イセカイ&ドラゴンズ   作:原田孝之

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まったく推敲していないので、明日サイレント修正を掛けます。
申し訳ありません。


第二話:獣狩り

 オリアナ州セグーラの街領主スピラ男爵の調べによると、ロヴィニ村は以下のように記されていた。

 

 人口、六百。

 産業、漁業、茶。

 

 取り立てて名産がある地ではないが、渓谷から流れる湖で淡水魚がよく取れ、また立地問題から徴兵されないとなれば、争いの火種なく平和な農村地帯であった。

 

 衛星都市セグーラから数日の距離で、湖漁と桑畑が収入源となっており、立地に反して代官が配置されているのが特徴だろう。

 

 早朝説教から数日後。ようやく目的地であるロヴィニ村に到着したアンヘルたちは、下っ端らしく物資の運搬や片付け作業に精を出していた。

 

 馬車に積んであった木箱を村衆指定の場所に降ろしてから、ふうと額の汗を拭う。ちなみにだが、妙に物資が多いのは遠征演習にかこつけて、小遣い稼ぎに候補生が行商人の真似事をしているからであったりする。学校側も市井を知るためといって黙認している形だった。

 

「しっかし、派手だねぇ」

 

 同じく物資運搬に勤しんでいるベップが、呆れ混じりにぼやいた。

 

「何が?」

 

「あれよ、アレ」

 

「ああ、なるほど」

 

 指を差された方を見る。そこはやけに艶やかな女たちが集う宿で、ユースタス派閥の人間が愉快そうに屯しているのが遠目からでもはっきり見える。主人は到着早々向かったから、すでにしけこんでいることは間違いないだろう。

 

「この村も妙っちゃ妙だけどな。妙に娼婦は多いし、家は新築ばっかだし」

 

「だね。超がつく辺境なのに」

 

「なんか産業でもあったか? ま、こっちに火の粉がかかりにくいから文句はねえが」

 

「言えてる――」

 

 ユースタスの奔放ぷりは常軌を逸していた。これが街の住人に降りかかるとすれば心苦しいが、アンヘルたちにも手はない。彼は商売女には手をあげない所があったから、問題はないだろうと祈るしかなかった。

 

 まあ、所詮関係のないことである。むしろ、下っ端に働かせて休んでいる連中のほうが腹立たしいぐらいだ。ただ、その表情を勘違いしたのか横にいた人間が口を挟んできた。

 

「アンヘル君もそう思うか。あの男、自分を御大臣かなにかだと勘違いしていまいか? 我らの血税があのような蛮行に浪費されていると思うと、腸が煮えくりかえりそうになる」

 

 冷え切った声で云ったのは、エルンスト派の特科候補生であるフェルナンド・パストール・ナバーロである。彼は忌々し気にユースタスらが淫行に耽っている宿を見つめていた。

 

 この「~君」「~先生」という言葉遣いは、平民派の志士の間で流行っていた。エルンスト派はそこの急先鋒だから、こういう論客めいた言葉のはやりに聡い。

 

「おっしゃる通りかと」

 

「ああ、そうであろう。君はまさにオスカル教官のような士だ」

 

 アンヘルたちは曖昧な顔で話を打ち切ると、用を足すといって逃げ出した。もちろんアンヘルにも貴族排斥運動は悪い話ではないが、現実問題、平民派と見られて利益になることなど一つもない。零細でも貴族のベップなら尚更である。ただ、中隊の陣営を考えたとき、どこかに(つて)を持っておくことはプラスになるだろうと判断しているだけだった。

 

 唐突な冷や水に空気が変わってしまう。横に立つベップもだるそうである。社交性の割に巷で跋扈する思想のようなものを毛嫌いしている傾向を、アンヘルはこの二年の間に把握していた。

 

「しっかし、物騒になっちまったな」

 

 ベップは歳のわりに高めの声でぼやくようにいった。

 

「ロウウィート事件からは一触即発だからね」

 

