「十三小隊は左翼に移動。左通路からの増援を防いでっ。他は前方へ集中砲火。一匹たりとも逃さないで」
ソニアは合同小隊の先頭で陣頭指揮を取りながら、己も剣で向かってくるモンスターを撃退していた。
掛け声と同時に魔導中や石弓の砲口が火を噴いた。その砲火に怯んだ瞬間、剣を持った候補生たちが一斉に斬りかかる。ソニアは小鬼や幽鬼を斬り伏せながら、その先頭で周囲の状況に目を凝らした。
――事態は計画通りに進行している。
現在、ソニアたち合同小隊は仲間を失った二十九階層を超え、三十階層の迷宮ボス巨人タイタンに挑んでいた。ソニア分隊が担う役割は巨人とその他雑魚の分断である。巨人たちに張り付きながら、その周辺を排除する役割は非常に難易度が高く、全体の成功率を左右する場所であった。
「タイタンのぶん回しやで、きいつけてなぁ」
巨人を少人数で相手取る最精鋭集団のリーダー、ユウマが注意喚起してきた。間髪置かずソニアが指示を繰り出す。集団がひとつの生き物のように反応すると一斉に飛び退いた。巨人のモーニングスターが風を巻き起こしながら世界を薙いだ。
ひやりと流れ落ちる汗がその巨人の威容を物語っていた。ふふ、と笑みが溢れた。
(よくこんな相手にたったひとりで)
彼の最後は今も鮮明に焼き付いている。最後の最後まで逃げてと叫びながら、それでも必死に向かっていく彼の背中を見続けた。今でも力強さを感じたとか、技量に優れていたとは思わない。しかし、それでもあの強化の輝きが美しく、煌びやかに根付いていた。
闘気が走った。魔導銃を掲げる。砲口が火を噴くと正確にモンスターの眼窩を貫いた。
この管理迷宮『試練の塔』最深部である、通称「立ちふさがる者」の間では左右両方向と後方の三方向に通路が設けられている。主人を斃されてなるものかと、必死にモンスターたちが妨害してくるのだ。
「左方から一体大鬼が抜けてきますっ。皆さん、注意してください」
後方の通路および全体指揮担当のエルサが鋭い声を届かせた。続いて大鬼の姿が現れだす。
(班長も上手く指揮できるようになった)
これも残してくれた遺産だ。頬が緩む。嬉しいだとか、悲しいだとか、色々な気持ちが込みあげて膨らんで力となっていく。
気を緩めて、ミスをしたりすることはできない。誓ったのだ。仇を取る。みんなで、彼の家族の前で。ならばどうやって裏切れるというのだ。
持つ剣が軋んだ。上段に大きく構え駆けた。
ソニアの指示に沿って仲間たちが敵に向かってゆく。
今でこそわかる。たったひとりでは何もなせない。自分は愚かだ。勝ちたい、認めさせたいと躍起になっていた。そんな本心を見抜かれた上科落第。補欠の一科になってからも永遠ムダに空回りした独り相撲だ。
今は違う。ちがうんだ。ソニアは吠えた。
仲間たちの執拗な攻撃で相手は膝を折った。こうべを垂れる。そこに精密な銀線を描いた。
血飛沫が舞い虚空に花弁を咲かせた。ズシンと大鬼が背中から倒れる。塵埃がぱらぱらと巻きあがり視界を塞いだ。
顔を上げて周囲を見渡す。埃に塗れながらも、その瞳は油断なく全体を睥睨していた。
「ソニアっ」
横合いからエセキエルが駆けてきた。彼の額にも大量の汗がある。手の甲で流れ落ちる汗を拭いながら、短刀で巨人を指し示した。
「ここは俺がやる。そっちはボスの討伐に向かってくれ」
「左翼は大丈夫なの?」
エセキエルは左側通路防衛部隊の参謀である。先ほどから何度もモンスターが抜けているため、左翼側にも余裕があるとは思えない。
そんなソニアの不安を払拭するかのように、細ばった顔で自信満々に頷いた。
「ボスを倒せなきゃ意味がない。ユウマを援護してやってくれ」
「そうね。ありがとう」
軽く頷くと、剣を空高く掲げ、指揮下の人間の注目を集めた。
「マネ、サラーは私に追随しなさい。それ以外はこのエセキエルが指揮を引き継ぐわ」
そうやって大声で指示を出すと、最後にエセキエルへ振り返った。
「任せるわね」
「ああ」
エセキエルがクイっと眼鏡の位置を正す。
皆変わったところもある。けど、変わらないものもある。くすっと笑みを漏らしながらソニアは切り開かれた道を駆け抜けた。
「苦労するな。お前も」
