを見せた。眉を寄らせて、顰めっ面を晒している。オスカルの決意は固い。それを感じ取っていた。

 

「わかりました。ただし、貴方一人では置いていけません。貴方たちの馬車で防衛しなさい。イズナ、良いですね」

 

「なにっ!?」

 

「異論は受け付けません。元々貴方が反対意見を述べたのです。これ以上の我儘は許されません。それに、馬車なしでどうやって逃げるつもりですか?」

 

 オスカル教官はアンヘルの顔を何度も見た。この修羅場では危険だと判断しているのだろう。だが、そんな悠長なことをしている暇はなかった。

 

「僕は大丈夫ですっ。それよりも、早く救援に」

 

「いや、だが――ッ! すまない、アンヘルっ」

 

 即座に意識を切り替えると、引き抜いた長剣に業火が灯る。魔法剣の輝きだ。

 

 アンヘルは馬に鞭打って、馬車を止める。クナルとオスカルが地上へ降り立つと、イズナも馬車を盾にして短弓を構えた。

 

「よろしいのですか? アグリッサさま」

 

 馬車を停止させたアグリッサは、護衛から問いただされていた。問い詰めるような鋭い響きだ。対するアグリッサに変化はない。全権を大神祇官から任されている彼女には、すべてを決定する権限があった。

 

「構いません。すでに計画は崩壊しています。彼女たちなら臨機応変に対応できるでしょう」

 

 アグリッサは声を張り上げる。

 

「オスカル殿。貴方に軍神アランの加護があらんことを!」

 

 それを最後に、馬車は駆け出した。

 冷たいとは思わない。護衛には護衛の役割がある。アンヘルはクナルの隣に立った。

 

「ふ、また貴様と共闘とはな」

 

「なにか問題でも?」

 

「なに、奇運だなと思っただけだ。貴様の死を看取る可能性がまた増加した」

 

「残念。今日の運勢は我流棒倒し占いでは最高だよ。僕の夢は孫に囲まれて穏やかに死ぬことだし」

 

「言ってやろう。恐らく無理だ」

 

 クナルは歪に笑った。狂人の笑みだった。

 

 アンヘルは静かに佇む。日頃の迷いは、すべて置いていく。精神状態は常に平衡だ。戦いの空気に酔うでもなく、高揚感に包まれるでもなく、そして恐怖に惑うわけでもない。静かに笑みを深めた。

 

「お前たちッ! 何を勝手にっ」

 

「オスカル教官っ。馬車は僕たちが守ります。教官は負傷した上級生をお願いします」

 

 もっとも効率が良い組合わせだ。教官は迷った。しかし、選択の余地はない。すでに上級生たちは会敵している。渋々、クナルに対して、

 

「アンヘルを守るんだぞ」

 

 と指示すると、魔法剣を振りかざして突入していく。小鬼たちをまるでバターでも引き裂くようにして膾に変えていく、オスカルはまさに鬼神だった。彼の通った後は屠殺場のように血が滴っていた。

 

「いやぁ、さすがにすごいなぁ」

 

「それよりも貴様、まだ猫被っているのか? 私はあの男が不憫になるぞ」

 

「猫かぶるって……。科の低い僕が目立つと良くないって知ってるくせに」

 

「ふん、小さい男よ」

 

 小鬼たちが囲みをつくる。彼らの瞳にはどこか焦りの色が浮かんでいた。

 十、二十。まだまだ増える。ここまで大量のモンスターを同時に相手取った経験は未だない。

 

 両者はふたり背中合わせになる。彼がその鉄塊を掲げると、極大の闘気が放出される。アンヘルもそれに合わせて、闘気を放った。

 

 剣を引き抜く。正眼に構えた。

 

 クナルの唇が蠢く。無言で返答する。

 

 ――なまっていないだろうな。

 ――そんなわけないよ。

 ――どうだかな。

 

 それが合図だった。

 

 クナルが身体を縮める。砂塵を撒き散らして、強烈に跳躍した。

 剛剣が唸る。風を巻いて、鉛が閃く。

 

 真横に薙いだそれは、小鬼たちの腹を真っ二つにする。贓物を撒き散らして、血潮を垂れ流しにする胴体が宙空を舞った。

 

 アンヘルも疾走。突き出される槍を躱すために、姿勢を逸らす。強靭な体幹を駆使して、地面と水平まで身体を傾ける。突き出された槍を尻目に、剣を薙いだ。

 

 首を飛ばす。正確無比な銀線が描かれると、頸椎を裁断した。残った身体を思いっきり蹴り飛ばす。

 

 まるでドミノ倒しだ。吹っ飛んでいった小鬼の死体が群れを薙ぎ倒す。

 