 ロウウィート事件は、帝国中央地域において、軍内改革論者たちがオスカル教官復讐のために聖カトー騎士団団長幹部数人を誅戮した事件である。オスゼリアス士官学校教官であった彼の死は大きな波紋を呼び、時を同じくして起きたこの事件を呼び水にして、革命論は帝国全土に広まりつつある。帝国は佐皇派(皇帝派)と門閥派(元老院派)、そして平民派の三方に分断されていた。

 

 当然、アンヘルの通う士官学校は思想の影響をもろに受けるから、当初の異世界然とした和やかな雰囲気はサッパリ消え、どこか殺伐とした空気を纏うようになった。

 

「あーあ、なんでこんなになっちまったかねぇ。そっちの班もたしか平民派じゃないよな?」

 

「そうだけど……そっちは?」

 

「あの班長殿がそんなの気にするとでも?」

 

「そりゃそっか」

 

 クナルが細事を気にするとは思えない。二人は同時に吹き出すと、大きく笑いはじめた。

 

 小隊結成から半年。他班は勿論、悲劇の探索演習を終えた七八小隊は息の合った集団へと姿を変えていた。ベップやアンヘルのような根無草は珍しい。ただ、それを心の底から良く思ってはいないからなのか、笑い声がしぼんでゆく。

 

 その遠まわしな自虐をベップも察したのか、最後には白けた。

 

「にしても」

 

 と、こちらの肩に腕を回してきた。誤魔化すためなのだろうが、嫌な笑顔である。

 

「お前、ヴィエントさまに気に入られてるよな。ホント、どんな手管使ったんだよ」

 

「もう、やめてよ」

 

「おいおい、ちょっとくらいいいだろ」

 

「勘弁してって。結構洒落になってないんだから」

 

「なんだ、機嫌でも悪かったのか?」

 

「多分、ね」

 

 セグーラの街出発から数日。叱るだけなら、出発当日や前夜でいいだろう。あのタイミングで呼び出されたということは何かしらの意味があった筈である。どうせ憂さ晴らしだろうとは予想できたが。

 

「ま、事情は知ってるんだけどよ」

 

「えっ?」

 

 予想外の言葉に今度はアンヘルが疑問符を浮かべる番だった。

 

「ヴィエント様の婚約者候補がリエガー様だってのは知ってんだろ?」

 

「有名な話だから」

 

「『候補』って言葉を除きたいのか、夜這ったらしい」

 

「うぇっ」

 

 声を低くしていったベップの目を、アンヘルは何度も見返した。きょろきょろとまわりを伺いながら、さらに声を潜めた。

 

「本気でいってるの?」

 

「マジさ。ラファエルの奴がいってたぜ。態度には出さないが、姫様はカンカンだとよ」

 

 アンヘルはすこしばかり邪な想像をしながら、

 

「もしかして、成功した?」

 

 と、きいた。いわば、バタイユの名言にちかい感情である。

 

「まさか。ヴィエント家の護衛は半端ねえ実力者ぞろいだぞ。伝手でもなきゃ忍べるもんか」

 

 ハーヴィーを筆頭に、軍の名門であるヴィエント家の護衛たちは生半可な実力ではない。主人を守るためなら、命すら惜しまない真の忠臣が揃っている。魔法力は兎も角、所詮お飾りの剣術しか習得していない貴族連中には守りを抜けるはずもなかった。

 

「色狂いもそこまで行けば英雄だね」

 

「ちげえねえ」

 

 ベップはからからと大きく笑った。

 

 ルトリシアは五大貴族家ヴィエント家の長子だから、リエガー家次男のユースタスと較べれば、彼女のほうが格上になる。オスキュラス家の特殊な家事情を鑑みれば、士官学校内でもっとも格が上なのは彼女だから、ユースタスが忍ぶのは御法度といえる。

 

「上層部は対立の真っ最中ってことか」

 

「政治的立ち位置だけじゃなく、個人的感情も入ってる。こりゃ拗れるぞ」

 

「の、割には平気そうだね?」

 

「俺も貴族の端くれだぜ。性事情なんて知りたくなくても知ってらぁ」

 

 古代ローマ並みに開放的な性生活を送る貴族事情に詳しいベップは、不服そうな顔をした。とはいっても、感応遺伝のような話が当たり前に広がっているから、婚前交渉には厳しい目が当てられるのだが。

