イセカイ&ドラゴンズ   作:原田孝之

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凱旋編第三話:何が真実か

「ああ、あなたはナタリアさんを連れてきて下さった。どうぞどうぞ、可愛い男の子なんですよ~」

 

 受付に居た看護師はそう優し気な笑みを浮かべながら、二階の病室に案内した。角部屋の扉を開くと、出産を終えたナタリアが寝台に寝そべっており、その傍らの椅子にホセが控えていた。

 

「来てくれたか」

 

「うん」

 

 ホセは客を迎えて嬉しそうな顔をしていた。念願の息子である。慶事は皆で祝うというのが世の通例だ。

 

「お父様にも連絡しておいたから、手が空いたらすぐに来ると思います」

 

「……ありがとう、ございます。なにからなにまで」

 

「いえ」

 

 アンヘルはすこしばかり頭を下げた。沈痛な面持ちのナタリアを見るのは苦痛に過ぎたのである。極力目を合わせないように、花瓶が置かれた机に向かってホセだけを見るようにした。

 

「本当に助かったよ、さっすがはアンヘルだな」

 

「気にしないで」

 

 ポンポンと肩を叩いてくるホセに対してぎこちない笑みを返すことしかできず、促されるまま備え付けの木椅子に座った。

 

 窓の外に、燃えるような真っ赤な夕焼けが映しだされていた。アンヘルは無事出産を終えたナタリアの様子を見るため訪れたところである。

 

 もちろん、彼女の安否が気になったからでもあるが、それ以上に、この行末を見届ける義務が己にはあると思ったのである。測ったように遠征演習の時期に訪れた旧友たちの悲劇には、過去の清算のような運命的なものを感じていた。

 

 アンヘルはこれから、候補生として、そしてドミティオスの駒として、それがいかに連木で腹を切ることだとしてもあらゆる困難に立ち向かわねばならないのだろう。すでに賽は投げられたのだ。力を求め彷徨い、行き着いた先が権力と絶望の奴隷だというのは真に笑いごとだが、悲壮な覚悟は徐々に形勢されつつあった。

 

 可愛いだろう、とホセに誘われて渋々赤子の頬を撫でた。ゼリーのように柔らかで、そして活力に溢れていた。赤子はアンヘルの動きに合わせてきゃっきゃと喚いている。歯がないため、口を開くと赤い口腔が覗いた。

 

 なんとも無邪気な笑顔である。アンヘルは頬を撫でていた手を頭に持っていった。ツルツルした頭部に産毛のような柔らかい髪の毛が少しばかり生えていた。

 

(やっぱり、そうか)

 

 アンヘルが血の気の引いた顔で、そのまま手を下に持っていき赤子の指を確認した。小さい掌は暖かかった。

 

「ちょっと金髪なんだよな。俺たちの先祖に金髪なんか居ないと思うんだけど」

 

 とホセがいった。ナタリアの顔はさらに暗く陰っている。

 

 やはりそうなのだろう。喜劇である、そうとしか思えなかった。

 

 うすぼんやりと街路を照らしている魔導灯が、夕日の陰をより深くする。光があるからこそ、闇は際立つのだ。

 

 どうすればいい。いや、なにをすればいいのだ。そんな考えが浮かんでは消え、走馬灯のようにアンヘルの頭を駆け巡った。

 

 ナタリアは今にも泣き崩れて、すべてを告白してしまいそうだ。しかし、それを認めていいものか。世には罪を告白する方が正義だと騙られるが、実際のところ墓の下まで持っていった方がいいことも無数にあるのである。

 

「どうした?」

 

 無邪気な顔でホセが言ってきた。

 

 アンヘルはちらりとナタリアを見た。これはもう、何も言わなくてもいずれ壊れてしまうだろう。

 

 助けることは出来ない。けれども延命はできる。そう願うしかなかった。

 

「ホセ、聞いてほしい」

 

「なんだ」

 

 しんとした声が響いた。急に部屋の雰囲気がかわった。

 

「ホセはさ、テレゴニーって知ってる?」

 

「テレ……なんだって?」

 

「テレゴニ―、別名感応遺伝と呼ばれる説だよ」

 

 唐突な話題にホセたちは目をパチクリとさせていた。聞き覚えのないのも当然である。これは古代の識者が提唱した理論であり、貴族界隈では広く受け入れられている理論ではあるが、市民たちには馴染みのない話であった。

 

「ナタリアさん。あなたはホセと付き合う前に探索者の方と一夜を共にした、そう昔言っていましたね」

 

「え、いえ」

 

「なんだ、なにを言っているんだ?」

 

「金髪が不思議みたいだから」

 

 アンヘルが言っている探索者とは、つまりマテオの隠語である。直接マテオの名を告げてしまえば話がこじれる可能性もある。婚姻前の事なら、ホセも受け流せるだろうという配慮だった。

 

「隔世遺伝というのは知っているでしょうが、感応遺伝はあまり知られていません。ナタリアさん。ミスラス教のテーセウス神のことはご存じですか?」

 

「名前だけ、なら」

 

「テーセウス神は人と神の父親を持つ存在です。父親が二人、と思われたかもしれませんが、医学的に、女性は受け入れた男性だけでなく、過去の男性の影響を少しだけうけます。それは髪などといったところの影響を強く受けるのです」

 

 感応遺伝とは、未亡人や再婚した女性の子は先の夫の性質を持って産まれてくるという学説である。貴族たちが交際相手に処女性を求める根拠の一つとなっていた。

 

「ナタリアさんが気にしているみたいだから。確かに髪の色は違うかもしれないけど、本当に君たちの子なんだ。結婚前のことだから、許せるよね?」

 

「ああ。というか、そんなこと俺は」

 

「なら、ナタリアさんを慰めてあげて」

 