ソニアの駆け抜けていく背中を見つめていると声が掛かった。横を見なくても其処には知った顔がある。ユーリと同部屋だった男で、彼は短槍を構えながらつぶさに周囲を観察していた。
「それが俺の役割なんだ」
自信満々に役割を請け負ったように見えたエセキエルだが、内実は厳しいものだった。右翼の指揮を担当している二七小隊の上科生は集団戦闘に長けた人物ではなく、度々綻びを作りだしている。正直なところ、ソニア抜きで戦線を保たせるのは難しかった。
だが、そんなことは細事に過ぎない。使い捨ての発光灯に照らされて蠢く巨人の影を感じながら、エセキエルは計算を重ねていた。
「優先すべきは頭の排除だ。それ以外はどうにでもなる」
「状況はもっと酷くなるぞ」
「全体の危険度を均等化する。それが俺たち参謀の役割だろ」
エセキエルは唇の端を歪めながら笑った。短刀を投擲した。回避に失敗した小鬼の動きが一瞬止まり、候補生たちの集中砲火が身体を焼いた。
「冷静に策を練るのは俺たちにしかできない。指揮はリーダーの役目だが、そのリーダーが十分に力を発揮できる場所作りが必要なんだ」
「ああ、そうだな」
男は横で班長や右翼の左翼の状況を間断なく見守りながら、時折懐から取り出したナイフを投げて援護した。
(それに、これが俺の振られた配役でもある)
苦い笑みが漏れた。己もソニアのことを笑えないな、そんなふうに思えた。自嘲の笑みがどんどんと湧いていた。
モノを知らぬ馬鹿どもに指図されて動くのは気に食わない。誰だってその筈だ。馬鹿に指示されて、動く奴はそれ以上のバカなんだ。上科や壱科なんてものは、歴史を辿ればただできあがった順番に過ぎない。それを、上科や壱科の奴は傲岸不遜に選ぶっている。ずっと、そう思っていた筈だった。
ソニアに対してまだ燻っているものが消えないとは言えない。瞼を閉じると、いつかの屈辱がふつふつと奥底から蘇ってくる。けれど知った。彼女たちには彼女たちの正義があり、彼女たちなりの真実がある。自分が間違っているとは思わない。ソニアは気に食わない奴だ。だがそれでも、遺族の前で啖呵を切ったあの姿は、虚偽だとは誰にも言わせないために。
苦い葛藤がエセキエルの明晰な思考をより速く、鋭くした。人が集まっていくその光景も、火砲が吹く量も、怒声の大きさも。すべてがひとつの写真に収まり、記事となっていくかのように頭に浮かんだ。
「俺は援護にいくよ。ここは頼む」
「ああ、構わないが」
「どうした?」
歯切れの悪い様子に首だけ振り返ると、相手は称賛の色を瞳に浮かべていた。
「俺たちの小隊には参謀が不足している。今はそんな気持ちにはならないだろう。けど、三回生になれば小隊組み替えが許可される。そのときウチに来てくれないか?」
男は背中を向けながら、強制はせず判断を預けるようにして、続けた。
「お前たちの班は不幸にも一人を欠いた。必然、将来的には増員か解体を迫られることになる。そのとき、候補のひとつとして残しておいてくれ」
それを最後に男は、
「絞れっ」
と叫びながら、敵集団を押しつぶすように味方を移動させた。エセキエルはそれを見ながら、意識を切り替えた。
(ユーリ。悪かったな。償いなんてできないけど、お前の代わりにもっと頑張ってみるよ)
はじめての軍に対する真摯な思いを抱きながら、苦戦する左翼に向かっていった。
後方通路、崩れさった瓦礫の上でエルサは全体を見回していた。増援が入ったことで安定を始めた左側通路の状況にほっと安堵の息を吐く。
(ううん。ダメです。指揮官が不安を見せたらいけないって)
エルサはぶるぶると顔を振りながら、不安を浮かべようとした頬を奮い立たせた。じん、と瞳に力が宿る。鋭い声で近くに居た味方へ指示を出した。
「今まで温存していた銃弾を総動員して、巨人対処部隊の援護に回ってください。それから数人ほど中央の援護を」
「はっ」
踵を揃えて敬礼する候補生を冷たく見据えながら、エルサはひとり深い後悔の念に一瞬囚われた。
(甘えていた、のですね)
この寄せ集め合同小隊。それに共通する項目は小隊長である上科生に対して、畏れがほとほと欠けている班員が多いことだった。ばらばらだったり和気藹々としていたりと、その雰囲気はチームで大きく異なるが、どこも小隊長を恐れている様子がない。