 

 さらにベップは帝国人風の大仰な仕草で肩を竦めてみせると、大きく息を吐いた。

 

「困ったモンだぜ。どいつもこいつもピリピリしてやがる」

 

「下にもそんな影響ある?」

 

「ばっか言えよ。そっちだけじゃなく、シュタール御坊ちゃまの気迫ったらあらしねえよ。三頭政治みたいに上手くやってくれねえかね」

 

「全員が険悪だから……」

 

「というか、問題は閣下さまにあるがねぇ」

 

 二重敬称という皮肉を使いながら論うベップに、アンヘルはなんとも受け取り難い笑みを浮かべた。彼は保守派で、現行の平民派を快く思っていないが、それ以上に中隊総隊長のユースタスを嫌っていた。というか、好意を抱くほうがレアだが。

 

 場がしんみりして話題が無くなる。そうなると、より暗い方向に話が流れた。

 

「あとは、オウル分隊長かぁ。しんどいなぁ」

 

「アンヘルは注意しねぇとマジで目の敵にされるぜ」

 

 ふたりは自然と周囲の風景に視線を移した。エルンスト派の隊列であった。目立つ位置で、颯爽とした金髪を後ろに流し、横を刈り上げた馬上の男の姿が目に入った。

 

「ガチでやべえからな。あんまり接触がなかったが過激派って世評は間違いない――それに、むこうは門閥派の東方流に喧嘩を売りまくっているからなぁ」

 

「あの話(ルトリシアとの密会)、言いふらさないでね」

 

「何時もなら揶揄ってやりたいんだが、本当に殺されそうな勢いだからな。やらねぇよ」

 

 ベップは黙り込むと、再び前を向いた。アンヘルにとってもオウルというのは中々受け入れ難い名前である。というのも、彼とは中々穏やかならぬ初対面だったからであった。

 

 

 

 

 

 オウル分隊長というのは、最近になって頭角をあらわし始めた平民派討院論者の一人である。アンヘルも最近までは名前すら聞いたことがなかったのだが、過熱化するオスカルの遺志を継ぐ勇士として、すでに実権を得つつあるらしい。

 

 アンヘルが彼を認識したのは、士官系東方流一門の懇親会であった。というのも、ロウウィート事件以降、元老院の報復人事で帝国東部は大きく揺れ動いており、同志勧誘の為に科や年度を跨いだ派閥形成に各勢力が心血を注いでいるという背景があり、この懇親会もその一つ、というわけであった。

 

 いわば、学閥意識に近いかもしれない。流儀の血というのは、ときには肉親の情を凌駕することもある。それを利用した方法は、なかなか賢いだろう。

 

 この頃、アンヘルはドミティオスの事件から時間も経っておらず、どこか信ずるものを失ったような虚無感を覚えていた。そのため、なにか縋るものを求めて集会に参加したのである。

 

 商業区の下町、保証人がロウリー商会の会館で行われた四半刻ほど宴会の後、突如として空気がピリッと変わった。

 

「私が、三都東方流フランシスコ・マルティンである。諸君らも、この話を心魂もって聞いていただきたい」

 

 窓に暗幕がかけられ、暗がりの集会所の壇上で三都東方流門人たちが崇める党首の演説がはじまった。須弥壇の右手に士官学校派閥幹部らが並び、みな緊張した面持ちで座っている。

 

 アンヘルは末席。その斜め前にオウルがいたのである。彼はすでに三都東方流に身をやつしていて、今日はじめて参加した人間とは扱いがちがっていた。

 

「この話はわれわれ一身のことである。われわれがなんのため、どんなことのために碧血をながすのかということだ。諸君はいずれも剽勇敢死の士であり、肝脳塗地となろうとも厭わぬであろう。此度の元老院の行いを正さねば、後の世でぬぐうべからざる汚名を被ることになるであろうぞ」

 

 演説している男は、帝国人らしい色白のうえに、目鼻だちがさわやかであった。そのうえ、学に長けているらしく眼がするどい。士官学校平民派を主導する男らしく、自信に溢れ、いかにも不敵にみえる。なるほど、一度見ただけでわかる、傑物、のような人物であった。