 視界の先に矢を構える小鬼たちの姿がある。クナルが飛ばした上半身を左手で受け取る。矢を死体で受ける。矢が途切れた瞬間、腰のナタを回転しながら投擲した。

 

 回転しながら飛ぶ鉈が小鬼の喉に突き刺さる。アンヘルは群れに飛び込みながら、小鬼たちを薙ぎ倒した。

 

「イズナッ! 射撃する敵を迎撃してっ」

 

「はぁーいです」

 

 呼応するようにして、イズナの矢が飛来する。精密な狙撃が次々と弓小鬼を殺害していく。

 

 アンヘルは中央に戻ると、再びクナルと背中合わせになった。

 

 クナル側には、縊り殺された死体が山となっている。一瞬の内に屠った数としては破格だ。アンヘルの倍以上だった。

 

「おい、何かおかしいぞ」

 

「――え、何がっ!?」

 

 ふうふうと呼吸を定めている最中、クナルが言った。彼は怪訝そうに顔を顰めている。

 

 その疑問を他所に、敵がさらに殺到する。

 二人は再び同極の磁石のように反発すると、剣線をいくつも引いた。一度の銀線が、何匹もの敵をあの世へ送る。オスカル教官にも劣らぬ屠殺場と化していた。だというのに、敵は減る気配がない。続々と増える。アンヘルは囲まれた中央でクナルの言葉を聞いた。

 

「何だこれは。どういうことだ」

 

「敵が減らないっ、ことが?」

 

「そうではない。見ろっ! 死体が消失している」

 

 クナルの指し示す方向、そこはオスカル教官が通った場所である。彼の跡には大量の死体がうず高く積まれていた。それが綺麗さっぱり消えている。

 

「化かされている。そういうことか」

 

「でも、幻術は相手に直接仕掛ける必要がある。そんな兆候はなかったし、そもそも小鬼が幻術なんてっ」

 

 幻術は相手を催眠状態に掛ける非常に強力な魔法だが、それゆえに行使には数々の障壁が立ち塞がる。

 

 まず、幻術をかけるには相手の知覚器官、つまりは視覚や聴覚に直接、長時間に渡って作用させ続ける必要がある。また、催眠状態は相手の思考状態を乗っ取って、幻を見せるもので、往々にして非現実的な光景を見せるものだ。

 したがって、洗脳などの用途に用いるなら兎も角、正面きっての戦闘には費用対効果がまるで釣り合わない。幻術を使うなら火魔法をぶっ放したほうがいい。

 

 だが、眼下で実行されている現象は明らかに幻だった。よく観察してみれば、アンヘルが殺した筈の死体も消えていた。夢幻舞踏。妖にでも化かされた気分だ。しかも実態がある。明らかに魔法を超えた超常能力が渦巻いていた。

 

「どうするのっ?」

 

「知るか、とりあえず斬って斬って斬りまくれっ」

 

「雑だねぇ、それは」

 

「他にどんな対処法がある?」

 

 クナルに動揺はない。寧ろ頬は緩んでいた。

 

(無限に現れる敵とか思ってるんだろうか?)

 

 アンヘルは剣を構え直す。確かに、対処法はそれしかない。此方の目的は殲滅ではなく、馬車を守ることなのだ。

 

 理由は不明だが、馬車への攻勢はめっきり減じている。それどころか、チャンスな筈のオスカルたちへの攻撃も減っていた。

 

 すべての敵がアンヘルたちに集中しつつある。オスカルたちも馬車から這い出してきた候補生を背負い、此方に向かっていた。

 

 戦意を新たにした瞬間、突然、何かが飛来した。

 

 それは黒い靄に見えた。視力が良ければ、それが蝙蝠の大群だと判別できただろう。それは、アンヘルたちの目の前、そこで塊となると、人型を形取った。

 

 漆黒のコート。裏地は、血のような朱で染まっていた。靡く銀髪。端正な顔の中央に嵌るその瞳は、燃えているように赤く染まっていた。

 

 身を包む黒々とした金属鎧。掲げるサーベルが陽光に照らされて輝いている。

 

 その男が登場した瞬間、世界が翳ったような気分に陥った。それほどまでに、強烈な威圧感がある。

 

「コイツはっ!?」

 

 後ろから、候補生たちを連れたオスカル教官が驚愕を露わにしていた。いや、彼だけではない。あのクナルですら、固まっていた。

 

 吸血公ヴァンパイアロード。

 

 闇の王。それがこの陽光の中、小鬼たちを背負ってアンヘルたちに相対している。掲げるそのサーベルが光を放つ。黒味を帯びた赤色が、眩く世界を照らし出した。

 

 

 

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