飴と鞭は上科生として口酸っぱく教えられる人心掌握術の基本だが、その重要性がどれほど重要なのかということをいまさらながら理解した。ユーリが死んでしまったのは自分のせいだと、今でもその想いが夜な夜な蝕んでくる。あの優しい笑顔を家族から奪ったのは自分なのだと。
(だからこそミスは許されない。何よりも、彼のために)
エルサは顔を上げた。眦には涙が薄く浮かんでいる。しかし、それを拭うこともせず、鋭い眼光で敵を味方を睨みつけた。逆らうものは容赦しないと、出来もしない強い自分を想像して。
一本ぴんと筋の入ったその立ち姿は人を無意識に従える威厳が立ち籠めはじめていた。
「エルサ隊長」
部下から呼びかけられたほうにちらりと視線だけを送る。その鋭い眼光に怯えを見せながら、参謀の男は静かにいった。
「右翼はかなり安定しています。右翼から数人引き抜いて、他に回したほうがいいのではないかと」
「そうですね。右翼には何人残っていますか?」
エルサは別の状況把握担当の男に呼びかけた。計算に優れた男で、行き来する人物を正確に記憶し、全体を事細やかに把握することができる人物である。
「恐らくですが三人であると思われます」
「それは本当ですか?」
合同小隊の合計人数は四二人。当初の大まかな内訳は両翼後方に十人ずつ、中央に残りという配置であるが、現在右翼はその三分の一以下となっていた。
左翼の援護に人を回しましたが。エルサは自分の顎を撫でながら、その異常な安定力に首を捻った。
「残っているのは誰です」
「恐らくで申し訳ありませんが、肆科のヴィーと、壱科のゾノ。それからそちらの班のアンヘルだと思われます」
現状を告げた頭脳明晰な彼にも自分が語る奇妙な事実に不可解そうな顔をしていた。
「ヴィーのお陰なのでしょうか?」
「左翼側は入り組んでいますから状況がまったく見えません。しかし、ヴィーはそれほど武芸に優れている印象はないのですが」
エルサは腕を組んで一瞬考えこんだ。
「わかりました。現状では困っていないのです。これ以上減らすと、不測の事態に陥る可能性もありますし、右翼は必要以上に弄りません。寧ろ、危機的状況の際には必ず援護に行けるよう注意してください。必ず死傷者を出さないよう。わかりましたね?」
エルサは意図的に厳しい顔を作った。周囲の人間たちがそれをうけて、ひやりと冷や汗を流した。
はけていく集団。瓦礫の上からゆっくりと移動し、小岩の上に登って奥の巨人のその姿を、瞳に焼きつけた。
(ユウマさん。あとは、任せました)
エルサは心中で祈りながら、全体の状況を見届け続けた。
「てやぁぁあああああ」
ユウマはその聳え立つ巨人に向かって、その巨大な戦鎚を真正面から振りおろした。
巨人の左腕がさっと頭を庇った。がぎんと金属が打ち合う強烈な音を轟かせながら、戦鎚の反動で後ろにくるくるバック転をしながら地面に着地した。
じぃんと痺れる腕がどうにも苛立たしい。
地につけた踵を地面に打ち込むと疾風になって走る。塔内部の暗がりを一筋の線を作りながら駆け抜けると、持った重武器が地面を縫いながら走った。
土埃を撒き散らしながら旋回。ぐにゃんと強化の影響で視界が歪む。柄を持つ拳がまるで戦鎚に操られているかのように動いた。
――あなたは防御のことなんて考えなくていいわ。
信頼してくれた人がそう言ってくれた。だから信じた。些細な攻撃は胸鎧や手甲が防いでくれる。致命的な攻撃は仲間が逸らしてくれる。今考えるのは、目の前の敵を如何に打ち倒すか。頭の中にあったのはそれだけである。
集中すると、みぃんと空気の振動が止まった。音が無くなる。深い海へと落ちていく。無臭で色を無くした世界をユウマは孤独に走った。
——天才、いつもそう言われてきた。
天賦の才能があると、戦うことは君の運命だと周りは鸚鵡のように繰りかえした。それに溺れたこともあった。自分は貧しい家に生まれて、辛い幼少期を歩んだ。今、楽をしているのは、そのときの取り返しだと心中で嘘をついた。