 

「われわれは、いつの世も虐げられてきた。軍人とは上意下達こそが尊ばれるというが、しかしなるほど、我らの忠誠の対象はつねに市民であり、国家であったはずであり、断じて帝国を蝕む国賊元老院の手先ではない。――そこでだ」

 

 フランシスコは、一座を見渡した。

 

 みな、かたずをのんで見守っている。いや、中にはアンヘルのようにびっくりして言葉を失った者も居るだろうが、結果は同じである。演説で一同を静まり返らせるとは、途轍もない華がある男であった。

 

「同士オウル。前へ」

 

 そこで、深く座していたオウルが鷹揚に立ち上がり、党首フランシスコの横にまで歩いた。

 

 党首は彼を讃えながら、

 

「同士オウルは、危険を承知ながら怨敵と接触をはかり、穏やかならぬ情報を入手した。なんと、元老院は帝都西方軍ならびにパンテオローン州北方戦線の人事にメスを入れようとしているらしい。かような蛮行が、許されてなるものか」

 

 といった。大仰だが、たしかに中々重要度の高い情報である。ただ、候補生の分際で大した諜報活動は不可能だから、どこかで又聞きした、もしくは侍女から寝物語で聞いたのだろうとは思ったのだが。

 

 ともかくこれは、加入を希望している同流たちに成果を示せば幹部待遇として迎え入れるという意思表示に見えたのだが、その次に、穏やかならぬことをいい始めた。

 

「そこでわれわれは、偉大なるオスカル教官の遺志を継ぎ、西方軍との連携を密にしてゆくつもりである。つまり、我らの真の目的とは、活動をもってして、討院の先駆けたらんとするところにある」

 

(うそっ)

 

 と、アンヘルは息をのんで周囲を見渡した。驚いた顔をしているのはおよそ半数。それ以外は、皆当然だろうという顔をしていて、中には信仰のようなものを芽生えさせ陶酔している者もいた。

 

 倒院、というのはこの頃にはやり始めた考えで、元老院打破を目論んだいわば体制転覆を志すことをさす。つまり、フランシスはなんらかの活動をもってして、現政権を倒そうと目論んでいるらしい。

 

 アンヘルは、この場で急激に恐ろしくなった。彼自身も貴族によい思いを持っていないが、この日はあくまでも東方流および派生した三都東方流道場出身者の懇親会程度だと思っていたのである。

 

「諸君らもすぐには行動できぬであろうから、共感したものは党員として雑多な活動をしてもらうことになる。われらの手で泰平を取り戻すため、力を貸してほしい」

 

 冷静に考えれば、内情は一切明かしていないから、その実行力には疑問符がつく。とはいえ、彼の語り口は堂々としたもので、一座は昂奮と呑まれた人間だけになった。

 

 しばらくすると、賛同者と戸惑った反応を残した者にくっきりと別れた。アンヘルは後者である。彼は批判的な人間だが、根っこは保守的で、革命論のようなものを好いてはいなかった。

 

 誰かの後に続いて去ろう――そんな風に決意したところで、再び、オウルが動いた。

 

「待ちたまえ」

 

 オウルが声を掛けたのは、アンヘルが続いていた人物であった。二回生上科の第十八小隊を率いる人物で、名はレヴィナといった。

 

 その彼が振り返る間も無く、オウルは冷え冷えとした声でこう続けた。

 

「レヴィナ君。君は、東方流の血を継ぐ身でありながら、逆賊(貴族ならびに従事者をさす)と密通したという嫌疑がかかっている。わたしは志士として、君の惰弱なる精神を叩き直さねばならない」

 

 後に知ったことだが、レヴィナは少し前から元老院系貴族の派閥に属していたらしい。東方一刀流の門弟は、大抵が平民の出だから、貴族に仕える人間を裏切り者と蔑む風潮が強まりつつあった。

 

「ならばどうする」

 

「小隊演習で決着をつけようではないか。むろん、公開で」

 

「貴様っ!」

 

 小隊演習とは、三回生から武官系小隊に課せられえる六体六のチーム戦である。一、二回生の間は基礎能力練成ということで、個人能力(武芸、学問)および演習達成能力が主に見られるが、三回生からは小隊演習の総当たり戦で成績を決めることになっている。