「あ、ああ」

 

 ホセはナタリアに向き合った。くぐもった涙声が流れてきた。

 

 まさに地獄のような光景である。アンヘルはそれを見届けることなく、病室から立ち去った。

 

「それで、実際にテレゴニーなどは存在するのか?」

 

 伏し目のアンヘルに声を掛けたのは、銀髪褐色の偉丈夫クナルであった。常日頃は理由なく共に行動する仲ではないのだが、彼の人間性の欠落具合からルトリシア派の幹部に誰かと行動を共にするよう義務付けられていた。

 

 それで指示を易々聞くような人物ではないのだが、今回に限っては事件に興味があったらしい。彼はその異常な聴力を使って、病室内の会話を聞いていたらしかった。

 

「テレゴニー自体は存在するらしいよ」

 

 ただし、この説が立証され始めたのは遺伝学が進歩した現代においてのみであり、また、その確からしさも疑問符が付いたままである。この世界でも信じられている事柄だが、実際に証明された例はない。

 

「なんだ、その曖昧な答え方は?」

 

「僕は、好きじゃない考え方だから」

 

「心底どうでもいい思考だな」

 

「それでも、処女性を求める根拠を捻りだすなんて気味が悪いよ」

 

 二人はそのまま待ち受けを出ると路地に出た。日は完全に沈み、世界は魔導灯の頼りない光が点々と灯る暗がりにかわった。街病院の近在は飲食店があまりなく、陽が沈むとかなり静けさに包まれていた。

 

「それで結局、テレゴニーとやらの可能性はどのくらいだ?」

 

 と、クナルが聞いた。煙に巻くような言葉では騙せないということなのだろう。アンヘルは目蓋を閉じると、嫌悪感に包まれた。

 

「わからない、けど」

 

「けど、なんだ?」

 

「可能性は、限りなく低い、と思う」

 

 眠っていたホセとナタリアの子供。彼は産まれたばかりだったが、指が綺麗に揃っていた。対照的に、ホセの右手小指は極端に短く薬指の第一関節くらいしかない。

 

 遺伝性短指症、というものがある。そして、これはかなりの確立で親から子に遺伝するものであった。もちろん、生まれてすぐ判別できるほど明確な差があるかはアンへルも知らなかったが、ここまで証拠が定まってしまっては、もはやホセの息子であると信じることはできないだろう。

 

 強い後悔の念が胸を襲った。今ならば、正直に告白すればお互いを許し合えるかもしれない。男女の恋の炎は三年までが限界であると決まっている。愛のある今なら過去のことだと笑い飛ばせるのかもしれない。

 

 子供が大人になってしまえば、自分たちの子供じゃないとホセが気づいてしまうかもしれない。そうなっては、もはや取り返しのつかないことになる。降りかかるのは、何の罪もない新生児なのかもしれなかった。

 

 しかし、何度この場面に遭遇しても同じ選択をするだろうな、という予感があった。臭い物に蓋をすることしかしてこなかった価値観は、いつになっても変わらない。

 

「行くのか?」

 

 苦みを覚えた表情のクナルが、静かに聞いた。

 

「……」

 

「我らが介入するべきではないと思うがな」

 

「……」

 

「やはり、貴様は愚かだ」

 

 クナルはそういうと、アンヘルに背を向けて去っていった。

 

 ひやりとする寒々しい風が落ち葉を巻き上げた。ぶわっと、視界を陰と枯れ草色に染め上げた。漆黒の建物が灯りに照らされて、克明に浮かび上がっていた。

 

 アンヘルはクナルの去った方向を見送った後、ひとり柄を握りしめた。その瞳は、血のように真っ赤に染まっていた。

 

 

 

 § § §

 

 

 

「おまえは、もう帰ってこねえのか?」

 

「たぶん、ね」

 

 ホセは、最後の挨拶に訪れたアンヘルへ、そう声を掛けた。弱々しげな口調が協調されて、より頼りなくみえた。ほとんど降ろされたその目蓋が、瞳の弱さを覆い隠すようになっていた。

 

「そうか」

 

 と、ホセはいった。これ以上話せば、いろんな言葉が出てきてしまいそうだったのである。無理やり泣き出すのを堪えながら、袋を取りだした。

 

「コレァ、ウチの弁当よ。持っていけや」

 

「ありがとう」

 

 アンヘルは袋を掴むと、踵を翻して歩いていった。

 その背中が、どんどん小さくなっていく。

 

 それでもホセは、一言ももらさなかった。

 

「いいのか?」

 

 隣に立ったリンヘルが尋ねてきた。ホセは無言で首を縦に振った。

 

 惜別の言葉はない。

 

 これが今生の別れだとどちらもが知っていた。

 

 それでも、何かを交わせば、別れにケチがつくと思っていたから。

 

 ――おれたちゃ男よ。涙も喜びも、歩く道には、必要ねえんだ。

 

 幼馴染は、かつて憧れた道を進んでいく。道は分かたれた。街で平凡に暮らす自分と命をなげうって戦う旧友に。

 

 明日生きているかもわからない、そんな世界へ行く男に掛ける言葉などありはしなかった。心に残ったのは、一つかみの寂しさくらいである。

 

 緑のシルエットはやがて、街角で折れると雑踏に消えていった。

 

「おれたちゃ仕事よ、さっさと行くぜ」

 

「よっしゃ、今日は飲むぜぇ」

 

「てめえはいっつも飲んでるだろうが」

 

 ホセたちもそういうと、店の中にきえていった。

 

 彼の顔には、なんの感情も残ってはいなかった。

 

 

 




 登場人物紹介

〇アンヘル 主人公

〇クナル 同僚その一

〇ホセ 同郷

〇ナタリア 過去の想い人
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