でも疲れた。人を見下して、相手と競い合って。身体を動かすのが好き。だから軍でその力を生かす。みんなが喜んでくれるから。それでいいじゃないか。自分は頭が良くないんだから。ずっと、ずっとそう思っていたはずなのに気付けば嘘になっていた。
力には責任が伴う。能力には期待が付随するのだ。知らなかったでは済まされない。見て、知って、体験してしまえば馬鹿でもわかってしまう。自分が間違ったら、他の誰かが傷つく。その犠牲は大抵、いい人なのだから。
もう間違えられない。戦うしかない。バカでも、知らぬなりに、努力しなければならないのだ。
大丈夫。できないことは仲間がやってくれる。自分は、前だけ見ていればいい。呪文のように呟いた。
咆哮。剛と戦鎚を振るった。
必死な形相。怖い。逃げたい。心が鳴いた。
(うっさい。ウチは今みんなの前に居るんよ。逃げられへん。背中を見せられへん)
ごんごんと拳で胸を打った。
魂の業火が逃げる口実をひとつひとつ灰にしていく。巨人のモーニングスターが掠めるたび、ひりひりと焦げつくような不安感と血飛沫の生臭い匂いが臆病な心を剥きだしにするが、それ以上の援護が彼女を後押しした。
立って、戦えと。
「ユウマっ。いくわよ」
「さっすが。ウチの作った隙、見逃さんといてよ」
ソニアの指示に従い飛び退く。魔導銃の火の嵐。悲鳴をあげる巨人。ユウマはすっと地面に膝をついて、力を溜めた。
闘気が唸って、収斂して、中心で燃えた。身体の中央にまるで鉄印でも焼きつけられたように熱が爆発した。
白い輝き。いつかの過強化の輝きだ。
どうでもいい。自分は英雄症候群。なるようになると思考を捨てた。
発光する粒子が渦を巻いた。光輝に染まったその中央で戦鎚を掲げた。
ピィィンと場が緊迫した。ビクリ、巨人が恐怖で身体を震わせた。臆病な心があるんだな。ユウマはひとり不思議に思った。
「いくわよ」
「はいなぁ」
ソニアの掛け声、それを聞いた瞬間にクラウチングスタートの要領で空間を走った。一歩一歩、地面に食い込むほど強く、太く。踏み込みの強さが即ち威力だ。そう教わった。
大きく跳躍。縦に回転。勢いも、遠心力も。すべてここに込めた。粉砕。それだけに願いを込めて。
真正面。高く舞い上がったユウマの振り下ろした戦鎚は、巨人のモーニングスターと真っ向から噛み合った。ぐいぐい軋む腕に血が滲むほどの力を込めた。
ブーストの掛かった体が背中の推進剤に押されたように圧を強める。両の手で持ったモーニングターを圧し折ろうと唸った。
巨人が啼いた。耳を聾する、苦悶の咆哮だった。
巨人の足が予備動作のように蠕動した。引けない。戻れないのだ。打たれると分かっていても、攻撃だけに集中した。
相手の右足が回される。踏ん張る力が抜けた。
――チャンスだ。粉砕だ。
篭る力がモーニングスターを打ち砕いた。
直後、衝撃。相手の足が突き刺さる。気づいたときには中空を舞っていた。
だが、見たか。相手の武器と兜、そして右腕。大丈夫。受け止めてくれる。ユウマは霞む意識の中で、仲間たちに受け止めてもらうその一瞬の間にサムズアップを掲げたのだった。
(無茶、するわね)
仲間に受け止めてもらい、意識を放り出したユウマをチラリと眺めた。治療技術を持つ候補生が彼女を抱えていった。
頭を振ると心配はかき消した。生きていても死んでいても。この繋がれたバトンはゴールまで持っていかなければならない。でなければ恨まれる。
後方のエルサは実に冷静だ。危なげなく全体を均してある。左翼のエセキエルは見事な補佐能力だ。時折危険域にある場面を寸での所で堪えさせている。右翼は入り組んで見えないが、一向に敵を通す気配がなかった。右側を気にせず戦えるのはひどく助かった。
前方。憎き巨人が戦意を露わにしてこちらを睨んでいる。だからどうした。こちらはすでに極まっている。仇をとってみせるのだ。剣を掲げた。兵が呼応した。
――ソニアさん。あなたは強い人だ。
勘違い。それはソニア自身が良く分かっている。自信のない自分を、能力というベールで覆っているだけ。本当の強さは貴方みたいな芯の強さのことを言うの。威張ったところで隠せない。そう思えば、相手の威勢が滑稽に映った。
(ねえ、そうなんでしょう?)