 

 それを使って、オウルは合法的――候補生がなんの名分もなく刃傷沙汰を起こせば、一発で退校処分や軍法会議行きだ――に叩きのめそうというのだ。

 

 レヴィナはぎりぎりと歯軋りしながら、相手を睨みつけた。

 

「わかっているのか。私との格の差を」

 

「私の剣は、いついかなる時も無明の闇を切り開く」

 

 実は、十七小隊と三〇小隊の差は中々大きい。隊長の格に合わせて小隊員が割り振られるため、オウルとレヴィナの差が小さくても、他で開いてしまうのだ。その上、レヴィナ小隊自体が実戦向きで、迷宮探索演習第七位の記録をもっていた。

 

 それを知っていながら、オウルは薄く笑うだけであった。

 

 かくして始まった公開小隊演習。レヴィナ有利と見られた勝負は、拮抗の暇なく、オウル三〇小隊の勝利で幕を閉じた。

 

 オウルはこの一件以来、己の実力を隠すのをやめた。最近の平民派の勢いはつよく、それを後押しする穏健派の影響もあり、士官学校のパワーバランスが崩壊、彼のような野心家が跋扈するようになった。

 

 さらに彼の飛躍は続く。

 

 アンヘルの印象ではあくまでも優秀な上科生程度だったが、このような口上――言い掛かりに近いものも多数あった――で多方に喧嘩を売りまくり、そのことごとくに勝利して、上位陣を一気に飲み込んでしまった。さらにそれは続き、彼の意に沿わない人間すら教育と称して叩きのめすようになった。

 

 上位陣は思想に興味がないリカルドと召喚師ラファエロだから、二回生小隊戦最強の名は、名実ともに彼を示す言葉になったのである(クナルが強いことは知られているが、他の小隊員は無名で、クナルの直接の実力を見たものは少ないから、小隊戦では実力が疑問視されている)。

 

 これもオウルのパフォーマンスなのか、圧倒的かつ優雅に相手小隊を翻弄する彼は、平民派でも有名となり、二回生の中では高い地位を得つつあったのだった。

 

 

 

 

 

 そうやってひそひそ声で隊の実情を二人で話し合っていると、ベップがまわりを見渡していった。

 

「そういや隊長殿はどこかね?」

 

「また獣でも狩ってるじゃないの? 見た目以外は猿みたいなもんでしょ」

 

「ほう、魚類の分際で吠えるではないか」

 

 ぶっきらぼうに云い切ったアンヘルの背後に、男が立っていた。銀髪褐色に目鼻立ちの整った偉丈夫クナルである。ひえ、とベップが混雑に消えていった。

 

「僕が言ったのはサルスベリムシの事だよ」

 

「減らず口だな」

 

 クナルは嘲笑を口の端に浮かべると、悠々とした動きで去っていった。肩にリスの手足を縛ったものを担いでいる。彼は基本的に中隊の食糧を食べようとせず、常に独自調達をしていた。

 

 それから半刻。ようやく荷下ろしが完了する。さて休むか、とアンヘルは腰を降ろそうとしたが、そんなとき、代官館から出てきたベップから新たな指示が降ってくる。所詮は下っ端休みなし。ブラック企業のお決まり3Kを思い浮かべながら、指示に従った。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 時を同じくして、代官館。遠征演習第一中隊副隊長にして、役立たずのユースタスの代わりとして実質の総隊長を担うルトリシアは、来訪挨拶として代官館に訪れていた。

 

 代官の名はルイス・ベガ。魔導具工学で名を残したベガ家の二世で、当代の彼は街で行政系の業務に就いた経験を持つ。

 

 見た目は四十をすぎたばかりの中年であった。くすんだ黄色混じりの茶髪で、整えられた顎髭がある。上背はあるが、それよりも横に張りでた腹が印象的であり、分厚い唇が商人のような弁達者にみせた。

 

 このような、典型的官僚である。

 

 悪い人物ではない。むしろ田舎者特有の恐れ知らずな性格をしていないから、ルトリシアのような殿上人に不敬を働かない知恵も持ち合わせていた。

 

 ただ、こちらを見るにどこかぎらついた目をしていて、セグーラの町で聞いた印象とは違ったのが少しだけ脳裏を掠めた。

 

 ロヴィニ村中央の代官屋敷の一室。必要事項の伝達を済ませたあと、ルトリシアは窓の外を指さした。

 

「あの異様な建造物はなんでしょうか?」

 

「あれは――流れの異教徒が建てた建造物です。ここは旧カルタゴ領と近いため、時折流れの教徒が住み着くのです。一応ミスラス教も信仰しているようなので、村人の好きなようにさせておりますが」

 

 ルイス代官は答えながらも、言外に許しを乞うような目をした。それに対し無感情に、

 

「結構」

 

 とだけいった。いつもの対応である。

 

 さすがは代官。貴種の対応には慣れているのか、さくさくと話は進行していった。すでに使番が出ているらしいので、相手方も大して驚いた様子はなかった。

 

 その後も雑談を続けた後、去り際に尋ねた。

 

「それで、なにか願い事があるとのことですが?」

 

「恥ずかしながら先月まで盗賊騒ぎがありまして。獣の間引きが済んでいないです」

 

 盗賊騒ぎ、というのは近在であった大事件のことである。これはルトリシアも驚いた話なのだが、セグーラの街の情報曰く、盗賊集団にバアル教団教徒が発見されたらしかった。

 

 バアル教団は、古くある論理使い信仰の宗派で、カルタゴ教国時代における時世の中心であった召喚師こそが世を率いるに相応しいと唱えている。ミスラス教のような節操のない宗教よりもある種真っ当だが、このバアル教団に限っては、全世界で邪教認定を受ける超危険思想団体であった。

 

 この教団は、召喚師に冠を載せるためならありとあらゆる手段が許容されると教義に記されている。また、徹底した身分主義で統制されている帝国を敵視しており、まったくの折衝案がなかった。昨年の皇居爆破事件に関与しているらしいというから相当だろう。

 

 そんな事情も手伝い村衆が警備隊に駆り出され、夏に行われる筈だった間引きが終了していないらしいのである。

 

 ルトリシアは少しの間考え込んだ。受けてやる意味はないが、かといって配下を動かすぐらいは大した労力ではない、と天秤を傾けた。

 

「請け負いましょう」

 

「ありがたき幸せ」

 

 ルイス代官は低姿勢で礼を述べる。ルトリシアは悠々と人差し指で己の頬を打ちながら、ついでに呼び出しておいた候補生のベップを見つめた。

 

「構いませんね」

 

「お任せを」

 

 彼は貴族ということもあってか、ルトリシア派から折衝事を頼まれやすく、クナル、エルサ班の交渉役を務める機会が多かった。

 

 他には、彼女の護衛としてハーヴィを筆頭とした護衛集団が控えている。彼らには、ユースタスの蛮行もあって数を減らすことはできなかった。

 

「では、よろしくお願いします――ああ、早目に終わらせるように」

 

 上位者の物言いだったが、それに文句をつけるものは誰もいなかった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

「あんたらが士官かいな」

 

 開口一番、不機嫌そうな声を聴いて、アンヘルは集団最後尾で疲れたように息を吐きだしていた。面倒だなというのが本音である。

 

 新たな任務である獣狩りのまとめ役。猟師タラマンは極めて特徴のない中年だった。彼は連れてこられた候補生を見て失望を露わにすると、しわがれた声で無造作に歓迎を口にした。

 

「なにか文句でも?」

 

 とは、まとめ役であるベップも聞いたりはしない。軍人に性差や年齢があまり関係ないことを知らない地方民は、候補生の姿を見て侮ることもある。いちいち噛みついていては気苦労が増えるだけだった。

 

「あんたらの事情は聞いた。夜になったら遣りづれえ。さっさと取り掛かろうや」

 

「ああ、そうさな」

 

 中年はベップの話に渋々頷くと、後方に控えた若者衆を紹介し始めた。ベップは慣れた動きでこちら側の人員を紹介すると、二隊を混ぜこぜにしてから、二名づつ選出し、村案内を加えた三名でチームを作ることになった。