叫んだ。仲間たちの銃弾が敵の全身を穿つ。決死の剣撃が、相手の肉を削ぐ。ユウマ渾身の大打撃に全員が畳みかけるようにして塩を塗り込んでいく。
「やれ、ソニア!」
「今ですっ、ソニアさん!」
仲間たちの声が自分の背中を押してくれる。薄暗い塔の内部がやけに輝いて見えた。ぶおぉぉんと針のような尖った闘気が全身から放射され、巨人を捉えんと迸った。
「全員、突撃ッ」
吠えた。呼応するは十人。全員、合同小隊の中では武芸に優れる候補生たちだ。
蜂のように地面を走った。やぶれかぶれ、巨人が腕を振りまわす。構うか。突っ込んだ。剣先から一直線にして一本槍のように突っ込んだ。
何度も防がれる。配下の兵が吹き飛ばされる。地面に転がった。剣を杖に立ちあがる。けれど魂の炎はかき消えない。
――使えないわね。剣もその程度なの?
――ははは、その、すみません。
――悔しくないの? 女の私に負けて。
――その、ごめんなさい。
――ボクは、あなたに、リーダーを任せたい。
――どうして、そんなの、あなたの得にならないわ。
――私にはわからないわ。
――それでいいんです。あなたは強い人だ。ボクたちが支える。それでいいじゃないですか。
――私ね、孤児なの。だから、どうしても強くなりたいの。
――ねえ。その、班長とどうなの?
記憶が走ると、知らず涙が溢れた。
視界が滲んだ。剣を振った、踊った、舞った。
唸る豪腕。しゃがんで避けた。飛び上がって、顎を裂いた。翻した剣が左足を斬った。
なんで、なんで。自分は言わなかったんだろう。たった一言、わがままになれば。よかったのに。いつもやってきたことじゃないか。自分勝手に、セルフィッシュに。曝け出せばよかったのに。
ソニアは相手を見た。剛力、強靭。そして巨大。
どれほど恐怖だったのだろう。これほど弱っている相手に対してもまだ体が竦む。怯えが止まらない。血走った目に身体が固着する。
――大丈夫。大丈夫だから。ボクたち仲間がいるから。
右から優しい声を聞いた気がした。瞬間、鉈が飛来する。血に塗れたその鉈はとてつもない速度で飛来し、巨人の残った左腕に易々と貫入した。
――いまだ。
ユーリの意思が物体になった。ソニアはそう理解した。仲間たちが、全員、一斉に吠えた。
ソニアは走った。
他者を害し、自分を大きく見せかけようとした少女は、今ここに真の巨人となったのだ。
柄を握った拳が痛い。それ以上に張り裂けそうな心臓が痛い。関係ない。飛んだ。背に翼が生えたかの如く空を駆けた。
――ユーリさん。ありがとう。私、あなたのこと、忘れません。
溢れでる闘気がきらきらと微細な粒子となって世界を照らした。ソニアは神々しく光るその刀身を真っ向から振りおろした。
勢いよく、巨人の頭部、胸部、腹部、下半身を真っ向から雷の如く両断した。
勢い余って剣が床に突き刺さる。
ズシン。巨人が背後に倒れ伏した。
ソニア。剣を持ったまま、ヘナヘナと地面に尻餅をついた。爽やかな涙がスッとこぼれ落ちた。
――さようなら。
オスゼリアス士官学校における二回生迷宮探索演習。
第二一三回生の七八エルサ班は一度仲間を失うものの、その後立ち直り、前例のない一期間二度目の迷宮ボス討伐を達成した。よって、その功績を讃え、演習特別賞を授与されたと学内文書に記されている。
中心人物には、班長のエルサ、副班長のソニアと共に亡きユーリの名前が記されていた。