 

 アンヘルチームは、同部屋のアルバ、そして猟師見習いのミゲルとなった。片方は存じの仲だし、常に無言だから気苦労もない。やりやすい仕事だろうと高を括っていたのだが、それを打ち砕いたのは森案内役のほうだった。

 

「ふん、あんたらのそのナマっ白い腕で、狼退治なんて出来やしねえぜッ」

 

 アンヘルの第一印象は、

 

 ――若い。

 

 である。やはり猟師は自然を相手にしているから、どうにも攻撃的な性格を形成しやすいのだろう。

 

 野良で鍛えられた腕は太く、対照的に涼し気な目だちをしている。この地方はプルトゥ渓谷の影響で日陰ができやすいから、土地柄焼けてない村人が多い。

 

 ミゲルは候補生たちをまるで親の仇のように血走った眼で睨みつけながら、ぺっと地面に唾を吐いた。興奮しきっているのか、鼻腔は大きく膨らんでいる。

 

「おい、やめんかっ!」

 

「こんないけ好かねえ野郎どもに頼るこたぁねえ。オヤジだってそう思ってんだろォ」

 

「コラッ! はは、すみませんな。躾がなっていませんで、まったく」

 

 まとめ役は、ミゲルの頭をどつきながら苦笑いを浮かべた。表情には失望を浮かべても、言にする愚かさを知っている彼は大人なのだろう。ただ、そんな反応を苦々しく思ったのか、ミゲルは舌打ち一つすると集まりから離れた。

 

「なんだなんだ、面倒だな」

 

「やめなさい。これもヴィエント様から申し付けられた仕事よ」

 

「そーやで、お仕事や」

 

「あのぉ皆さん、聞こえますから」

 

 三者三様の愚痴を言う面々を、班長であるエルサが諫めた。

 

 不穏当な雰囲気となった集団だが、仕事は仕事と切り替えたベップは順調に班決めを終えると、最後にアンヘルの肩をたたいた。

 

「あの馬鹿、頼むわ」

 

「いいけど――そっちこそ大変じゃないの?」

 

「やっぱ実力は確かだからよ」

 

 ベップの相方はクナルである。人格を除けば最高のパートナーだから、彼の顔に不満は見えなかった。

 

「こっちだ」

 

 ぶっきらぼうにいったミゲルの案内にしたがって、アンヘルたちは森の中に入っていった。

 

 森は柘榴の樹ばかりだから閑散としていて、かつ足元に纏わりつく枯葉がアンヘルの行く手を阻んだ。とはいっても、散々迷宮探索で鍛えられた足である。山師のように悠々とは行かなくとも、案内人についていった。

 

 皆無言だった。それぞれに距離がある。アンヘルは、アルバが悠々とけもの道を行くのを後ろから眺めた。

 

(やっぱり、そう見える)

 

 と、思ったのは最近のことである。アルバの姿を見るたび不思議な思いに駆られることがあったのだが、ふとベップが、

 

 ――なんかあいつ、女っぽいな。

 

 といったことで、それまでの疑問がすとんと胸に落ちた。今までは十五六ということもあり誤魔化されていたのだが、この年になると流石に美少年では騙せない領域まで来ている。ターバンから覗く双眸が、やけに色気があるのだ。

 

 とはいえ聞いたりはしない。なんらかの事情があってのことだろうし、言葉を飾らずにいえば、アンヘルにとってどうでもいいことだった。だから、ひん剥いて確認することもなかった。

 

「ついたぜ、この辺りだ」

 

 半刻程度北進したあたりで、ミゲルはそういった。先島蘇芳木(サキシマスオウノキ)が一本あるが、根が大きく地上に出張っているせいか、周囲に草一本生えていない。代わりに小さな沼があった。

 

「ここは?」

 

 アンヘルが辺りを見渡しながら、いった。アルバも怪訝そうに周囲を見渡している。仕事は森の奥部での狩りだから、こんな狼とは無縁の場所に案内されてもどうしようもない。

 

「……おい」

 

「なに?」

 

 アンヘルはアルバが指差した方向を見た。ミゲルが革の上着を脱ぎ捨て、麻の服を腕まくりしている。苔むした大きな岩の横に立ち、その大岩を手で叩きながら口の端を釣り上げた。

 

「どういうつもりですか?」

 

「どうも、こうもあるめえよ」

 

 ミゲルは両こぶしを顔の前に掲げ、ファイティングポーズを取った。臨戦態勢である。

 

「おらァな、あんたらみてえな偉ぶった野郎が大っきれえなのよ。あんたらと来たら、よそから来たくせに、ダンビラ腰にぶら下げて風をきりやがる。うざってったらあらしねえ」

 

「だから、叩きのめそうってことですか?」

 

 アンへルは声を低くして、いった。

 

「おうよ。別に大したこっちゃねえ。俺が仕事を終えるまで、ここで伸びてもらうだけさ。そっちの嬢ちゃんは特別に勘弁してやらあ」

 

 彼は士官学校制服の横袖に、男子なら黒、女子なら白の二重線が入ることを知らないから、勘違いしたのだろう。最近のアルバは身長の低さもあって、先入観がなければ女子にしか見えない。

 

「……」

 

 アルバは無言だった。興味もないのだろう。彼女は肆科、そして、魔導院出身である。だというのに、この二回生になっても剣が凄腕だとしか知られていないのだから、相当な凄腕であることは間違いない。アンヘルは、彼女のことを金剛流伝位のベップ以上の腕前だと睨んでいた。

 

(面倒だな)

 

 アンヘルは心中で彼に罵詈雑言を浴びせながら、それでも丁寧に対応することにした。

 

 相手を叩きのめすのは簡単だが、その後案内してもらう必要性を考えれば、その選択肢は取りたくない。かといって殴られるのも癪だったから、近くの棒を拾って彼に投げ渡した。

 

「なんだ?」

 

「得物です。殴り合いは望みませんし、男なら剣で勝負しませんか?」

 

「ふん。ビビってるのか?」

 

「森で猟師とやり合おうとは思いません。ただし、勝負が着けば、道案内を再開してください」

 

 剣比べなら、相手の剣を打ち落としてしまえば勝負がつくと思っているし、相手を気絶させる必要もない。さっさと終わらせたくて、木の棒を構えた。

 

「アルバ、合図お願い」

 

「……」

 

 少しだけ嫌そうな顔を浮かべたが、反論するほうが手間だと思ったのか、鞘ごと刀を振り上げ地面を強かに打った。

 

「いくぜっ」

 

 ミゲルは獣のように激しく咆哮すると、前傾姿勢で駆け出してきた。

 

 三尺近くある木の棒を正眼に構えたアンヘルは、教本通りの動きで横に流れると、彼の籠手を打った。

 

 ぱしん、と乾いた音がなった。

 

 流れるような動きには、そこいらの村衆には出せない練達さと鋭さがあった。ミゲルは鋭い痛みに喘いで、木の棒を落とした。

 

「僕の勝ちです。いいですね」

 

「ふ、ふざけんな」

 

 ミゲルの思考は、敗北の屈辱よりも、トリックに掛けられたような不可解さだけが残っていた。その取り口があまりに鮮やか過ぎたのだろう。

 

 所詮落ちていた木の棒が与える痛みなど後に引くことはなく、ミゲルは再び立ち上がった。

 

 考えが甘かった。圧倒的な力の差を見せつけたつもりだったが、素人には技の掛け合いなど興味を持たない。逆に殴り合いでそこそこ打ち合いを演じたほうが話は早かっただろう。

 

 ――締め落とすか。

 

 最後の手段である。最悪仕事ができなくてもなんとかなるだろうという心算もあり、アンヘルが走り出そうとした。

 

 そのときである。狼の吠え声がしたのは。

 

「……準備」

 

 か細い声でアルバが声をかけながら、腰から見慣れぬ片刃刀を取り出した。ミゲルが顔を青ざめさせている。

 

「マ、マジぃぞ。この数はッ!」

 

 狼の声は連鎖するように大きくなった。

 

 アンヘルは風切り音の鳴る剣を腰から引き抜くと、油断なく周囲を睥睨した。

 

 

 

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